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でかい山

 斎賀アキムは、二年前にエリアナインを訪れた際に死んだことになっている。斉藤の銃殺された画像と、アキムに似せて銀髪に染めた、もう何の価値もない薬中と一緒に燃やされたと、マスコミに動画を送った。

数週間ほど問題となり、エリアナインについての政府による話し合いが行われたが、結局のところはスラム。死人など毎日のように出ているので、やがて風化していった。

しばらく事件の真相を知るために両親が署名活動を行っていたらしいが、一市民に国が決めた決定を覆す事など不可能だった。



 そんなアキムは、ムジナの良きアドバイザーとしてライアードで活躍している。金のアイデアで、この二年、表の金も裏の金も売り上げは跳ね上がり、掘っ建て小屋だった本社は、エリアナインの中で唯一の立派な会社として建て替えられた。



表向きの対応は、人心掌握術にたけ、サイコパスとしてどんな相手にでもつけ入れるムジナが行っている。アキムは死んだことになっているので、裏の方を担当している。薬中ではなく、借金持ちや住処を追われた移民たちを受け入れて、汚い仕事をさせている。



「大盛況だなぁ! お前を仲間に引き入れてよかった!」

 最低限の見栄しか飾られていない社長室で、ムジナは金のジッポーから、マルボロに火をつけた。とはいってもここは、裏の方の社長室――地下の一室だ。そこにアキムとムジナは椅子に腰かけている。



「人並み外れた天才を仲間に入れた時はどうなるかと思っていたが、どうにも、俺の選択は間違っていなかったようだ」

「俺の選択も間違っていなかった。お前に教わった詐欺や盗みはスリルと興奮に満ち、成功した時の達成感は例えようもない。だが、強姦だけは御免だがな」

「あれか? そう、あれだ。真実の愛だとかを探しているのか? そんなものはスクリーンの中くらいしか存在しないぜ?」

「愛だとか、そんなもの興味はない」



 ならなんだとソファーに腰かけるムジナにコーラを渡して、アキムはベビーラムのロックを一口飲む。

「まず一に、女を襲う事に対するリスクが大きすぎる。二に、その時間と労力があれば、更なる儲けを生み出せる。三に、単純に品がない」

 品と聞いてムジナは笑い転げていたが、視点を変えてみろとアキムに口を開く。



「強姦には、金でも愛でも手に入らない……そう、そうだな。まったく新しい快楽が得られるんだぜ? 泣き叫びながら無理やり身ぐるみを剥がれて、穴という穴を攻めつくす。どんな高級な風俗でも味わえない……プレイって奴だな。SMプレイの極限が楽しめる」

 それでも遠慮するとベビーラムのロックを口にして、ムジナの手に持つコーラのジョッキを見る。



「この二年気になっていたが、どうして酒を飲まない? 薬物もやっていないし、タバコもそこまで吸わない。ここら一帯を取り仕切る裏の帝王の癖に、ずいぶんとまともじゃないか」  



それは違う。ムジナは指をふると、シラフだからいいのだと口にした。



「ガキの頃にサイコパスと診断された頃は、今と変わらず俺の狂気は純粋なものだった。それを酒や薬で薄めてみろ? 俺の自慢する狂気も薄れちまう。それに、コーラも悪くない」

 サイコパスなりに考えて行動の指針を決めているのだと、二年の付き合いで知ることができたが、お互いに大変だなと愚痴を零す。



「俺もお前も、生まれもって脳が正常じゃないから、普通の社会を――レール社会を生きていけなくなった。もっとも、レール社会になってから若者たちの自殺率が上昇しているから良いことなのかもしれないが、普通には戻れなくなった。就職して結婚して子供ができて……向こうからこっちに来るのは割かし簡単だというのに、こっちから向こうに行くのは難しすぎて、俺も考えるのを辞めている」

「いいじゃねぇか。おかげで金にも酒にも女にも不自由のない世界へ来られたんだからよぉ。ソシオパスに染まってきたギフテッドからしてみれば、悪い世界じゃないだろう?」

 反論は難しいようだ。アキムはこの世界を気に入っているのだから。



「それにしても、このエリアナインだけではなく、世界は変わったな。人口は百二十億に達して、どこもかしこも人で溢れている。二千十年代にはサイコパスは男が三%と女が一%だったが、あれから四十億人ほど増えた今なら、単純計算で男は四%を超えて、女も二%に迫っている。合わせれば、百人に五人以上はサイコパスだ」



