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十二の魂  作者: 影ノ者
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 グレス暦千九百八十年五月十八日、名もなき山奥の中でそれは世界に生まれた証を刻むために大きな産声をあげた。


「おぎゃー、おぎゃー」


「ぬぐぅ。此奴生まれたばかりでこの魂力ネオンの量とは、とんでもないのぉ」 

 

 赤子を手に取る真っ白な長髪の老人だが、赤子から放たれる魂力の量を直に受けその量の多さに圧巻される。

 老人は手に取った赤子を毛布で包み込むと、四つの灯籠で囲まれている石床の上にそっと置いた。


「うむ、それでは始めるぞ」

 

 老人は側に置いてあった短刀で自分の右人差し指を切る、そして人差し指から流れている血を赤子の胸に垂らした。


「おぎゃーー!」

 

 老人の血が赤子の胸に垂れ落ちると、赤子の胸が鮮やかな赤色に眩しく光り始める。

 その五秒後、赤子を中心として周りに暴風が発生した。

 

 発生した暴風は四つの灯籠を全て吹き飛ばし、近くにいた老人とぐったりと横になっている女性にも襲いかかる。


 「うまの刻。五月冥護さつきみょうご

 

 老人は女性を守るために透明な結界を展開して暴風を弾いた。しばらくすると、何事もなかったかのように暴風は完全にその場から消え去る。


「照子よ、お主はとんでもない奴をこの世界に生み出してしまったらしいのぉ」


「そうですか…… それは嬉しい限りです」


 照子と呼ばれた女性は横になりながら、これ以上ないほどの笑顔で老人の方に顔を向けた。

 老人は目を閉じて寝ている赤子を再び手に取ると、横になっている照子の横に置く。そして老人は側に置いてあった椅子に座った。


「それにしても可愛い顔。将来はきっとかっこいい子になりますね」


 照子は寝ている赤子の頭を優しく撫でながら、我が子の将来像まで見据えていた。

 老人はただただ二人を見つめる。


「そうじゃのぉ。それにあの力、悪い方に使われなければいいんじゃがなぁ」


「私がそんな風に育てるはずないじゃないですか」


「確かにのぉ…… そういえば、此奴の名前は何にするんじゃ?」


「そうですねえ…… しえと、しえとにします! 蘭渓さん、紙とペンをお願いします」

 

 蘭溪と呼ばれた老人は照子に頼まれて紙と羽ぺんを取りに行った。

 一分後、蘭溪の持って来た紙に照子は羽ペンで『暁 死干支』と書く。それを見た蘭溪は、


「うーむ、お主のセンスは相変わらず凄まじいのぉ」



**

 

 

 グレス暦千九百八十八年九月十日、名もなき山奥。


「はっ、はっ」


 死干支は森の中を颯爽と駆け巡っていた。

 呼吸のリズムを一定に保ちながら、目の前に設置されている高さ二メートルほどの丸太を軽々と超える。

 そして手に持っていた複数のクナイを至る所に設置されている四角い木板に投げていった。


 それを繰り返すこと二分、たどり着いた先にそれは死干支を待ち受けていた。


 四メートルほどの大きな体で死干支を威嚇する、全身が茶色い毛皮で埋め尽くされており大きく開けている口からは鋭い牙が沢山見えていた。

 左目に爪痕のような傷が刻まれており、右目から放たれる視線を浴びただけで足がすくみそうになる。

 全てを一撃で切り裂けそうな巨大な爪には要注意だ。


「うわぁ、でっかい熊吉だなぁ」


「ぐらぁぁぁぁ!」

 

 死干支に熊吉と呼ばれたそれは、死干支の呼び名が気に食わなかったのか森全体に大きな咆哮を轟かせる。

 咆哮を聞いた周りの小鳥たちは一斉に飛んで逃げていくが、死干支は腰に差している短刀を抜いて手に取ると熊吉目掛けて突っ込んで行った。


 熊吉は腕を振りかざして近づいてくる死干支を攻撃するも、死干支はその軽い体を機敏に動かして全ての攻撃を躱しきる。


「よっ」


 死干支は短刀で熊吉の体のあちこちを切り裂く、だがその程度の攻撃では熊吉はびくともしない。

 熊吉は自身の周りでちょこまかと動き回っている死干支目掛けて大きく腕を振り下ろした。


「うわっ」

 

 熊吉の腕が振り下ろされた大地は大きく抉られている。

 もしも今の攻撃を食らってしまっていたら、死干支の幼い体は一撃で砕けて散っていただろう。

 

 死干支は振り下ろされた腕に乗っかると、熊吉の胸元まで一気に駆け上がった。

 そして熊吉の胸元まで近くと短刀の剣先を熊吉の胸に当てる。


「いただきます」

 

 そう一言呟いて、短刀に魂力を込めると勢いよく熊吉の胸に突き刺す。すると剣先から風圧が発生し、熊吉の心臓とその巨大な体を貫いた。

 

 心臓を貫かれた熊吉は仰向けになって後ろに倒れる。

 死干支が熊吉の体から降りると、遠くで見ていた蘭溪が死干支の元に歩み寄って来た。


「ふむ。死干支よ、今のはなかなか良かったぞ」


「本当ですか!」 


「この様子なら、明日からは心術の練習を始めても良さそうじゃのぉ」


「やったー! やっと心術の練習が出来るぞ!」


 蘭溪は死干支が倒した熊吉を右手で軽く持ち上げると、左手で喜んでいる死干支の頭を撫でた。


「あまりそうはしゃぐでない。さあ早く帰るぞい、照子が待っておる」


「うん!」


 死干支と蘭溪が家に帰ると、そこで佇んでいたのは腰に両手を当ていた照子だった。

 黒みがかった茶色い髪を後ろで結んでおり、金色の花飾りをつけている。身長は死干支より頭二つ分ほど大きい。

 黒い瞳で死干支たちを見ており、灰色のエプロン身につけていた。


「お母さん、ただいま!」


「おかえり死干支」


 死干支が走って照子に抱きつくと、照子は死干支を包むように優しく抱きしめる。


「今日はね、すごく大きい熊吉の命を頂いたんだ」

 

