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マルアウア・ココ ~遥かなる片思い~

これは、世界平和を願う青年ホワイト・ローズに恋をした少女の物語である。




マウアウア・ココはいつものように砂浜に座って夜の海を眺めていた。


ホノルルのビーチは観光客で賑わう昼間の喧騒とは打って変わって波音だけが響き渡る「心地良い静寂」に包まれていて、一人で物思いにふけるにはまさにうってつけのベストスポットだった。


「・・・・・」


 幼い頃に授かった十字架をポケットから取り出してそっと胸に抱き寄せてみる。


 気がつくと、ココの脳内はその十字架にまつわる記憶をたどっていた。




「うっ、うっ・・・・・・」


 あれは忘れもしない10年前・2003年の夏。5歳の誕生日を迎えて間もない私は一人この場所で両膝をついて泣いていた。


 当時3歳だった妹が高熱を出して倒れ、母の懸命の看病も空しく一向に熱が下がらなかったのだ。今にして思えば麻疹はしかがたまたま長引いてしまったために二週間も膠着こうちゃく状態が続いていたのだろうけどあの時の私は妹が死んでしまうような気がしてあまりにも不憫ふびんで、夜中に家を飛び出してここで泣いていたのだ。


 どれぐらい泣いていたのだろう。夜風で涙が乾き、涙が枯れてもう出てこなくなっていたのにそれでも私は泣いていた。


「こんな夜遅くに一人でどうして泣いているんだい?」


 そんな時、背後から声をかけられた。


 振り返ると、金髪碧眼でスラリと背の高いセミロングヘアーの男の人がさわやかな笑顔でそこに立っていた。


「可愛い子だね、よしよし。」


 男の人が私の頭をなでてくる。それだけで私は安心したのかすっかり泣きやんでいた。


「おっ、さっきまで泣いていた小鳥がすっかり静寂を取り戻したみたいだね、良かった良かった。」


「あの、私・・・」


「泣いてる顔も可愛いけれど君には笑顔が似合っているよ。」


 その一言で私の心は完全に彼の手に落ちてしまっていた。彼の方にはそんなつもりはなかったのだろうけど、幼かった私にはそれだけで心を支配されるには十分だったのだ。


「君がどうして泣いていたのかは知らないけど・・・」


 彼は身に付けていたプラチナのクロスを外すとそれを私の首に付けてくれた。


「辛い時や悲しい時はそれを抱き寄せてみてごらん。きっと優しい気持ちになって心が鎮まるだろうから。」


「こう・・・?」


 言われるがまま私はクロスを胸にそっと抱き寄せてみる。


 すると、彼の言葉通り胸を締め付けていた感情がすっと消えてなくなり、代わりに暖かい何かが芽生えてくるようなそんな気分になってきた。


「ホントだ・・・」


「少しは楽になれたかい?じゃ、僕は人を待たせているからこの辺りで失礼するね。」


「あの、私・・・」


 私の声が聞こえなかったのか、彼はウィンクをすると背中を向けてそのままどこかへと立ち去ってしまった。


 結局、私はその素敵な男性にお礼の一つも満足に言えなかったのだ。




 それから家に帰ると妹は穏やかな顔つきですやすやと寝息を立てていた。熱が引いてかなり楽になっていたのだろう。


「安心したよ。お医者様が峠は越えたって言ってたから明後日ぐらいからは普通に外歩かせても問題はないだろうね。」


 徹夜につぐ徹夜の看病でずっと険しい顔をしていた母もこの時ばかりは表情が和らいでいた。だけど、幼かった私はそんな母でもなくお医者様でもなくあの“砂浜の王子さま”が魔法の力で妹を救ってくれたのだと本気で思い込んでいた。


 だから、今度会ったときは私を元気づけてくれた恩も含めて彼にお礼を言おうと決心したのである。




 それから時が経ち、2005年の夏。私たち一家は7歳になった私の誕生日祝いのための食料を調達すべく近所のスーパーに行った。そこは、世界中に店舗を持つアメリカ発の超大型スーパーで、このホノルル店も相当の敷地面積と売場数を誇るまさに「楽園の食料庫」だった。


