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猛虎よ牙を剥け

サンホセ(コスタリカ共和国の都市にして同国の首都)に今日もまばゆい朝がやってきた。


「あぁ・・・もうこんな時間か・・・」


 カーテンの隙間から差し込む光に目を覆いながらダークタイガーはゆっくりと体を起こす。


「あたたた・・・慣れねぇ仕事なんぞするもんじゃねーってか・・・」


 ホワイト・ローズのとの戦いに敗れてニューヨークを後にしたダークは、再就職をするべく方々を回ったが“元犯罪組織の幹部”という肩書きが知れ渡っていた彼を快く雇う企業など全米のどこにも存在しなかった。それでやむなく故郷・イギリスの知人を頼って古巣での職探しを計るも肩書きが足かせとなっていた彼を快く雇う企業など全英のどこにも存在しなかった。


 そんなダークを路頭に迷う寸前で救ったのがカナダの友人プライン・マンチェスティーだった。


「ダーク、俺の店で働いてみないか?」


 大学で学んだ経営学と長く勤めた販売業での経験を糧にマンチェスティーは競争率がそこまで高くなく、治安の良いコスタリカはサンホセにコンビニエンスストアを出店した。そして、その従業員候補としてダークに白羽の矢を立てたのである。


「しかしあの野郎、なんで俺なんぞ雇い入れたかね~・・・」


 無精ひげを剃りながらぶつぶつと独り言。


 8時間・週4日勤務のアルバイトも、慣れない者には“重労働”のように思えてくるのである。




「うおっす!今日も張り切って行くぜ!!」


 豪快に入り口のドアを開けて威風堂々といった足取りでダークが従業員控え室へと直進する。


「ダーク!そんな挨拶じゃお客さんが逃げちゃうよ!!」


「キレイな姉ちゃん相手なら紳士的に振る舞うからノープロブレムだ!!」


 店内で商品発注をしていたマンチェスティーの突っ込みに意味の分からない受け答えをしてダークは控え室へと入って行った。


 すると。


「ダークさん!ニュースですよ、ニュース!!」


「うわっ!!」


 ドンガラガッシャン!!


 いきなり部屋の奥から男性が飛び出してきて大声を立てるのでダークは足元の消火器につまずいて豪快にすっ転んでしまったのだ。


「って~・・・何だよルメル、何をやらかしたってんだお前?」


 この男性店員の名前をルメル・ペラーロといった。コスタリカ南部の町プエルトコルテス出身で、声優の仕事を本業としながらもいつ仕事が入ってくるかも分からない不安定な側面と収入面の都合で副業のアルバイトと両立させながら生計を立てている苦労人である。


「聞いて下さい!僕、ついに主役が転がり込んできたんですよっ!!」


「なにっ!主人公の役を射止めただと!でかしたじゃねーかこの野郎!!今まで数年ずっと通行人Aとかばっかりで年に一度の脇役ゲットが関の山だったお前についに春がやって来たんだなっ!!」


 ルメルの朗報をダークもまるで自分事であるかのように喜んだ。


「そうなんです!・・・うぅっ、ジャマイカまでオーディションに出向いた甲斐があったなぁ・・・」


「ジャマイカ?」


「ええ、原作は僕と同じコスタリカの人が書いている小説なんですけど出版社の意向でアニメの製作をジャマイカの会社に委託したんです。それで、そこのプロデューサーの自社ビルでオーディションを開く形になって僕も参加したんです。」


「それでよ、往復の交通費ってのはどうなっちまうんだ?」


 そこでルメルがため息混じりに苦笑いを浮かべる。


「そりゃあ全部自腹ですよ。食事も用意されないから自前のミネラルウォーターで我慢です。正直このために4日も有給で休ませてもらったんだから絶対に受からなきゃって気持ちでいっぱいだったんですよね。」


「声優で生きていくってのは色々と大変なんだな・・・」


「まあまあ、役がもらえたんだから結果オーライです。後は台本がしわくちゃになるぐらい読みながらキャラクターの気持ちになりきって何度も何度もリハーサルを重ね続けて本番に臨むだけです!!」  


 ルメルの持つ仕事に対するまっすぐな姿勢がダークには羨ましかった。


 少なくとも、この時点でのダークには純粋な気持ちで夢中になって打ち込めるようなものなど何一つ存在しなかったのだから。




「そうか、ルメルもついに主役デビューか!めでたいめでたい!!」


 祝い酒代わりにカナダ産の炭酸飲料を酌み交わしながらマンチェスティーがルメルと一緒に狂喜する。


「飲んじゃって下さい飲んじゃって下さい。もうすぐ僕の名前がキャスト欄のてっぺんに刻まれる日が来るんですから。その前に飲み干しておかないと多忙な日々に忙殺されて二度とお酌も出来なくなりますよ・・・ってね!」


 仕事を終えた二人は近所の中華料理店でささやかな前祝いをしていた。


「おっ!言ってくれるじゃないの~。するってーとこの主役デビューを皮切りにどんどんメインキャストの役が転がり込んで来ると思ってるな~?」


「違います、主役とチョイ役の仕事を織り交ぜながら少しずつスターダムにのし上がって行く展開を期待してるんです!!」


「こいつめ~・・・だけど、主役を手に入れたんなら次はリアルで彼女をゲットか?ん?」


「何言ってるんすかもう。それは店長の人脈で僕に紹介してくれる話でしょうが~。」


「あー任せろ任せろ。夜の店でいくらでも上玉を紹介するから泥舟に乗ったつもりでドーンと構えてろ!」


「またまた~。僕がそんなの買う金もない事ぐらい知ってるクセにこの人ったらま~。」


「金がなけりゃあ自慢の体で払えばいい・・・なんてな、なんてな、なーんてな!!」


 話が進むほど酔いが回り始めていた。ジュースとお茶以外何も飲んでないにも関わらず、である。


「ところでアフレコの初日っていつどこでやるんだい?」


「それがですね、その前に試作品で収録した短編の試写会を開くっていうんでそのゲスト出演でまたジャマイカに行かないといけないんですよ。その席で今後の日取りとかを発表するって話だからそれからの事ですね。」


