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親子の絆 ~トランペットは知っている~

「・・・信じ合える仲間たちと一緒に世界を守れた事を大変誇らしく思っています。」


「今後のご予定は?」


「そうですね、しばらくは父親としての立場から家庭を大切にしたいと考えています。・・・もちろん、仕事にも積極的に取り組んで行きますけどね。」


「はい、それでは本日はどうもありがとうございました、ローズマングループCEOホワイト・ローズさんでしたー!」


 プチン!


 CMに画面が切り替わったところでテレビの電源をオフにする。


「ローズさん。あんた、カッコ良すぎるぜ・・・」 


それまでずっと食い入るようにテレビを見ていたグワマンは独り言を言いながら大きくため息をつくと、誰もいない自室で大の字になって大きく寝そべった。


「それに引きかえ俺ときたら・・・」


 詳しくは知らないが、テレビに映っていたホワイト・ローズという青年は先日まで世界を恐怖に陥れていた組織を相手に数名の仲間たちと一緒に立ち向かい、見事に勝利をおさめて組織を壊滅させたのだという。(しかも死んで行った仲間たちを全員生き返らせての帰還というオマケ付きで)


「それに引きかえ俺ときたら・・・」


 普段の顔は家族思いで仕事熱心で人望あふれる好青年。そして、世界に危機が来たならば率先して悪と戦う正義の味方。


 そんな理想を具現化したようなアメリカ人男性の勇姿がグワマンにはあまりにも眩しかったのである。




「良いですか王様。昔の人々の間では・・・」


 その後のセリフが思い出せず言葉が続かない。


「カットカット!何やってんの!!」


 そこですかさず監督の怒鳴り声が入って撮影が中断される。


「グワマン、これで今日3回目だぞ。セリフを覚える気があるのか?」


「申し訳ありませんっ!!」


「・・・もういい、その言葉は聞き飽きた。年のせいもあって少し疲れてるんだろう。一旦休憩だ!」


 不甲斐ないグワマンに苦笑いを浮かべながらも監督は仕切り直しも兼ねてスタッフ一同に臨時の休み時間を与えた。


「いや、面目ない・・・」


「俺に何か言う暇があったらこの時間にしっかり台本を読み直しといてくれ!」


「はい・・・」


「ったく、大した出番もないクセによ・・・」


 萎しおれるグワマンを尻目に監督は手厳しい言葉を残して休憩室へと姿を消した。


「・・・何とかしなくては!」


 監督に伴い他のスタッフたちが次々と休憩室に引き上げる中で、グワマンはただ一人現場に残って台本の読み上げを始めた。


「良いですか王様。昔の人々の間では食料庫が尽きたなら自分たちの手で調達に出向くのが当たり前でした。子供ではあるまいしいつまでも家来にどうにかしろなどとおっしゃらず、たまにはご自身で狩りにでも出かけられたらどうですか?」