 しかし、そんな日に限って特売セールなど実施していたため人の波が激しく、気がつけば私は家族とはぐれて一人、果物売り場の前にいた。


「みんな~!どこ行ったの~!?」


 喧騒の中で聞こえるはずがないのに大声を上げてみるも、やはり返事はない。


「どうしよう・・・」


 今思い出してもすごく心細かったのを覚えているけど不思議と涙は出て来なかった。おそらくこのお店の明るい雰囲気と店内に流れるハワイアンのBGMが私に安心感をもたらしてくれていたのだろう。でも、このままだと困るので私は店内をがむしゃらに動き回って家族を探した。


「お父さーん!お母さーん!!」


 しかし、人波の中で小さな私が声をあげたところでそんなものが届くはずがない。少しずつ焦りを感じはじめた私はいつの間にかお店の中を走り回るようにして家族を探していた。もちろん今はするはずもないがその頃は幼くてお店の中を走る行為が禁じられているなどとは思わなかったのである。


 ドンッ!!


 今にして思えば案の定、私は人とぶつかり派手に転んでしまった。


「いたた・・・」


「大丈夫?君、ケガはなかった?」


「はい、なんとか・・・?」


 それを縁と呼ぶのか定めと呼ぶのか何なのか。ぶつかった私を心配して手を差し出してくれたその男性は間違いなくあの時の“砂浜の王子さま”に他ならなかったのだ。


「あれ?君は・・・」


 どうやら彼も感づいていたらしい。せっかくなので彼の手をしっかりつかんで起き上がると私は緊張しながらも今の自分が口に出せる精一杯の気持ちを彼に伝えようと思った。


「あ、あの時も今もありがとうございます!私はマルアウア・ココです!!今日がお誕生日でお父さんたちと一緒に買い物に来たんだけどはぐれちゃいましたっ!!」


 当時自分が口に出した言葉は今も正確に記憶しているが、今思い出しても恥ずかしくて赤面してしまう。全く、感謝の気持ちを伝えたいだけなのにどうして自己紹介と現況報告などする必要があるのやら。


「偉い、よく言えたね。口ごもっていたあの時と比べたら君は明らかに成長しているよ。」


 そんな私に対しても、彼は優しく丁寧に対応してくれた。


「僕の名前はホワイト・ローズ。普段はニューヨークで働いているんだけど今は休暇でハワイに来てるんだ。」


「ホワイト・ローズ・・・」


 それが“砂浜の王子さま”である彼の本名だった。


「それはいいけど・・・君、家族とはぐれちゃったんだって?困っているなら僕が君を助けてやらないといけないな。」


 そこまで言うと、彼は私に肩車をしてくれた。


「あの、ローズさん・・・」


「はは、いいっていいって。こうして歩いてれば君のご両親からも君がしっかり見えるだろう?」


「はい・・・」


「よし。それじゃあ、ココの両親ズを探しに出発だ!」


 彼の肩に担がれて、私は店内のあちこちを彼と一緒に散策した。まるでそれは夢のような時間だった。彼にも両親にも悪いけど、正直このままずっとこうしていたいとさえ思っていたが、もちろんそれは叶わぬ夢として程なく終わりを迎えてしまうのである。




