ラミア&リンダ
―仮装編―
「レイヤーゲーム?」
とある喫茶店の客席にてラミア・ハメソンは、生まれてはじめて耳にするその単語を改めて聞き返してみた。
「そ、レイヤーゲーム。ラミちゃんも一緒にやってみよーよォ。」
そう言って、おねだりをする子供のように腕をつかんで揺さぶってくるのはリンダベリー・スワローテイルの常套手段である。
「そんなゲーム聞いた事がないよ。まずはルールから分かりやすく説明してくれないかな。」
「ラジャッ!それでは早速ルール解説に入っちゃうよ!」
レイヤーゲーム。それは、特殊な衣装コスチュームを身にまとって活動するプレイヤー(以下、レイヤーと表記する)たちが町全体をステージとして戦うサバイバルゲームである。もちろん、拳や凶器を使った殺し合いなどではなくポイ(金魚すくいなどで使用する紙を貼ったすくい枠)のついたキャップ帽をかぶって水鉄砲で撃ち合い、紙を破かれたら失格という非常に分かりやすくかつ危険性の少ない競技である。
ルールとしてはキャップ帽のポイは常に的である紙部分を上に向けて立たせておく事と水鉄砲は威力による不公平が出ないために公式規定の製品を使用する事。ポイを引き抜いて服の中に隠す・規定外の水鉄砲を使用するといった不正行為が発覚したらその時点で失格となる。また、暴力行為は論外で発覚次第即座に失格ならびに永久追放処分となる。
これがリンダが勧めてくる“レイヤーゲーム”とやらの大まかな概要の流れだった。
と、そこまでは良かったのだがラミアは一つほど聞きそびれていたある見落としに気付く。
「ところで・・・これ、時間制限とか存在しないの?」
「あ~。ないない、そんなの。」
右手をヒラヒラと振りながらリンダがさも当たり前のように言ってくる。
「このゲームってさ、最後の一人になるまで無制限に続くんだよっ!」
両目をキラキラと輝かせながらリンダがさも当たり前のように言ってくる。
「でもその代わり、ゲーム中は町から出なければごはん食べててもお茶しててもショッピングしてても自由なの!てへっ☆」
舌を出してウィンクをしながらリンダが変なポーズを向けてくる。
そして、ここまで来るともはや突っ込む場所すら見えなくなってくる。
「全く、随分とおかしな企画を考え付く人がいるものだ。」
「ラミちゃん・・・」
だが、ラミアにはそこに隠れた企画者の純真な優しさと楽しむ気持ちのようなものがハッキリと感じ取れたのである。
「・・・レイヤーゲーム、僕も参加させてくれないか。」
だからラミアはすぐに承諾した。
「ラミちゃんっ最高っ!大好きだよぉっ!!」
「だけど、最後に二人が残ったら真剣勝負だからな!」
こうして、1ヵ月後にここ・マンチェスターにて開催される“レイヤーゲーム”にアイルランド人ミュージシャン、ラミア・ハメソンも参加する形となったのである。
「カメック先生、早く起きるのれ(で)す!」
「えっと・・・今日は学校だと思ったんだけど・・・」
側頭部を踏みつけられる感触でカメックが目を覚ます。
寝返って振り返ると、相方のテトラ・クロセウスが拗ねたような顔をしてこっちを見下ろしていた。
「そんなものやすんれ(休んで)やったのれ(で)す。ら(だ)からレイヤーゲームのテーマソングのレコーリ(ディ)ングを今すぐ開始するのれ(で)す!」
「確かに詞も曲も出来上がってはいるけど・・・」
ベッドから起き上がり、顔を洗って残っている眠気を振り払いながらカメックが続ける。
「君は学校をサボった上にそんな格好でここまで来て勝手に上がり込んだってワケだよね?」
苦笑いを浮かべながらも優しく、澄んだような眼差しがおよそ日常生活ではあまり考えられないような可愛らしい服装に身を包んだクロセウスへと向けられる。
「何を言ってるのれ(で)すか。“学校なんて辛かったらやすんれ(休んで)しまえばいい”とか“あまり違和感がないていろ(程度)のコスプレなら外を歩いても構わない”とか“合鍵渡すから僕のアトリエに自由にれはいり(出入り)すればいい”とか私に言ってたのは他ならぬカメック先生ら(だ)ったれ(で)はないれ(で)すか。」
両手を腰に当ててクロセウスが胸を張る。
「確かにそれは全部僕が君へと伝えてきた言の葉だ。いいよ、すぐレコーディングに入ろう。」
「当然れ(で)す。レイヤーゲームの名に恥じない最高のサウンロ(ド)を作り上げてやるのれ(で)す。」
クロセウスが先頭を切ってレコーディングルームへと向かう。
「それと、私もレイヤーゲームに参加をするのれ(で)後れ(で)手続きにろうこう(同行)を願うのれ(で)す。」
「了解。それはいいんだけど・・・」
「ろ(ど)うしたのれ(で)すか?」
「いや、何でもない。それよりも早くはじめよう。」
その場をうまく取り繕ったものの、カメックはそれを見逃すつもりなどなかった。
クロセウスのうなじに残る腫れ上がったその痛々しいまでの傷跡を・・・・・・
「ぐがあぁぁぁ!!!」
ブラチスラバ(スロバキア共和国の首都)の自宅の庭で炎を吐きながら骨付き肉を炙あぶり、程よい焼け具合になったところでキャリンナ・パチェクが大口を開けて豪快にかぶりつく。
「す、すごい・・・」
「これがブラチスラバの妖精・・・」
「いや、むしろモンスターの類のような気が・・・」
キャリンナのガーデンパーティーに招待を受けた3人の女性が当事者のありえない姿に食べる手を止めて呆然とする。
「んぐ?遠慮は無用だよ。ほらほら、ボケっとしてないでテーブルの上にある物を平らげちゃって。」
自分の行為に対して何の疑問も持たないキャリンナが手元のサラダをガツガツと食い散らかしながら女性たちに食を勧めてくる。
「今日は私たちがレイヤーゲームに参加する前夜祭だもん。こんな日にケチってたらもったいないおばさんが草葉の陰で泣いちゃうからね。」
意味の分からない事を言いながらビール(大ジョッキ)を一気飲みしてキャリンナがプハーッと大きく息を吐く。
「アーチャー、もったいないおばさんって誰?」
「さぁ・・・」
「カシュカッテ、古今東西の妖精に炎や吹雪を吐く種族なんていたっけ?」
「知らない・・・」
「ノッティ、彼女“私たちが”参加するって言ってたよね?」
「言ってた・・・」
「「「って事は・・・」」」
女性たちがハメられたと言わんばかりに顔を見合わせる。
「ん?何か聞きたい事でもあったりするの?」
「・・・・・」
意を決すると、3人は一斉に質問した。
「「「私たちもレイヤーゲームに参戦するんですか?」」」
「そんなもの、当然の当然!!もちのろんなのだぁ!!!」
キャリンナは、「当然のおたけび」を上げると夜空へと灼熱の炎を吐き上げた。
「心配しなくてもあなたたちも一緒にエントリーしておいたから手続きは済ませてあるよ。もちろん、競技中は遠慮なく手足として働いてもらうからそのつもりでね、パフォームの皆さん☆」
かくして、キャリンナはイタリア発の音楽グループ“パフォーム”のメンバーまでもを巻き込んでレイヤーゲームへの参戦を表明したのであった。
その日のマンチェスターは、白い雲が割って入る隙間もないほどに隅々まで晴れわたっていた。
「レイヤーゲームにご参加の奇抜なファッションに身を包んだ皆様、おはようございます!」
『おはようございます!!』
「私、当ゲームの企画者にして司会を務めさせていただくヘンリー・ウォレスと申します。普段は当教会にて牧師なぞやっております。」
壇上にて牧師ヘンリー・ウォレスが深々と頭を下げる。
「それでは早速ルールの説明をいたします。」
ヘンリーは、“レイヤーゲーム”のルールを事細かに説明するとすぐに準備を進めた。
「今から共通のポイ付きキャップと水鉄砲をお配りします。くれぐれもポイを引き抜いて隠したりその水鉄砲以外の方法でポイを破いたりマンチェスター市内を離れたりしないように。それと、不正行為や暴力行為に及んだ場合は・・・いかなる報いを受けようとも私どもは責任を一片たりとも負うつもりはございませんのでその辺も含めてよろしくお願いします。」
ヘンリーが話を続けているうちにスタッフによってキャップと水鉄砲が人数分ほど配られて準備は完了した。
「今から15分後、花火が上がり音楽が流れ出したその時がゲームの始まりです。その間にうまく町中に溶け込んで相手に悟られぬよう行動する事がこのゲームのポイントとなります。では皆様、ご健闘をお祈りします!」
ヘンリーが笛を吹くと、総勢90名の参加者たちは教会を飛び出して散り散りとなっていった。
「全く、大した情熱だ。次回作はこれを題材にしてもいいぐらいだよ。」
キャップを配ったスタッフの一人である漫画家キシャーネ・ノザラスが開けっ放しになっていた扉の方を見ながらしみじみとつぶやく。
「次の選挙ではコスプレ演説をして有権者たちの度肝を抜く必要があるのかもしれませんね。」
水鉄砲を配った同じくスタッフの一人である女性議員ペルセポネ・ハイウカスもノザラスに同じく参加者たちの熱意に魅せられていた。
「きっと彼らのような人たちがこの世界を正しく形作っているのでしょうね。」
そして、ヘンリーは開け放たれたままの扉を閉めるといつもと変わらない穏やかな笑顔を浮かべながら自室へと引き上げたのである。
「無論、そんな彼らを守る立場の方々も含めてですけどね・・・」
去り際に、そんな言葉を残して。
「おぉ~。ラミちゃんのコスプレがかわゆく(可愛く)て視線が釘付けだよ~。」
「あ、あまりジロジロ見ないでくれないか・・・」
ちょっと前に流行っていたアニメに登場した学校で着られていた制服に身を包んでいたラミアを見ながらリンダが恍惚こうこつとした目線を向けてくる。
「それに、リンダだってものすごく可愛いよ。ギターまで持って本格的じゃないか。」
「えへっ。この衣装、私の自信作なんだよね~。」
それはお世辞などではなく本心から出たラミアの気持ちだった。リンダが着ていた制服は、つい最近まで大ブームを巻き起こしていたガールズバンドのアニメで着られていた制服で、彼女は作中で使われていたギターのレプリカまで持参してこの“レイヤーゲーム”に参戦しているのである。
「前にも言ったけど、最終的には僕らも敵同士だ。途中までは共同戦線を張るけど最後に僕らだけが残ったらその時は真剣勝負だからな。」
「上等だよ~。でも・・・簡単には負けないよっ!」
そんなやり取りをかわしながら二人が開始の花火が上がるまでをアーケード街でぶらぶらと過ごしていたその時である。
「危ないっ!!」
「わっ!」
ラミアは、リンダの腕を引っ張ってその水撃から的がそれるよううまく回避させた。
「ふん、せっかく一人仕留められるかと思ったのに。」
死角から挑発的な服を着た女が姿を見せる。
「まだゲームが開始されてもないのに攻撃を仕掛けてくるとは随分とご挨拶だな。それに、非公式の水鉄砲を使う行為は反則だったと記憶しているけど?」
女の手には先ほど配られた水鉄砲とは異なる明らかに大きくて威力の強そうな水鉄砲が握られていた。
「あれ、そうだったっけ?私あの牧師が説明してる間ずっと考え事してたからルールがよく分からないんだよね。」
不正行為に二つも手を染めておきながらこの言い草である。
「まぁいいや。今は勘弁しておいてあげる。だけど、またすぐに奇襲してあんたたち仲良く始末してやるから覚えておきなさい!」
そこまで言うと女は眼鏡(コスプレ用)を掛け直す仕草をしながらラミアたちの前から去って行った。
「全く、コスプレをする者の中にもああいう非常識な輩がいるのかと思うと残念な限りだよ・・・」
「ラミちゃあん!」
「わわっ!」
水撃を回避出来た安堵感からかリンダが半泣き状態でラミアの腕にしがみついてくる。
「危なかったよぉ~・・・ラミちゃんがいなかったら私、開始前に消されてたよぉ・・・」
大げさでなくあの威力なら間違いなく一撃でポイは簡単に破られていただろう。
「大丈夫。リンダは必ず僕が守り通して見せるから。だからもう、泣いちゃダメだ・・・」
いきなり平然と不正を行う相手と出くわしたのは不愉快極まりなかったが反面これで更なる注意力をもってこの先に臨めるワケだからこれはこれで良かったのかもしれないとこの時のラミアはそう考えていた。この“レイヤーゲーム”が一部の人間によって思わぬ展開と思わぬ結末を迎える事などつゆ知らず、そう考えていたのである。
やがて、教会の方から花火の打ち上げられる音が鳴り響き、直後、テーマソングが流れ出してレイヤーゲームが本格的に幕を開けたのであった。
「ら(だ)から、ろ(ど)うして私に付きまとってくるのれ(で)すか!」
テトラ・クロセウスはニヤニヤしながらずっと後からつけてくるアトロポス・クマエリュスに対してついに怒りを爆発させた。
「別にいーじゃんかよ。同じギリシャ人同士仲良くしようぜ。」
だが、一切悪びれる素振りも見せずにクマエリュスが馴れ馴れしくクロセウスの首に腕を回してくる。
「らいたい(大体)クマエリュスの懲役はまだ3年ぐらい残っていたはずなのれ(で)す。それがろ(ど)うしてこんなに早く・・・」
「あたしは模範囚だったから看守たちが出所を早めてくれたのさ。それに・・・カメックの奴があたしなんかに気を遣って署名付きで減刑嘆願書なんて物を出してくれてたらしいからね。」
クマエリュスが勝ち気な顔つきでウィンクを仕掛けてくる。
「で、そのカメックからあんたを守るようにあたしが言付けられたってワケさ。」
「・・・・・」
今回、レイヤーゲームのテーマソングを作ったカメックは、警備スタッフの一員としてマンチェスターの町を巡回する役目を任されていたのでレイヤーとして参加したクロセウスとは完全に別行動だった。
「はぁ・・・そういう事なら仕方がないのれ(で)す。せいぜい私の邪魔にならないよう動いてろなのれ(で)す。」
クマエリュスの腕を振りほどくとクロセウスは特にあてもなく先へと進んだ。
「おい、ちょっと待てっての!」
クマエリュスもすぐにその後をつけてくる。
「そのコス知ってるぞ?何かのゲームでやってたロボットメイドのヤツだろ?」
「そんなの知った事かなのれ(で)す。」
「あ、それとあたしの衣装はビキニアーマーっていって戦う女の格好だからな!」