 自分のセリフが与えられた箇所に赤線を引いて何度も何度も読み上げる。


 声のトーンや口調の強弱が重視される部分には青丸をつけて小さくメモ書きを入れる。


 そうやって、地道な努力を積み重ねながらグワマンは俳優としての地位を保ち続けていたのである。


「嗚呼、これが我が国の王だと思うと情けない!先代・つまりあなたのお父上がこの国を統治していた頃は・・・」


「精が出てるな、お父上!」


「わぁっ!!」


 読み上げの真っ最中に背後から声をかけられグワマンが仰天する。


「・・・よっ!」


「お前は!」


 馴れ馴れしく挨拶をしてくる青年はグワマンのよく知っている顔だった。


「まだ音楽活動休止してまで大根役者を続けてんのかい?」


「お、俺は別に・・・」


「丁度いいや。せっかく久しぶりに会ったんだし収録済んだら飯でも食いに行こうぜ。」


「まぁ食事ぐらいなら・・・」


「んじゃ決まり。収録が終わるまで1階のロビーで待ってるから。それと、大して出番もセリフもないんだからあんまりNG出すなよな!」


 軽い皮肉を飛ばしながら青年はその場を後にした。


「・・・・・」


 グワマンは、困惑したような表情を浮かべて天井をしばらく眺めていたが気を取り直すと速やかに台本の読み上げを再開したのであった。




「誰かさんが失敗続きで撮影が長引いちゃってあの監督今日も機嫌が悪そうだったな。」


「ミスしてたのは俺一人じゃないだろう。そんないかにも俺ばっかりが足引っ張ってたような言い方をするな。」


 目の前でパスタをフォークに巻きつけながらニヤニヤとしている青年を見ながらグワマンが不愉快そうに水を飲む。


「いや、セリフの多い人が噛んだりするのは仕方ないけどアンタみたいな端役がミス連発してちゃあ話にならないだろ?」


「それは・・・」


「無理して俳優業なんてやり続けてもストレスで体を壊すだけだぜ。悪い事は言わないからそろそろミュージシャンに復帰して昔のアンタに戻ってみないか?」      


「・・・・・っ!」


 青年の言葉にグワマンが動揺する。


「・・・正直言うと、感謝してるんだぜ。俺が今ミュージシャンの端はしくれとして生計を立てていられるのはアンタのおかげだと思っているからな。」


 ワインを軽く口に運びながら青年がさらに続ける。


「アンタが俺を実子じっしだと認めたくないのならそれでもいい。だけど俺にとってはアンタが永遠に親であり憧れのミュージシャンなんだ。それだけは覚えていてくれ。」


「・・・ナオマン!」


 動揺を抑えながらグワマンが青年の名前を口に出す。


「俺はお前もお前の母さんも捨ててしまった男だ。あんまり買いかぶらないでくれ・・・」


 大きくため息を吐いてグワマンが再度水を飲む。


「知っての通り俺にはもう新しい妻子がいて、新しい家庭があるんだよ。今さらそんな事を言われたってお前は俺の子だなどと堂々と言えるハズがないだろう?」


 グワマンがもどかしそうに頭をかきむしる。


「親父・・・」


「それと、音楽の件に関してはお前の指図など受けるつもりはない。復帰するかどうかなんて俺が決める事だ。」


 ガタッ!


 そこまで言うとグワマンは伝票を手に席を立ち上がった。


「十分食っただろ。これでおあいそだ。」


「親父・・・」


「支払いは割り勘だ。自分の分は自分で払っとけ。」


「って親父、アンタ水しか飲んでねーだろ?」


「そういやそうだったな・・・じゃあお前が全額負担しておけ!」


 グワマンは一度手にした伝票をナオマンに投げ渡すとそのままレストランを立ち去ったのであった。




「ただいま。」


 家に帰ったグワマンの「ただいま。」に反応する声はどこからも聞こえてこなかった。


 ふごーふごー。ぐおーぐおー。ギリギリギリギリ。


 聞こえてくるのはいびきと歯ぎしりのけたたましい音ばかり。


「そりゃみんな寝ちまってるか・・・」


 夜10時という時間を考慮してグワマンは憂鬱な気持ちになるのを我慢して部屋に引き上げた。


「・・・・・」


 無駄に散らかった自室を見てると憂鬱な気持ちがまた込み上げてくる。


 ~いやいや、俺の部屋などこのぐらいがお似合いだ!~


 バサッ!


 ベッドの上に乱暴な音を立てて寝転がると、グワマンは目を閉じて無理矢理にでも寝ようとした。


「・・・・・」


 だが、目が冴えてしまって眠気すらわいてきそうにない。


 ~なんで俺はあんな態度を取ってしまったんだ・・・~


 前妻との間にもうけた長男・ナオマンについた悪態が今頃になって後悔の念と化してよみがえる。


 ~だが仕方がないじゃないか。とっくに別居してるんだぞ。俺には親権もないんだぞ。それなのにどうしてあいつは俺をまだ親だと思い続けてるんだ?あいつは俺に見限られ、捨てられたんだぞ・・・!~


 元々はミュージシャンとして芸能界入りをしたグワマンだったが多忙なスケジュールの末に家庭を顧みない日々が続き、その果てに前妻に愛想を尽かされ離婚され、ナオマンの親権まで奪われてしまったのである。(つまり厳密に言うと見限られ、捨てられたのはグワマン本人であってナオマンではない)


 その後、ふとした縁があって再婚をするも前妻とナオマンに対する後ろめたさからグワマンはミュージシャンをやめて俳優業に転向したのである。


 ~ミュージシャンをやめたとはいえ未練がましく芸能界にへばりついている俺が悪いのかなぁ・・・~


 プチン!


