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計画は動き出した

 知らない世界を知るという趣味の一環で見始めた古い映画のように、世界中の人々が信じてやまないキリスト教を知るため、旧約聖書を途中まで読んだ。途中までとは、単に映画のように見るだけではなくページをめくる労力と、ありもしない天使や悪魔だとかの話を数百ページも読むのが馬鹿らしくなったからだ。



とはいえそのおかげで、ちょっとした雑学が身についた。人間が世界中の言葉を一つにしようと天へと届く塔――バベルの塔を造ろうとした結果、神の怒りに触れてハベルの塔は崩され、言葉がバラバラになったと。神ならば寛容に振る舞い、合理的に赦せばいいものを。なんと心の狭いものか。



そんなバベルの塔ではないが、目の前にそびえ立つホテルは天を貫くように建てられている。二千年代初頭から首都直下地震が来ると学者の間では騒ぎになってニュースやバラエティにもなったらしいが、ここ数十年で東京を襲った地震で一番強いもので震度六強だ。

窓が割れたり、古い建物が傾いたりはしたが、たいした損害にはならなかった。

それでも、新たに造られる建物には常に最新鋭の耐震性が求められ、その基準を満たせば、どんな建物を造ってもいい。ということで出来上がったのが、フィクナー財団一行が泊まる三十階建てのプリンスヒトルと、大通りを挟んで向かいにあるホテルフィーメだ。



ネットでは天と地ほどの差があると酷評されているホテルフィーメも、最上階の宿泊料は一日六万円だ。プリンスヒトルは十万するらしいが、どちらも一般人が泊まれる値段ではない。そして金持ちたちは、いちいちホテルのレビューサイトに感想など書かない。おおかた、ホテルの優位性を確たるものにするため、AIに書かせたのだろう。



そんなフィーメで、ムジナとの共同生活が始まる。二日前にはチェックインしているはずなので、受付のスーツ姿の女性アンドロイドに部屋番号と名前を告げれば、お待ちしておりましたと丁寧なお辞儀をして、荷物を預かり、長く外が丸見えのエレベーターを登っていく。

どことなくリブートされたダイハードのビルに似ている景色を眺めながら三十階に着くと、使われている部屋は一つしかなかった。アンドロイドにここまでで結構だと荷物を受け取り伝えると、ごゆっくりと残して、エレベーターを下っていった。



「入るぞ」

 と、ドアノブに手を掛けたのだが、開こうとしない。どうしてかとよく見れば、指紋認証が必要だった。それを見ると同時に、ムジナから事前に登録しておいたとIドロイドへメッセージが届き、人差し指を押し付ければ、ロックは解除されて部屋に入れた。



「どうよ、ここが俺様の秘密基地だぜ?」

「秘密基地というより、軍事拠点だな」

「夢のねぇこと言うなよ」

「なにをどう思ったのか知らないが、狙撃銃とグレネード、それにハンドガンと弾丸が散らばる部屋は、むしろ武器庫だ」

「仕方ねぇだろ。場合によってはここから撃ち殺すためにモシンナガンは必要で、逃げる時にお前が作った煙幕とチャフの混じるグレネードは必須で、最悪撃ち合いになったら銃は必要だろ?」



 だから一つ持っておけと、一丁投げ渡された。銃には詳しくないし、興味もないが、ムジナは手に入れるのに苦労したとマガジンも放り投げてくる。

「ベレッタ1915。イタリア製の銃だ。弾はお前が初めて人を殺した時と同じく八発しか入らねぇがな」



 言われ、あの時の知的好奇心が満たされていく感覚を思い出す。あれ以来一人として殺していないが、自殺に追いやった人ならいる。しかし、やはり実際に撃つなり刺すなりして殺す体験をしたいと、この頭が要求してくる。そんなどす黒い感情は頭の奥の奥にしまいこんで、状況を確認した。



「向かいのホテルの最上階、左から二番目の部屋が、フィクナー財団一行が泊まる部屋だ。その両隣りにはアメリカさんが用意したプロのボディガードが武装している。とてもじゃねぇが勝てる相手じゃねぇ。それと、どうやら交代制でここら辺のビルの屋上からスナイパーが見張っているようだぜ。当然、この上にもいる」



 なるほど、念には念をとは言うが、やり過ぎなくらいに入念な保身が施されている。

「それで、部屋の方は見えるのか?」

 自分で見てみろと双眼鏡を手渡されると、最上階にある左から二番目の部屋を覗く。送り込んだ清掃員はしっかり仕事をこなしてくれたようで、椅子に座り電子端末を手にするウィス・フィクナーが見てとれた。