「そんなのろ(ど)うれ(で)もいいのれ(で)す!」
マンチェスターの住宅街を二人のギリシャ人が噛み合わない会話で盛り上がりながら歩いていた。
「やられたぁ!」
「ちっくしょォ!!」
軽快な動きと的確な射的で次々と他のレイヤーたちのポイを破りながら怪物メイクを施して変な衣装に身を包んだノッティ・アーチャー・カシュカッテの3人組ユニット“パフォーム”が郊外の公園へといたる道で快進撃を繰り広げる。
「ハーッハッハッハ!我らがファッションモンスターズにかかってしまえば他のレイヤーなど赤子も同然なのだぁ!!」
しかし、その快進撃に誰よりもご満悦だったのは何もせずに後ろでふんぞり返っているだけの同じく怪物メイクを施して変な衣装に身を包んだキャリンナ・パチェクに他ならなかった。
「ねーキャリンナ?私たちに全部押し付けてないでたまには自分も一緒に戦おうとか思わない?」
「別にこういうゲームが嫌いなワケじゃないんだけどさ、私たちだけが動き回ってて一人だけが何もしないで威張ってるとか違うんじゃないのかな。」
「そうだよ、やっぱり同じファッションモンスターズのコスプレ同士なんだから協力バトルに切り替えてもバチはあたらないと思うんだけどね。」
いい加減現状に疑問を感じたのかパフォームのメンバーが次々に口を挟んでくる。
「黙れぇ!!人間風情が私に口出しをするなど100億年早いわぁ!!!」
「「「ひっ!」」」
だが、その一喝でキャリンナは完全にパフォームを沈黙させてしまったのである。
「パフォームのみんな、よーく聞いて。私はね、みんなを見守る立場にあるの。だからみんなが絶体絶命のピンチに陥ったときにだけ戦列に加わって救援に入るって役どころになるんだよ。つまり、みんなが余裕ぶっこいて戦っている間は高みの見物を決め込んで許される立場にあるというワケなのだ。」
意味の分からない理屈を並べながらキャリンナが一人で納得したかのようにうんうんとうなずいている。
「さ、公園に着いたら休憩のプチパーティーを開くからさっさと進むんだぞォ!」
パフォームのメンバーは、やれやれといった感じでキャリンナに促されながら再び公園へといたる道を進むのであった。
「ギヒヒ・・・お嬢、あの娘たちまとめて食っちまってもいいんですかい?」
「ああ、許す。このレイヤーゲームを陰惨いんさんな余興にして世に広めるのが私の狙いだからな。それに・・・私が止めたところで下半身の欲望を抑えられるお前ではないだろう?」
「へっへ、よく知っている事で。」
明らかに不審な男女に物陰から見られているとも気付かずに。
「・・・参った!!」
五人のレイヤーとの銃撃戦(水鉄砲による)を制してクロセウスとクマエリュスの二人は粘り強く生き残った。
「やったぜオイ!こりゃ最後に残るのはあたしら二人で決まりだな!」
「ク、クマエリュスがいい意味れ(で)予想を裏切る動きをしてくれたからここまれ(で)来れたのれ(で)す。私一人れ(で)はきっとろ(ど)こかれ(で)もうやられていたに決まっているのれ(で)す。」
クロセウスの謙虚な態度にクマエリュスの顔がどんどんニヤけてくる。
「何言ってんだよ。あんたもいい動きといい銃捌さばきをしてたぜ。流石は神サウンドの歌い手ってヤツだよな。」
「・・・そっちこそ、流石はカメック先生が認めた唯一のグラビアアイロ(ド)ルら(だ)けの事はあるのれ(で)す。」
「・・・・・」
「・・・・・」
どちらからという事もなく手を差し出して二人は強く握手を交わした。
会話が噛み合っていなくとも最初から互いを気にかけていた両者の絆はこの時に確固たる形として誕生したのである。
「ぴぎゃっ!」
しかし、そんな純粋な想いに水を差すかのようにどこからともなく石が飛んできてクロセウスの頭部を直撃した。
「あれ~?お前クロセウスじゃん、何こんなトコで遊んでやがるんだよ。」
「おまけに何なんだその変な衣装はよ?元々気持ち悪いクセに今日は輪をかけてキモいんじゃねーの?」
物陰から明らかにクロセウスに石を投げつけたであろう褐色肌の少女たちが現れて因縁をつけてきた。
「い、今さら何の用れ(で)すか・・・わたしがろ(ど)これ(で)何をしていようともあなたたちには関係のない話なのれ(で)す・・・」
「またまたぁ。最近あんたがカルタクラブに顔出さねーからあたしら寂しいんだよ。また激しい奪い合いをしながら楽しもう・・・ぜ!」
少女の片割れがクロセウスを思い切り突き飛ばす。
「おい、いい加減にしろよ!」
傍で見ていたクマエリュスが少女たちの振る舞いに腹を立てて口を挟んでくる。
「さっきから見てりゃ随分とこの子に対して偉そうな態度を取ってるじゃねーか。お前ら何様のつもりなんだよ?」
「はぁ?あたしはデロババ、そんでこっちはボンババ。どっちもコイツと同じ高校に通ってる同級生さ。ちっと金がたまったんでここに遊びに来てみりゃてめーらが変な服着てウロついてるのを見かけて面白そうだから後をつけてたってワケだよ。」
「そんな事は聞いてねーんだよ。だからなんでこの子にそんな偉そうに振る舞ってるんだって聞いてんじゃねーかよ。」
「あん?決まってんだろ、こいつがあたしらの金づるで小間使いで都合のいいサンドバッグだからだ・・・よっ!」
そこまで言うと、少女 ―デロババ― は、クマエリュスの横槍などお構いなしと言わんばかりに激しい平手打ちをクロセウスの頬に見舞った。
「お前ら・・・いい加減にしろって言ってんだろうがっ!!」
クマエリュスが腫れ上がった頬を手で押さえながら黙りこくっているクロセウスの前に立ち塞がって両手を広げる。
「お前らが学校でどういう関係にあるのかは知らねーし知りたくもねーけどこれ以上この子に危害を加えるというのならあたしが黙っちゃいないぞっ!」
「クマエリュス・・・」
しかし、そんなクマエリュスの真摯な気持ちもデロババの悪辣あくらつさの前では全くの無力に過ぎなかった。
「けっ、面白ぇ!だったらテメェもついでに骨の髄まで痛めつけてやるよ・・・ボンババ!!」
「アイサッサ!」
デロババの合図でもう一人の少女 ―ボンババ― は、懐から笛を取り出していきなり吹き始めた。
「ウィー!ウィー、ウィー!!」
そして、それに伴いデロババが意味の分からない奇声を張り上げる。
すると、裏通りから巨大な象に乗った人相の悪い男たちが現われた。
「娘たちよ、我々に何用だ?」
先頭に座っていたこの象の飼い主とおぼしき男性が口を開く。
「そこの女とその後ろにいるあたしらのパシリやってる女が生意気でね。最終的にはどっちも殺しちまうけどその前にたっぷり痛ぶっておきたいんだよ。だからあんたらも手を貸してくんな。」
男は熟考する。やがて。
「・・・よかろう。ならば仕上げは我が愛象“アン・タラホン・マニ・アホジャ・ワー”で踏んで壊れるかどうかの踏襲劇にしようぞ!」
「かーっ!それ最高!あんたも大概ワルだね~!!」
「そりゃインド人でなくてもビックリだっての!!」
男の妙案にデロババたちが歓喜の声を上げる。
「ちっ、2人に対して7人と1匹とか卑怯すぎるだろ・・・」
「ろ、ろ、ろ(ど)うすれば・・・」
「心配はいらないよ。こんな連中の浅知恵にあたしらが屈するはずがないんだ。イザとなりゃどうにかなるってもんだよ。」
顔面蒼白状態のクロセウスを気遣って言葉を選んだクマエリュスだったが、内心は恐怖心で満ちていた。
マンチェスターのスラム街で、二人の女性が命の危険に晒されていた。
「そこっ!」
「覚悟っ!!」
ゲームセンターの店内でラミアとリンダが次々と他のレイヤーたちのポイに穴を開けながら失格に追い込んでいく。
「いや~参った参った。あんたらに見つかっちまうなんてツイてねーや俺。」
「私、負けちゃったけど楽しかったよ。だけど次こそはあなたたちを倒すからね!」
「悔しいけどやられた相手があなたたちで良かったよ。」
だが、負けたレイヤーたちに不平不満を言う者は誰一人おらず、みんな納得の表情で引き上げて行った。
「・・・ふぅ。結構疲れてきちゃったかもな。」
ラミアが汗を拭きながら大きく息を吐く。
「えへ~。ラミちゃん年なんじゃないの~?」
「失礼な、僕はまだ33歳だぞ。」
リンダの指摘にラミアが思わず切り返す。
「・・・でも、こういうイベントを町レベルで大々的に行えるようになったのは本当に素晴らしい事だと思う。僕がリンダぐらいの年だった頃にはコスプレなんて完全に奇異の目で見られるだけの色物文化だったからね。」
「ラミちゃん・・・」
「だけど、今やコスプレは趣味の枠を超えて大げさでなくアートの領域だ。地位向上に努め、コスプレに市民権を与えてくれた人たちに僕らは感謝をしなくちゃね。」
ラミアの遠い目は、自身が青春時代を過ごした1990年代の残像を追っているかのようだった。
「・・・って、ラミちゃん、危なーい!!」
「!!」
それは時間にしてほんの数秒間の出来事だった。
ラミアを狙って死角から現われた水鉄砲の水撃は、彼女を突き飛ばして身代わりとなったリンダのポイを容赦なく引き裂いたのである。
「リンダっ!!」
「・・・えへへ、私のレイヤーゲームもここで終わっちゃった。」
この時点でリンダの失格も確定した。
「ごめんよ、僕がボヤっとしていたばっかりに・・・」
「いいのいいの。私もさっきラミちゃんに助けてもらったんだからこれでおあいこだよ。それに、同じやられるにしてもこんな形でやられちゃった方が格好だってつくってもんじゃない。」
口でそう言ってはいたものの、リンダはどこまでも寂しそうな目をしていた。
「じゃあ、先に教会で待ってるからね。」
ラミアの肩をぽんと叩くとリンダも先ほど一戦を交えたレイヤーたちに同じく速やかに引き上げて行った。
「あら残念。これであんたの盾になる存在は消え失せちゃったわね~。」
死角から「公式外の大型水鉄砲でゲーム開始前に奇襲攻撃を仕掛けた女」が姿を見せた。
「本来ならあんたを先に消すつもりだったんだけどまぁいいわ。すぐにあの子の後を追わせてあげるから感謝しなさい!」
「・・・言いたい事はそれだけか・・・」
その時のラミアからは明らかに異質な空気が流れていた。
「ほう、これは面白い・・・!」
女はラミアから醸し出される緊迫した空気を歓迎しているかのようにニヤリと笑ってみせた。
「悪いけど、僕を本気にさせた報いを受けてもらうぞ!!」
やがて、ラミアの体からは黄緑のオーラが沸き起こり気がつけば彼女はそれを全身にまとっていたのである。
「リンダベリー・スワローテイル、健闘空しく敗れてしまいました!」
「リンダ、よく頑張りました。では空いた席に座って下さい。」
「はい!」
リンダは、これまでの脱落者と同じく教会に戻ってヘンリーに報告を済ませると、空いた席を見つけて着席した。
「もう大分戻って来たな・・・ハイウカス、これで何人目だ?」
「この子で81人目よ。これで生き残りは残り9人ね。」
ノザラスとハイウカスが共同で現状の確認をする。
総勢90人の参戦で幕を開けたこのレイヤーゲームも10分の1を残すのみとなっていた。
「じゃあ、誰がまだ残っているか分かるか?」
「えっと・・・」
名簿を見ながらハイウカスが読み上げる。
「ラミア・ハメソン。テトラ・クロセウス。アトロポス・クマエリュス。ノッティ・アーチャー・カシュカッテのパフォーム3人娘。キャリンナ・パチェク。それから・・・ニック・シジーマンとワルーヤ・チャムカサーラの計9名ね。」
最後の2名を読み上げた時にハイウカスの声のトーンはやや下がり気味になっていた。
「どうした?終わりごろ元気なさそうな声になってみたいだが。」
「このニックって人とワルーヤって人からはあまりいい噂を聞かないから・・・」
ハイウカスの表情が見て分かるほどに曇っていた。
「心配はいりませんよ、ハイウカス。」
だが、そんな時でもヘンリーは笑顔を崩さなかった。
「確かにこのレイヤーゲームに参加する者の中にも狼藉を働く可能性のある人間はいるかもしれません。いや、下手をすれば全く関係のない部外者が紛れ込んで狼藉を働く場合もあるかもしれません。ですが、そうなっても適切な対処が出来るように我々も策を施しているのです。」
「ヘンリー牧師・・・」
「さあ、心配事はこのぐらいにしてお茶にでもしましょう。ノザラス、ハイウカス。ここにいる皆様にお茶とお菓子を用意して差し上げなさい。」
「「・・・・・」」
「あなた方の分もちゃんと取ってありますから。」
「「よろこんでっ!!」」
昼下がり。
大人数を集めながらもささやかなお茶会が教会にて催されていた。
「いやあぁぁっ!!」
「オラッ!逃げ回ってるんじゃねぇ!!」
レイヤーたちを退けながらたどり着いた公園で、プチパーティーを開くべくキャリンナにジュースとスナックの買い出しを命じられたアーチャーが、手ぶらのままで明らかに危なそうな風貌をした男に追いかけられながら戻って来た。
「「アーチャー!!」」
ノッティとカシュカッテが血相を変えてアーチャーの元へと駆け寄る。
「ヒッヒッヒッヒ・・・逃げられねーぞ、メスっ子ちゃんたちよ・・・」
男が下卑た笑い声を立てながら鼻息を荒げてにじり寄ってくる。
「ねぇノッティ、キャリンナはどこに消えちゃったのよ?」
「し、知らないよそんなの!何か出してくるとか言ってそのまんまいなくなっちゃったんだから!!」
「そんなのいいけどこのオジサン何なのよ!!」
「私が知るワケないでしょ!」
パフォームの女の子たちは恐怖で体がすくみ上がっていた。
「なに、命までは取りゃしねぇ。性的な意味で面倒かけるだけだから気に病む心配は一切ねーぞ。」
「待て、ロキ。その前にやっておく儀式がある。」
狼藉を働こうとする男・ロキの前にその親分とおぼしき女がストップをかける。
「何でいお嬢、男の欲望がはち切れる手前で横槍たぁ不粋な・・・」
「スタンフラッシュ・ライト!」
「「「きゃっ!」」」
女の目がアーチャーたちへ向けて鋭い光を放つ。
「ちょっと、何これ・・・」
「体が動かないよ、どうして・・・」
「このままじゃあ私たち・・・」
すると、アーチャーたちはその場に立ち止まったまま身動きすら取れなくなってしまったのである。