「でも毎週ジャマイカまで収録に出向いてたら交通費で懐がパンクしちまうだろ?」


「いや、何でも僕だけサンホセのスタジオで別録り収録してそのテープをジャマイカに発送する手筈だって言ってましたね。」


「そりゃまた発送だけに手の込んだ発想だこと・・・なんてな、なんてな、なーんてな!!」


「もー!カナディアンジョーク寒過ぎッス!!」


 前祝いの宴は深夜まで続いた。


 ダークに同じくマンチェスティーもまた、ルメルの朗報を自分事のように喜び、心の底から祝福してくれたのである。




 その試写会は、本国ジャマイカをはじめとする北中米・カリブ海地区数カ国で生中継された。


 しかし、コスタリカでの中継は見合わせられたためダークもマンチェスティーもその様子を知る事なく試写会は幕を閉じたのだった。




「あいつあれから店に来なくなったなぁ・・・どうしちまったんだ?」


 陳列ケースにスナック菓子の補充をしながらダークが口にする。


「さあね。レゲエに目覚めてあっちで暮らすようになったって・・・ワケもないか。」


 床一帯をワックスを使ってモップ掛けしながらマンチェスティーが返答する。


 事実、試写会に出向いたその日から十日間、ルメルは全く店に顔を出さずにずっと無断欠勤が続いていた。


 家にはおらず携帯電話も電源切れの状態で連絡すら取れない。


「まあな、仮に向こうで暮らし始めたとしてもこっちのアパートを一切合切引き払ってからの事だろ。ここを放置してたら家賃ばかりが滞納して借金まみれになっちまうぜ。」


 水道の水漏れがあったら水道代も徴収されるだろうしな、とダークが続ける。


「いい加減、警察に相談するしかないか・・・」


 と、マンチェスティーが言いかけたその時だった。


 ガァン!


 入り口のドアを乱暴に蹴り開けた音がしたかと思うと金髪碧眼の女性が阿修羅のような形相でマンチェスティーにつかみかかる。


 ガシッ!!


「お前、なんであの子を試写会に送り出したんだ!!」


 胸ぐらを締め上げながら女性が問い詰める。


「おいアンタ!何ムキになってんのかは知らんがここは店内だぞ!!少しは場所をわきまえてだな・・・」


「ふん、お前が噂に聞くダークタイガーか。散々大口を叩いておきながらホワイト・ローズに拳の骨を砕かれてあっさり降参したという腰抜け武勇伝は知っているぞ。」


「何だとてめェ!俺はあいつに負けるまでふっかけられたケンカで負けたためしは一つもねーんだからな!!」


「大方自分より弱い奴だけを狙ってケンカをしていたのだろう。全くもって呆れ果てた男だ。」


「んだとォ・・・!」


 挑発に乗せられたダークが先ほどの女性以上にムキになってくる。


「よーし、そこまで言うんなら俺と一対一で決闘だ!!そいつを放して表に出やがれ!!」


「やめるんだダーク、この人は・・・」


「うるせー!!!真剣勝負にゃ男も女も関係ねぇ!さっさと来やがれ!!」


 ダークがのしのしと歩きながら一足先に表へ出る。


 ・・・ドサ!


 女性もマンチェスティーを乱暴に解放するとその後に続いた。




「お前俺とやっといて腰抜かすんじゃねーぞ!!」


 意気揚々とダークが攻撃の姿勢に入る。


「くらえっ、タイガーストレート!」


 ビュッ!


 最初の威勢の良い一発は空振りに終わる。


「こざかしいアマめ!ならばジャンピングタイガードロップだ!!」


 続くドロップキックもやはりあたらない。


「けっ!よけてばっかじゃ楽しくねーぞコラ!」


 次々と攻撃を繰り出すもニアミスにすらならない。


「なるほど、おおよその実力は理解した・・・ならば次は私の番だ!!」


「何だと!」


「ローリングヒールストライク!」


 ゴボッ!


「うごおっ・・・」


 女性の踵がダークの腹部へとめり込む。


「スラッシュカッター!!」


 バゴッ!!


 続いては水平チョップが胸骨へと直撃する。


「うっ、ゴホッゴホッ。」


 二発の攻撃を受けてダークは意識が朦朧もうろうとしていた。


「口ほどにもない男だ・・・だが私はホワイト・ローズのように甘くない!お前が落ちる(気を失う)まで攻撃の手は休めんぞ・・・とどめだ、エンゼルアッパーカット!!」 


 ダークが敗北を覚悟したその時だった。


「やめて下さい!この人たちは一切無関係なんです!!」


「なにっ!!」


 突如男性が間に割り込んで来て両者の仲裁に入る。


 ボゴオッ・・・!!