「ココ!探したぞ!!」


「ほんと無事で良かった・・・全く、あんたが手をつないで歩くのが恥ずかしいだなんて言うからこの子が迷子になっちゃうんじゃないの!!」


 肩車されている私に気付いて両親がやって来たのはお菓子売り場のコーナーをうろついている時だった。


「どうやら僕の役目は終わったみたいだね。」


 彼の肩から降ろされて、私は両親の元へと駆け寄る。


「すみません、娘がお世話になったみたいで・・・ほら、あんたたちも頭を下げるんだよっ!!」


 母に言われて父も私もあわてて頭を下げる。


「どうも、娘がお手数かけました。」


「ローズさん、ありがとうございました!!」


「いえ、礼にはおよびません。困っている人を見過ごせないのが僕の性分ですから。」


 今思い返しても彼のそんな性格には頭が下がる。


「ココ、もうはぐれちゃいけないよ。それと、お父さんも恥ずかしいだなんて言わないで手をつないでおかないとこんなに人が多いんだから簡単に迷子になってしまいますよ。」


「はあ、面目ない。」


「では僕は人を待たせているのでこの辺りで失礼します。」


 あの時に同じく今回も彼は誰かと一緒にここに来ているみたいだった。


「それと、ココ・・・お誕生日おめでとう☆」


「ありがとうございます!」


 そして、あの時に同じくウィンクをすると彼は背中を向けてどこかへと立ち去ってしまったのである。


「かっこいい人だったねぇ・・・同じアメリカ人でもうちの亭主とは大違いだよ。」


「何をっ!わしだって若いころは・・・」


 父が昔の自慢話をしながらジェスチャーを交えて熱く語り始めていた。


「いいかっ!ハワイの男だからといって毎日飲んで食って歌って踊ってばかりの遊び人ばかりではないんだぞっ!人知れず勉学に勤しむ者がいつか必ず大統領になって史上初のハワイアン・プレジデントとして歴史にその名を・・・」


 父の熱弁が加速度を増しているようだったがその時の私には話半分も届いていなかった。


「全く、口先だけで平和を実現出来る人がいたらノーベル賞もんだよ!」


 両親のそんなやり取りをよそに私はしばらく恍惚こうこつとしながら彼が去っていった方角を見つめ続けていた。当時、幼かった私は彼が待たせている人の正体にも彼の薬指につけられていた指輪の存在にも気付かずに“砂浜の王子さま”に恋焦がれていたのだ。




 月日は流れて2007年の春。私は夜の砂浜を一人で歩いていた。母には食後の軽いウォーキングと言って外に出た私だったが言うまでもなくお目当ては別のところにあった。


「そうかい、まぁ気をつけて行っといで。」


 元々奔放な性格の母は少々のお願いに難色を示すような人ではなかったので快く承諾してくれた。


「ローズさん・・・」


 その日その時その場所で、私は何の根拠もなく彼に会えるような気がして仕方がなかった。虫の知らせと言うのだろうか、今日この機会を逃したら一生彼に会えなくなると思った私は居ても立ってもいられなくなったのだ。


「・・・・・」


 ホノルル市民の良心を信用していたので夜道の一人歩きに抵抗はなかったけど、藍色の夜景に波音だけが響き渡る空間は美しくもどこか寂しさのようなものが漂っているように見えた。


「・・・・・」


 海の向こうを見ていると、この空間が永遠のように思えてきた私だったがその考えは直後あっさりと打ち砕かれてしまったのである。


「おぎゃあ!おぎゃあ!!」


 ふと、遠くから赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。最初はどこかの家の赤ちゃんが泣いているのだろうと思っていたがやがてそれは波音を打ち消すぐらいの勢いで大音量化して私の耳に突き刺さってくる。