 寝る事をあきらめたグワマンが気を紛らわせようとテレビをつける。


「・・・彼女は僕の天使です!!」


「わあっ!!」


 突如テレビから流れてくる大音量に思わず仰天する。


「こ、この子は・・・」


 画面に映っている金髪碧眼の女性にグワマンは見覚えがあった。


「おっと、その前に・・・」


 ボリュームを少し下げて食い入るように画面の女性を見る。


「じゃあ、その日本人アーティストを救うべくあなたがプロデュースする形で活動を継続させたと?」


「そんな感じですね。実際に彼女は一途で真面目で誰に対しても優しさと思いやりを忘れない、とても素晴らしい女性でした。ですが、彼女のそんな一面につけ込んであの国の芸能人たちは幾度となく暴力や恐喝で彼女を責めさいなんでいたんです。事情を知った僕はすぐに彼女を日本の芸能界から引き離してアイルランドの音楽業界に連れて行きました。」


 確かに風貌を見るとこの人ならそういった行動の出来る人だと思えてくる。 


 凛々しい瞳で当時を回顧する女性の姿がより輝いて見えてきた。


「度重なる暴行の影響ですっかり塞ぎこんでいた彼女ですが、環境を変えて音楽活動に専念させた事でだいぶ精神面での回復があったと思います。」


「なるほど。もちろん環境も大事ですが音楽が心の傷を癒した、という事ですか?」


「その通りです。人は好きな事に没頭していると辛い記憶も苦しい傷跡も乗り越えられるものなんです。だから僕は今、現在進行形で悩みや苦しみを抱えている人たちに伝えたい。身近な人に相談するのは当たり前として、何か夢中になれる物を見つけてそれに全力で打ち込んでみなよ、ってね。」


「素晴らしいお言葉ありがとうございます、アイルランドの歌姫ラミア・ハメソンさんでしたー!!」


 プチン!


 CMに画面が切り替わったところでテレビの電源をオフにする。


「ラミアさん。あんたもカッコ良すぎるぜ・・・」


 気がつけば両の目から一筋の涙が頬を伝っていた。


 事ホワイト・ローズに関してはあまり知識を持たないグワマンだったがラミア・ハメソンに関しては数々の偉業を耳にしていた。そのほとんどが弱い立場の一民間人への救済といったものばかりで規模としてはあまり大きくなかったもののそれだけでもグワマンにとっては尊敬に値するものに変わりはなかった。


「それに引き換え俺ときたら・・・俺と・・・きたら?」


 以前と全く変わらない弱腰なセリフを口にするグワマンだったが今回は自分で言っておきながら妙な違和感に包まれていた。


 自分の力では世界平和どころか一国の治安を守る事も到底不可能に違いない。だけど町レベル、いや、町の片隅程度の平和ぐらいなら守れる力があるのではないか。そんな思いが頭の中を何度も何度も駆け巡り続けているのだ。