 照子は目の前を見ると蘭溪のそばには大きな熊吉が倒れていた。それを見た照子は死干支をより一層強く抱きしめる。


「すごいわねぇ、さすが私の子だわ!」


「お母さん、苦しいよ」


「あっ、ごめんね死干支」


 照子は強く抱きしめていた死干支をとっさに離す。


「ほら、体も汚れてるんだから早くお風呂に入ってきなさい」


「うん」


 照子に言われた死干支は着替えとタオルを手に取ると、少し離れている浴場まで歩いていった。

 それを見届けた照子は蘭溪の元に歩みよる。


「死干支はどうでしたか?」


「うむ、着実に成長しておるわい。この様子だと十二支転を会得するのに十年はかからないじゃろう」


「そうですか……」


 照子はどこか浮かない顔をする。それを見た蘭溪は、


「心配しなくとも死干支は十分に強い。それにこれからもっと強くなっていくんじゃ、よほどの事がない限り大事に至ることは無いじゃろう」


「そうですよね。なんせ私とあの人の子だもの、簡単にめげるなんてあり得ないよね!」


 体を洗い終わった死干支がリビングに戻ると、食卓の上には沢山の料理が並んでいた。

 

 スープに果物を絞ったジュース、そして食卓の七割を占めているメインディッシュの熊肉だ。

 熊肉に垂らされた香ばしいタレの匂いが食欲をそそる。死干支は料理を見た途端駆け足で木の椅子に座った。


「今日は死干支が命を頂いた火熊肉のフルコースよ。今日は沢山ご馳走を作っちゃった」


「うわぁ、早く食べたいなあ」


 ちなみに死干支が熊吉と呼んでいた熊の正式名は『火熊ひぐま』である。その肉に火を通すと絶品になることから火熊と名付けられた。


 先程死干支が体を洗いにいっている間、蘭溪が風の刃を発生させ皮を剥ぎ取って肉だけを残す。

 そして肉を適切なサイズにカットすると、照子がそれを秘伝のタレを使って焼いたという一連の流れがあったのだ。

 死干支の次に蘭溪が椅子に座り、食事準備が整った照子が最後に椅子に座った。


「——それじゃあ」


 全員が両手を合わせる。


「いただきます!」

「いただきます!」

「いただきます」


 食事の開始の合図と同時に死干支は目の前に置いてある火熊のロースを口に頬張った。

 口に入れた瞬間に香ばしいタレの味が口の中に響き渡る。そしてロースが舌に触れ、次に歯に触れるとそれは意識だけを置いてけぼりにして体に吸収されれていった。


「ん〜、美味しい〜」


 死干支は次々とロース肉を口中へと運ぶ、そして箸休めにジュースをゴクゴクと飲み干した。

 ロース肉を食べ終わると次は火熊のステーキに箸を伸ばす。

 程よい固さに噛めば噛むほど溢れ出る肉汁、まさに肉料理の頂点と言っても過言では無い。


 死干支は腹十分目まで肉料理を平らげ、最後はキノコのスープを飲み干して締めた。


「ぷはー、もうお腹一杯だよ」


 死干支は食べ過ぎで膨れてしまったお腹をさする。それを見た照子は笑いながら、


「ふふっ、今日はよく食べたわね。でも食べ過ぎはダメよ、今度からは腹八分目までにしときなさい」


「うむ。じゃがよく食べる子はよく育つとも言われるしのぉ、程々にしておくのが一番じゃ」


「はーい。今度から気をつけます」


 蘭溪と照子が食事を食べ終わると死干支はあることを質問した。


「ねえお母さん、お父さんはいつ帰ってくるの?」

 

 死干支からの唐突な質問に照子は飲んでいた手を止める。そして死干支に優しく微笑みながら、


「死干支、お父さんは今遠くの場所にいるの。だから当分は帰ってこれないの、寂しいと思うけど我慢してね」


「うんうん、別に僕寂しくなんか無いよ。だってお母さんと蘭溪さんがいるもん」


「——死干支、あなたって子は」

 

 照子は椅子から立ち上がると死干支の方に歩みよって、涙を流しながら後ろから抱きしめた。その様子を見た蘭溪は手に握っていたコップを食卓の上に置いて顔を下に向ける。


「なんでお母さんは泣いてるの?」


「うんうん、なんでもないの。よしっ、それじゃあごちそうさましようか」


 照子は目に溜まっていた涙を拭いとると元いた席に座った。全員が手を合わせると、


「ごちそうさまでした!」

「ごちそうさまでした!」

「ごちそうさまでした」

 

 食事が終わると死干支は自室に戻った。

 戻ると真っ先に椅子に座り、机の上にあった『にっきちょう』と書かれている本を開く。

 日記帳の横に置いてあった羽ペンを手に取ると、まっさらな白紙に文字を書き込み始めた。


 グレスれき1988年。

 今日はいつものとっくんをやった。さいごにはクマ吉のいのちをいただいた。

 クマ吉は大きくてすごかったけど、けがすることなくいのちをいただけた。

 明日からはらんけいさんがしんじゅつをおしえてくれるって言ってたからたのしみだ。

 

「よしっ、今日はもう寝ようっと」


 死干支は羽ペンを置くと日記帳を閉じてベットの上に寝転がる。そして毛布をかぶるとゆっくりと目を閉じた。

 

 

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