「まずは失格おめでとう。」
女は、懐から公式ではない大型の水鉄砲を取り出すと発砲し、アーチャーたちのポイを破ってしまったのである。
「そ、そんな・・・」
ノッティが落胆の声を上げる。
「こんな時にキャリンナは何してんのよあのバカ忍者!」
カシュカッテがこの場にいないキャリンナに怒りの声をぶつける。
「・・・従来ならばスタンフラッシュは全身の麻痺とともに意識をも奪い取る魔法の一種だ。だが今回は人が苦悶と絶望に歪む様を見届けたかったから意識は残しておいた。さあロキ、心置きなくその娘たちを辱めるがよい。」
ノッティやカシュカッテの声などお構いなしといった感じで女がロキを煽る。
「おうおうチャムカサーラのお嬢もワルだねぇ。だけどそれでこそお嬢だぜ、へっへっへ・・・」
ロキがニヤニヤとしながら再び下卑た笑い声を立てる。
「ヒッヒッヒ、どのメスっ子から食っちまおうか・・・」
ロキがアーチャーの胸元へと手を伸ばしかけたその時だった。
「オウ~・・・オウウウ~・・・・・・」
公園の茂みの方からうめき声が聞こえてくる。
「オゴゴゴゴゴ・・・オボオォォォ~・・・・・・・・・・・」
そのうめき声は段々と大きくなって公園中に響いてくる。
「な、何でいさっきから気味の悪い!」
「妖怪、どこだ・・・」
ロキと女・チャムカサーラが怪訝な顔をして辺りを見渡すも何も見当たらない。
「チッ、まぁいい!とっととこいつらを・・・」
「オバボボボボ・・・グボェェェ~・・・・・・ブバボオォォッ!!!!!」
茂みの奥から何かが吐き出される音が轟いた。
「それじゃあお楽しみと・・・」
「とくと見よ!これが今回の口から吐き出した我が子の卵なのだぁ!!」
「「「キャリンナ!!!」」」
直後、姿を消していたキャリンナが大型で奇妙な色合いの卵を抱きかかえて現れた。
「ん?みんな何遊んでるの?」
「これが遊んでるように見える?」
「アーチャー、買い出しは済ませた?」
「それどころじゃないって察してよ!!」
「あれ?どうしてみんなポイ破れてるワケ?」
「だから問題はそういうところじゃなくって・・・」
そこでキャリンナは目の前にいるロキとチャムカサーラに気付く。
「この暴漢面のオジサンと根性の悪そうな眼鏡ギツネは誰?みんなの知り合いか何か?」
「黙れ、妖怪。」
「あっ!」
チャムカサーラは不意をついて水撃し、キャリンナのポイまでも破いてしまった。
「・・・私のポイ、破いちゃったね?それも公式規定外の水鉄砲を使って破いちゃったね?」
顔を引きつらせながらキャリンナが問いかける。
「それがどうした妖怪女。不正上等、ルール違反上等。このワルーヤ・チャムカサーラ様の前ではどんな悪事も許されるのだ。」
「ま、そういうこった。次は俺様が衣装を破り散らしてやるからせいぜい覚悟しな!」
しかし、ロキとチャムカサーラの口から出てきた言葉はキャリンナを怒らせるだけだった。
「お嬢!こいつもさっきので動けねーようにしちまいやしょうぜっ!!」
「そうだな・・・スタンフラッシュ・ライト!」
チャムカサーラの目が鋭い光を放つ。
「ヒッヒッヒ。妖怪女、てめぇは手荒くおもてなしをしてやるからせいぜい覚悟しな・・・」
「ぶへらっ!?・・・な、何だと・・・」
キャリンナに手を出そうとしていたロキの顔面に拳が直撃した。
「どうなってやがんだお嬢!あいつ、普通に動いてるじゃねーですかい!!」
「ぐぬぬ・・・ならば意識をも奪い取ってくれる!スタンフラッシュ!」
再びチャムカサーラの目が鋭い光を放つ。
「ぶほっ・・・」
しかし、直後にチャムカサーラは腹部へと蹴りを食らった。
「私の眼光を浴びて・・・動けるというのか・・・?」
「・・・・・」
少しずつキャリンナの形相が鬼と化していく。やがて。
「お前たち・・・この私を本気の本気で怒らせてしまったな・・・」
キャリンナの怒りに伴い卵にヒビが刻まれる。
「暴行目的で女の子を追い回す・・・規定外の水鉄砲を使用して普通の参加者たちを失格に追い込む・・・そして、動きを封じた上で女の子に乱暴を働く卑劣男とそれを傍観して楽しむ性悪女・・・・・・もー絶対に許さないのだぁ!!!!!」
キャリンナが怒りの咆哮を上げると、空は灰色の雲に覆われ辺りでは風が吹き荒れた。
「けっ!ガキが俺のやる事にいちいち口出ししてんじゃねーや・・・うらあっ!!」
勝機があると見たのかロキが殴りかかるもキャリンナは簡単に回避する。
「へん!ちょこまかと鬱陶しいんだよ・・・」
「うがががが――――っ!!!!!」
再び拳を振り上げたロキに向かってキャリンナは口からレーザー砲を放った。
「・・・って、ありえねーだろーがぁぁ!!!」
砲撃をまともに受けたロキは、その爆発の中に消えて塵と化した。
「さあ、次は・・・」
キャリンナの鋭い視線がチャムカサーラへと向けられる。
「やられてたまるか・・・ディープミスト!」
チャムカサーラは霧を起こしてキャリンナの視界を奪い、その隙を狙って逃亡を試みた。
「しばらくその霧の中でさまよっているがいい・・・」
「愚か者!小細工を使おうとも私の心眼でお前の動きなど丸見えのモロ見えなのだぁ!!!」
「何だと・・・!」
「ぐがががが―――――っ!!!!!」
キャリンナは、霧の中で凍てつく吹雪を吐いた。
「ぐあーっ!」
それは、逃げようとするチャムカサーラを的確に捕らえて直撃した。
「ふ、不正を働いたバチが当たったというのかっ・・・!」
そして、チャムカサーラは目を剥いて苦痛に歪んだ顔をしたまま氷の棺に閉じ込められたのであった。
「お前のような粗大ゴミは宇宙の塵ちりとなるのがお似合いなのだぁ!!!」
キャリンナは、そんな氷の棺を念力によって上空の遥か彼方へと飛ばしてしまった。
こうして、貞操の危機に面していたパフォームはキャリンナの底知れぬ力によって最悪の事態を回避出来たのである。
「あ、ようやく動けるようになったよ。」
「良かった・・・キャリンナ、ありがとね。私たちやっぱりあなたが必要なんだよ。」
「でも、あのままお空に消えたチャムカサーラはどうなっちゃうのかな?」
「キッシッシ。あの性悪女狐はきっと今ごろ大気圏で消滅して塵ちりと化しておるのだぁ・・・」
キャリンナの冷酷な笑い声と物言いにアーチャーたちは思わず顔を見合わせる。
「ノッティ、やっぱりこの子ヤバくない?」
「カシュカッテ、そんなの今に始まったワケでもないでしょ。」
「二人とも、とりあえず今は黙っておこう・・・」
「アギャーッ!!」
そんな中、キャリンナが口から吐き落とした卵が割れて中から怪獣の赤ん坊が姿を見せた。
「ほっほっほ、愛い奴め。今日からお主は我が息子として可愛がってやるから楽しみにしておるのだぞ・・・」
キャリンナは、ご満悦といった感じで怪獣の赤ん坊を抱きしめると優しくその頭を撫でてやった。
そこにはもう、ポイを破られた悔しさなど微塵みじんも残ってはいなかった。
「ぐふっ!」
腹部への激しい一撃をうけたクロセウスが吐血する。
「卑しいだけのギリシャ女め、このデロババ様から逃げられるとでも思ったか!」
意識が朦朧としているクロセウスにさらなる一撃が見舞われる。
「ううっ・・・」
「おっと、まだおネンネはさせねーぞ!」
背後でクロセウスにしがみ付いて動きを封じているボンババが彼女の両腕を締め上げる。
「ぴぎゃーっ!」
激痛によってクロセウスの意識が再び揺り戻される。
「いいぞボンババ、そのまましばらく続けてろ・・・おい!そっちはまだ終わんねーのかよ!!」
デロババが象に乗ってやってきた男たちに向かって声を張り上げる。
「もうちょっと待ってくれ!こいつ結構しぶといんだよ!!」
男たちは、5人がかりでクマエリュスと戦っていた。
「はぁ、はぁ・・・」
衣装を傷物にされ、体にもかなりの深手を負っていたがそれでもクマエリュスは立ち上がり、男たちと互角の戦いを演じていた。
「まだやるってのかよ、強情な奴め!こうなったらとことん痛めつけてやる!!」
「上等だね!あんたらみたいな連中に頭を下げて屈するぐらいなら戦って散ったほうが本望だ!!」
「だったらお望み通り散華さんげさせてやるよこのアマぁ!!」
クマエリュスは、圧倒的不利な立場にありながらも戦う道を選び続けていた。
男たちはそんなクマエリュスの闘志の前に手こずり、戦闘は膠着こうちゃく状態となっていた。
「チッ、腑抜けどもめ・・・もういい!おいセトタ、この象借りるぞ!!」
デロババは、飼い主であるセトタの返事も待たずに象に跨った。
「ボンババ、やるぞっ!」
「えっへっへ、やっちゃいますかぁ?」
ボンババが下卑た笑い声を立てながらクロセウスの両手と両足を縄で縛り付ける。
「や、やめるのれ(で)す・・・」
か細い声で抵抗するクロセウスだったがそんなものが届くはずなどなかった。
「おらよっ!」
ボンババが背中を蹴り飛ばしクロセウスがうつ伏せに倒れこむ。
「ぐえっへっへっへ・・・準備完了!」
「よーし今から人体実験だ!人間が象に踏まれたらどうなるか、このギリシャ女でたっぷり試してやる・・・行くぞ!!」
「パオーン!!」
巨大な象が倒れているクロセウスの元へと歩みを進める。
「ろ(ど)うすれば・・・」
「ヒャーッハッハァ!あたしのサンドバッグ風情が音楽ユニットのヴォーカルとか調子こいてるからこうなっちまうんだよぉ!!心臓潰して頭蓋を粉々に粉砕してやんぜぇ!!」
象があと一歩を踏み込んだらクロセウスの頭部を直撃するその時だった。
~いたいけな少女の心を踏みにじり、命までもを奪おうとするケダモノよ、報いを受けるがいい!~
クロセウスとクマエリュスの脳裏に声が響いてくる。
次の瞬間、上空から何かが降ってきて衝突し、デロババは象もろとも弾き飛ばされた。
「あぎゃん!」
象から転げ落ちたデロババが醜い悲鳴を上げる。
「おいおいマジかよ・・・」
クマエリュスがため息混じりに苦笑いを浮かべる。
「あぁ・・・お目にかかれるなんて光栄の限りなのれ(で)す・・・」
すぐ近くにいたクロセウスにはその輝きはあまりにもまぶしかった。
「・・・ってさ、このキンキラキンは何の冗談だよ?」
ボンババが意味不明といった感じで顔を歪めてみせる。
いつの間にかセトタたちも戦闘そっちのけで輝きの方に目を奪われていた。
「象まで出てきて随分と盛り上がっているみたいじゃないか。面白そうだから僕も強制的に参加させてもらうよ・・・」
視線の中心にカメックがいた。
「金色の獣と一緒にね!」
伝説の聖獣・イクノンを連れて。
「へん、誰かと思えばクロセウスとユニット組んでる物好きオタク野郎のお出ましかよ。」
デロババが余裕綽々(しゃくしゃく)といった感じでニヤリと笑う。
「あ、あたしこのカメックって奴知ってるぞ。学校でも職場でも散々いじめられてた上に親にまで匙さじを投げられて最後は絶縁も同然の形で家を出て行ったとかいう悲しいチェリーちゃんって話だぜ。」
ボンババがカメックを指差しながらクククと笑う。
「かー!そりゃ傑作だ!!新世紀のギリシャ神話はこいつやらクロセウスの“いじめてオーラ”全開のお涙頂戴ストーリーたちの寄せ集めになっちまうんじゃねーのかよっ!?ほんとアレか?インド象もびっくりってかぁ!?」
~ならば、本当にそこの禍々しきインド象を驚かせてさし上げましょう・・・~
カメックとクロセウスとクマエリュスの脳裏に、イクノンの声が響いてきた。
「ごがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
直後、イクノンは激しい炎を象に向かって吐き出した。
「パオー!!」
「ア・・・アホジャ・ワー!!」
セトタの叫びも空しく象が炎に包まれる。
~我が炎は邪悪なる者に対しては容赦なき業火をもたらす・・・この魔象、あなた方に懐いていたという事はさぞや方々で悪行の限りを尽くしていたというワケなのでしょうね・・・~
「おい、う、嘘だろ、おい・・・」
デロババが信じられないといった表情で後ずさる。
「残念だだけどこれは全てがノンフィクション。君は今、全力で新世紀ギリシャ神話の1ページに下劣な悪役としてその名を刻んでいるのだよ。」
両手を広げてカメックが大げさにポーズを取ってみせる。
「カメック先生・・・気をつけるのれ(で)す・・・レ(デ)ロババは・・・」
傍らで、満身創痍のクロセウスが声を絞り出してカメックに忠告をしようとしていたがそれは少し遅かった。
「・・・なーんてな!!」
「・・・・・!」
直後、デロババ渾身のボディブローがカメックの腹部を強襲した。
「ここまであたしの芝居に騙されるとは間抜けな男がいたもんだ。だからてめーは万年級のいじめられっ子なんだよっ!!」
「カメック先生っ・・・」
「カメック・・・!」
クロセウスが、クマエリュスが、イクノンが。
それぞれが悲痛な面持ちでその光景から目を離せなかった。
「き、君は・・・学校でもこんな汚いやり口でクロセウスをいじめていたのかっ・・・!」
あまりの激痛に両膝をつきながらもカメックが声を絞り出す。
「ご名答。放課後のカルタクラブじゃカルタを取り合うフリして蹴りを見舞ったり手を踏んづけたりしたしパシリ行かせて帰りが遅かったときは首根っこを竹刀で叩いてやったし極めつけはアレだ。生意気な口きいたらもれなく根性焼きをプレゼントしてやったな。」
デロババが自分の悪事を自慢するかのように語る。
「でもな、根性焼きってのは見える場所に刻んでたら周囲にバレちまうから意味がねぇ。これはな、背中とか太ももとか目につかねぇ場所にたっぷり植えつけてやるのがコツなんだよ。」
「なんて・・・卑劣な・・・」
何とか言葉を続けようとしたが、カメックは意識をなくしてその場に崩れ落ちてしまった。
「ケッ、口ほどにもねぇ野郎だ。・・・よーし、決めた。てめーら!!クロセウスとクマなんたらとこのバケモノは後で始末するとして先にこのカメ野郎を冥界に送っちまおーぜ!!」
「いーじゃんそれ!あたしも加勢すんぜ!!」
「アホジャワーを焼き殺した報いだ。たっぷり拷問した後で葬り去ってくれる・・・お前たち、行くぞ!」
「「「おう!!」」」