「がはっ・・・」


 しかし、一度出した攻撃は止めようがなく女性のアッパーカットは男性の顎にヒットして男性はそのまま宙を舞って地面に叩きつけられたのである。


「姉さん、もういい、よしてくれ!!」


「姉さん・・・?」


 マンチェスティーの叫び声に直前で命拾いをしたダークが目を丸くする。


「俺の店の前だぞ!何があったのか事情は知らないけどお客さんや通行人だって見てるんだぞ!!こんな形で風評被害が広まって閉店にでも追い込まれたら誰が責任を取るっていうんだよ!!」 


 気がつけば周囲には相当の人だかりが出来上がっていた。


 怪訝な目で見る者、指差しながら笑っている者、携帯電話で動画撮影している者。


 その全てが悪い目と奇異な目でこの光景を見続けていたのだ。


「俺はどうなったっていいさ!・・・だけど、もしそうなったらダークやルメル、ここに働きに来ている店のみんなに誰が新しい仕事を探してやるっていうんだよっ!!」


「・・・・・」


 胸骨にヒビが入ったのか胸元を険しい表情で押さえているダーク。


 大の字になって口元から血を流しながらハァハァと息をしている先ほどの男性。


 周囲を見ていると流石に自分のやった事が正しかったとは言えそうにない。


「・・・すまなかったな弟よ、私もどうやら頭に血が上りすぎていたみたいだ。事情は後で説明するからとりあえず私を許してくれ。」


「姉さん・・・」


「ダーク!」


「?」


「残りの勤務時間は私が代わりに店番を務めておいてやる。お前はとっととその男を連れて病院に行って来い!」


「んな事言ったって今月財布がよ・・・」


「診断書と領収書を持ってくれば後で私が費用を持つ!」


「マジかよ・・・」


「但し!そっちの男には全額自腹で払ってもらう!!その男に関しては自業自得で私の鉄拳に屈する報いを受けたも同然なのだからな!!」


「姉さん・・・」


「早く行け!そんな粗大ゴミが転がっていると店の衛生上不愉快だ!!」


 手で追い払う仕草をすると、マンチェスティーの姉ビューゼル・マンチェスティーは弟を連れて店内へと引き上げてしまった。


「・・・おい、歩けるか?」


「ああ、何とかな・・・」


 残されたダークは、男性を担ぎ起こすとフラフラと病院への足取りを進めた。


 男性もその後からよろよろとついてくる。


「なんつーかな・・・治安の良いコスタリカで他国の人間が騒ぎ起こしたとか知れたらニュースになるんだろうな。」


「じゃあお前もよその国から?」


「ああ、俺の名前はダイス・ミザリー。カナダの現役声優だ。」


「俺はダークタイガー。イギリス人でありながら全英にそっぽ向かれちまってこんなトコで働いてるしがない労働者だ。」


「そうかい。・・・にしても、大の男二人が女一人にやられて病院送りとか周囲にどう説明すりゃいいんだろうな?」


「知らねーよ。それより、最寄りの病院ってどこにあるんだ?」


「ここに来たのがはじめての俺がそんなもん知るワケねーだろ・・・」


「・・・・・」


「・・・・・」


 気まずい沈黙が辺りを包み込む。


「あの姉貴にゃ聞きに戻りたくねーな・・・」


「いや、そもそもあの人が俺相手に教えてくれるワケがねーし・・・」


「・・・・・」


「・・・・・」


 また沈黙。


「「はぁ・・・・・・」」


 大きなため息を一緒についた2時間後。


 二人はようやく町外れの山あいにある小さな病院にたどり着いたのである。




交代の店員に仕事の引継ぎを済ませると、マンチェスティーは姉を連れ込んですぐさま控え室に入った。


「さあ姉さん、話を聞かせてもらうよ。どうして俺たちがルメルを試写会に送り出したのが悪かったのかをね。」


「・・・あの子は主役を射止めたと言ってたそうけどその時点でもうスタッフ側は主人公の声を別の声優に決めていたんだよ。」


「えっ・・・?」


 ビューゼルの話を聞いたマンチェスティーの表情に曇りが生じる。


「でもあいつはオーディションに受かったってあれほど・・・」


「そのオーディションの件なんだがな・・・」




「じゃあオーディションそのものがルメルをおびき寄せるための罠だったってワケかよ!」


 病院の休憩室でダークは人目をはばかる事なく声を張り上げた。


「ああ、俺も最初はあいつがゲストで出てきたから脇役で起用でもされたのかと思ってたんだけど・・・」


 軽い応急処置で少しは痛みが和らいでいたダイスが硬い表情で話を続ける。


「主役抜擢ばってき心から感謝しますとか言い出したもんだから何言ってんだこいつと思って聞いてみたんだ。そしたらオーディションに合格したお祝いも兼ねて試写会を開くからって言われてここに来たとか言い出してさ・・・」




 要件をまとめるとこうである。


 声優ルメル・ペラーロは「偽の」オーディションを何も知らずに受けて合格し、「偽の」主人公の役を手に入れた。直後「偽の」試作品に声を吹き込むためにたった一人で収録に臨んだ。(いくら試作品とはいえキャストが自分だけで他に誰もいなかったのでこの時点でルメルは妙な違和感を覚えていたらしい)


 後日、その試作品を公開する試写会にゲストとして呼ばれたルメルは簡単な挨拶を済ませて着席をしようとしたが空いたイスが見つからずに困惑する。


 そこでこの作品のプロデューサーであるマウント・コネクターがここぞとばかりに叫ぶのである。


「作品と無関係のお前に席はねーから!!」


 爆笑に包まれる壇上のスタッフたちと何も分からず余計に困惑するルメル。


 そこに「本当の」主人公の役を手に入れたラトビア人声優ウメラ・テラシスが現れて事情を説明する。


「お前が収録してたとかいうあの試作品はあくまでイベント限定で実際に主役演じるのは俺だから。兎にも角にもルメル君、前座お疲れ様です!」


「いや、なんつーかさ・・・主役抜擢心から感謝しますとか言ってた時におかしいなとは思ったんだよ。つまり、お前見事に釣られたってワケな。」


 どこかバツの悪そうな顔でダイスがその後に続く。


「あ、あはは、は、は・・・」


 おおよその状況を察したのか、乾いた笑い声を立てるとルメルはその場にガックリと膝をついて崩れ落ちてしまった。


「ヒョッホゥ!!ドッキリ大成功!!」


 パン!パンパンパンパン!!!!