「ほらほら、お願いだからもう泣かないでおくれ。すぐママのところに帰るから、ね?」


「えっ・・・?」


 泣き声と一緒に聞こえてきたその優しい声音に思わず私は振り返る。


「やあ、また会えたね。」 


 そこには、あの時と変わらぬ笑顔で赤ん坊を抱きかかえていた“砂浜の王子さま”=ホワイト・ローズが立っていた。


「ローズさん・・・」


「先月子供が産まれてね。この地上の楽園・ハワイの海をこの子に見せてあげたくて家族旅行に来てるんだ。ほら、可愛いだろう?」


 すっかり泣き止んでいた赤ん坊の顔を私に向けて彼が微笑んでみせる。


「ホント、ローズさんの子供だから整った顔立ちをしているのがよく分かります。」


 私には棒読みでそうやって取り繕うのが精一杯だった。


「いや~照れるなぁ。でもそう言ってもらえて僕は嬉しいよ。ね、マゼンタ?」


 子供の名前はマゼンタというらしい。でも、失礼ながらその時の私にとってはそんな事はどうでもいい事だった。


「今日はね、何の根拠もないのにここに来たら君に会えるんじゃないかと思ってやって来たんだ。もちろん妻には泣き止まないマゼンタをあやすためと言って出たんだけどね。」


 うつろな目をしていた私は何も答えずただうなずいてるだけだった。


「ほらマゼンタ、これが夜の海だ。昼間の青い海も素敵だけどこの静寂感漂う夜の海も悪くないだろう?」


 彼は両手で自分の娘を高く掲げて地上の楽園のもう一つの顔をしっかりとその目に焼き付けさせていた。


「すみません、時間も遅いし母も心配していると思うので今日はこの辺りで失礼します。」


「ん、そうなのかい?」


 これ以上ここにとどまるのはもう限界だった。胸が締め付けられ、涙が今にも溢れ出しそうなあの感覚。


 私はとっさに嘘をついて彼に背を向けた。


「また、君に会えるよね?」


「多分会えると思います・・・でも、今はさようなら!!」


 私は一目散に走り去るともう振り返ろうはしなかった。


 泣き顔を、私の本心を彼に悟られたくなかったから。




 バサッ!


 家に帰ると私は枕に顔をうずめて声も出さずに泣いた。私の一方的な片思いで彼に非がないのは自分でも分かっていたものの、それを自覚すればするほど一人で勝手にはしゃいだり落ち込んだりしていた自分の姿が惨めで滑稽に思えてきて涙が止まらなかったのだ。


 そんな中、枕元で何かが光ったような気がしたので私はそれを手に取ってみた。


「これは・・・」


 プラチナのクロス。はじめて出会ったあの時に、彼からもらった宝物。


「こんな物っ・・・!」


 即座に床に叩きつけてやりたい衝動に駆られたが彼の優しい笑顔が脳裏をよぎって私はそれを躊躇ちゅうちょする。


 考えてみれば、あれからずっと私はこのクロスを枕元に置いて明日の幸せを祈願しながら眠りについているのだ。


「・・・・・」


 ふとあの時と同じように私はクロスをそっと抱き寄せてみる。


 すると、あの時と同じように胸を締め付けていたような感覚は消えてなくなり暖かい何かが芽生えてくるようなそんな気分になってきた。


「ほんと、かなわないや・・・」


 とっくに涙が止まっていた自分に気がつくと、私は顔を洗ってコップ1杯の水を飲んでから睡眠に入ったのである。




 淡い恋がはじけ飛んでから2年後の2009年6月。私は母に頼まれたお使いで近所のスーパーに一人で行っていた。彼と再会をした上にその節は肩車までしてもらった「あの」スーパーである。


「えっと、ひき肉にキャベツっと・・・」


 母が用紙に書いてくれたお買い物リストを参考にしながら片っ端から商品をカゴに入れていく。


「あっ・・・」


 そんな中で立ち寄った果物売り場でまたしても彼と出くわしてしまった。しかも今回は妻とおぼしき女性同伴で子供も一緒という形である。


「やぁ、また会えたねベイビー。紹介するよ、こちらの女性は僕の妻でナンシーというんだ。」


「はじめまして。ホワイト・ローズの妻のナンシーです。」


「はじめまして。私はマルアウア・ココといいます。」


 美人で気品のあるその姿に彼の伴侶にふさわしい女性だと私は直感で理解する。


「こっちは娘のマゼンタ。君も一度見ているだろう?」


 あの時の赤ん坊がすっかり可愛らしい女の子の顔になっていた。


「久しぶりだねマゼンタ。私を覚えてるかな?」


「うん、と・・・思い出せないな。」


「だよね。私の名前はマルアウア・ココ。ちゃんと覚えてね。」


「うん、覚える!それと、私はマゼンタ・ローズだからね!」


 力のこもった自己紹介に私もローズ夫妻も思わず笑ってしまう。でも、こうしているとあの時失恋してあんなにも深く落ち込んでいたのが嘘のように思えてくるのだから不思議なものである。