デロババの鶴の一声で、暴漢たちは一斉にカメックへと群がった。
「おい、やめろっ!」
「るっせー!!」
クマエリュスが止めに入ろうとしたが、デロババの一蹴りでそれはあっさりと阻止されてしまった。
「死にやがれカメ野郎!!」
カメックへの壮絶なリンチが幕を開けた。拳が、足が、凶器の数々が休む間もなくカメックを殴打する。
当のカメックは、気を失ったまま抵抗する事もなくその全てをくらいながらピクリとも動かなかった。
「カメック先生・・・」
「畜生っ・・・!」
満身創痍のクロセウスとクマエリュスは、その光景をただ悔しい気持ちで見ている事しか出来なかった。
~クロセウス。クマエリュス。心配はいりません。~
そんな中、二人の脳裏にイクノンの声が聞こえてきた。
~激しいリンチを受けてはいますが彼は全くの無傷です。~
眼前に広がる惨状を前に普段と変わらぬ穏やかな声音で考えられないような事を言う。
「ろ(ど)うして・・・」
「でもアイツあんなに・・・」
~ふふ、もうすぐ分かりますよ・・・~
その時、イクノンはいつもなら絶対に見せないようなイタズラな笑みを浮かべていた。
それは確かに頭蓋骨の砕ける音だった。
「あーあ!これでオダブツだな!!」
金属バットを振り下ろし、カメックにとどめの一撃を見舞ったデロババは嬉々としてそう吐き捨てた。
「にしてもよ、これどーすんだ?山奥に埋めちまうか?」
動かなくなったカメックの後頭部を踏みつけながらボンババがゲラゲラと笑う。
「おいおい、ここはマンチェスターだぜ。その辺に適当に捨てときゃ・・・」
「誰をどこに捨てるんだって?」
「あん、決まってんだろ。このカメックって奴が死んじまったからどっか人気のない場所に・・・?」
デロババは、背後に立っていた有り得ない存在に目を剥いて仰天した。
「あぎゃーっ!!」
そこに、つい先ほど始末したばかりのカメックがさも当たり前のようにたたずんでいたのである。
「さっきから随分と人形を相手に大勢で威勢よく暴れていたみたいだけどもう虐殺ショーはおしまいかい?」
「に、人形だとっ・・・!」
デロババたちが足元に転がっている「カメックだと思っていたもの」に目を向けると、そこにいたのはカメックの服を着ただけのただの木偶でく人形だった。
「そ、そんな・・・」
「はい、ドッキリ大成功!やっぱりこういう企画は最後に安心させて落とすオチじゃなくっちゃね。」
物陰からカメックに同じく「警備スタッフ」の腕章をつけた男性が姿を見せる。
「ろ、ろ(ど)うなっているのれ(で)すか・・・」
「あたしたち、ずっと木偶でく人形をカメックだと思い込んでいたってのかよ・・・」
クロセウスとクマエリュスが呆気に取られたような顔をしている。
「つまり君たちは僕の魔法でずっと幻覚を見ていたんだよ。その間、僕はいつ出てきてやろうかと物陰からずっとタイミングをうかがっていたワケなんだけど・・・ね、ピカ。」
カメックが物陰から現れた男性・ピカの肩を軽くとんと叩く。
「さて、悪趣味な虐殺ショーが終わったのなら続いては僕の魔法のお披露目会に入ろうか・・・!」
穏やかな笑顔を携えながらもその声にはほんのりと怒気が含まれていた。
「おいおい、あたしら単に人形とケンカしてただけじゃねーかよ。そんなおっかない事言わなくたって・・・」
「・・・・・」
カメックは、デロババの言葉には一切耳を貸さずダミー人形の内ポケットから録音機を取り出してスイッチを入れた。
「き、君は・・・学校でもこんな汚いやり口でクロセウスをいじめていたのかっ・・・!」
「ご名答。放課後のカルタクラブじゃカルタを取り合うフリして蹴りを見舞ったり手を踏んづけたりしたしパシリ行かせて帰りが遅かったときは首根っこを竹刀で叩いてやったし極めつけはアレだ。生意気な口きいたらもれなく根性焼きをプレゼントしてやったな。でもな、根性焼きってのは・・・」
そこには、偽者のカメックに対して武勇伝とやらを自慢気に語るデロババの肉声が一言一句間違いなく収録されていた。
「こ、これはだな、その・・・」
「正直嬉しいよ。ダミー人形の問いかけにこうもあっさり答えてくれるなんて顔も血も根性も汚い君にしては上出来だ。だからご褒美に僕の最大の攻撃魔法をプレゼントしてあげる。」
カメックが手を広げると、その手と手の間から稲妻が発生した。
「いい事を教えてあげる。これはね、世界中のどの文献にも記されていない僕のオリジナルなんだ。実戦で使うのはこれが最初になるから後で是非とも感想を聞かせておくれ!」
「や、やべー!逃げるぞ!!」
デロババたちは一目散に逃げようとしたがそれは無駄な悪あがきに過ぎなかった。
「ゼウスの雷をも凌りょう駕がする我が雷撃をその身に刻み込め!ライトニングスタンピード!!」
カメックが両手に蓄積していた稲妻を解き放つと、辺りを無数の雷撃が飛び交った。
~おやおや、これはまた素敵で強力な魔法を会得しているコトで・・・~
イクノンが目の前で様々な形を描いている稲妻たちを見ながら苦笑いを浮かべている。
星・月・太陽・ライオン・・・カメックの手から解き放たれている雷撃は、色々な姿形を形成しながらデロババたちを容赦なく強襲した。
「ぐぎゃおぅ!!」
やがて、包丁の形をした稲妻がデロババの腹部を貫くと、激しい感電とともに彼女は黒こげとなってその場に崩れ落ちたのである。
「はあぁぁぁっ・・・!」
それでもカメックは休む事なく稲妻を放ち続けた。
「げぎゃごっ!!」
続いては、牛角を描いた稲妻がボンババの側頭部に突き刺さり、彼女もまた感電によってデロババと同じ末路をたどった。
「そしてこれが究極のプレゼントだ!しっかりと受け取ってくれっ!!」
「あ、あれは!」
その時、逃げ惑っていたセトタは目を剥いて仰天した。
なんと、その稲妻はイクノンの炎によって焼死したアホジャ・ワーの形を描いていたのである。
やがてアホジャ・ワーの姿をした稲妻は怒りの形相をセトタと連れの男たちへと向ける。
「し、仕方がなかったんだ!全部あのギリシャ人どもが生意気だからこうなっちまったんだ!俺に責任は・・・」
「#$%&+*#$%&+*~!!!」
醜い弁解を繰り広げるセトタに向かってその稲妻は声ともならぬ雄たけびを上げて突進して、連れの男たちをまとめて呑み込んで感電させた。
「「「ブ、ブッダガヤー!!!!!」」」
こうして、狼藉を働いた連中と魔象は全滅したのであった。
「す、すげぇ・・・」
クマエリュスは、目の前の光景が信じられないといった具合に呆然としていた。
「ピカ、ヘンリー牧師にクロセウスは不測の事態でリタイヤしたと伝えておいてくれ。」
「はいよ。」
カメックから伝令を受けたピカは、速やかに教会へとワープした。
「さてと・・・」
一仕事を終えたカメックは、大きく息を吐くとすぐさまクロセウスの元へと駆け寄った。
「おい、カメック・・・」
「黙ってて!」
クマエリュスが声をかけるもそれを遮り、カメックはクロセウスの手足を縛っていた縄を解いてやった。
「カメック先生・・・」
「悪いけど、その体でこれ以上レイヤーゲームを続行させるワケにはいかない。スタッフの一員としてではなく相方として君にリタイアを命じる。」
~妥当な判断です。~
隣ではイクノンが当然だと言わんばかりに頷いていた。
「分かったのれ(で)す・・・れ(で)もその前に私、カメック先生に言わなければならない事が・・・」
「いいよ、大体の事情は見当がついてるから。僕から言えるのはしばらく安静にしておいてくれってコトかな。」
カメックは、左手をクロセウスの額にかざすとそこから淡い光を発生させた。
「少し・・・からら(体)が楽になってきたのれ(で)す・・・れ(で)も、なんら(だ)か眠い・・・」
光を浴びたクロセウスはそのまま睡魔に蝕まれ、やがて眠りに落ちたのである。
カメックは、クロセウスが眠りについたのを確認すると懐から青い羽根を取り出して彼女の襟首につけた。
「羽根よ!テトラ・クロセウスを然るべき場所まで導いてくれたまえ!」
羽根は、奇妙な音を立てるとクロセウスと一緒にそのままどこかへと消えてしまったのである。
「これで一件落着かな。」
「おい待てよカメック!」
立ち上がってその場を後にしようとしたカメックをクマエリュスが止めた。
「一件落着じゃねーだろっ!事の顛末をあたしに説明しろよ!」
「クロセウスは僕のアトリエのベッドに転送しておいたから心配ない。それと、ポイが健在で傷も浅そうだから君はレイヤーゲームを続行すればいい。これで満足かい?」
「そうじゃねーだろうがっ!あんたのその桁違いの魔力は何なんだよ!クロセウスがどうして執拗にいじめられなきゃなんねーんだよ!伝説の聖獣イクノンがどうして当然のように降臨してるんだよ!!あたしが服役してる間に何があったってんだよっ!!」
命の危機は去ったもののクマエリュスには釈然としない状況が続いていた。
「・・・僕が話す義理などない、君が勝手に考えてくれればそれでいい。」
「何だよそれ。そんなんであたしが納得するとでも・・・」
「今は昔、あるところにそれはそれは可哀想な男の子が住んでいました。」
必死に食い下がってくるクマエリュスを前にカメックは奇妙な話を始めた。
「その子は昔から気が弱く、おとなしい性格をしていたのでいつだっていじめと暴力の餌食として生きていかなければなりませんでした。やがて、社会人となったその子は生来の性格が災いして職場におけるパワーハラスメントの典型的な被害者となって日々を送るはめになり、とうとう彼は精神を病んで会社を辞めてしまいました。」
遠い目をしながらカメックがなおも続ける。
「やがて、親にまで嫌われて見放された彼は家を出て、アルバイトで生計を立てながらミュージシャンの道を志し、ある日神々の血を引く少女をヴォーカリストに迎えて紆余曲折の末、ついに念願のユニットデビューを果たしましたとさ。」
カメックの昔語りを聞き終えたクマエリュスはこれ以上の詮索をしても望んだ回答が得られる事はないと悟った。
「・・・随分とお約束なストーリー展開だな。」
そして呆れ果てたようにため息をつく。
「少なくともクロセウスにはそんな“彼”が味わったような辛い思いをさせたくないんだよ。」
カメックは、クマエリュスの方を振り向きもせずにイクノンへと跨った。
「それじゃあ今度こそ一件落着。僕はイクノンと一緒に教会に一度戻るから続きを頑張ってくれ。」
今度こそカメックはイクノンの背に乗って飛び去ってしまった。
「・・・ホント、どいつもこいつもわけ分かんねー奴ばっかりだよ!!」
クマエリュスは、焼け焦げて転がったままのデロババを蹴り飛ばすとそのままスラム街を後にしたのであった。
「さあ、僕と君の最終決着と行こうじゃないか、ニック・シジーマン!」
黄緑のオーラに包まれていたラミアは、規定外の水鉄砲を使って奇襲攻撃を仕掛けてきた女 ―ニック・シジーマン― に向かって力強い声音でそう言い放ったのである。
「ようやく君の事を思い出したよ。無駄に露出の高い下品な衣装でルール違反を繰りかえし、世間でのコスプレのイメージを悪化させている最大の元凶と呼ばれているアウトロー女・ニック・・・コスプレ界の明日のためにもこの“レイヤーゲーム”頂点の座は渡さない!!」
覚醒と同時に古い記憶が呼び覚まされたのか、ラミアの脳内ではニックが犯した旧悪までもが鮮明によみがえっていた。
「ふん、この改造型水鉄砲であんたなんて・・・」
「そのポイ、もらったっ!」
「!」
それはまさしく光のスピードだった。
「しまったっ・・・!!」
余裕を見ていたニックは素早く動いたラミアを見失い、死角から水撃されてあっさりとポイを破られてしまったのである。
「随分とそのインチキ水鉄砲で普通の参加者たちを退けてきたんだろうけど今回ばかりは相手が悪かったようだね。さ、君もとっとと教会に戻ってヘンリー牧師に敗戦報告を・・・」
ニックは、話に耳も貸さずラミアのポイをめがけて水撃を放った。
この一撃で言うまでもなくラミアのポイも破れてしまったのである。
「へん、こうなったらあんたも道連れだ!レイヤーゲームなんぞ勝者不在で幕引きを迎えちまえばいいんだよ!!」
ポイを破られ失格となっていたにも関わらずゲームを続行し、他人のポイを破くというルール違反を犯しておきながらニックは何一つ悪びれる事なくそう吐き捨てた。
「・・・・・」
「ついでにあんたは私の使いによって病院送りにしてやるよ!」
ニックが両手を組んで強く念じる。
「出でよ、マッドリベンジャー・・・ホーミー・カッツオ!」
やがて、ラミアの目の前に棍棒を持った初老の男が現れた。
「ホーミー!その女を気が済むまで棍棒で殴打してやるがいい!!」
初老の男・ホーミーは小さく頷くと、ラミアを見ながら舌を出し、棍棒をペロリと舐めた。
「仮装して 写真喜ぶ おたく者・・・俺の憎しみの生贄となるがいい!」
ホーミーが満面の笑みを浮かべて棍棒を振り上げた。
「うが・・・」
しかし、それが振り下ろされるよりも早くラミアの肘がホーミーの腹部へとめり込んだ。
「カッツオだかカッツヲだか知らないけど今は君とじゃれている気分じゃない。下がってろ!」
ラミアは、右手でホーミーの胸ぐらをつかむとそのまま背後へと投げ飛ばしてしまった。
何かが崩れる音が聞こえるもラミアは振り返る事なくニックを睨み付けた。
「けっ、今のは小手調べの老いぼれだ!だが次は違うぞ!」
再びニックが両手を組んで強く念じる。
「出でよ、ダークハンター・・・フランコ・オーカ!!」
やがて、ラミアの前に金属バットを持った体たい躯くのいい青年が現れた。
「フランコ、今からお前は狩人だ!あの女への狩りを決行しろ!!」
青年・オーカは強く頷くと、ラミアを鋭い目で見据えた。
「俺は体力と腕力には自信がある。華奢なお前に勝ち目はないっ!」
オーカが鬼気迫るかのような形相で金属バットを手に殴りかかってくる。
「甘い!」
しかし、オーカはラミアに手首を蹴り上げられてあっさりと金属バットを落としてしまった。
「お、俺の武器が・・・」
「君が言うところの華奢な体にどれだけの力が秘められているか、その身で味わうがいい!」
バキッ!ドカッ!ドスッ!!