 コネクターの音頭に合わせてクラッカーが鳴り続ける。


「それでは皆さん、成功記念に今から試作品収録の様子をたっぷりと公開します!!」


「えっ、ちょっと・・・」


「まぁまぁ。万年端役のルメル君が主役になったつもりで演技していた愛くるしい姿を会場の皆さんにも見てもらおうじゃないの。」


 止めさせようとするルメルだったがテラシスとダイスに押さえつけられて身動きすら取れない。


「私は美しさを基本に動きます。美しき攻め!美しき守り!そしてこの、美しき跳躍力・・・ああ、どこまでもナルシストで美しき僕よ・・・」


「オー!東京は大都会と聞いていたけど町の衛生も人の心も荒んでいてロンドンやパリには遠く及ばないね。ニューヨークと比べたら田舎田舎の超田舎!」


「君がどれだけ頑張ってもカナダで2番の美男子だ。何故ならば、頂点にはこの僕がいるのだから!!」


 失笑ものの数々のセリフを真顔で演じるルメルの姿が延々と映し出されて会場は爆笑の渦に包まれる。


「ほんと、これで主役を手に入れようと言うんですから彼の身の程知らずはもはや宇宙レベルですな。」


 最中にはコネクターをはじめとするスタッフたちが次々と嫌味を挟み込む。


「せめて僕だけは、北中米・カリブ海地区の人々の心のようにいつまでも清らかでありたい・・・そう願いながら、物語は今度こそ本当に幕を閉じる。今までご拝聴ありがとうございました。今後の活躍にも是非ご期待下さい・・・・・・」


 そこで映像が途切れてさらし上げは終了した。


「いや~たかが芝居に真剣になっちまって滑稽の極みだねェ。しかも役がないとも知らずに張り切っちゃってバカみたい!」


 作品の主題歌を担当する作曲家ウザイン・キックスが手を叩きながら壇上に現れる。


「俺さ、今相方の女が覚醒剤で捕まってムショいるんだけどさ、悪いけどこれ持ってってくんない?もう君の出番終わりだから。」


 差し入れとおぼしき袋をルメルに投げ渡すとキックスはタバコに火をつける。


「ふぅ~・・・あ、心配しないでいいよ。そん中クスリは入ってないから。ま、君のような鈍い男に持たせたら簡単にバレちまいそうだから持たせるつもりはハナっからないけどさ、ふふ。・・・んじゃよろしく。」


「は、はは・・・」


「それでは、今回のサプライズゲストのルメル・ペラーロ君でしたー!!」


 コネクターの声に合わせて会場から拍手が沸き起こる。


「もう、一生恨んでやりますから!!」


 せめてもの抵抗でそう叫ぶとルメルは小走りで壇上を後にした。


「恨むったってねェ・・・」


「いや、スペイン語でそう言われても全然響いてこないしどうでもいいやって感じですね。」


 その後、ダイスとテラシスのそんなやり取りを経て試写会は普通に進行し、滞りなく終了したのである。 




「それでルメルや原作者の故郷であるコスタリカでの生中継を避けて一部の国限定で放送してたってワケかよ・・・」


「流石のマウント・コネクターもドッキリ企画で騙す相手の祖国でこの映像を流したら国民感情を刺激すると考えて敢えて避けたのだろうな。」


 ビューゼルの話を聞き終えたマンチェスティーの顔つきがみるみる険しくなる。


「胸が痛むな・・・こんな展開が待ち受けていると知ってりゃ俺も止めたんだろうけどな・・・・・・」


 マンチェスティーが両手で顔を覆いながらうめき声を立てる。


「弟よ。そこでそうしていたって何の解決にもならないぞ。本当にルメルの事を気に病んでいるのなら行方をくらました彼を探し出すのが先決であろう?」


 そんな時でもビューゼルの言葉は辛らつで、正当性を帯びていたのであった。




「ジャンピングタイガードロップ!!」


 ドゴッ!


「ぎゃはっ!!」


 病院帰りの路地裏で、事情を知ったダークはダイスの胸部に蹴りをくらわせて、胸骨にヒビを入れた。


「本来なら頭蓋骨にみまってやるべきなんだろうがルメルを心配してわざわざここまで来てやったてめーの良心に免じてそれぐらいで許してやる。とっととあいつを見つけに行くぞ!」


「お、おう・・・」


 いらだつ気持ちをギリギリのところで抑制しながらダークはダイスを伴って捜索に向かった。




 数時間後の夜10時、ルメル・ペラーロはサンホセ市内のゲームセンターでマンチェスティー姉弟によって発見された。


 気丈にも衆人環視の中でダンスゲームに挑みながら高得点を叩き出したその勇姿にビューゼルはただ驚愕したという。




「・・・本来なら保護したすぐ後には食事を与えるか休息を与えるかするのが筋なのだろうけど思ったよりも元気そうだからまずは話から聞かせてほしい。ルメル、君はあの試写会から今までどこで何をしていたんだ?」


 コンビニに連れ戻されたルメルは、控え室でマンチェスティーから問い詰められていた。


 周囲ではビューゼルと後に合流したダーク・ダイスの3人が複雑そうな顔で直立不動のルメルを見つめていた。


「あの試写会を退席してからすぐに僕はキックスさんの相方に差し入れを届けるためにキングストン(ジャマイカ共和国の都市にして同国の首都)の女子刑務所に行きました。まぁ交通費なんて支給されないからバス代は自腹だったんですけどね。」


