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その先の関係

「俺が大学教授? 嘘もここに極まったな! とはいえ、流石はギフテッド。あれだけ話せて彼女がいなかったのは驚きだ」

 部屋に帰って早々、無線機で会話を聞いていたムジナが茶化してくるが、頭痛がしそうだとベッドに寝転んだ。少し休んだら、今後の行動パターンを何通りも描いて、頭に入れておかなければならない。嘘で塗り固めた斎賀アキムの行動と、それに対するルイスの反応を予想しながらデータ化して、昼に行く店も決めなくてはならない。



「予想以上に疲れるな。嘘を吐く事にはなれたが、女の相手は面倒でしかない」

「だから強姦こそが至高なんだぜ? いちいち相手の気を考えずにすむ」

「この件が片付いても、それはない」

 とにかく疲れたアキムはベッドに横になったまま布団を被り、アイマスクをする。「昼のデートはどうする気だ」というムジナの声に、横になったまま目を閉じて腹式呼吸を二十分ほど続ければ、二、三時間の睡眠に値する休息が得られるとだけ返しておいた。

その後は、実に面倒なことの立て続けなので、しっかりと鼻から吸って口から吐いた。せめてもの安らぎとして。





 ホテルヒルトやフィーメが立ち並んでいるのは、歌舞伎町や駅前といった騒がしい場所から離れている。大手企業や銀行、郵便局、多彩な高級店が混ざっているレジャー施設などといった、金持ちしか来ないところとなっているのだ。

歌舞伎町は徒歩で二十分ほど、新宿駅西口近辺は十分ほどとなっているので、アキムはホテル近辺で女を連れていっても文句を言われないような店を探した。

Iドロイドをスライドさせながら探すこと数分、無難なところとして、スターバックスがいいとなった。

そうして今度こそ、ムジナのかき集めてきた流行のファッションに身を包み、髪型をセットすると、約束の噴水へと出向く。



アキムがルイスの相手をしている間、ムジナはAIに任せきれない監視と、本社を開けっ放しなため、部下への指示をしている。この一件が不発に終わっても、ライアードは続いて行くのだから、欠かすことはできない。

 とにかくそんな具合で噴水へと快晴の空の下、朝のように道路を潜れば、帽子を深く被り、ロングスカートに眼鏡をかけて日傘をさしている人影があった。変装したルイスだろうと声をかければ、「待った?」「ううん、今来たところ」といった、テンプレートとなっている会話が交わされ、スターバックスへとエスコートした。



「スターバックスはアメリカにもありますが、退屈でしょうか」

 接客用のアンドロイドに席へ案内されて、一休みしてから伺えば、むしろ新鮮だと店内を見回している。

「どうしても立場上、こういった場所に行く機会がなかったので。そういう意味では最高のチョイスだと思います」



 この反応は予想済みだった。ざっと調べたルイスの趣味やフィクナー財団での役割、それからSNSを見る限り、庶民が訪れるチェーン店とは無縁であり、そこに憧れがあるような気配があった。とりあえず第一段階を突破ということで、注文に移る。

互いに品が表示されているA4用紙ほどの端末をスライドさせていると、ルイスがクスクスと笑った。



「これはもう、コーヒーというよりアイスクリームですね」

 そう笑ってアキムへ見せた画面には、クリームやら果物が載った品々が並んでいる。アキムもこんな派手なカフェに来るのは初めてだったので、どうやって食べるのかと、若干興味を引かれた。だが、喫茶店に来てアイスクリームもどきを頼むのは気が引けたので、ハムとレタスのトースターサンドウィッチと、エスプレッソをタップして、ルイスを待った。



 女性とは皆、甘いものが好きだろうと予想していたアキムだったが、ルイスは普通のコーヒーとサラダを頼んでいた。端末から注文が送られると、二分ほどでアンドロイドが品を机へと運んでくる。

「意外ですね。僕だったら、こういう機会には特別な物を頼もうと思っていたのですが、それでいいのですか?」

「庶民の味、でしたか。日本独自の言い回しですが、私も、もう過ぎ去った思春期や青春を、こういった場所でクラスメイトと一緒に過ごすのが憧れだったんです。なんの捻りもないコーヒーと、ダイエットや美容を心がけたサラダ。それを食べながら、くだらない話題で盛り上がる――無縁でしたから、愛おしいのです」



 口では肯定しながらも、内心ため息をつきたい気分だった。別に、そう楽しいものではない。むしろ、一人でゆっくりしているほうが、他人と関わるよりも気軽でいい。

レール社会がアキムに押し付けてきた思春期と青春を、もしルイスと交換できるのならしたかった。アメリカで財団の下、レールのない自由な社会で研究室に籠る。今ルイスへついている嘘のような生活こそを、ギフテッドであるアキムの脳髄は欲していた。