狼狽していたオーカの顎と腹部にラミアの拳がしっかりと叩き込まれた。
「俺の狩りが・・・こんなに簡単に終わってしまうのか・・・」
「残念だが君の変な趣味に付き合うつもりもないんでね。引っ込んでいろ!」
ラミアは、右手でオーカの胸ぐらをつかむとそのまま右方向へと投げ飛ばしてしまった。
またしても何かが壊れるような音がするもラミアはそっちを見ようともせず再びニックを睨みつけた。
「ふん、今のもお前の力を試すための当て馬だ!今度こそ本物の刺客を用意してくれる!!」
三たびニックが両手を組んで強く念じる。
「出でよ、ダーティーディレクター・・・ケンキーン・カイエルダ!!!」
やがて、ラミアの前に小刀を持ったスーツ姿の国会議員が現れた。
「ケンキーン、この女を殺せばお前の議員報酬は10倍アップになるのだぞっ!!」
「ならば喜んでこの娘、殺害して差し上げましょう!!」
カイエルダは二つ返事で承諾するとラミアへと刃を向けた。
「私は優しいから急所への一突きで終わらせてあげますよ!」
しかし、カイエルダの心臓を狙った一突きはただ虚しく空を切る。
「遅い!」
「が、がが・・・」
いつの間にか背後へと回り込んでいたラミアは渾身のチョップをカイエルダの脳天に叩き込んでいた。
「君は少し知恵が足りないようだから頭に刺激を与えておくとするよ。」
ラミアは、右手でカイエルダの襟首をつかむとそのまま天井へと投げ飛ばしてしまった。
天井に穴が開き、カイエルダの首から下がだらしなくぶら下がっていたがラミアは一瞥もよこさず再びニックを睨みつけた。
「さて、そろそろ僕のターンと行かせてもらおうじゃないか・・・」
指をポキポキと鳴らしながらラミアの目つきが一層険しいものへと変貌する。
「公式外の水鉄砲による参戦・・・開始時間前の不意打ち・・・ポイを破られ失格となっていながらもゲームを続行して僕のポイを破いた明らかな違反行為・・・そして、身勝手な逆恨みで僕を手にかけようとする愚行・・・もう見過ごすワケにはいかない!」
心なしか、ラミアから発せられている黄緑のオーラが大きくなっているようだった。
「・・・こうなったら取って置きの隠し玉であんたを葬ってやるよ!!」
ニックは両手を組んでこれまで以上に強く力を込めて念じた。
「出でよ、バイオレンスブレインマン・・・野獣ゴムラ!!!!」
やがて、ラミアの目の前に大柄なジャージ姿の男が現れた。
「ゴムラ!その女を殺せばお前をスポーツクラブのインストラクターにさせてやる!高給を約束するぞ!!」
「この女を殴り殺せばええねんな!!」
「そうだ!原型が分からなくなるぐらいボッコボコにしてやれ!!」
ゴムラの暴行をを焚きつけるかのようにニックが拳を振り上げながら扇動した。
「よう分からんがまずはビンタでええねんな!」
ゴムラが感情の赴くがままにラミアに平手を振り上げる。
しかし、それはあっさりとかわされて平手が激しく空を切る。
「何よけとんねん!ほいなら拳で殴り殺されるんでええねんな!!」
「好きにすればいい・・・僕に当たればの話だがね!!」
「当たれば何百発でも殴りつけてええねんな!!」
鬼のような形相でゴムラが拳を振り上げる。
「どないや!ゴムラ音速拳で殺したってもええねんな~っ!!」
次の瞬間、無数の拳がラミアへと襲い掛かってきた。
「・・・・・」
ラミアは、そのスピードに反撃のチャンスを見出せずただかわし続けるのが精一杯だった。
「いいぞゴムラ!押せ押せ!!」
ニックがゴムラをさらに煽り立てる。
だが、過剰な扇動が思わぬ形で流れを変えてしまうのであった。
「はぁ、はぁ、そろそろ一撃ぐらい決まってくれても・・・ええねんな?」
音速拳を繰り出し始めて15分。ゴムラは完全に息切れを起こしていた。
「何だ、もう限界なのか。もう少し緊迫した時間を楽しみたかったのに期待外れだな。」
一方でラミアは、完全にゴムラのスタミナ切れを狙ってわざと受け身に回り続けていたのである。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・ちょっと休憩入れてもええねんな?」
攻撃の手を休めてゴムラが懇願する。
「休めばどうにかなるとでも思っているのか?・・・もちろん、休ませる気はないけどね!」
ラミアが拳の裏でゴムラの顔面を殴り飛ばす。
「おごごご・・・暴力はほどほどがええねんな・・・」
鼻血を出しながらもゴムラが自分の行為を棚に上げてラミアにケチをつけてくる。
「そうか。ならばフィニッシュは暴力ではなく魔法で締めくくるとしよう。」
ラミアは、落ち着いた物腰でゴムラへと手刀を向けた。
「切り刻まれろ!エアーカッティング!!」
ラミアが手刀を振りぬくと、そこから真空の刃が発生してゴムラを切りつけた。
「・・・こんな強い魔法があるんなら、俺も覚えたほうがええねんな・・・」
「そうだな。ならば身をもって体感するのが一番だ!エアーカッティングスペシャル!!」
ラミアは手刀を縦横無尽に振り回し、無数の刃を発生させた。
そして、その真空刃たちはゴムラの体を容赦なく切り刻んだのである。
「がはっ・・・魔法の力もええね・・・ん、な・・・」
やがて最後の真空刃が額を切りつけると、ゴムラは目を剥いてその場に崩れ落ちた。
「それじゃあ最後の仕上げに入ろうか・・・」
ゴムラが既に意識を無くしている事を確認すると、ラミアは再度ニックを睨み付けた。
「ひ、ひっ・・・」
「究極の選択だ。拳と魔法、どっちで制裁を受けるか君に選ばせてあげよう。」
万策尽きて後ずさるニックと万難越えてにじり寄るラミア。形勢は明らかに逆転していた。
しかし、そこがタイムアップだった。
「そこまでだ!」
「うわっ!」
どこからか投げ縄が飛んできてニックへと巻きつけられる。
「ラミア。お怒りはごもっともだがこれにてゲームは終了だ。」
「マスター・・・」
そして“警備スタッフ”の腕章をつけた男・マスターが縄を手に現れるとラミアにレイヤーゲームの終了を告げた。
「じゃあ最後の生き残りが・・・」
「ああ、一人残っている。その子が優勝だ。それにしても・・・」
マスターが周囲を見渡すと、男たちの残骸があちらこちらに転がっているのが目に付いた。
「いや、これは・・・」
「言わなくてもいい。後でこの女にたっぷりと聞いてやるから。」
「ひぎィ!」
マスターに縄を締め上げられてニックが悲鳴を上げる。
「とりあえず帰ろう、みんなが待っている。」
「ああ、そうだな・・・」
マスターの介入によってニックへの制裁は遮られたが、ラミアの中に後味の悪さのようなものは残っていなかった。
むしろ、達成感と安堵感が心を満たしているかのようだった。
ただ、そんな気持ちがどうして沸き上がってきたのかは全く見当もつかなかったけれど。
「それでは、知恵と戦略を駆使して最後まで生き残り、見事第1回レイヤーゲームの頂点に立ったアトロポス・クマエリュスに皆さん!盛大な拍手をお願いします!!」
ハイウカスのアナウンスに伴って壇上のクマエリュスに拍手が送られる。
「それではクマエリュスさん、喜びのコメントを!」
「えっと、何だろな・・・みんなコスプレのレベルが高かったり中には手段を選ばなかったりするレイヤーも混じっている中でよくあたしなんかが最後まで残れたなーとか思っちゃったりするワケだけど・・・無事にここに戻れて来れて本当に良かったと思います。」
そこでクマエリュスが大きく息を吐く。
「正直、自業自得のチャムカサーラとニックはともかくクロセウスに関しては残念で仕方がないと思っているので次回からは彼女のような被害者を出さないようスタッフと参加者が協力してただ楽しめるだけでなく更なる安全と安心に守られた“レイヤーゲーム”へと進化を遂げる事を願ってやみません。」
壇上の脇でカメックが小さく頷いていた。
「やっぱり90人で参加したんだから終わる時も90人で楽しく終わりたいじゃないか。変な連中のせいでリタイアを余儀なくされちまうなんて寂し過ぎるだろ・・・」
クマエリュスが声に詰まって肩を震わせていた。程なくしてそんなクマエリュスの姿に周囲がざわついてくる。
そんな中、カメックが速やかにクマエリュスの元へと歩み寄り肩に手を乗せた。
「・・・もういい、君の気持ちはここにいる全員に伝わった。」
「カメック・・・」
「さあ、話はこのぐらいにしてエンディングテーマ曲を歌おう。」
「・・・・・」
クマエリュスは、涙が出そうになるのを必死に抑えながら静かに頷いた。
「それではここで優勝者によるエンディングテーマの斉唱に入ります。この歌は、コスプレを愛する女性が同じくコスプレを愛する男性に永遠に寄り添う事を約束するコスプレイヤーのためのラブソングです。それでは聴いてください“Cos me, Cos you again”」
「ワン・ツー・スリー!」
クマエリュスの合図に合わせてピカとカメックがそれぞれギターとキーボードの演奏を開始する。
「♪ずっとずっと 一緒にコスプレ・・・」
ねっとり感満載のラブソングがクマエリュスのヴォーカルとマスターのコーラスによって歌われる。
こうして、色々と問題も起こったものの最終的には全員納得の形で記念すべき“第1回レイヤーゲーム”は幕を下ろしたのである。
そして、そんな“レイヤーゲーム”が閉幕してから3ヶ月が経過した。
「もしもし、パラジュラ?」
「あぎゃーっ!」
怪獣のパラジュラが鳴き声を上げながらキャリンナの元へと歩み寄る。
「ほっほ、愛うい奴め・・・」
そんなパラジュラを抱き上げるとキャリンナがその額にキスをする。
キャリンナ・パチェクはあの時産んだ怪獣の赤ん坊“パラジュラ”をずっと大切に育て続けていた。
「うわ、本当に庭で飼ってるんだあの子・・・」
「今よりでっかくなったらどうするつもりなのかねぇ・・・」
「多分そこまで考えてないと思うよあのテのタイプは。」
庭の片隅で草むしりをする手を休めながらパフォームの3人がひそひそと話している。
「くぉらぁ!!サボってるとお仕置きが待っているのだぁ!!!」
「「「は、はい!すみませ~んっ!!!」」」
だが、すぐにキャリンナに咎められて作業へと舞い戻る。
あれからキャリンナは自腹によるパフォームとの定例集会を月一ペースで行うようになっていたが、おごりにかこつけて家の雑用を全て“パフォーム”のメンバーに押し付けて育児に専念するようになっていた。
「あぎゃ、あぎゃ!」
「ふむ、私の部屋で泥遊びがしたいとな?ならば私と一緒に泥んこまみれになって満喫しようぞ!後の掃除は全部パフォームの子たちがしてくれるから我々は思う存分泥だらけになって部屋も体も汚しまくってしまうのだぁ!おっしゃ、レッツ・泥遊び!!」
キャリンナは、パラジュラを抱きかかえたまま嬉々として家の中へと引き上げて行ったのであった。
アトリエの玄関前で、二人の男女が頭を地面にこすりつけそうな勢いで深く土下座をしていた。
「おいおい、あれからもう3ヶ月も過ぎてるんだぜ?ほとぼりが冷めた頃にお詫びってオチかい?」
カメックが、苦笑いをしながら足元の男女に苦言する。
「テトラ・クロセウスの件は非常にすまなかった!インド人を代表して心から謝罪する!!」
「後で聞いたらほんまに酷い話やったわ!ウチからも謝る、堪忍したってや!!」
だが、その男女は当事者でも関係者でもなく悪名高いデロババの遠い親戚たちに過ぎなかった。
「アムタ・カハム・・・ラーマ・ゴヒャルダ・・・」
カメックが旧知の男女の名前を口にする。
「二人とも顔を上げて。」
「「・・・・・」」
カメックに言われるがままに男女・カハムとゴヒャルダが顔を上げる。
「正直なところ君たちに謝られてもどうしようもないんだよ。それに、謝る相手を完全に間違えている。」
「カメック・・・」
「そやけどウチら・・・」
「だけど、わざわざここまで来て頭を下げてくれた誠意に免じて帰りの旅費は僕が面倒を見てあげよう。」
その瞬間、カハムとゴヒャルダの顔がぱっと明るくなった。
「そりゃありがたい!カメック、お前案外話の分かる男だな!」
「なんや、あんた面倒見のええ男やないか~。」
「・・・イクノン!!」
カメックが指を鳴らすと上空から即座に聖獣イクノンがやって来た。
「この物体二人を今すぐ家に送り返してくれ!」
~承知しました。~
イクノンは、すかさずカハムとゴヒャルダの襟首をつかむとそのまま大空へと高く飛び上がった。
「ちょ、ちょっと待て!何だこのオチは!!」
「どないなっとんねん!早よう降ろさんかいな!!」
そして、そんな二人の声には耳も貸さずにイクノンは再び上空の彼方へと消え去った。
「作曲は明日にして、今日は少し休むとするか・・・」
カメックは、ため息を添えてそうつぶやくと首を振りながらアトリエに入ろうともせずそのまま家に帰ったのであった。
「もう3ヶ月が過ぎてしまったんだな。」
喫茶店から窓の外を見つめながらラミアがしみじみとつぶやいた。
「ラミちゃん、あまり物思いにふけっているとババ臭く見えちゃうよ。」
向かいの席からリンダの手厳しい指摘が飛んでくる。
「そんな言い方ないだろっ!・・・ま、33年も生きてるとこんな風になってしまう日もあるってワケだけどね。」
「つまり、ラミちゃんは何だかんだ言ってもレイヤーゲームが終わってしまって寂しいって事でしょ?」
「それは否定しないよ。」
少しぬるくなったコーヒーをすすりながらラミアが再び窓の外に目を向ける。
「もちろん最後まで残れなかったのも心残りだけど・・・正直、ニックみたいな札付きのレイヤーが紛れ込んで不正行為を当然のように繰り返したりゲームに便乗して変な連中が暴れ回っていたって話を聞くと運営面でもう少しうまく出来なかったのかな、って気もするんだよ。」
「ラミちゃん・・・」
ラミアの心中を察してリンダの表情が少しだけ曇る。
しかし、すぐにいつもの緩い笑顔に戻ると何の脈絡もなく急に親指を立てた。
「大丈夫!この前のレイヤーゲームはこれから何十回と続いて行くレイヤーゲームをより良くするためにみんなが飲まなきゃいけない苦いお薬だったんだよ!」
「リンダ・・・」
「だから今のうちに問題点をしっかり見つけてしっかり対処して、次もそのまた次もずっとずーっと次も参加したみんなが楽しくて面白くてすっごくワクワクするレイヤーゲームにしちゃおうよ!!」
前向きなリンダの姿勢を前に、心のもやもやが少し晴れたような気がした。
「そうだな。今後のレイヤーゲームは僕たちの手で良い方向に導けばそれでいいんだよな。」
「えへへ。ラミちゃん、その意気だ!」
「リンダ・・・またレイヤーゲーム参加しような!」
「もちろん!」
最初にレイヤーゲームへの誘いを受けた時と同じ喫茶店で、ラミアはリンダと固い約束を交わした。
これが、後に世界レベルの祭典へと進化を遂げる“レイヤーゲーム”の始まりの物語だったのである。
―仮装編 END―
―80(ハチゼロ)3人娘編―
快晴の日のエーゲ海は、どこまでも澄んだ青に満ち溢れていた。
「どうかな、ママ?夢にまで見たクルージングで船酔いなんてしてないかな?」
声優アーティスト・イザベラ・コンデレーロが隣で海を眺めている母親にそっと声をかけてみる。
「大丈夫、コンディションはバッチリよ。」
イザベラの母・マリアがガッツポーズまで作ってコンディショングリーンをアピールする。
「それに、せっかくイザベラが勝ち取った船旅なんだもの。船酔いなんて言ってられないわ。」
「ママ・・・」
「テレビ見てたわよ。音楽チャートの件に続いてまた史上初の快挙を成し遂げるなんてあなたは本当に持っているわね。」
「・・・・・」
この船旅は、イザベラの祖国・メキシコでの音楽番組の企画による賞品だった。
その番組では毎週ゲストを呼んで司会の漫才師たちと歌とトークを繰り広げるのだが、番組の最後に洋楽アーティストの歌を出演したゲストたちが歌詞を見ないで歌うという企画が用意されていた。もちろん歌えなかったり歌詞を間違えたりすれば即座に失格となるのだが歌えた範囲によって様々な景品が用意されているのがこの企画の醍醐味だった。そして、最後まで歌いきったゲストには課題曲となった洋楽アーティストの出身国への10日間の旅行券ペアチケットが贈呈される仕組みになっていた。
だが、課題曲として登場する歌がゲストの知っている歌かどうかも分からない上に全てを外国語で歌わなければならないその難解さに歴代のゲストたちはことごとく躓き続け、放映から12年誰一人旅行券にたどり着く者など現われはしなかった。
そんな中、3ヶ月前にゲストとして初出演をしたイザベラが課題曲を一つも間違えずに最後まで歌い遂げ、出演ゲスト史上初の旅行券を手に入れたのである。
「そんな事ないよ。たまたま私の知ってる歌だったから上手くいっただけの話だよ。それに・・・」
イザベラ出演回の課題曲はギリシャ発の音楽ユニット“マナカプセル”の「Junky」という歌だった。
この歌は、前奏がほぼ皆無に等しくいきなり歌から始まる上に途中から何度も早口で歌う箇所が出てくるので人によってはついていく事すらままならない難解ソングだった。(事実、歌を作った張本人である“マナカプセル”司令塔・カメックですら「こんな歌をダンスを混じえてPVで歌いこなしたクロセウスはやはり神の血筋だよ」という言葉を残している)
他のゲストたちが次々と歌い損ねて参加賞のポケットティッシュをもらい続ける中で、今度はイザベラに同じく初出演をしていた後輩の声優アーティスト・ミサ・クエンドーラに出番が回ってきた。
「あ・・・あ・・・」
テレビ慣れしていないためか後輩のミサは明らかに緊張で全身がカチカチになっていた。
「おい、歌始まってるぞお前!」
「えっ?ゆ、ユーナマカモリ・・・え?ユーマナカモリン・ユーキガステ・・・」
始まりを出遅れた上にただ最初の歌詞を読み上げ続けているだけの体たらくにスタッフは迷わず演奏を停止させた。
「おめー何やってんだよ!歌とっくに1キロ先まで進んじまったよ!!」
「あ、いや・・・」