 それから、私はローズ一家と1時間近く立ち話を続けた後に買い物を済ませて家に帰ったのである。内容は全て他愛のないもので今となっては断片的にしか思い出せないが、それでも私にとって充実した時間だった事には間違いなかった。




「ただいまー!」


「おや、はじめてのお使いで量が多かったのは分かるけどちょっと時間がかかったんじゃないのかい?」


 家に帰ると母がさり気なく嫌味を織り交ぜて私を出迎える。


 それでもその時の私は幸せな気持ちで満たされていた。


「お母さん、お金じゃ買えない大切な物が手に入るって素晴らしい事だよね。」


「何だいそりゃ?ま、書いといたヤツを全部買ってきてるんだからいいけどさ・・・」


 こうして、はじめてのお使いが思わぬ形で私に幸運をもたらしたのであった。




 それから2年後の2011年7月。私は中学校の友人たちと一緒に放課後恒例のフラダンスクラブに参加していた。


「ほらココ、もっと軽やかに軽やかに。腰の動きがぎこちないぞ。」


「こ、こうかな?」


「そうそうそんな感じ・・・って、ダメじゃないのココ。レイを付け忘れてるわよ。」


「あ、そうだった。」


 ハワイではおなじみの訪問客の首にかける花輪・レイを着用して踊るのがこのクラブでのならわしだった。そのレイを着用して再度踊りを始めた私だったが自分でも分かるぐらいにやはり動きが冴えてない。


「うーむ。他のみんなは自然体って感じがするのに君だけはどうも動きに硬さが目立つんだよなぁ・・・ま、何日も練習してりゃそのうち身に付くだろうからとやかくは言わないけどね。」


 クラブの先生は私を含む動きの冴えない人や鈍い人を叱責するような行為は一切しなかった。一方で、友人たちもこんな私を優しく見守り続けてくれていた。周囲にそんな人たちがいたからこそ私はいつも余計な事を考えずに練習に打ち込めたのである。


 しかし、その日ばかりは勝手が違った。


「臨時ニュースをお伝えします。昨夜から危険な兆候を見せていたアカイフエ火山が先ほどから噴火を起こして周囲に溶岩が流れ続けています!」


 クラブハウスのテレビから流れてくるそんなニュースに全員が釘付けになる。


「えっ、でもアカイフエ火山っていったら・・・」


「この近くじゃないか!あんな溶岩が流れてきたら大惨事になるぞ!!」


「噴火が続いてるって事は放っておいたら被害はどんどん拡大するってワケか・・・」


 画面からは遠くに映し出された山から爆音が轟とどろき赤い物が噴き上げ続けているのが分かる。このまま放置していれば間違いなく家も学校も近所のスーパーもこのクラブハウスも炎に包まれて灰と化してしまうだろう。


「緊急警報緊急警報!ただいま、火山の噴火に伴い溶岩の噴出が続いております!!住人の皆様はただちに安全な場所へと避難をお願いします!!繰り返します!ただいま、火山の噴火に伴い・・・」


 警報カーがやってきて避難勧告を始める。


「ここに居ても何にもならん!速やかに避難を行うから全員整列しろ!」


 先生が先頭に立って他の参加者たちを並べて避難の準備をする。しかし私はこのまま逃げたくなかった。家が、思い出の場所の数々がこんな形で全部失われてしまうなんて私には耐えられなかったのだ。


 ダッ!