 その後は特にこれといって珍しいこともなく、嘘と誠が入り乱れる会話が続くと、冬だからか日が傾いてきた。

「いくら安全でも、夜の街に女性一人を行かせるわけにもいきません。それに、僕も鍛えてはいますが、囲まれては守りきれませんから」

「そんな、映画みたいなことあるんですか?」

「少なくとも、女性に乱暴を働く無法者や、詐欺まがいのことを要求してくる輩は、移民もあってか増えたというデータがあります。あなたのボディガードなら、たっぷりの銃弾と腕力でどうにかすると思いますが、僕は、ただの学生みたいなものなので」



 その自称学生が、ジャケットの下にベレッタを隠し持っているとは夢にも思わないだろう。なんなら、ゴッドファーザーのマイケルの様に、唐突に拳銃を取り出して撃つこともできる。



今、ここで脳天から真っ赤な花を咲かせることができてしまうのだ。そう考えると知的好奇心が、血液と脳漿がどう飛び散るのかの答えを求めてくる。二年前まで感じてはふさぎ込んできた冷たい別の人格も、今や主人格だ。だから、ついついベレッタに手を伸ばしそうになりながらも、慌てて誤魔化した。



「とりあえず、そろそろ帰りましょう。なんでしたら、明日は朝から回ってもいいかもしれませんね」

「ありがとうございます。いずれは財団を継ぐ者として、知れることは知っておきたいので」

「そのついでに遊ぶことは、勉強の一環ですかね」

 違いないですねと、ルイスは笑う。ならば明日はどこに行こうかと少し話した後、新宿駅西口の方へ行くということで話は落ち着いた。

「それでは、研究と論文を頑張ってください」

 別れ際、手を降って別れた際に応援されたが、非常に疲れたので、最後にまた明日とだけ口にして部屋へと戻った。





「それで、今日こそは『あれ』、持っていくのか?」

 新宿ツアーも四日目になり、とうとう歌舞伎町へと足を延ばすとなった日に、ムジナは確認を取ってくる。

「あれ? ああ、盗聴器か。それは今晩、酒を飲みながら仕込む」

「そうじゃねぇ。男として、最低限のマナー用具を持ってるのかって話だ」



 なんのことだ? と首を傾げれば、ギフテッドも落ちたなと天を仰いでいた。

「この四日間、テメェとルイスの会話は聞いていたが、どう聞いても、あれだ……あれあれ。そう、猫みてぇに発情している! まさに恋愛だ!」

 だからなんだと、今度はこっちが呆れながら、もう一度なんのことだと聞き返せば、決まっているだろうと、ポケットから小さなビニールに包まれたコンドームを取り出した。

「スケベなゴムだよ! てめぇとルイスが、ここでも向こうでもないホテルで一晩過ごす時に使うんだよ!」



 実にバカバカしかった。そういう物は、愛する人同士でやるものだろう。アキムとルイスは知り合ったばかりの学生と財団の令嬢であり、とてもではないが釣り合わない。そこのところを筋道立てて説明しても、やっぱり女関係には疎すぎると馬鹿にされた。



「いいか? 二十歳を超えた女ってのは、そう、そうそう、ある一定の距離まで近づいた男には股開くんだよ! そんな時にゴムもありませんじゃ、発展しないだろうが」

「俺は熱心なキリスト教徒じゃないし、そういう行為もいつかはするのだと思っているが、これもリスクが大きすぎる。第一、俺とルイスはそこまでの仲じゃない」

「これだから童貞野郎は……美形で背が高いロシア人風の男が、出会ったばかりだってのに新宿を案内して、向こうの会話に合わせて楽しませている。いいか? サイコパスは人間関係のとっかかりやら進展には、ギフテッド以上に詳しいから断言するが、ルイスはテメェに惚れてるぜ?」



 なにを馬鹿な事を言うのだと肩をすかしたが、そういう面から近づければ、上手くいけば交際関係になり、フィクナー財団の一員になれる。

日本の市場を発展させて、更に世界へライアードという名のムジナの巣を広げていければ、今までにない利益が生み出される。

それは行ったことも聞いたこともない国や土地を知ることにもつながり、この世界そのものを、アキムの知的好奇心を満たす研究室にできる。



「悪くはないな……。一つ貰っておこう」

「一回戦でお終いか? あんな美人を相手に、童貞は一回きりで弾切れになるのか?」

 弾じゃなくて種かと笑い転げている下品なムジナにため息を隠せなくなってきた頃、約束の時間が迫ってきた。

「ホテルが云々は俺にも分からないが、盗聴器は仕掛けておく。よく聞こえなかったら無線で教えてくれ。予備も作ってある」

 ゴムの予備はいいのかと笑っているムジナを無視して外に出ようとしたとき、念のために振り返った。

「仮に、そのゴムが役立つ場面になったら、無線は切るからな」

 せっかく特等席から聞けるとボヤいていたムジナも、今日がどれだけ重要な日なのかは分かっているようで、ほどほどに頑張れと背中を押され、日の沈んだ新宿の街並みへと降りていく。ムジナの用意した、流行の最先端かつブランド品に身を包んで。

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