 全部が全部、ムジナの様に人殺しも厭わないサイコパスではないが、社会の中に溶け込み、甘い蜜を吸う連中は、人口の増加に合わせて増えただろう。ギフテッドに関しては知らないが。



「しかし、そろそろスキャンダルやら詐欺は飽きてきたな。なにかいいこと、あるんだろ?」

 こうして二人で過ごしている時は、決まってなにかしらのイベントが用意してあるのだ。ムジナは不敵に笑うと、クリップで止められた、時代遅れのコピー用紙を投げ渡す。

ムジナ曰く、内部が破損しただけで使えなくなるデータより、燃やすか千切るかしない限り残ってくれる紙媒体が好きらしい。

とりあえず羅列されている情報を読み解いていけば、新たな刺激が脳髄を刺激すると確信を持てた。



「アメリカのフィクナー財団が支援する、NGO法人イクセル。そいつらがエリアナインの視察に訪れて、千葉県だったころに戻すとさ」



 二十年程前に結成した平等主義を掲げるイクセルは、当初こそ誰も相手にしなかったが、各国の移民や経済的な不平等を根絶するために奮闘するうちに、こちらも世界の差別に対して金を払ってきたフィクナー財団が手を差し伸べた。

二つのグループが一つの組織として固まるまでに時間がかかっていたようだが、それもようやく済んだようで、とうとう不平等をなくすための活動を始めた。その最初のターゲットとなったのが日本だというわけだ。



「未だにアメリカの傘の下にいる日本から問題を解決していくというわけか」

「そういうことだ。来週にはアメリカからフィクナー財団の代表取締役、ウィス・フィクナーとシール・フィクナーが日本に来る。こっちで掴んだ情報によれば、新宿のホテルで十日過ごした後に、このエリアナインに来るだとさ」



 渡された資料に目を通しながら話を聞いていると、不可解な点が見えてきた。

「双子の娘、ルイス・フィクナーとニオ・フィクナーも来日するようだな。それで、お前としてはどうするつもりだ?」



 放っておけば、エリアナインは善意と多額の金で元の千葉県に戻るかもしれない。それはムジナのテリトリーがなくなることを指し、アキムも無関係ではいられない。

しかし、ムジナは悪い笑みを浮かべたまま口にした。「デカイ獲物」だと。



「お前のハッキング技術と違法改造したIドロイド。それ以外にも、あの青狸のポケットみてぇに作った便利道具。こいつらと俺が持っている社会的立場を利用すれば、いつも通りのスキャンダルを起こしてゆさぶりをかけられるかもしれねぇ」



 フィクナー財団の関係者が訪れるであろう、偉い人々の集まる晩餐会に、ムジナが呼ばれることは明白だ。

それ以外にも、十日の内になにか弱みを握れるかもしれない。

「とはいえ、相手はチンケな政治家や芸能人じゃねぇ。今までは薬をやっていないまともな部下を使ってきたが、今回ばかりはマジになんねぇとな」



 もう一本マルボロに火をつけたムジナに合わせるよう、アキムもムジナから貰った銀のジッポーでセブンスターに着火すると、表に出てくるのかと聞いた。

「お前は表の連中の相手をして、俺は裏の連中の相手をしてきた。今回は表と裏が交わる案件だ。まさか椅子に座って待っているとは言わないだろうな」

 当然そんなことはない。マルボロを吹かして一呼吸おくと、二人でやるぞと前のめりに座りなおした。



「買収と情報集めは俺がやる。お前は十日間の内にギフテッドなりの行動をしてもらうぜ?」

「なんだ、そのギフテッドなりの行動は」

 簡単なことだと、ムジナは灰皿にマルボロを捨て、フィクナー財団の双子、その姉であるルイス・フィクナーをよく見るように促した。



「妹のニオ・フィクナーは実態がつかめなかったが、ルイスは別だ。気が弱く、押しに弱く、二十七のくせして男性経験もない……それはおまえも同じか。二十四歳の童貞野郎」

「性に対して関心が沸かないだけだ。やることが見つからなくなったら手を出すと決めている。自慢ではないが、もてるからな」



 ロシア人としての銀髪に青い瞳、そのうえ高身長かつガリガリではなく筋肉質なら、言い寄ってくる女は数知れなかった。

それを自らのパラメーターにするつもりはないが、恋愛事をやろうと思えばやれるのだ。今はそれ以外にやることが多いからやらない。しかし、ムジナはそれを生かせと、ヒヒと笑う。



