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十二の魂  作者: 影ノ者
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グレス暦千九百八十八年九月一日、名もなき山奥。


「既に知っとると思うが、魂力とは体の中を回っている特殊な力じゃ。今から教える十二支転は普通の技とは訳が違う、魂力の流れを上手に応用して発生させる技なんじゃよ」


「どうやればできるんですか?」


「まずはわしのを見てみぃ。酉の波・九月双風」

 

 すると、蘭溪の目の前にあった十本ほどの大木が真っ二つに切れて次々と倒れていった。


「今のは軽くやったのじゃが、この威力じゃ。それほど十二支転の技は凄まじい力を秘めているのじゃよ」


「凄い! これが十二支転の力!」


「どうじゃ、まだ出来ぬだろうが試しにやってみるか?」


「はい! うーんと、多分こんな感じでなら……」

  


**



「酉の波・九月双風」

 

 放たれた不可視の二本の風の刃が、目の前に並んでいた二十本の大木を切り裂いていく。

 

「ふぅ」


 一息つくと、近くの切り株に置いてあったタオルを首に巻いてその切り株に腰を下ろした。

 額からな流れる汗をタオルで拭き取ると高鳴る鼓動を鎮めるために、一定のリズムで呼吸を行う。


 グレス暦九百九十七年九月一日、名もなき山奥。


 死干支は一人で自主練に励んでいた。

 死干支は成長して体つきも良くなり身長も百七十五センチメートルほどまで伸びた。

 

 身体能力の向上、精神面の鍛錬、そして十二支転を極めるための練習を行うために、午後の一時から五時間程山奥に篭っている。


「そろそろ引き上げるか」


 一分ほど休憩を行った死干支は真っ黒なフードを頭に被り、小走りで山の中を駆けながら家に戻る。

 そのときだ、

 

 突然目の前に巨大な何かが現れた。死干支は足に力を入れ、その場に急停止する。

 顔を上げると目の前にいたのは、全身が茶色い毛皮で覆われている火熊だった。


「熊吉か。ちょうど良い、今日の晩飯にしよう」


 火熊が死干支目掛けて巨大な右腕を振り下ろす。だが火熊が死干支に振り下ろすのよりも死干支の攻撃の方が早かった。

 死干支は腰に差していた短刀を素早く抜いて、火熊の腕を斬り落とした。


 右腕を斬り落とされた火熊は痛みで咆哮を山中に響き渡らせる。

 そしてすぐさま左腕を振り下ろして攻撃するも、あっけなく死干支に斬り落とされてしまった。


 火熊の両腕を斬り落とした死干支は火熊の胸の位置まで跳ぶ、そして短刀に魂力を込める。


「いただきます」


 そして魂力を込めた短刀で火熊の心臓を貫いた。心臓を貫かれて体に穴を開けられた火熊は、その場に倒れ込む。

 死干支は倒れた火熊を担ぐと再び小走りで駆け出した。


 後もう少しで家に到着する場所までたどり着いたときだった、家のある方角から爆発音のような音が轟いてくる。

 あまりにも轟音だったので何事かと思い、死干支はその足をより速く進めた。


 十分後、家の目の前に到着すると死干支は担いでいた火熊をその場に落としてしまう。

 そしてその悲惨な光景を目撃して絶句してしまった。


 住んでいた家は殆ど全壊しており、運良く柱の一本だけが残っている。家の中に置いてあった食卓やベットなどが逆さまの状態で露出していたのだ。

 地面を見ると、あちこちに血痕の跡がくっきりと残っている。


 そして死干支はあることを思い出した。


「ーー母さんや蘭溪さんは無事なのかっ!」


 いつも家にいるはずの照子や蘭溪の姿が見当たらない。死干支は二人を探すために家の周りを駆け回った。

 すると遠くから声が聞こえてくる。


「死干支!」


「母さん!? その傷は……」


 声のした方を振り向くと、そこにいたのは何かを持ってこちらに走ってくる照子の姿だった。

 だが照子の頭からは血が垂れ流れており、どこか焦っている様な表情である。


「死干支、今すぐここから逃げなさい。これを持って行って、使い方は分かるわよね」


 照子が死干支に渡したのは、巨大な十二個の珠が繋ぎ合わされている真っ黒な数珠だ。

 この数珠の正式名称は『摩天数珠』と呼ばれている。世界に七個しか存在しない至宝と呼ばれるもので、死干支が十八歳になったときに渡されるはずだった道具なのだ。

 