「もしかしたら、俺にも・・・!」


 自分がホワイト・ローズになんてなれるはずがない。もちろんラミア・ハメソンにだって(ただでさえ男なのに)なれるはずがない。


 でも、小さな規模でも平和活動に貢献出来たなら彼らの足元に及ぶ程度の存在になれるのではないか。 


 そんな思いが頭の中を何度も何度も駆け巡り続けているのだ。


「・・・・・・!!!」


 意を決して立ち上がると、グワマンはタンスの上で埃をかぶっていた大きなケースを取り出して中を開けた。


「こ、これはっ!!」


 ミュージシャンをやめて数年、ずっとケースの中で眠り続けていたトランペットが光を放っていたのである。


 まるで、グワマンの決意に呼応するかのように。


「そうか、そういう事か・・・よしっ!明日から俺はやるぞっ!!」


 謎の現象を都合の良いように解釈すると、グワマンは晴れ晴れとした顔でベッドに飛び乗ってそのまま眠りについたのであった。


「ふごー、ぐおー、ぐごおーーー!!!」


 ただ、今度はグワマンのいびきがあまりにも大きくて家族が目を覚まし、眠れなくなったのだが。




 翌日、アブジャ(ナイジェリア共和国の首都)商店街の銀行を強盗団が襲撃した。


「お前ら!全員大人しくしないと一人残らず撃ち殺すぞ!!」


「有り金全部カバンにつめてよこしやがれ!!」


 銃を構えて強盗団の手先たちが銀行員を脅迫する。


「あわわわわ・・・」


 車が突っ込んで破壊された入り口と撥はねられた負傷者たち。


 制止しようとして両腕を撃たれ、血を流してうずくまっている警備員。


「誰でもいいからさっさと奥の部屋に行って金持って来い!!」


 手先の一人が恫喝するも恐怖のあまりに体が震えて受付嬢たちはとてもその場を動けそうになかった。


「・・・全く、使えないオバサンたちだなぁ!!」


「親分!」


 車の奥から強盗団の主犯格が姿を見せた。


「あ、あなたは・・・アスク!」


「いかにも。俺はアフリカ屈指のミュージシャンことアスク・アナンカだ。」


 受付嬢の一人に名前を呼ばれて主犯格の男・アスクが偉そうに胸を張る。


「ちょうどクスリを買う金が切れたんでひともうけしたくてね・・・ここを襲って手っ取り早く大金を手に入れようと考えたってワケよ。」


「クスリって、あなたまさか・・・」


「ああ、そのまさかだよ。覚醒剤にも色んな種類があるからな、どれが一番気持ち良いかを片っ端から吟味してたらいつの間にか有り金全部はたいちゃっててさ・・・そりゃ毎日クスリ打ってりゃ貯金も底をつくってなぁ!」


 アスクのおよそジョークとも言えそうにないジョークに手先たちが一斉に爆笑する。


「それよりさぁ、早くお金持ってこないとヤバいんじゃないかなー?ほら、あ・れ。」


 アスクがゲラゲラと笑いながら指を向けた先では小さな子供が首根っこをつかまれた状態で目つきの悪い女に銃口を向けられていた。


「助けてー!」


「なーに、心配はいらないさ。あのオバサンたちが機敏に動けば命ぐらいは取らないでやるよ・・・動いてくれりゃあな・・・」


 子供を抑えつけながら女がヒッヒッヒッと笑い声を立てる。


「いいぞトチャナイ、そのまま続けろ・・・さーて、どうするつもりだオバサン軍団?」


 両手を広げてアスクが大げさにポーズを取ってみせる。


「まぁいいや。今から3分経っても用意できなかったらあそこの子供の右腕を撃ってやる。それからは1分おきに左腕・右足・左足・右ひざ・左ひざ・右胸の順に撃ち抜いて・・・最後に心臓をバン!だからな。」


「親分優しいねー。最初に3分も時間与えちゃう上に取っておきを最後まで残しとくなんて憎いぜ、コノ!」


 手先の一人が茶化すように笑う。


「さて、今から金庫をあさりに行ってもらおうか・・・」


 アスクが懐からストップウォッチを取り出して時間のカウントを始める。


「おい!さっさと動け!モタモタしてるとガキの次はてめーらを蜂の巣にしちまうぞっ!!」


「は、はいっ!!」


 受付嬢の一人が立ち上がり、おぼつかない足取りで金庫室へ直行しようとしたその時だった。


 ポッポポッポッポポッポポッポッポ!


「な、何だ!?」


 突然、状況とは場違いな陽気なトランペットの音が辺りに鳴り響く。


「皆さん!強盗などという愚かな真似はやめて今すぐ銃をしまいましょう!」


「うるせぇ!ワケの分からん事を言ってるとお前から先に撃ち殺しちまうぞ!!とっとと姿を見せやがれ!!」


 音はすれど声は聞こえど姿の見えない相手に向かってアスクが怒鳴りつける。


 ポッポポッポッポポッポポッポッポ!


 それでもしつこくトランペットの音が辺りに鳴り響く。


「何度も言うぞ!とっとと姿を・・・って、上かっ!?」


「OH YES!」


 パカン!


 天井が開いてアスクの真上からグワマンが降ってくる。


「お、お前は!!」


「そうです!私がグワマンおじさんです!!」


 ドシーン!!


 確認をする前にアスクは4メートル近い高さから落ちてきたグワマンの下敷きになってしまった。


「て、天井を作るなら・・・夕刻を、ま、て・・・」


 そして、その衝撃でそのまま気を失ってしまったのである。


「おいおい、失敬だな。こんなんで気絶されちゃあまるで俺が重たいみたいじゃないか。なぁみんな?」


「・・・・・」


 強盗団の手先たちの視線が一斉にグワマンへと注がれる。


「親分を潰しちまいやがって覚悟は出来てるんだろうな?」


「何だと!俺が悪いとでも言うのかっ!」


 グワマンが応戦するべくトランペットを吹く体勢に入ろうとしたその時だった。


「おっと!こいつがどうなってもいいのかい?」


 バァン!