司会の片割れがミサを怒鳴りつける。
「はいはい、ポケットティッシュポケットティッシュ・・・って、切らしてるなこれ。」
もう一人の司会が残念賞のポケットティッシュを取り出そうとしたが箱の中にはもう残っていなかった。
「どーすんだよホント!おめーこんなんじゃ何も出ねーよ!!」
「・・・・・」
ミサは何がなんだか分からずただ呆然としている。
「しゃーねーなぁ、みかんぐらいやるよ!!」
司会の片割れは怒鳴りつけながらもミサを哀れに思ったのかポケットティッシュの次にあたるAメロの半分まで歌えたゲストに与えられる景品・みかん2つをミサの手に握らせた。
「あ・・・うっ、うっ・・・」
「いいからいいから、何も泣く事ぁねーだろ。おめーよくやったよ、な。」
司会の片割れがミサをなだめたところで会場から拍手が沸き起こり、ミサの挑戦は終了した。
「イザベラ様ぁ・・・」
「ミサ、結果は残念だったけどよく頑張ったよ。今から私が必ずミサの分まで歌いこなしてみせるから安心して。」
ミサが挑んだ一部始終を見ていたイザベラにさらなる闘志がみなぎっていた。
「はい、それでは本日最後の挑戦者はイザベラ・コンデレーロでーす!」
さっきまでミサを散々怒鳴りつけていた司会がイザベラに対してはやや態度を軟化させる。
「えっと、まずイザベラはこの“Junky”ちゅう歌を知っとるんかいな?」
「知ってます。」
「じゃあ“マナカプセル”と交流とかは?」
「ないですね。そもそも面識すらありません。ひょっとしたらアニメ関連のイベントか何かですれ違った程度ならあるかもしれませんけど。」
「ほほう。それでは今からそんなイザベラさんによるチャレンジタイムです、どうぞー!!」
二人の司会が引き上げてステージの中央はイザベラ一人となった。
~パパ・・・こんな企画の中でも私を見守っていてね・・・~
亡き父を思い浮かべながらイザベラが歌に入った。
「♪ユ・マ・ナ・カ・カ・モ・リ・ン・ユ・ウ・キ・ハ・ス・テ・キ~・・・」
イザベラは完璧に原曲のリズムをつかみきっていた。
「・・・ジャンキー・ジャンキー・・・」
やがて、間奏に入ったところで会場から大きな拍手が沸き起こる。
イザベラはそんな客席にウィンクをすると胸ポケットから自前のサングラスを取り出して装着した。
「あ、あれは!」
それは、明らかにPVにて“マナカプセル”の二人が大型のサングラスを着用しているのを意識していた。
「ユマナカユマスキユマオタユマフェチユマコスユマチュウユマントユマガミユマナカユマスキユマオタユマフェチユマコスユマチュウユマントユマガミユマナカユマスキユマオタユマフェチユマコスユマチュウユマントユマガミユマナカユマスキユマオタユマフェチユマコスユマチュウユマントユマガミ・・・」
やがて、早口パートをもイザベラはそつなく歌ってみせる。
「す、すごい・・・」
ミサがイザベラに羨望の眼差しを向ける。
「ユマト・マナカデ・ユマナカフォーリンラブ・マナカトカリンデ・カリンモフォーリンラブ・・・」
そこに歌詞間違いは一文字たりとも存在しなかった。
「・・・・・ジャンキー・レイヤー!」
そして、イザベラはそのまま最後まで歌いきってしまったのである。
「おめでとーございまーす!見事最後まで歌いきったのでイザベラ・コンデレーロにはギリシャ・エーゲ海10日間クルージングの旅がプレゼントされまーす!!」
ミサの時にあれほど怒鳴りつけていた司会が一転歓喜の声を上げる。
「「「ワー!!!!」」」
それに伴い周囲の観客が盛大な拍手を上げる。
「なんやほんまに!あんた人間やない、女神様ちゃうか?」
もう一人の司会が目を丸くして驚いている。
「イザベラ様、サイコー!!!!!!!」
「離れ業乙!」
「快挙快挙、マジすげー!!」
ミサを含む他のゲストたちも拍手と一緒に祝福の言葉を送る。
そんな中、周囲の笑顔に包まれてイザベラはこうコメントを残したのである。
「本当に、本当に実感が沸かないぐらい嬉しくて言葉が出てきません。でも・・・ここにいるみんなにも、ファンのみんなにも、私を育て上げてくれた全ての人たちにも感謝の気持ちでいっぱいです!ありがとー!!!」
「まぁ。だったらイザベラをその気にさせてくれたミサちゃんにも感謝しなくちゃいけないのかしらね。」
話を聞いていたマリアが口元に手を当てて笑ってみせる。
「どうだろう。でも、私って何かきっかけがあると必要以上に燃え上がるタイプだから・・・」
「イザベラ様、マリア様。昼食の用意が出来ました。」
そこで、船の料理長が現れてランチタイムを告げた。
「行こう、ママ。」
「そうね。極上のギリシャ料理とワインをしっかり楽しみましょう。」
料理長に連れられてイザベラとマリアは船室へと戻って行った。
昼下がり、空と海がどこまでも青く透き通っていた。
「もう体の方は大丈夫なのかい?」
ラミア・ハメソンは新しい花を花瓶に活けながら旧知の音楽仲間にそう尋ねてみた。
「ええ、発作で運ばれる事なんて慣れましたもの。病院に着くまでに意識があればもう怖くなんてありませんわ。」
ベッドから体を半分ほど起こしながら、かつてラミアからのプロデュースを受けた経験もある歌姫イ・ヘミンが自嘲的に笑ってみせる。
「気をつけてくれよ。君は僕と同じでまだ33歳なんだ。こんな形で死なれちゃ業界にとって大損失になってしまうからね。」
「あら、“まだ”33歳ではなく“もう”33歳ではありませんこと?」
右の人差し指を立てながらヘミンがきょとんとした顔をする。
「私たちが生まれた1980年(昭和55年)なんて今や遠い昔のおとぎ話のような時代ですよ?ユーゴスラビアとかソビエト連邦が解体されずに当たり前に存在していてドイツが東西に分かれていた頃があったなんて今の子供たちに話してもなかなか信じてもらえませんもの。」
「ヘミン・・・」
「最も、私の祖国はとっくに南北に分断を余儀なくされていましたけれどね。」
「それは・・・」
難しい話題を振られてラミアが困惑したような表情を浮かべる。
「ロンドンでの活動を開始して数年が経ちますけど私は今でも生まれ育ったピョンヤンを懐かしく思う事があります。知らぬ間に私を支援して下さった方々が失脚し、蒸発してしまった今となっては空しいだけの郷愁なのでしょうが・・・」
窓の外に広がる青空を見上げながらため息をつく。
「大丈夫、心配はいらないよ。」
「ラミアさん・・・」
最初は困惑していたが、ヘミンが振り返った時にはもうラミアはいつもの力強さを取り戻しているかのようだった。
「ヘミンには僕がいる。ファンのみんなもいる。そして、この街の優しい人たちもいる。かつてのふるさとが遠い故郷ならこの街を近い故郷にして今からを生きればいい。信じようじゃないか、そんな気持ちで生きていればいつかは必ず帰れる日が来るんだって。」
ヘミンの両肩に両手を置いてラミアが力説する。
「そうですね、信じましょう。必ずや故郷への凱旋を果たせる日が来ると。」
ヘミンの心に希望の火が灯り、心なしか表情に赤みが浮かび上がっていた。
ラミアは、そんなヘミンに安心すると他愛もない雑談を経て晴れやかに病院を後にしたのであった。
「ああ、こんなお客の施術が出来るなんて夢のような気分です!」
整体師ジュノン・ジュリアスはすらりとした妙齢の女性の足裏をやや強めにもみほぐしながら歓喜の声を上げた。
「光栄です。私も“ジュノ・ラベル”は近場にあれるけどアテネの本店であなたから直に受けたいと思っていましたから・・・っ!」
そこまで言うと、トルコ人漫画家トミーナ・ムッカ・ダラハンは足つぼがハマったのか絶句した。
「結構足が疲れてそうなので後で足湯を用意しておきましょう。ですが、その前に腕を・・・」
ジュノンがにやにやとしながらトミーナの右腕を持ち上げる。
「さぁ、キューティーガール描きの達人さんがどれほど腕を酷使しているのか確かめてみましょうね~。」
「んっ・・・」
その「痛気持ちいい」感触はまたしてもトミーナを絶句させてしまった。
「くっ、くっ・・・」
「あっ、凝ってる場所発見です。ここを徹底的に攻略しちゃいましょう。」
ジュノンは、言葉に詰まっているトミーナを尻目に特に筋肉の張っている部分に強い指圧を加える。
「う~っ。」
慣れた手つきで指圧の波が次々にトミーナへと襲い掛かる。(良い意味で)
「ホント、噂通り腕前は抜群なのですね・・・」
「ありがとうございます。私、日々勉強していますから。」
ギリシャはアテネにマッサージ店“ジュノ・ラベル”を開業してから5年。
当初は赤字経営が続き、何度も閉店の危機に立たされたものの様々な紆余曲折を経験しながら苦難の時期を乗り越えて、今や“ジュノ・ラベル”はギリシャおよびその周辺諸国とジュノンの故郷であるフランスにも支店を持つ中規模チェーン店へと変貌を遂げていたのである。だがそれも、全てはジュノンの愛される人柄と休日でも整体の知識を得るべく講習やセミナーへと足を運び続ける仕事に対する真摯な姿勢が導いた「当然の結果」に他ならなかった。
「もちろん、マッサージをするにあたって身につけるべきものはまだまだ存在するのですけどね。」
「すごいです。今度、ジュノンさんのお店を題材にした漫画を描かせて下さいね。」
「よろこんでっ!」
ジュノンは漫画家としてのトミーナに羨望の眼差しを向け、トミーナは整体師としてのジュノンに尊敬の念を抱いていた。
だが、この施術を経て両者は職業に縛られない、人間としてお互いを敬い合う関係へと進化を遂げていたのである。
1980年1月・メキシコはアカプルコにて生を受けた声優アーティスト・イザベラ。
1980年2月・アイルランドはダブリンにて生を受けたミュージシャン・ラミア。
1980年3月・フランスはボルドーにて生を受けた整体師・ジュノン。
生まれた場所も職種も違えどそれぞれの33歳が、無限の輝きを放ちながらそれぞれの時を生き続けていた。
だが、ある日ある時ある場所で、3人は思わぬ形で運命を交え合うのである。
「ロンドン公演の前座デビュー?」
「そ、前座デビュー。私たちのバンドがついにロンドンに進出するんだよ!」
心なしか、目の前のリンダの目がキラキラと輝いているかのようだった。
「そうすればギルティもロンドンで初お披露目だよ!」
ギャァ~ン!
自室の部屋の脇に置いてあったギターをかき鳴らしてみせるリンダはどこまでも嬉しそうだった。おそらく「ギルティ」というのはリンダが自前のギターに付けている名前なのだろう。
「ささ、今日は前祝いなんだからラミちゃんどんどん飲んじゃって食べちゃって。」
リンダがテーブルの上の紅茶とお茶菓子をラミアへと勧めてくる。
「そうか、リンダたちのバンドも前座とはいえついにロンドンデビューか。昔から知っている僕としては感慨深いモノがあるな。」
中学時代にリンダベリー・スワローテイルの呼びかけで結成されたガールズバンド“アフタースクール・ウォーカーズ”は当初から学校のみならず地元・マンチェスターで注目を集め、半年を過ぎた頃には早くもライブハウスから演奏依頼が来るほどの支持を集めるようになっていた。やがて、その人気は年を重ねるごとに上昇を続け、ついには単独でホールを貸し切ってライブを開くレベルにまで成長を遂げたのである。
そして、その流れでこのたびある大物グループのライブに伴う前座として招待を受けたのであった。
「それで、前座といっても君たちは誰の前座を担当するって言うんだい?」
「えっとね・・・“エゲザール”って人たちの前座なんだけど、詳細はよく知らされていないんだ。」
「“エゲザール”・・・」
ラミアは、その名前に妙な不快感を覚えた。
「何か、男の人のダンスグループらしいんだけど私そっち方面疎うといからよく分からないんだ。ラミちゃんは知ってる?」
「いや、まぁ知らない連中ではないけど・・・」
ラミアが問いかけに答えるもどこか歯切れが悪い。
「そっか。ラミちゃんの知り合いなら安心出来る人たちだよね、よかったよかった。さ、明日からは演奏曲を決めたり曲順を決めたり色々と忙しいけど頑張るぞ~。」
「・・・・・」
両腕を突き上げて張り切っているリンダとは裏腹に、ラミアの表情はどこか浮かなかった。
しかし、その時は無邪気に喜ぶリンダの手前、気を遣って胸の内を明かさなかったのである。
リンダたちの「ロンドンデビュー」を1週間後に控えたロンドンの街は、妙な臭いがするかのように思えた。
「僕の思い過ごしならいいのだが・・・」
ラミアは、CDショップの洋楽コーナーにて、1年前に発売されたイザベラ・コンデレーロのアルバムを手に取ってみた。
「・・・・・」
ふと、それに伴ってリンダたちに前座を依頼した“エゲザール”の屈強な男たちの姿が脳裏をよぎる。
~僕は、忘れたワケではないぞ・・・~
ラミアの脳内に苦い記憶が呼び戻される。
今、手元にあるイザベラのアルバムはロンドン発のダンスグループ“エゲザール”と同じ日に発売された。全英の音楽チャートにて、発売当初はイザベラのアルバムがリードを広げて首位獲得をほぼ手中に収めていた。しかし“エゲザール”は急きょ集計最終日とその前日の2日間での購入者に対し「2ショット撮影会のチケットをプレゼントする」と告知を出したのである。これが功を奏して“エゲザール”のアルバムは最後の2日間で売り上げを大きく引き伸ばし、最終的にはイザベラから首位の座を奪回したのであった。
この馴れ初めは話題となり“エゲザール商法”と呼ばれ多くの非難を集めたが、以降彼らは徹底して特殊な売り方をしてCD売り上げを荒稼ぎする手法を繰り返すようになるのである。(最も、彼らはこの前から似たような手法を使って売り上げを増やしていたので今さらという感は否めないのだが)
~彼らの売り方、彼らの水増し工作によって作られた数字、僕は断じて認めない!~
「さっきから随分私とにらめっこしているようだけど、そろそろ買う気になったかな?」
「わっ!」
急に背後から声をかけられてラミアが仰天する。
「君は・・・」
そこには、アルバムのジャケットと同じ姿をした女性が立っていた。
「はじめまして、ラミア・ハメソンさん。同業者とはちょっと違うけど私が本物のイザベラ・コンデレーロです。」
それは、紛れもなくイザベラ・コンデレーロその人であった。
「君は・・・ああいった形で手の届きかけていた勲章を奪われて悔しくなかったの?」
イザベラを連れて一緒に喫茶店へと入ったラミアは開口一番早速それを聞いてみた。
「・・・・・」
「確かに君はもうシングルでもアルバムでも首位獲得の経験があるんだから一度や二度絶好のチャンスを逃したところで今さらそこまで悔やむ話でもないだろう。だけど、ドーピングのような行為がまかり通って本来栄誉を手にすべき人が2位に甘んじるという理不尽は僕には看過出来ない。」
「ラミアさん・・・」
「最も“蒼炎の女神”たる君ならばセールスが伴えば納得するのだろうけど僕なら正直集計元に抗議文を送りつけていただろうね。」
やや声を荒げながら大きく息を吐き、ラミアがアイスティーを口にする。
「・・・ラミアさんの言う通り、悔しくなかったといえば嘘になります。でも、こういった目に見えない部分での裏工作は今や音楽業界の暗黙の了解となっているのが現実なんです。」
頭の中で熟慮しながらイザベラがぽつり、ぽつりと言葉を絞り出す。
「ですが、そういった裏事情に我々が一切言及してはならない事もまた音楽業界の暗黙の了解です。」
「・・・・・」
「私は物心ついた頃から歌手をしていたのでこの業界の内部事情を嫌と言うほど見てきました。そんな中で長く生き残るには努力も修練も才能も欠かせませんけど何より大事なのは波風を立てない事なんです。」
それは、業界に長く身を投じているイザベラだからこそ説得力を帯びている言葉だった。
「もちろん、人の道を踏み外すような行為を犯そうとしているような者がいれば容赦なく断罪しますけど、この程度の裏工作で大きく騒いでいるとこっちが煙たがられるだけで終わってしまいますからね。」
「この程度の裏工作、ねぇ・・・」
ラミアがどこか釈然としない、といった表情で頬杖をついてイザベラの目を見据える。
「まぁこの件に関しては部外者である僕がこれ以上首を突っ込む必要もないだろう。時に、君は何の用でここに来ているんだい?」
「来週の土曜日にここ・ロンドンで野外コンサートを開くので観光も兼ねた下見に来てるんです。」
「来週の土曜か・・・そういえば“エゲザール”の連中もどこかのホールでライブを開くらしいな。」
ふと、リンダの事を思い出しながらラミアの口からそんな言葉が出ていた。
「・・・・・・・?」
しかし、何の気なしに口に出した言葉にイザベラは妙な顔をしていた。
「ホールでライブ?・・・変ですね、来週の土曜日はロンドンにてホールでのライブを開催する予定のアーティストは一人もいないと聞いていたのですが。」
「えっ?」
イザベラのその言葉に今度はラミアの表情が急変する番だった。
「その情報はどこから?」
「私のプロデューサーからです。」
「君のプロデューサー・・・」
ラミアは、面識はないもののイザベラのプロデュースを手がける男性の話は何度も耳にしていた。
売れる前のイザベラの才能をいち早く見い出し、命を削るほどの執念で彼女を開花させた敏腕プロデューサーにしてイザベラが誰よりも信頼を置く男。
そんな男がイザベラにデマを流すとは思えない。とすると、この情報は間違いなく正しいと言えるだろう。
「すると・・・」
ラミアの顔つきが少し険しくなる。
~ありもしないライブを装って“エゲザール”の連中はリンダたちを前座などと言って招待したというワケか。つまり、最初からうまく理由をつけておびき出すつもりだったという話になるな。~
色々と考えながらラミアの顔つきがますます険しくなる。
「あの・・・ラミアさん?」
イザベラが声をかけるもラミアの耳には届いていなかった。
~夜。無人のホール。5人の女の子。屈強な何十人もの男たち・・・男たち・・・!!~
「そういう事かっ!!」
バンッ!!