「おめェわざわざ言われた通りに行ってきてやったのかよ・・・」


 そのバカ正直さにダークが思わず横槍を入れる。


「なるほど、実に君らしい行為だ。でもそれだけで無断欠勤をしてまで10日も行方をくらますとは考えられない。その後はどこに行って何をしていたんだい?」


「すぐに帰ろうと思ったんですけど・・・そのバス代を払ったせいで帰りの船賃が足りなくなってしまって・・・」


 声のトーンがだんだんと落ちてくる。


「やむなく市街地でタオルとブラシを買って靴磨きをしながらお金を工面していたんです。それで、お店に連絡をしようとしたんですけどそんな時に限って電池切れを起こして・・・・・・」


 まさに“泣きっ面に蜂”を通り越した“泣きっ面にスズメバチ”状態だった。


「やーこれ、有り得ねぇレベルの不運だわ。そりゃ無断欠勤にもなるわな。」


 ガキン!!


 小声で茶化すような突っ込みを入れるダイスの股間にビューゼルの蹴りが全力で飛んだ。


「性格が顔に出るとはよく言うが貴様はその典型例だな。根性の悪そうな面構えだと前々から思っていたが中身はそれ以上の真っ黒だ。」


 うずくまってうめき声を立てているダイスには目もくれずビューゼルはルメルの方へと向き直る。


「それで、今日ようやく帰って来れたんですけどちょうど非番だったからゲームセンターで遊んでて・・・」


 声のトーンがますます落ちてくる。


「いや!でも、明日ちゃんと出勤して店長に謝ろうとは考えていたんです!まさかあんな形で会うとは思ってなかったから、その・・・」


「ルメル・・・」


「・・・っ!」


 突如ルメルが土下座して頭を下げる。


「お願いです!声優の仕事も安定しない僕がここで働けなくなったらもう生きていけません!!今回の失態は心からお詫びします、だから・・・だから、どうか今後もここに僕を置いて下さいっ!!」


「ルメル・・・」


 心からの懇願。数分間の沈黙。そして。


「顔を上げな、ルメル。」


 マンチェスティーは片膝をついた体勢で跪いたままのルメルの肩に手を置いた。


「悪いけど、君を辞めさせるつもりなんてカケラほどもない。」


「えっ?」


「君が辞めるのは君が声優として大成し、こちらの仕事に手が回らなくなるくらい多忙を極めたその時だ。だから、俺はこんな事で絶対に君を切り捨てたりなんてしない。それだけは知っておいてくれ。」


「店長・・・」


「試写会お疲れ様。明日は有休扱いにするからゆっくり休んでおくといい。」


 マンチェスティーの優しさに、それまでこらえていた涙が一気に溢れ出す。


「お計らいありがとうございます!ルメル・ペラーロ明後日からも全力で働きます!!」


 立ち上がって深く頭を下げるとルメルは控え室を後にしてそのまま(泣き顔のまま)帰宅した。


「さて、これはこれで良しとして・・・ダーク!姉さん!分かっているね?」


「おうよ!」


「愚問だな。このまま終わらせられるようなネタではないだろう?」


 ビューゼルが自分より背丈の小さいダークと弟の首根っこに腕を回してニヤリと笑う。


 ダークとマンチェスティーもそんなビューゼルに笑顔を返す。


「あの・・・もしもし・・・?」


 うずくまったままのダイスは事情が分からず首をひねり続けていた。


 しかし数日後、その笑顔たちの真意を身をもって思い知らされるのである。




 サンホセ国立劇場。


 その優雅な建造物は、植民地時代からの歴史と伝統を持つコスタリカ国民の“誇り”のような物だった。演劇に限らずこの舞台の上に立てる事は最大級の栄誉で、「人生で誰もが一度はこの場所を夢見る」と言われるほど神聖視されていた。


 そんな優雅な建造物の入り口に、ウザイン・キックスが立っていた。


「ふん、こんな小国に興味はないがこの劇場でのライブなら俺の肩書きの足しぐらいにはなるだろう。人の財布盗んでまで覚醒剤買い漁るバカ女なんぞ必要ねェ、俺様のヴォーカルとサウンドでこの国の連中に良質な音感を植え付けさせてくれるわ。」


 この場にいない相方を毒づきながら中へと入る。


「しかしこの国の首相までもが来場して俺のライブを見に来てくれるというのは気分がいいな。しょうもない国とはいえ俺に目をつける辺り一国の主としては上出来と認めてやってもいいかな。」


 ぶつぶつと大口を叩きながら舞台袖に通じる入り口のドアを開けてどんどん進んで行く。


「キックス先生こんばんは!」


 舞台脇ではスタッフとおぼしき男性が待ち構えていた。


「これ、本日の先生用のマイクです!!」


「うむ、ご苦労・・・ん?」


 舞台脇から見える舞台の上には音響機材は一切用意されていなかった。


「君ィ。私はこれからライブを開くんだよ。なのに舞台上に何の準備もされていないとはどういうワケだね?」


「今回は最初に先生の挨拶から始めていただくプログラムになっているんです。観客の皆さんは先生の事をまだあまりご存知ありません。だから、最初に先生のお人柄に触れてもらってから一旦閉幕してその間に機材を控え室から全部持ってきてライブ開始という手はずです。」