「フィクナー財団の連中が泊まるホテルは新宿のプリンスヒルトだ。その最上階を拠点とするわけだが、丁度向かいにも同じ高さのホテルがある。スウィートに泊まれない成金たちが見栄で泊まるホテルがな。流石にヒルトの職員の買収には失敗したが、清掃員として一人送りこめた。監視カメラやら盗聴器の類は見つかる可能性が高いから使わないが、カーテンを開けるように命令してある」



 それと、今の笑いには何の関係性があるのかと問えば、長くなったと笑いを押さえたムジナは、向かいのホテルから双眼鏡やら赤外線センサーで中を覗き、ルイスが一人で出てくるのを待つと言った。

「掴んだ情報では、日本の歌舞伎町に興味があるようでよ。この前の会見でも訪れると言ってやがった。ボディガードなしの一観光客として行くらしいが、それまでに落とせ」

「なに?」

「落とすんだよ。ルイス・フィクナーを」

 理解した途端に勘弁してくれとため息交じりに口にするが、ムジナは譲らないようだ。

「さっき童貞がどうとか言っていたのはお前だろう。ギフテッドは万能な機械じゃないんだ。人付き合い、それも全く接点のなかった相手を落とすのなら、お前の方が向いているだろう」



 サイコパスとは、いわば、人間関係に潜む悪魔だ。利己的に人の心をあらゆる方法で操り、結果として相手が自殺しても何の感情も沸かない存在。

その分、人と新しい関係を築くのは特出している。だからお前がやれと投げかけるも、見た目の問題だと、ムジナは頬を掻く。



「俺はメキシコ人とのハーフだ。堀が深いのは自慢だが、背も低いし、アジア寄りの顔をしている。そして相手は金髪の白人ネイティブだ。単純に異性として好感が持たれるのはお前なんだぜ? それに、俺はいざとなったら直接ウィス・フィクナーへコンタクトを取るかもしれない。早い話、お前の方が暇で、適任なんだよ」



 デカイ山と言うだけはある慎重さだ。確かに死んだはずのアキムが表に出るのはなにかと不味い。それに、トップであるウィス・フィクナーへコンタクトを取るのは、そういう場に慣れているムジナの方が適任だ。

 仕方ないか。アキムはセブンスターを灰皿に捨てると、考えられる限りの事態を想定し、来日までの一週間のうちにやれることを探した。



「とりあえず試作段階だった最新の盗聴器の作成に移る。機械工学に詳しい奴と人体の構造について詳しい奴を用意してくれ」

 盗聴器と聞いて、ムジナは万が一にでも見つかれば全てが台無しになると声を荒げたが、ずいぶん前から考えていた盗聴器があるのだ。決して見つからず、音声もクリアに聞き取れ、何の証拠も、こちらからの行動もなく消去できる盗聴器。概要だけを簡単に説明してやれば、流石はギフテッドだとおだてられた。



「人員はすぐにでも回す。俺は、一足先にホテルに行ってアナログな盗撮機材の準備を進めておく。ということで、早速動くぜ?」

 相手は世界を股に掛けるNGO法人と、とんでもない金持ち。サイコパスとギフテッドで弱みを握れるのか。あるいは仲間として受け入れられ、ライアードのネットワークを共用するか。

とにかく先が読めないだけに、出来うる限りの事をしよう。まずは盗聴器の作成だが、それよりも久しぶりに教本を開くことになる。大学やら海外やらで発行されたものではない。これもタバコの様に廃れなかった普通の書店に並ぶ恋愛についてのノウハウが書かれた、一冊千円すらしないであろう本だ。



「心理学の応用でどうにかは……ならないか」

 暇つぶしに取ってみた資格のうちの一つ、臨床心理士の資格があればどうにかなるかとも思ったが、ケースバイケースという奴だろう。何年かぶりに、本屋へ行くため、地下室からエレベーターで地上へと登っていった。

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