 一応死干支は十五歳のときに至宝の使い方を教わっているが、なぜ十七歳の今に渡されたのか理解できなかった。


「なんで至宝を、今ここで何が起こってるんだよ!」


「良いから早く逃げて! 時間がないの!!」


 照子は鬼のような形相で、これ以上ないほどに焦っている。そのときだ、ゆっくりとこちらに向かってくる一つの足音が聞こえた。

 その軽やかな足取りに無駄のない動き、その足取りだけでその人物がいかに手練れであるか分かる。

 照子が音のした方を見ると、目を大きく見開いて絶望した。


「そんな……」


 死干支も音のした方を見ると、そこには一人の人物が佇んでいた。

 彩豊かな着物を身につけており、死干支より頭一つ分大きい。黒髪に鋭い黒瞳、ありえないほど真っ白な肌をしていた。

 その美しい顔立ちは男か女かどちらかも分からない。


「なるほど、それが貴様の息子か。素晴らしい力を秘めているな」


 その人物は死干支をじっと見つめる。否、その人物から一分一秒たりとも目を離すなと本能が訴えかけているのだ。

 その人物に見られるだけで体は鉛のように重くなり、その圧力で心臓が押しつぶされそうになるほどだ。武者震いか体が震えている。


「月牙風龍!」


 死干支が怖気付いていたときだ、照子は龍の息吹のような風の渦をその人物目掛けて放った。

 するとその人物は懐から、目の紋様が刻まれている真っ赤な扇子を取り出して風を跳ね返す。

 跳ね返った風はその威力を更に上げて照子を直撃した。照子は守りの構えをとるも、その威力に押し負けて地面に体をぶつけながら遠くへ吹き飛ばされる。


「ーー母さん!」


 死干支は吹き飛ばされた照子を見て、直様その人物の方を振り向く。そして攻撃しよとしたときだった、


「なっ…… 体が動かない」


 まるで不可視の鎖に捕らわれたかのように、体は震えたまま動かない。冷たい冷気が死干支の身体の中に入り込み、激しく高鳴る心臓を凍らさんとしていた。


 ーー死の悪寒。


 今すぐ目の前の人物を排除しなければならない。足を前に出せ、武器を構えろ、今すぐ、今すぐにだ、早く!


 ーーだめだ、抵抗したら殺される。


 死干支は死を間近で感じて、初めて恐怖をその体に刻まれた。死の恐怖で足が竦み、体は大きく震えている。


「恐怖を感じたのは初めてか? まあ仕方がないだろう、人は誰しも恐怖を感じる生き物なのだからな」


「動け! 動け!」


 死干支は言葉を発しながら、両足を叩いて言い聞かせる。だが体は震えたまま動くことはなかった。


「貴様は素晴らしい力を秘めている、だがそんな力をのさばらせるわけにはいかない。残念だがここで死んでもらおう」


 その人物は死干支の元にゆっくりと歩み寄る。そんな間にも死干支は抵抗することなく、ただその場に佇む。

 そしてその人物が、扇子を死干支目掛けて振りかざさんとしたときだった、


いんの刻・如月虎牙きさらぎこが!」


 その人物の背後に三メートルほどの巨大な実態を持った、橙色と黒色の混じった毛皮に包まれている虎の幻影が現れる。

 虎の幻影は、その鋭い牙でその人物に襲い掛かった。だがその数秒後、その人物が扇子を振り回して虎の幻影をバラバラに刻む。

 その人物にかすり傷を与えることも出来ずに、虚しくも虎の幻影は消え散った。


「ふむ、貴様もしぶといな。蘭溪」


 その人物が振り向いた先には蘭溪が立っていた。

 服が破け散っており上半身が裸になっていて、鍛え上げられた体が露見している。

 体の至るところにつけられた傷からは、血が流れ出していた。見て分かるほどにボロボロで、呼吸も荒い。


「ふぅ、ふぅ、その子は殺らせんぞ」


 蘭溪はその人物を睨みつけて威嚇する。それを聞いたその人物は、不気味な笑みを浮かべた。


「貴様に私を止められるかな」


 そのときだ、

 死干支は誰かに背後から襟を掴まれると、異常な速さでその場から移動する。視界に映る景色は瞬く間に変化し、あの場から後退しているのが分かった。

 そして少し離れたところで死干支は止まる。


「母さん、何するんだ!」


「死干支、早く逃げなさいって言ったでしょ!」


「逃げてどうするんだよ! 俺は戦う、蘭溪さんや母さんと一緒に! 三人で戦えば……」


 ーーパンッ。


 静寂に包まれたその場に、甲高い音が響いた。

 死干支は照子に叩かれた左頬を左手で触る。叩かれた左頬はほんのりと赤く染まり、微かな痛みを響かせる。

 死干支は人生で初めて人に打たれたのだ。


 死干支が照子を見ると、照子の黒い瞳からは透き通った涙が流れ出ている。それを見た死干支は何も言葉が出なかった。

 照子は泣きながら両手を死干支の両肩に当てる。


「ーーお願い…… お母さんの言うことを聞いて。私からの最初で最後のお願い…… 死干支、貴方だけでも逃げて。貴方だけは…… 生きていて欲しいの」


 それは母からの初めてのお願いだった。

 三人で戦っても勝ち目はない、結局皆殺しにされるだけだ。なら大事な息子だけでも、その命の灯火を燃やし続けて欲しい。

 そんな願いを込めて死干支にお願いしたのだ。


 母からの初めてのお願いを聞いた死干支は、両手に力を込めて強く握る。

 

「最初で最後のお願いってなんだよ…… ーー母さんも、母さんも一緒に逃げよう!」


「だめ…… 私は蘭溪さんと一緒に戦わないといけない。だから逃げることは出来ないの」


 死干支は照子に一緒に逃げようと提案するも、照子は蘭溪を置いて行くことは出来ないため、首を横に振って断る。


「お願いだから…… 逃げて」


 これ以上母の泣いている姿は見たくなかった。

 小さい頃から育ててくれた母。色々なこと教えてもらった、大事にしてもらった。そして今、


 ーー初めて母の流す悲しみの涙を見た。


 今起こっている事態はそれほどに重大なのだ。あの姿、あの殺気を肌で感じただろ。

 どう足掻いてもあの存在には勝てない。一番頼りになる蘭溪さんですらあの姿だ、恐らく三人束になってもあいつの目の前では敗北する。


 ならどうする、本当は逃げたくない。ーーだけど、母さんがここまでして俺を逃したいなら、俺はその意思を汲み取るしかない。

 死干支はゆっくりと立ち上がる。そして、


「絶対に助けを呼んでくるから」


 そう一言残して走り去って行った。死干支が走り去って行ったのを確認した照子は涙を流しながら、


「愛しの息子…… 愛しているわ」


「もう別れの挨拶は済ませたか」


 照子の背後に立っていたその人物は、照子目掛けて扇子を振り下ろすーー








  

 

 

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