 “先生のお人柄”というフレーズにキックスがすっかり気を良くしてしまう。


「なるほど、確かに挨拶を通じて私のありがたみを理解させておくのもアリだな・・・いいだろう、その進行でOKだ!」


「それではスタンバイ、よろしくお願いします!」


「うむ!」


 マイクを片手にキックスが意気揚々と舞台上に姿を見せる。


「コスタリカの諸君!本日は私のライブに・・・」


「おい!!何を勝手な事を言ってるんだお前は!?」


 突然もう片方の舞台脇から響き渡る大きな声。


「げっ・・・あんたは・・・」


 同じジャマイカ人にして同国のアニメプロデューサーであるマウント・コネクターが血相を変えて舞台上へと現れる。


「ここは間もなく私の所有物になるんだ!私の縄張りで変な真似は慎んでもらおうか!!」


「しょ、所有物ってあんた、ここはコスタリカの・・・」


「6日前にダイスから連絡があって私の手がけた作品たちをえらく気に入ってくれたこの国の首相がこの国立劇場の所有権を私に与えると言ってくれたそうなんだ。それで、本日その調印式を行うからというので私はここに来ているのだよ。」


「俺だって5日前にダイスから連絡を受けて俺のアルバムを聴いて気に入ってくれたこの国の首相が単独ライブを今日ここで開催させてくれるって言うんで今来ているんですよ!」


 同じダイス経由での情報だったが二人の会話には妙な食い違いが生じていた。


「あれ?マウントPにキックスさん、どうしてこんな所に来ているんですか?」


 そこに今度はラトビア人声優ウメラ・テラシスが現れる。


「テラシス!なんでお前までここに来てるんだ?」


「4日前にダイスさんからメールが入って来たんですよ。今日ここでトークショーやるからお前もゲストで来てくれってね。他ならぬダイスさんの頼みだからと思ってわざわざ出向いたんだけど肝心のダイスさんが見当たらないんっすよね。」


 妙な流れに会場がざわつきを始める。


 すると急に照明が落ちて辺りが闇に包まれる。


「な、なんだ!?」


 直後、舞台上にだけ照明が戻ってきてそこだけをくっきりと浮かび上がらせた。


 そして。


「会場の皆さんこんばんは。そしてはじめまして。私、小説家のロココ・アンダルシアと申します。」


「「「あ、あいつは!!!」」」


「先日、私の作品がアニメ化されるというので記念の試写会がアニメの製作元であるジャマイカで催されました。その様子は生中継で世界数カ国に流されたそうですがここ、コスタリカではどういうワケか一切放送されませんでした。そこで今回はその試写会の一部始終をこの会場に来ていただいた皆さんにも見届けてもらおうと思うのでどうぞご覧下さい。」


 コネクターがプロデュースを手がけたアニメの原作者のお出ましである。


「なお、この試写会において私はお誘いどころか存在すら知らされていませんでした!」


 やや語気を荒げながらロココが映像を再生する。


「お、おい!」


「いやないない!これないわ絶対!!」


「ちょっと止めて!止めてって誰か!!」


 あわててそれを阻止しようとするコネクターたちだったがダークとマンチェスティー姉弟によって押さえつけられ動けない。


「まぁまぁ。アニメ業界に巣食う寄生虫どもの醜い姿を会場の皆さんにもしっかり見てもらおうじゃないの。」


 テラシスを羽交い絞めにしながらマンチェスティーがにこやかに言った。


 そして、試写会の光景が収録されている映像がスクリーンに映し出されたのである。


「作品と無関係のお前に席はねーから!!」


「お前が収録してたとかいうあの試作品はあくまでイベント限定で実際に主役演じるのは俺だから。兎にも角にもルメル君、前座お疲れ様です!」


「いや~たかが芝居に真剣になっちまって滑稽の極みだねェ。しかも役がないとも知らずに張り切っちゃってバカみたい!」


 真剣な気持ちでオーディションに臨み、足掛け数年ようやく主人公の役を手に入れたと思って純粋な気持ちで喜んでいた声優を騙した上に大勢の前でさらし者にして、壇上で罵詈雑言を浴びせ続けるコネクターたちの姿に観客から次々と非難の声が上がる。


「おい!この企画立てた奴はルメルに謝罪しろ!」


「他人を不愉快にさせるような奴らはアニメの製作を今後一切やめちまえ!!」


「コスタリカの作品をカリブの連中から取り戻せ!!ついでにあのラトビア人は国に送り返せ!!」


 やがて、大ブーイングが会場に響き渡る中で映像は幕を閉じた。


「はい皆さんお静かに!これで“試写会”と称した低俗番組もびっくりの最低企画の公開は終了です。それでは皆さん、嬉々として当企画を進行したウメラ・テラシスさんとウザイン・キックスさん、そしてアニメ界史上最低のプロデューサーことマウント・コネクター氏に改めて盛大な罵声を!!」


 スポットライトが壇上で驚愕している3人をくっきりと浮かび上がらせる。


「出て行けー!恥さらしー!!」


「とっとと失せろ!出て行ったら二度とコスタリカに戻ってくるんじゃねーぞ!!」


「カリブ海の藻屑になっちまえー!!」


 鳴り止まない非難の声にコネクターたちはすっかり辟易する。


「な、何だこの悪趣味な演出は!さっさと帰るぞ!!」


 顔を真っ赤にしてゆでだこのように憤慨していたコネクターが舞台から降りようとする。


 しかし、腕をしっかりダークにつかまれていたため動くに動けない。


「貴様、もう気は済んだだろう!いい加減に離さんか!!」


 威勢良く怒鳴りつけるコネクターだったがその直後、一瞬にして青ざめる。


「まだ終わりじゃねーだろ・・・この企画の当事者どもにしっかり責任取ってもらわないと観客の誰一人納得しねぇんだよ!!!」


 ダークの背後から目に見えるように黒いオーラが沸き起こっていた。


「ああ、力がみなぎるぜ・・・俺も昔はハネ(のけ者)にされたりケンカふっかけられたりと散々な日々を過ごしてきたがてめーら見てるとあん時の怒りがよみがえってくるぜ・・・!!」


「や、やめろ。後日謝罪文を公表するから今は・・・」


「聞こえねーな・・・受けてみやがれ!ネオ・タイガーストレート!!!」


 ボグァッ・・・!!