両手でテーブルを叩きつけて急激に立ち上がる。
「あ、あの・・・」
状況が飲み込めていないイザベラが目を丸くする一方で“エゲザール”の思惑を理解したラミアは鬼の形相と化していた。
「ありがとうイザベラ、君のおかげで大切なものを守る事が出来そうだ。だけど、僕一人では心許ないから君にも協力をお願いしたい。もちろん、君の素敵なプロデューサーに許可を取ってからの話だけどね。」
イザベラは、その形相に戦慄を覚えていたもののすぐに恐怖感のようなものは消え去ってしまっていた。
「分かりました。私などで良ろしければ喜んでラミアさんの力になりましょう。」
だから、二つ返事で協力要請に応じたのである。
「感謝する。それと・・・後日また話がしたいから連絡先を教えてほしい。」
そして、二人は携帯番号とメールアドレスを交換すると再会を約束して別れたのであった。
「あーそこそこ。かーっ、気持ちいいー!!」
ロンドンの某スタジオの楽屋の一室で“エゲザール”のリーダー・ヒルは足裏への刺激に歓喜の声を上げた。
「・・・・・」
ジュノン・ジュリアスはそんなヒルには構いもせず黙々と足つぼマッサージを続けていた。
「親分、そろそろ俺の腰を揉んでもらう番ですぜ。」
ソファでふんぞり返って施術を受けているヒルにヴォーカルのアーツ・シールズが口を挟んでくる。
「まぁ待て、この女は終日貸し切りだ。後でたっぷりお前たちにもご奉仕させてやるから焦るんじゃない。」
「へいへい・・・んじゃ姉さん、後でたっぷり楽しませてもらうぜ。」
ニヤニヤとしながらジュノンの肩を軽く叩くとアーツはダンサーのダイ・マーキングとタック・ヒルズを連れて楽屋を後にした。
「良かったなジュノン・ジュリアス。今日は最後まで盛りの野郎連中とマンツーマンで相手が出来るんだぜお前。」
「・・・私一人でなく他の店員さんたちも呼べばすぐに終わるでしょうに。」
「ヒヒヒ、分かってねーな。俺たちは“ジュノ・ラベル”の店員にマッサージをしてもらいたいんじゃなくてジュノン・ジュリアスの手にマッサージをしてもらいたいんだよ。」
ヒルが醜い笑顔で露骨に顔を歪めてみせる。
「・・・・・」
ジュノン・ジュリアスはこの日“エゲザール”から終日までの出張マッサージを依頼されていた。流石に大勢のメンバー全員の相手は不可能だったのでリーダーのヒルを含む数名の主要メンバーの施術のみではあったものの、彼らは他の店員を一切招集せずにジュノンだけを呼んだのである。
「感謝しろよ。俺たちのご用達ってだけでお前さんの株は上がるんだ。本来ならこっちは無料サービスで提供を受けてもいいぐらいなんだからな。」
「・・・・・」
「ま、俺たちは優しいし金持ちだから近いうちに半額分ぐらいは振り込んどいてやるけどよ。」
しかし、その後“エゲザール”からは半額分どころか1ドルたりともジュノンの口座には振り込まれなかったのである。
散々偉そうな口を叩き続け、予定時間を大幅に引き延ばし、最終的には深夜1時までの施術を強要しておきながら、である。
運命の土曜日がやって来た。
「それじゃあラミちゃん、行ってくるねっ!」
そう言って元気よくラミアに向かって敬礼をすると、リンダはバンド仲間の少女たちと一緒に電車に乗り込んで行った。
~リンダ、すまない・・・~
それが罠だと知ってはいたが、敢えてリンダには黙っていた。
~少し怖い思いをさせてしまうかもしれないけど、君たちは必ず僕が守って見せるから。~
ラミアは、電車が見えなくなったところで駅を離れて自宅へ直行した。
そして、自分の愛車でロンドンへと出発したのである。
~僕も全力を尽くすのだから君も頼むぞ、イザベラ!~
その日のマンチェスターの朝は、ロンドンのお株を奪うかのように霧がかっていた。
イザベラ・コンデレーロの野外ライブの開始時刻から10分が過ぎていた。
「イザベラ様、どうなってんだよ!そろそろ始めてくれよ!!」
「おーい!何かあるんだったら事前に告知しろー!!」
「責任者出てこ-い!!」
一向にイザベラどころかサポートメンバーすら現れる気配もないステージ上の有様に観客たちの苛立ちは頂点に達していた。
やがて、15分を過ぎたところで一人の男性が姿を見せた。
「みんなすまんな!今イザベラは歌よりもすごいライブに突入しとるんや。」
それは、デビュー当初からイザベラに一目置いていた彼女のプロデューサーだった。
「それが終わったら必ずコンサート始めるさかいそれまで短編映画のつもりでこれでも見といたって。」
パチン!
プロデューサーが指を鳴らすとステージ奥のモニター画面がどこかのコンサートホールへと切り替わった。
そして、それに伴いファンにとってはお馴染みであるイザベラのサポートメンバーが一人残らず姿を見せてヴォーカル不在のまま演奏を開始したのである。
「今回はどんな仕掛けがあるってんだろな。」
「こっから一体何が始まるんだ・・・」
「ま、コンサートは後でやるって言うんだからこの短編映画とやらを見るとしようぜ。」
基本的に礼儀正しいと言われているイザベラのファンたちは野次を止めて画面へと注目した。
「みんな!今日は前座だけど張り切っていくよっ!ウィーアー!?」
「「「“アフタースクール・ウォーカーズ”!!!!!」」」
リンダのかけ声で“アフタースクール・ウォーカーズ”の少女たちが一斉に声をそろえる。
「よし、それじゃあ直行だよ!!」
緊張感も程々に、少女たちがそれぞれの楽器を抱えて楽屋を離れステージへと急ぐ。
「・・・・・(下から覗くように笑顔を浮かべている)」
「ケッケッケ・・・・・」
その姿を“エゲザール”の下っ端ダンサーたちに見張られているとも気付かずに。
「あれ?」
リンダたちが舞台脇からステージに姿を見せると、そこには“エゲザール”のリーダー・ヒルの姿があった。
「こんばんは“アフタースクール・ウォーカーズ”の皆さん。準備を整えてここに来るのを心待ちにしてました。」
マイクを片手に気味の悪い笑顔で出迎えてくるヒルの姿にリンダは妙な違和感を覚える。
「こんばんは。えっと、ヒルさん・・・私たち、確か前座で“エゲザール”の皆さんの前にライブをするんでしたよね?」
「ああ、そうでしたね~。そんなご案内の手紙を以前あなた方に差し上げましたっけね~。」
ヒルの妙な言い回しに観客席からは“エゲザール”のファンとおぼしき男性たちが笑い声を立てている。
そんな中、リンダたちとは反対の舞台脇から“エゲザール”のヴォーカル、アーツ・シールズが姿を見せた。
「それがね、急きょ予定変更で“アフタースクール・ウォーカーズ”の皆さんには前座なんて言わず我々の本番を手伝ってほしいと思ってリーダーが観客の皆さんに同意を求めていたワケなんですよ。」
我々の本番を手伝ってほしい。
その言葉に“アフタースクール・ウォーカーズ”の少女たちの表情がぱっと明るくなる。
「おい、聞いたか?私たちが“エゲザール”とコラボ出来るんだぞ!」
「すごーい!初のロンドン公演で夢のような展開です!」
「よーし!いつもの3倍スピードでドラム叩いちゃうぞっ!!」
「これはいい経験をさせてもらえそうですね、リンダ先輩?」
だが、後輩の少女の問いかけに対してリンダは浮かない顔をするばかりだった。
「えっと、その・・・私たちは差しあたって何をすればいいんでしょうか?」
後輩の問いかけを横に置いてリンダがおそるおそるヒルにたずねてみる。
「そうだな、まずは手持ちの楽器をこっちに預けてもらおうか。」
「・・・・・?」
少女たちは戸惑っていたが結局、言われるがままにそれぞれの楽器をいつの間にか全員そろっていた“エゲザール”のダンサーたちに渡してしまった。
「じゃあ次はどうすれば・・・」
「ああ、音楽かけるから一枚ずつ服を脱いでいきな。」
「「「えぇっ!?」」」
少女たちが思いもよらぬ言葉に仰天する。
しかし、そんな驚きなど知った事かと言わんばかりにどこかから艶なまめかしい音楽が流れてくる。
「いいか?一気に脱いだんじゃ面白くねぇからな、音楽に合わせて一枚一枚ゆっくりと脱いで行くんだぞ。そうやってどんどん男どもの欲情をそそらせながら最後の一枚まで脱ぎ捨てるんだ。」
「そこで俺らと観客が一気に押し倒してみんなで仲良くお前たちを召し上がるって寸法よ。」
“エゲザール”のメインダンサーを務めるダイ・マーキングとタック・ヒルズがニヤニヤとしながらここからの流れを説明した。
「そんな・・・こんな話、聞いていません!」
リンダが明らかに困惑したような顔をして自分を含む“アフタースクール・ウォーカーズ”の少女たちの気持ちを代弁する。
「はぁ?お前らが聞いてなくても俺たちには織り込み済みなんだよ!」
少女たちを睨みつけながらアーツが怒鳴り上げる。
「ちょっと待ってくれ、こんなのって・・・」
「これは随分とマズい状況ですね。」
「オイ、どうにかなんねーのかよ・・・」
「先輩、どうにかならないんですか?」
後輩の少女の問いかけにリンダは何も答えられなかった。
「おっと、逃げちまったらお前らの宝物は全壊して明日にはスクラップ行きになるって事をよく覚えときな。最も、これだけの大人数に囲われて逃げられるとは思えねーけどな・・・」
ヒルの言葉通り“エゲザール”のメンバーと観客たちに取り囲まれた“アフタースクール・ウォーカーズ”の少女たちに逃げ場など存在しようがなかった。
「わ、私たちは・・・」
前座とはいえ初のロンドン公演を夢見ていた末の裏切りによるショックと恐怖感でリンダは震え上がっていた。
「おい!やんのかやんねーのかハッキリしろ!!」
アーツの怒鳴られ少女たちが声も出せずに完全に萎縮する。
「よぉ、自分で出来ねーんなら俺たちで脱がしちまおうぜ。」
「「「やっちまえー!!!」」」
ダイの心無い提案に観客たちは一斉に歓喜する。
「こんなのって・・・」
リンダが半泣きで声を震わせながらしぼり出す。
「あっちゃー。ダイ、お前も大概スケベだなぁ!だが、そういう事ならリーダーの俺が先頭に立って見本を見せてやんねーと嘘だな!!」
ゲラゲラと笑うヒルに合わせて観客席からも爆笑が起きる。
「「「いいぞー!さっさとひん剥いちまえー!!」」」
「皆さんもそう言っちゃってるワケだし、早速ヤッちゃいますか!!」
そして、ヒルが盛りの猿のような顔つきでリンダの上着をつかんだその時だった。
「やめろっ!」
凛々しくも勇ましい一声がホール内に響き渡り、場の動きを止める。
それに伴い、ずっと流れ続けていた艶なまめかしい音楽が中断されてロックテイストの力強い音楽が流れてきた。
「はっ!」
声の主が観客席の入り口からジャンプしてステージ上へと着地する。
「お、お前は!」
驚愕するするヒルの前に現れたのは紛れもなくラミア・ハメソンだった。
「ラミちゃん!」
リンダが一目散にヒルから離れてラミアの背後に回り込む。
「リンダ・・・そして“アフタースクール・ウォーカーズ”のみんな・・・僕が来たからにはもう心配いらないよ。」
ラミアはリンダたちに一度優しい眼差しを向けると、すぐさまヒルを鋭い目で見据える。
「滑稽だな。大の男どもを二百人近く集めて女の子5人を乱暴か。お前らしい下品で下劣な発想だ。」
「ふん、CDセールスなら俺たちはお前やそこのガキどもよりも上回ってるんだぞ。これは売れっ子の特権のようなモノさ。」
ヒルが汚い物を見るかのような目つきで“アフタースクール・ウォーカーズ”の少女たちに一瞥をよこす。
「よく言うよ。撮影券やライブチケットやグッズの抱き合わせ商法で複数買いを誘発させるドーピング商法がなければ僕やイザベラ・リンダたちの半分ほどの売り上げも残せなかったクセにね!」
「ぐぬっ・・・」
図星を突かれたヒルの表情が露骨なまでに歪みねじれる。
「このアマ、言わせておけば・・・!」
アーツが歯ぎしりをしながら拳を握っていきり立つ。
「でも、そんな連中だからこそこのような愚行を犯すと思えば・・・」
「ちょっと!いい加減にしてください!!」
ラミアが話している途中でそれを遮るかのように舞台脇から女性が姿を見せた。
「君は・・・」
「ヒルさん!あれだけ私をこき使っておきながら支払いを踏み倒すってどういうつもりですかっ!!私は深夜までヒルさんを含む主要メンバーのマッサージをしてあげたんですよ!ヒルさんは近いうちに振り込むって言ってたんですよ!!なのに1週間過ぎても入金がないってどういうコトなんですか!!!」
それは、先週の土曜日に“エゲザール”からの依頼で出張マッサージを担当したジュノン・ジュリアスだった。
「大体うちの基本は現金払いなんですよ!それを大口叩いてツケにしておきながら料金を払わないなんて詐欺も同然です!!」
ジュノンがラミア以上の剣幕で憤りを露にする。
「・・・そうか、よく分かった。」
ラミアとジュノンの顔を交互に見やりながらヒルはそう吐き捨てた。
「そんなに俺たちが悪いと言うのなら・・・この体でたっぷりと慰めてやるよ!!」
「何だとっ!?」
「どうしてそうなるんですかっ!!」
意味の分からない理論にラミアとジュノンが目を丸くする。
「お前ら!この生意気な女どものヴァージンを骨の髄までしゃぶり尽くしてやれっ!!」
「「「オー!!!!!!」」」
そんなラミアたちにはお構いなしと言わんばかりにヒルの合図で“エゲザール”のメンバーと観客たちは一斉に襲い掛かってきた。
「君の事はよく知らないが、僕の足を引っ張るんじゃないぞ!」
「あなたこそ頼みますよ!」
ラミアとジュノンは初対面ながら互いへと釘を刺して戦闘モードに突入した。
「はぁっ!!」
黄緑色のオーラをまとったラミアは最初にリンダをはじめとする“アフタースクール・ウォーカーズ”の少女たちの周囲に結界を張って完全なる防御壁を作り上げた。
バシッ!