「金持ちに共通して言えることだが、基本的に掃除は他人任せだ。そんでもって、送り込んだ清掃員はライアードの職員じゃない一般人だ」

「そんな相手、よく見つけたな」

「十日間カーテンを開けるだけで百万貰えるなら、見つかった時のことなんて考えずに飛びつくのが人間ってことだ」

「現金なことだが、その見つかった時にこっちとの繋がりがばれることは?」

「ダミー会社を利用した取引だから、俺たちの尻尾はつかめねぇ。見つかったらご愁傷様というわけだ」

 しかし同時に、こちらの計画の成功率も下がる。その清掃員が上手くやってくれることを祈りつつ、追加で持ってきた物も床に並べた。



「ギフテッド特性の軍隊よりも精密な熱源センサーと、対象の相手にマーカーを付けて逐一どういう行動をしたか知らせるセンサーも持ってきた。早速、向かいにいる四人にマーカーを付けるぞ」

 熱源センサーを頼りに部屋のどこにいるのかを探り、その人物に対してマーカーを付ける。すると、こちらのモニターに動いた様子が表示される。試作品だが、ないよりはマシだろう。



「それで、あとは何らかの動きがあるまで待つだけか」

「監視はAIに任せた。ポーカーでもやるか?」

「生憎、俺は賭け事が嫌いだ」

 どれだけ理屈で詰めても、時の運でひっくり返される。頭脳でこの世界を生きていくアキムからすれば、ギャンブルは一番遠い世界とも言えた。



「まあ、向かいの連中も着いたばかりだ。いくらファーストクラスとはいえ、疲れているだろうよ。今日の動きはないかもな」

 ということで、ムジナはIドロイドを起動して株を見ていた。サイコパスであると同時に人材派遣会社の社長であるムジナにとって、株とは切っても切れない縁だ。

アキムは特にすることがないので、念のためにベレッタの弾道から弾速、空気抵抗や湿気などによる変化も動画サイトから何度も再生して頭に叩きこんだ。いつかもう一度人を殺す時のために。





 翌日の朝、六時にセットしたアラームで目を覚ますと、武器庫の様な部屋でうっかりグレネードを踏んで大爆発は御免なので慎重に歩いて顔を洗う。ムジナも起きたようで、おはようと挨拶をする。二年間ライアードに勤めていたが、こんなふうに私生活の様なことをするのは初めてだった。

「サイコパスと、ギフテッドの二人暮らしか」



 同じように祝福されて生まれてきたはずなのに、片や天才だともてはやされ、片や頭のイカレタサイコパスと呼ばれるようになった。

こういう予想外のことは人生において調味料になるが、かけすぎは体に毒だ。そういう意味では、二人して毒に染まり切っている。

「それで、今日も見張りか」

 眠そうに「そうだ」と返したムジナは、ルイスが一人で歌舞伎町に向かうのを待っている。落とせと言うので恋愛についてのノウハウは読み込もうとしたが、非常にくだらなく、低俗だった。これなら自分で考え出した方が効果もいいと割り切り、斎賀アキムなりの恋愛術は出来上がっている。あとは、試してみるだけだ。



「しかし、歌舞伎町に行きたいとはな」

 いつだったか、新しい潔癖の総理と都知事が手を組んで、キャバクラや風俗と呼ばれていた、それまでグレーだった商いは禁止され、一時は閑古鳥が鳴いていた。

だが、移民者や外国からの旅行者向けの店を展開しだしてから、すっかり外人の街となってしまった。

中年の脂ぎったオジサンどもは残念がっていたが、アキムからしても、知らない世界、知らない国について知れるのには興味が湧いており、いつか行こうと決めていたのだ。

それがこんな形で叶うとは思ってもみなかったが、人生とはそういう想定外のことが起こるのだと、ライアードに入ってから思うようになった。



「ん?」

 顔を洗って歯を磨いていたムジナが、手元のマーカーを付ける端末を見て、なにかを目で追っている。その次の瞬間には、とっとと着替えて髪型を整えろと、ワックスと着替えを鞄から引っ張り出してきた。



「なにがあった」

「ルイスが動いたんだよ! 今も、エレベーターを降りている最中だ!」

「こんな時間に歌舞伎町に行くのか? どの店もやってないぞ」

「それでもいいんだよ! ちょっとした散歩でもなんでもいいから、偶然を装ってコンタクトをとれ!」

 早速無理難題だとため息を付きながら、ムジナがそろえたという流行のファッションに着替えて、Iドロイドに映し出されている髪型のセットをしかけて、やめた。こんな朝から着飾って行く方が不自然だと。

「まずはこのまま行くことにする。どんな女なのか知る必要もあるしな」

 ムジナはそれでいいのかと反論の言葉を探していたが、アキムは最低限の身だしなみを整えて部屋を出ていく。ルイス・フィクナーとのご対面だ。


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