 だから私は一目散に駆け出した。


「おい、ココ!!」


 先生の声にも振り向かず、私は一目散に駆け出したのであった。




「これは・・・」


 山のふもと。溶岩と火山灰の被害がかろうじて抑えられているぎりぎりのラインまでやって来て、私は事の重大さを改めて理解した。


 燃え盛る木々。逃げ惑う野生動物たち。このままだと私が立っている周辺にも被害がおよぶのは時間の問題であろう。


「何とかしなくちゃ・・・」


「大丈夫!君ならきっとこの大自然の脅威を食い止められる!!」


「はい!・・・って、えっ!?」


 私の運命のリングとは何と滑稽な様相をしているものなのだろう。私は、こんな時に“砂浜の王子様”=ホワイト・ローズとまた再会を果たしてしまったのである。


「ちょっと早いハワイ休暇を満喫してたんだけどね・・・どうやら今回は大自然の神様が僕に仕事をしろと言っているらしい。」


「ふふっ、何ですかそれは。」


 こんな状況でも私を笑わせてくれる彼の余裕にはやはり頭が下がる。


「だが今回は君にも協力をお願いする。」


「えっ?」


「避難勧告があれだけ出されていたにも関らず君はこんなところにやって来てるんだ。まさか、大自然の脅威を間近で見たくてここまで来たワケじゃないんだろう?」


「・・・・・はい!私はこの溶岩と火山灰を食い止めてこれ以上の被害を出さないようにするためにここに来ました!!」


 私は自分の正直な気持ちをはっきりと彼に伝えた。


「イエス、いい答えだ。ならば僕が授けたクロスを掲げて念じるんだ。」


「あっ・・・」


 だが、不幸にも私はこの時あのプラチナのクロスを家に置いたままにしていたのだ。


「すみません、私、あのクロスを家に忘れちゃって・・・」


「じゃあ、その胸ポケットの中で輝いている光り物は何なんだい?」


「あれっ・・・?」


 不思議や不思議、学校に行く前に机の脇に立て掛けていたあのクロスがポケットの中で輝いていたのである。


「でもどうして・・・?」


「僕のクロスは持ち主が必要だと感じたら即座に転移して持ち主の元へと届く仕組みになっているんだ。近々この性能を活用した製品をいくつか売り出す予定だからお楽しみに。」


 さわやかな笑顔で親指を立ててウィンク。こんな真顔で言われたらもはや突っ込むに突っ込めない。


「さて、世間話はこれぐらいにして・・・そろそろ仕事に入ろうか。」


「はい!!」


 私は彼に言われた通りクロスを掲げて強く念じた。右手を胸に当てて邪念を振り払いながら。


「大自然の神よ。どうか、荒ぶる怒りをお鎮め下さいませ・・・この地に暮らす人々のために・・・」


 家族を。友人を。ホノルルの人々を。彼と出会った砂浜を。彼と過ごせたスーパーを。学校を。クラブハウスを。


全てを守りたい一心で私は全身全霊をかけて強く念じ続けた。


「あれ・・・?」


 すると、体内から橙色のオーラが沸き起こり、気がつけば私はそれを全身にまとっていた。


「すごい、これって・・・」


 体に有り得ないほどの力がみなぎってくるのが分かる。これならば不可能を可能にだって出来そうな気がしてくる。


「溶岩よ、これ以上先へは進ませない!食い止めよ、ダイヤモンドレイン!!」


 私が念じると、氷の雨が無数に空から降ってきて、今出ている溶岩の全てを圧倒的な量をもって凍らせてしまったのである。


 しかし、火口からの噴火はいまだ続いていた。


「よくやったよ、ココ。後は僕に任せるんだ。」


 そんな中、彼が私の肩をポンと叩いて一歩前進する。


「火山よ!今しばらくその活動を停止して、永き眠りにつくがいい!!ブリザードメテオ!!」


 彼が両手を天に掲げると、巨大な氷の隕石が何発も降ってきて火口の中へと飛び込んで行った。


 ジュバッ!ジュバッ!


 最初は火口の中であっさりと消滅し、溶けている音が響いていたが次第に隕石はその圧倒的な量をもってして燃え盛る火山を制圧しようとしていた。


 やがて、火山の頂に氷の隕石が幾重にも積み重なっている姿を見た時に噴火は治まったのだと確信した。


「ふぅ・・・自然の力が持つすごさとやらを身をもって体感しちゃったね。」


 彼の額に汗がにじんでいた。私は全身が汗びっしょりだった。


「それじゃあ、帰ろうか。」


「・・・はい!」


 いつの間にか火山灰は私が降らせた氷の雨によって霧消むしょうされ、火山の噴火をめぐる町の危機は完全に回避されていた。


 こうして私は彼の背を追う形で山のふもとを後にしたのである。




「ハワイアンミステリー」「ニューヨーカーとハワイアン、お手柄鎮火リレー」「大自然の猛威を超える魔法の力」


 翌日の新聞には私たちの記事が無数に躍り続けていたという。死者もおらず、物的な被害も最小限に抑えられたので結果的には良かったワケなのだが無残に焼かれた木々の姿を見ていた私には「もっと早く駆け付けていれば・・・」という後悔の念も残っていた。