「ぐあっ!」
「がはっ!」
“アフタースクール・ウォーカーズ”の少女たちを狙って飛び掛かる男たちが次々と壁に跳ね返されて弾き飛ばされる。
「ラミちゃん・・・」
「窮屈かもしれないけどしばらくそこを動かないでくれ。」
「・・・・・ありがとう。人数的には圧倒的に不利かもしれないけど、頑張ってね!」
「大丈夫、こんな連中に僕は負けたり・・・しない!」
シュッ!
リンダと話している隙を突いて背後から襲い掛かってきたアーツの蹴りをラミアはあっさり回避する。
「ご挨拶だな。女を相手に不意打ちとは随分と英国のジェントルマンも地に堕ちたものだ。」
「抵抗するなよ・・・お前のヴァージンを俺たちがぱっと咲かせてやろうとしてるんだぜ!!」
「もう少し処女でいたいからその申し出はお断りだ!」
次々と襲いくる男たちの攻撃を回避しながらもラミアははっきりとアーツにそう告げた。
「悪行を犯す者、裁きの業火に包まれる・・・ジャイアントフレイム!!」
「「「ぐわあぁぁぁっ!!」」」
一方で、赤色のオーラをまとったジュノンは魔法で炎を放ちながら襲い来る男たちを次々と撃退する。
「そして、報いの刃に切り刻まれる・・・エアーカッティングスペシャル!!」
気が変わったのか続いては大量の真空刃を放ち男どもを切り刻む。
「君、なかなかやるじゃないか。魔法の使い手とは恐れ入っちゃうね・・・僕も多少は使えるけど。」
いつの間にかジュノンの背後でラミアが背中合わせになっていた。
「古今東西の文献に記された魔法なら全部使えます。あなたこそ、そろそろ本腰を入れて戦ってみてはどうですか?」
「悪いけど今はまだ本領発揮の時じゃない。連中そろそろ“奥の手”を使ってくるだろうからそれをかいくぐってから暴れさせてもらうよ。」
ジュノンの魔法攻撃が功を奏して戦況は少しずつ変わろうとしていた。
「はっ!たぁっ!!」
ドコッ!ボカッ!
ラミアもまた、地味ながらも素早い動作と的確な動きで男たちを一人一人確実に仕留め続けていた。
「お前ら!悪あがきはそこまでだ!!」
そんな中、ヒルの声が轟いて周囲の動きを止めた。
「これ以上余計な真似をしたらこいつがどうなっても知らないぞ。」
「ギ、ギルティ!」
ヒルの手にはリンダのギター“ギルティ”が握られていた。
「おっと、こいつだけじゃねーぜ。」
その後ろでは、アーツが“アフタースクール・ウォーカーズ”の少女たちから預かった楽器たちを横において刃物をちらつかせていた。
「今からお前たちが一つ攻撃を繰り出すごとにこの楽器どもを一つずつ破壊する。それでもいいんなら好きなだけ暴れてみるがいい。」
結界が張られていて手出しが出来ず、リンダたちを人質に取れないと見るやヒルはリンダたちから預かった楽器を盾に脅しをかけたのである。
「重ね重ね何てひどい人たちなのですか・・・」
「・・・・・」
ジュノンが呆れ果てている横でラミアは表情一つ変えずじっとヒルを見据えていた。
「どうした?ご自慢のお処女を俺に捧げる気になったか?」
「いや、予想通りの展開で安心したんだよ。」
「何だと?」
ヒルの下品な問いかけをラミアは冷静に切り返す。
「卑怯で卑劣で卑猥な君たちならばどこかでこういう手を使うと正直思っていたよ。だけど・・・僕が無策でのこのことここまでやって来たとでも思うかい?」
「牙が刺し影乱脚!」
「マインズボール!」
ドコッ!ボカッ!
「ぶはっ!」
「ぶへらっ!」
ラミアが言葉を言い終わるや否やといったところでどこかから鋭い蹴りと気の塊が飛んできてヒルとアーツの頭部を強襲する。
「パワーシールド!」
そして、ヒルとアーツの注意がそれた隙にすかさず楽器たちには防御壁が張られたのである。
「ラミアさん、これでいいんだよね!」
「イザベラ様!ナイスワークです!!」
「OK!これで好きなだけ暴れられるよ、ありがとう!!」
ラミアは親指を立てて打ち合わせ通りに現れてくれたイザベラ・コンデレーロとその後輩ミサ・クエンドーラに満面の笑顔を見せた。
それに伴いずっと流れていたロックテイストの音楽にイザベラのヴォーカルが追加されて流れてきた。
「これは・・・」
「はい皆さん!そろそろクライマックスが近付いてきたので歌付きでBGMを流してしまいます!このアップテンポなサウンドにイザベラ様の力強くも神々しいヴォーカルが加わってしまえばパワー百倍元気も百倍!!歌の勢いそのままにサックリと仕上げちゃいましょ~!!!」
放送室から響き渡る男性の声にラミアは覚えがあった。
以前、偽のオーディションで痛い目を見て話題になった声優ルメル・ペラーロの声だ。
「すっかり元気になったのか・・・」
ラミアは一旦クスッと笑うとすぐさまヒルたちの方を睨みつけた。
それはもはや鬼の形相と化していた。
「そ、そうだ。俺、嫁さんが待ってるからここは子分どもに任せて帰るとするか・・・」
人数で圧倒していながらも力で圧倒され、人質もいなくなったヒルはそう言って誤魔化すのが精一杯だった。
「まぁ待て。君たちに処女をあげるつもりは全くないけど代わりに僕の取って置きを骨の髄まで味あわせてやるからさ・・・」
その言葉には恐ろしいまでの殺気が込められていた。
「必殺・鬼百合乱舞!!!」
やがて、黄緑色のオーラをさらに巨大化させるとラミアはヒルへと飛び掛かり無数の拳と蹴りを繰り出した。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」
「ぶはぶへぶほぶは・・・」
光よりも速いスピードで何十発も殴打され、ヒルは醜い悲鳴を上げるばかりだった。
「これで終わりだ!」
ボゴオッ・・・!
「ぐがぁ!!」
とどめに顎へのハイキックを直撃させてラミアの攻撃は終了した。
ドサッ!
ヒルはその一撃でふっ飛ばされてステージから落下し、そのままのびてしまった。
「さて、次は・・・」
「お、おい!ちょっと・・・」
「鬼百合豪波砲!!」
ドカーン!!!
「「「ぐわあぁー!!!!」」」
制止も空しくラミアはアーツたちへ向けて巨大な砲撃を爆発させた。
「さあ、仕上げと行こうじゃないか・・・!」
「いやいや、俺らは部外者ってコトで・・・」
「そうそう、全部ヒルさんが勝手に決めちまったから・・・」
「鬼百合豪波砲!!」
ドカーン!!!
「「「ぎゃあー!!!!」」」
言い訳も空しくラミアはダイとタックたちに向けても巨大な砲撃を爆発させた。
「はぁ、はぁ・・・」
相当の力を消耗し、肩で息をしながらラミアが周囲を見渡してみる。
どうやら今ので推定二百人はいたであろう“エゲザール”とその信者たちは全滅したようだった。
「やったのか・・・」
「ラミちゃあぁん!!」
「わわっ!!」
ドサッ!
急に結界を抜け出したリンダに飛びつかれてラミアが転倒する。
「怖かったよぉ!殺されるかと思ったよぉ!ホント、ラミちゃんがいなかったら私たちどうなってたかと思うともう私、私・・・」
リンダが顔を摺り寄せてきながら号泣する。
「怖い思いはしたけど最終的に助かって良かったよ。あなたのおかげだラミア・ハメソン。」
「ラミアさんのおかげで私たちまたバンドが続けられそうです。」
「ま、これも経験だと思えばね。あ、でもあんたには心の底から感謝するよ。」
「騙されたのは悔しいけどこれで一安心です、ありがとうございました。」
リンダの後から“アフタースクールウォーカーズ”の少女たちが次々と感謝の言葉を口にする。
「それにしても、ラミアさんがあんな隠し玉を持っていたなんて驚きです。私の魔法でもあそこまでの破壊力はありませんからね。」
「君は僕の事を知っているのか?」
初対面のジュノンに名前を呼ばれてラミアが驚いた顔をする。
「もちろんです。アイルランドが生んだ崇高な精神と正義の心を持つ稀代のミュージシャン、ラミア・ハメソンを知らないはずがないじゃないですか。同じ33歳の同年代としていつも意識してるぐらいですよ?」
「同年代・・・」
「ちなみに私はフランス生まれの整体師ジュノン・ジュリアス。“ジュノ・ラベル”創始者にして本店の店長です。以後お見知りおきを。」
「ジュノン・・・」
「あ、ずるいですよ二人とも。33歳の同年代ならここにもう一人いるじゃないですか。」
ラミアとジュノンの会話の中にイザベラが割って入る。
「メキシコ生まれの声優イザベラ・コンデレーロをお忘れなく!」
「そうか、君もか・・・」
同年代を立て続けに見つけた安心感からかさっきまで強張っていたラミアの表情が徐々に和らいで行く。
それに合わせて殺伐としていた空間が少しずつ穏やかさを帯びてくる。
「ところで、私は今日野外ライブがあるのを中断してここに来ているんですよ。1時間ぐらい遅れちゃったからお詫びの意味でファンのみんなにとびっきりのライブをお届けしてあげたいんだけどここにいる女性陣全員に協力してもらえるかな?」
そんな中でイザベラは素敵な企画を発案したのである。
「みんな~!!待たせちゃってごめんねー!!」
観客たちが待ちわびた野外ステージの壇上にイザベラが姿を見せた。
「「「ワアー!!!!!!!」」」
それに伴い観客席(野外なので全部パイプ椅子)から歓声が沸き起こる。そして、イザベラに続いてラミア、ジュノン、リンダをはじめとする“アフタースクールウォーカーズ”の少女たち、ミサ、ルメルが次々に姿を見せる。
「ほんま待ちくたびれたわ!あんまり長いもんやからモニター越しでイザベラたちの活躍劇を見てもろうとったんやで。」
既に壇上に待ち構えていたプロデューサーが奥のモニターを指差しながら呆れたような声を出す。
「えぇっ!?さっきのコンサートホールでのアレをみんな見てたの!?」
事前の打ち合わせ通りイザベラが何も知らなかったかのように驚いてみせる。
「見てたー!」
「イザベラ様ナイスアシストだったよ!!」
「事情が事情だからライブ遅れたの許しちゃうよ~!!」
観客席から次々とあたたかい声援が送られる。
「みんな聞いてくれ!」
そんな中でラミアがステージの中央にやってきて一声をあげた。
「今回、イザベラは僕たちの問題を解決すべくライブがあったにも関わらず予定を繰り下げてまでコンサートホールに来てくれた。途中、整体マッサージの達人ジュノン・ジュリアスが現れたのは予想外だったけど結果的に納得の行く形で事を片付けられたのはひとえに彼女のおかげだと思っている。そこでそんなお礼の意味も込めて彼女のライブに今から僕たちも参加させてもらいたいのだけど、どうだろう!?」
「「「大賛成―!!!!!!!」」」
それは時間にして1秒にもならない即答だった。
観客席のファンたちは、イザベラのラミアたちとのコラボレーションを快く受け入れてくれたのである。
「私たちも演奏付きで歌っちゃうよ!」
リンダが勢いよく愛用のギター“ギルティ”をかき鳴らす。
「私だって歌には魔法と整体の次に自信があるんですよ!」
ジュノンが分けもなく力こぶを作って周囲の笑いを誘う。
「よーし!そういう事なら今日は5時間予定のところを7時間まで延長して夜通しスペシャルライブで最後まで盛り上がって行くぞー!!!」
「「「オー!!!!!!!」」」
イザベラの音頭で「特別な」野外ライブが幕を開けた。
~良かった・・・みんなが幸せな夜を迎えられて本当に良かった・・・~
ラミアは、自分とリンダだけでなくここにいる全ての人たちが笑顔でいられるこの現実に心の底から喜びを感じていた。
同年代であるイザベラとの出会い。“アフタースクールウォーカーズ”の少女たちを巡る一騒ぎ。当初は全く想像もつかなかったこれまた同年代であるジュノンとの出会い。そして今、成り行きとはいえ飛び入り参加をしているこの野外ライブ。それぞれの運命が交差しながら築き上げられた空間の中で、全てが一体となって光り輝いているこの現実の中で心の底から喜びを感じていた。
~僕たちはいつまでも輝き続けてみせる、あの星々のように・・・!!~
ロンドンの夜空には、あまたの星々がどこまでも満ち溢れていた。
それは、ラミアたちの未来を照らす道しるべのような輝きを放っていた。
―80(ハチゼロ)3人娘編 END―