 天井に向けて威嚇いかく射撃が放たれる。


 銃声が起きた先を向くと、アスクの相方であるトチャナイが人質に取った子供を締め上げて鬼のような形相でこっちを見ていた。


「あんたが動いたら即座にこのガキの頭をぶっ飛ばして脳みそぶちまけちゃうよ!それでもいいんなら何かやってみな!!」


「助けてー!おじちゃーん!!」


「なーに、心配はいらないさ。あのオジサンが黙って蜂の巣にでもなりゃあ命ぐらいは取らないでやるよ・・・動かなけりゃあな・・・」


 子供を抑えつけながら女が醜い顔をさらに歪めてニヤリと笑う。


「ど、どこまでも卑劣な奴らめ・・・!」


「はん、何とでも言いな!あたしもアスクもとっくに卑怯者で名が通ってるんだよ!そんなあたしらの本性を見抜けなかったトンマなお前が悪いんじゃねーかよっ!!」


 トチャナイがゲラゲラと汚い声を立てて笑い出す。


「いいか、てめーは動くんじゃねーぞ。動いたら・・・」


「アイツはダメでも俺は動いていいんだよな?」


「ああ、好きにしな。誰かは知らねーけどあたしらの邪魔しなけりゃ・・・?」


 背後から聞こえてきた声にトチャナイが振り向くもそれは一瞬遅かった。


「き、きさ・・・」


「クラーッシュ!!」


 グワーン!!


 フライパン(丸形)で頭を殴る音が辺りに鳴り響く。


「パ、パ・・・」


 ドサアッ!


 その一撃でトチャナイが気絶して、人質となっていた子供は解放された。


「おにーちゃーん!」


「よしよし、もう大丈夫だ。この怖いオバサンはすぐ檻おりに入れておくから心配はいらないぞ。」


 子供の頭を撫でてトチャナイを殴った青年が安心させる。


「お、お前!!」


 だが、その青年の登場に誰よりも驚いたのはグワマンだった。


 何故ならば、青年は先日会ったばかりの先妻との息子・ナオマンその人だったのだから。


「あんまり息子を心配させるんじゃねーぞ!・・・ま、足かせは取れたんだ。派手に暴れてやろうぜ!!」


「・・・ああ!!」


 グワマンは、今度こそナオマンを受け入れて親子での共同作業に入った。


「しゃらくせー!親子共々血祭りに上げてやる!!」


 強盗団の手先たちが一斉に銃口を向けて二人へと発砲した。


「「危ねぇ!!」」


 ポッポポッポッポポッポポッポッポポッポポッポッポポッポポッポッポポッポポッポッポポッポポッポッポ・・・・・・


 グワマンがトランペットを吹き出すと、周囲を緑色の壁が覆って全ての銃弾を食い止めてしまった。


「ローリングフライパン・ダブル!!」


 その一方で、ナオマンは両手に持ったフライパン(丸形)を高速回転させて襲い来る銃弾の全てをことごとく遮断した。


 ポーポーポー!!!


 やがて、グワマンが体をそらして大きな音を立てるとそれは衝撃波となって強盗団を襲った。


 バン!バンバン!!


「ぐおっ!」


「ぎゃあっ!」


 発砲を続けていた強盗団の手先たちが次々と弾き飛ばされる。


「やるじゃねーか親父!だが、一人でいいカッコはさせねーぞっ!!」


 二つのフライパン(丸形)を高速回転させていたナオマンは、そのまま発砲を繰り返している強盗団へと突進した。


「まずい、逃げるぞ!」


「そうはいくかってんだ!!」


 バシッ!バシバシッ!!