「全く、あのイケメンさんともども大した子だよ。やっぱり王朝の血筋は何かを持ってるっていうのかねェ・・・」


「えっ?」


「昨日あんたが帰る前に父さんと話して決めたんだよ。そろそろあんたに本当の事を話したほうがいいんじゃないかってね・・・」


 その日の夜。残業と友人とのお泊まり会で父と妹が不在だった夕飯の食卓で、母は私も知らない私の秘密を打ち明けたのである。




 私は、ハワイ王朝の末裔まつえいである夫妻によってこの世に生を受けたのだという。だがそれから間もなく本当の父は病死して私は女手一つで本当の母に育てられたそうなのだ。しかし、その本当の母も程なくして病に倒れて亡くなり、私はかねてから王朝と親交があったらしいこのマルアウア家に引き取られて育てられるようになったのだという。


「だけど、幼いあんたにそれを話して落ち込んじまったら可哀想に思えちまったからさ・・・」


 そんな理由で今の両親は私にそれを隠し通していたらしい。


「ほら、これが昔のあんたの写真だよ。」


 今の母がアルバムを取り出してきて私に見せてくれた。


 なるほど、これは確かに私の顔だ。そうすると隣の凛々しい男性が私の本当の父親で私を抱きかかえている穏やかな顔つきの女性が本当の母親という事になるのだろう。


「今まで隠しちまっててすまなかったね・・・」


 涙ながらに頭を下げてくる今の母親の姿にこの人も相当長い間心の葛藤に苦しんできたのだなと思えてくる。とてもじゃないけどそんな人を目の前にして責めるような残虐さなど私には持ち合わせていなかった。


「もういいよお母さん。私の出生がハワイ王朝であれ何であれ今の私の家族はお母さんでありお父さんであり妹なんだもの。そんな今がある限り私は誰も責めたりなんてしないよ。」


 これが偽らざる私の本心だった。


「ココ・・・」


「顔を上げて、お母さん。私たちはこれからも家族なんだから・・・」


 正直なところ、私が王朝の末裔まつえいで本当の両親が既に故人だったと聞かされた時に驚かなかったと言えば嘘になる。だけど、それはマルアウア・ココという単なる個人の歴史の1ページであってそれが足枷となって今後を生きるワケではないのだ。ならば、過去は過去で清算して新しい未来をこの手で切り開けばいい。


 未来という名の扉は常に目の前に開いているのだから。  




「・・・ココ!・・・ココ!」


「んっ・・・」


 力強い声とともに激しく体を揺さぶられながら、マルアウア・ココは眠りの世界から引き戻されるように目を覚ました。


「全く年頃の娘がこんな場所で寝ちまってさ、ここがホノルルじゃなかったらどうなってたか分かったもんじゃないよ!!」


 ココの母親が大きな目を剥いて叱ってくる。


「大丈夫だよ。私、ホノルル以外の場所でこんなマネはしないもの。」


 今なおココはホノルル市民の良心を信じ続けていた。


「そりゃそうだけどさ、あんたの寝顔をうっかりあのイケメンさんにでも見られちまったらどうするんだい?」


「ローズさんなら絶対に何もして来ないから寝顔を見られたって平気だもん!」


 そして、今なおココはホワイト・ローズという男性を信頼しきっていた。


「ホントに色々な意味で大した子だよあんたは・・・さ!夕飯が冷めちまうしとっとと帰るよ!!」


「うん!!」


 プラチナのクロスをポケットにしまい込むと、ココは母親の背中を追うような形で砂浜を後にして家に帰って行った。


 時は2013年10月の秋の日の事だった。




 END

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