「ぶへらっ!」


 タイガーストレートの5倍(推定)の威力とスピードを持つダークの新必殺技が左顎に炸裂してコネクターが観客席へと落下する。


「お前ら!粗大ゴミの後始末は任せたぞ!!」


「おう!」


 怒れる群集の海に放り出されたコネクターは、蹴りと罵倒の雨をその後2時間に渡って浴び続けるのである。


「まず1匹!次は・・・っと、お?」


 続いての獲物を捕獲しようとしていたダークだったが既に先客が入っていた。


「だあぁぁぁぁぁっ!!!」


 壁際に追い詰めたキックスに怒涛の拳を見舞うビューゼル。


「サンダ―ブレイク!サンダ―ブレイク!サンダ―ブレイク!」


 魔法で雷を何発も呼び起こしてテラシスに直撃させているマンチェスティー。


「やれやれ、俺の出る幕なんてほとんどねーかもな。」


 鼻でため息をしながら肩をすくめると、ダークは休憩を挟むために自販機へと姿を消したのである。




 そして、ダークたちがコネクターたちにお灸をすえていたちょうどその頃。




「ありがとうございましたー!」


 コッペパン(1ケ)を買って帰った中年男性にルメルが深々と頭を下げる。


「全く、コッペパンのためによくそこまで挨拶が出来るもんだよ・・・」


 カウンター周りのモップ掛けをしていたダイスが半ば呆れたように言い放つ。


「俺なんてあの姉さんの弟が有休使うからっていうんで店員でもないのに働かされてるんだぜ。それも無給で。そりゃあ挨拶も棒読みになっちまうよ。」


 ダイス・ミザリーは行方不明のルメルが見つかったあの日から、ずっと有休を使った店員の穴埋めとしてただ働きをさせられていた。そして、その最中において電話でコネクター・キックス・テラシスの3人をサンホセ国立劇場におびき出すようビューゼルから指示を受けたのである。


「もし変な事を言ったら即座にアレを握り潰すから覚悟しておけ。」


 ダークとマンチェスティーが監視している上に背後にビューゼルがべったりくっついている状況ではうかつな真似は出来ず、マンチェスティーの作った脚本通りに彼らを呼び出すしか生き延びる術はなかった。


「まぁ、全て俺たちのせいだからな・・・」


 元々「あの」試写会において良心の呵責がカケラ程度に存在していたダイスには多少の報いは覚悟の上だったのだ。


「ダイスさん、休憩です!はい、これ今日の昼飯。」


 ルメルから支給されるコッペパン(1ケ)と水(ペットボトルに入った水道水)。


「店長のお姉さんは優しい人ですね。ダイスさんに給料は払わないけど3度の食事と寝床の面倒はちゃんと見てくれるんですから。」


 控え室の通路奥には古ぼけた寝袋。


「でも・・・こんな生活耐えられねェ~!!!!!」


 ダイスの叫びも空しく、そんな生活はもう半月継続されるのであった。




「みんな!もう気は済んだかい?」


「済んだー!!!」


 マンチェスティーが「コンビニの常連客を寄せ集めた」観客たちに問いかけると、会場からは元気な答えが返ってきた。


「よし!溜飲が下がったらこれにて閉幕だ!!ダーク!姉さん!ロココ先生!そして会場のみんな!またいつかここで会いましょう!!アディオス・アミーゴ!!!」


 その一声で祭りは終了し、盛大な拍手を経てマンチェスティーたちも観衆も国立劇場を去ったのである。


「あいつら・・・こんなしょうもないコトしやがって・・・」


 後に残るは「あの」試写会の当事者たち×3。


「これ以上事実を捻じ曲げて拡散するんなら法的な措置で対抗してやんねーとな・・・」


 あれほどの攻撃と口撃を受けておきながら、彼らには何故自分たちが責められているのかが全く理解出来てはいなかった。


「ちくしょう!ルメルの野郎、今度会ったら腕をへし折って・・・」


「お前たち!何をやっているんだ!?」


 恨み節を唱えているコネクターたちの元へ急にスーツ姿の男性が血相を変えて現れる。


「な、何という事だ!神聖な国立劇場の舞台が・・・」


 男性は眼前の光景にただただ狼狽する。


 引き裂かれたカーテン。割れた照明器具。舞台上に残っている汚い血。そして、ところどころに目に付く壊された観客席。


「いや、俺たちは何も・・・」


「黙れ!お前たちしかいないのに他に誰がやるというのだ!!ここは今から我々が決起集会に使おうとしていた場所だというのに何て事をしれくれたんだ!!」


 狼狽から一転、男性が声を荒げて怒鳴り出す。


「誰かは知らんがすぐに厳しい措置があるものと思って覚悟しろ!!」


「やかましいわっ!!」


 ボカッ!