 逃げようとした強盗団の手先たちだったが追いかけるナオマンに捕まり次々と高速フライパン(丸形)の餌食となる。


「「ぐわー!!」」


「へへ、丸い刃はなおさら痛いってね!」


 こうして、全員を退治したグワマン親子は即座に警察に通報し、アスク一味は一人残らず御用となった。


 一方で、撥はねられた民間人たちと撃たれた警備の男性も深手を負わされたものの受付嬢たちの機転ですぐに病院に搬送されたのが幸いして全員一命を取りとめた。


 最終的に白昼を狙った強盗事件は死者を出さず無事幕引きを迎えたのである。




「随分と面白い技術を身につけていたんだな。」


 レモネードを飲みながらグワマンがナオマンのサポートを称える。


「親父こそ、当分やってなかったって割には中々のトランペッターだったぜ。」


 オレンジジュースをぐいぐいと飲みながらナオマンもグワマンを称える。


 二人は今、前回と同じレストランにて会食を繰り広げていた。


「ナオマン、あのな・・・俺、やっぱりミュージシャンに戻る事に決めたよ。」


 グワマンのその言葉にナオマンの表情がぱっと明るくなる。


「いや、勘違いするなよ。俺が復帰するのはお前に勧められたからじゃあない。最近の音楽業界が麻薬に溺れる馬鹿者や特典との抱き合わせ商法で売れているのを実力で売れていると勘違いしているまがい者ばかりで看過出来なくなってきたから俺が直々に浄化させたくなった、それだけだからな。」


「浄化、ねぇ・・・」


「それと!音楽畑で生きてきた身として活動を休止していたばっかりに息子のお前にミュージシャンとして追い抜かれてしまったとあっては親父にも爺さんの墓にも顔向けが出来ないからな。」


「そうか、そういやうちの家系は代々音楽で生きてきた血筋だったっけな・・・」


 ナオマンがニヤニヤとしながらグワマンの顔を覗き込む。


「とにかく、ミュージシャンとして親としてまだまだお前に俺の先は進ませない!お前も俺を超えたければ努力に努力を重ねろ!そうすれば、おのずと道は開けてくるというものだ、分かったな!?」


「親父・・・」


 ナオマンが満面の笑顔を浮かべてすっと立ち上がり、右腕を突き出して力こぶを作る。


「上等だ!だが覚えとけ、俺はすぐに親父の域まで追い付いて、あっさり追い越しちまうからな!その時に泣き言を言っても俺はもう聞く耳持たねーからそこんとこをよーく頭に入れとけよっ!!」


「お前こそ、俺の背中が見えなくなるほど差をつけられたからといってヤケ起こしてクスリの海に溺れるんじゃねーぞ!!」


 グワマンも負けじと立ち上がり、右腕を突き出してナオマンの右腕に強く絡めてやった。


「今日からが本番だ!これからもお互いこの業界で頑張り続けるぞ!!」


「ああ!!」 


 グワマンとナオマンは、互いの今後の健闘を誓い合って抱擁を交わした。


 この瞬間、両者の間に本当の意味でかけがえのない親子の絆が誕生したのであった。




「ええい!また王様は遊びに出られたというのかっ!大体お前らがついていながらまんまと逃げられるとはどういう事だっ!!」


「「「面目ない!!!」」」


「もうよい!私も同行するから何としででも王様を連れ戻すぞ!!」


 セリフを一言一句忘れていない上に滑かつ舌ぜつも良く、大げさなジェスチャーでいい味を出しているグワマンの演技に監督はすっかり上機嫌になっていた。


「はい、カット!みんな良かったよ、特にグワマンね!」


「ありがとうございますっ!」


 普段から怒られている監督に珍しく褒められてグワマンが恭うやうやしく頭を下げる。


「どうしたんだグワマン?この前までと違って随分と活き活きしながら芝居してるじゃねーか?」


「はい、おかげさまで・・・」


 結局、グワマンは音楽活動を再開させたものの俳優業も捨てきれず、両方を並行させて芸能活動に取り組むようになった。だが、俳優業だけに専念していた頃に比べると演技力を筆頭に何から何までがこれまでとは別人のように冴えわたっていた。


「トランペット吹き出した途端にスイッチが入りやがったな、コノヤロ。」


「はは、見事に図星突いちゃってますよ監督。」


「よし、区切りがいいからここで一旦休憩だ!」


 和やかなムードの中での休憩宣言で周囲が安心感に包まれる。


「グワマン、行くぞ。」


「はい!」


 監督やスタッフたちと一緒にグワマンも休憩室へと引き上げる。


 無人となった現場の片隅には、毎晩欠かさず目を通しているグワマンの台本が裏にして立てかけられていた。


 そこには、黒いマジックではっきりと「頑張れ親父」というメッセージが添えられていた。

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