のっぺらぼう
大学生の頃のこと――
私はいつも原付スクーターで通学していた。
朝か昼に大学へ向かい、夕方に下宿の部屋へ帰る。
その日は夜に、大学方面へ向かっていた。
何故だったかは憶えていない。
冬だった。
大阪の冬は田舎と違って暖かく、雪が積もるなんてことは滅多になく、冬でも私はスクーターを走らせていた。
人通りの少ない、センターラインもない狭い道だった。
民家よりブロック塀のほうが多いような通りだった。
いつも通る通学路だが、夜のせいかいつもと違って空気がピリピリと緊張しているようだった。
何を考えながらスクーターを運転していたのかは憶えていない。
何故か前を歩いている後ろ姿の女の人が気になった。
ジャンパーのフードを頭にかぶり、赤いチェックのロングスカートを穿いて、ただ普通に歩いているだけのその人のことが、何故かやたらと気になった。
他に通行人は誰もいなかった。
私は彼女を追い越す時に、振り返ってまでフードの中の顔を確認した。
私の体は硬直した。
彼女の顔は真っ白で、目も鼻も口もなく、卵のようにのっぺりとしていた。
のっぺらぼうだった。
早く離れたくてスロットルを開けた。
スピードは上がっている筈なのに、なぜかのっぺらぼうは離れていかない。
それどころかバックミラーをちらちらと確認するたび、だんだんと近づいて来ているように見える。
私の息は荒くなった。
『なんで? なんで振り切れないの?』
鼓動がどんどん早くなり、血流が身体中を駆け巡る音まで聞こえるようだった。
ミラーの中からのっぺらぼうが私の顔を覗き込んでいたが、必死にそれを見ないようにした。
そして、ようやく気づいた。私は右手で必死にスロットルを捻りながら、左手で力いっぱいにブレーキレバーを握っていた。
左手の力を抜くのは容易ではなかった。なんとか自分の体に命令をうまく下し、力を抜くことに成功すると、スクーターは加速しはじめた。
ミラーの中の彼女が遠ざかりはじめる。
改めて見たが、彼女はただ歩いているだけで、何もない顔はどこを見ているのかわからなかった。
それ以来、のっぺらぼうには一度も会っていない。