 事情も聞かずに怒鳴り続ける男性に逆上したコネクターがついに手を上げた。


 殴られた男性が無人の観客席に背中をぶつけてそのまま転倒する。


「お前たち!何をやっているんだ!?」


 すると今度はスーツを着た別の男性が血相を変えて現れる。


「先生、しっかりして下さい!!」


 そして、悲痛な表情でその場に転がって起き上がれないでいた男性に肩を貸してやる。


「お前たち、こんな事をしてただで済むとは思ってないだろうな?」


 後から出てきた男性がコネクターたちを睨み付ける。


「お前らこそなんなんだ!俺様はジャマイカ屈指のアニメプロデューサーだぞ!!」


 相手を格下に見たのかコネクターが威勢良く声を張り上げる。


 しかし、その威勢の良さも次の言葉で簡単に吹き飛んでしまうのである。


「馬鹿者!お前が殴ったこの方はコスタリカ共和国現首相ドジョンゴ・ノルダ氏だ!!」


「なにっ!!!」




 その翌日からコネクター・キックス・テラシスの3人による共同生活が幕を開けた。


 それは「地下牢」という名の危険な響きをはらんだ空間である。


「出せ!俺は無実のプロデューサーだ!!早く出さんと俺の作品を待ち望んでいるファンが飢えているんだぞ!!」


 最初のうちは牢屋越しに意味の分からない言葉をわめき散らしていたコネクターたちだったがその都度見張り担当のコスタリカ共和国雑務大臣ライア・エダーロによって収容期間の延期と食事抜きを言い渡されるのでだんだんと抵抗を控えるようになっていた。


それでも、2年以上の収容は決定事項だった。結果、ロココ・アンダルシアの小説がジャマイカの製作会社によってアニメ化される話は完全に立ち消えてしまったのである。




その後、マウント・コネクター主導による軽率な行為が引き起こした一連の騒動を経て、ロココ・アンダルシアの作品は本人の希望もあってコスタリカの会社による製作で再度アニメ化という措置が取られた。とはいえ、出版社的にはコストの面で再度ジャマイカの会社での製作を検討していたので当初は難航に難航を重ね続けていた。しかし、ダークとマンチェスティー姉弟、さらには事情を聞きつけたノルダ首相の懸命の説得もあって最終的には出版社側が折れてコスタリカの会社が製作権を手に入れる形となった。




そして、第1話を放映する前にささやかなお披露目会が催されたのである。




「それでは、本作品の主役を演じる声優ルメル・ペラーロさんです!どうぞー!!」


 サンホセ国立劇場の優美な舞台上に満面の笑顔を浮かべたルメルが現れて着席すると、観客席の歓声と拍手はより一層大きなものへと化した。


「色々とあった中で正直僕が再びこの作品に携わる日が来るなどとは夢にも思いませんでした!しかも主役ですよ、主役!!こんな最高の舞台でお披露目の席に立てるなんて僕は幸せな男です!!」


「ルメル君。それは君の優しさと努力があったからこそたどり着けたに他ならないんだよ。」


 壇上で隣の席に座っていたロココが口を挟む。


「それとね、今日はもう一つルメル君にプレゼントが用意してあるんだ。ほら。」


「これは・・・」


 差し出されたのは鳥かご。その中には赤と緑を基調とした美しい鳥・ケツァール。(コスタリカおよびその近隣諸国のみで生息するといわれてる希少種)


「これは私が3年前に近所の山で怪我しているのを見つけて連れて帰ってからずっと暮らしている相方だ。これを作品のアニメ化にあたって本当に主人公だと認められる君に託そうと思っているんだよ。」


「ロココ先生・・・」


「この子はね・・・名前をロメロというんだけどね、ロメロには本日をもって私の相方を卒業して私と君をつなぐ架け橋として生きてもらってほしいんだ。」


 しばしの沈黙が辺りを包む。やがて。


「分かりました!不肖ルメル・ペラーロ僭越ながら先生の愛鳥ロメロを譲り受け、必ずやこの作品をアニメ史に残る作品としてスタッフの皆さんと一緒に育て上げてゆきます!!」


「頼んだよ、アミーゴ!!」


 ルメルとロココががっちりと握手を交わしたその瞬間、観客席の歓声と拍手は最高潮に達した。


 そうやってあたたかい歓喜の渦に包まれながらお披露目会は滞りなく進行し、最高の形で幕を閉じたのである。




「いいオチじゃねーか。漫画のネタに使ったら大好評間違いなしだぜ、こんな話。」


 コンビニの控え室にあるテレビでその様子を見ながらダークがニヤニヤと笑う。


「人事のように言うなよ。この件に関しては俺だってダークだって色々動き回ったじゃねーか。」


 マンチェスティーが椅子にふんぞり返っているダークの肩をソフトに揉みながら冗談交じりに口をとがらせる。


「そうだな。あと、カナダに帰っちまったけどお前の姉貴もな・・・」


 遠い目をしながらダークが天井を見上げる。


「俺もそろそろ自分の道ってヤツを見つけ出さなきゃならねー時期かもな・・・」


 それはここ数日のダークの口癖だった。


 執筆に全力を注いで小説のヒットとそれに伴うアニメ化を果たしたロココ。


 声優の仕事に全力で臨み数年の下積みを経てついに主人公の声を担当するまでに成長したルメル。


 経営学と職場経験を活かして悲願だった自分の店を持ち、毎日繁盛させているマンチェスティー。


「じゃあ、俺が進むべき場所ってどこにあるんだろうな・・・」


 彼らと比べると、やりたい事すら見つけ出せずその場しのぎで生きている自分に嫌気が差してくる。


「ま、時が来ればきっと分かるだろうから今はこの仕事に全力投球かな!」


 それでも、前向きに生きる姿勢だけは崩さなかった。


「ダーク、もう休憩は終わりだ!昼飯時で今から弁当買いのお客さんがガンガン来るから気合入れて行くぞ!!」


「おう!ガンガン売ろうぜマンチェスティー!!」


 見えない未来ではなく今この場所がダークの戦うステージなのだから。




 END

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