悪の道
技術力。その観点から見れば、九十年代半ばから二十一世紀になるまでの進歩と、二千一年から今に至るまでとを比べると、大きな差がある。
アメリカと当時のソ連が世界全ての国を炎で包みこんでも余る程の核ミサイルを抱えている時も、戦争という大義名分のもとに兵器が造られ続けた時も、あらゆる文化は発展し、ビジネスが潤った。
今や火星移民も進んでいる宇宙への進出も、本来は宇宙空間からの攻撃という目的のために行われていた。
余談になるが、戦争がなくなって宇宙への興味が薄れていくと、NASAが持っている宇宙空間用のスーツは非常に高価なため、援助の少なくなった彼らは、中古品にパッチワークを施させて宇宙への進出を行なっていた。
今や百二十億人に激増した人口増加の解決策として他の星への移民という大義名分で援助は増えたが、それでも足りない程に、難航している。
斎賀アキムも、宇宙は謎と神秘に満ちる暗黒の海として、ギフテッドなりに興味を持っている。もはや地球にインディジョーンズの様な冒険心をくすぐる場所は南極くらいしかない。アキムは南極には非常に興味が湧かなかった。
進んできた南極の探索からして、どうせ氷の塊でしかないと分かってしまってきているからだ。
それでも一応、進歩はしている。二千一年からの文明の進化は、実在しているところを博物館でしか見たことのない黒電話が発展し、ガラパゴスケータイとなったことや、インターネットもほぼ一から作られた。しかし、そこからこの五十数年で進歩したところは、アンドロイド技術とAI技術くらいだ。
アーカイブで見たバックトゥザフューチャーでは、二千十年には車やスケボーが飛んでいたが、コストの面から製造は止まったままだ。まったく夢がないと、A4用紙ほどの端末の決定をタップする。
すると、カフェの従業員姿のアンドロイドが歩いてきて、丁寧に礼をする。
「コーヒーを一つ。エスプレッソで。あとハムのサンドイッチも」
そんな夢のない時代に、アキムは空港を訪れていた。
ムジナとの出会いから裏の世界へと沈んでいったアキムは、空港のカフェでエスプレッソとサンドイッチを頼み、つとめて静か、かつ冷静に、Iドロイドから浮かび上がった3Dホログラムを目にしている。
そこにはハッキングをかけた空港全ての監視カメラからの映像が事細かに表示されている。アキムはシュガースティックを一本混ぜるとエスプレッソを一口飲む。糖分とカフェインが脳を刺激し、これから行われる『犯罪』のための準備を整えた。
「ようやく来たか」
空港の入り口から、とある政治家が入ってきた。事前に調べた情報によれば、これから外交のためにアメリカへ飛ぶはずだ。
車やスケボーが飛ばなくても、飛行機は今までよりも速く、高く飛ぶ。
あの政治家も、ニューヨークのビルに二つの飛行機が突っ込んでから強化されたセキュリティを超えて、ファーストクラスで飛んでいくのだろう。
きっと良いフライトだろうが、おそらく冷や汗をかいて、動悸がとどまることなく激しくなる。それを満たす条件は、もう完了と言っても差し支えないほどに進行していた。
「ターゲットが多重セキュリティへ向かった。A1は行動を開始しろ」
A1 ~A5までのナンバーを付けた部下に所定の位置に待機してもらい、3Dホログラムをいじって命令する。
A1と名付けた部下が記者の格好をしてカメラとマイクを持ち、政治家へと近寄る。この後の外交について一言欲しいというだけの理由で、金属どころか違法なものは全て感知するセンサーへ着く前にインタビューを開始させた。
「つつがなく、問題なしか」
元々真面目かつ人当たりのいい政治家は、インタビューを受け入れてくれた。一言と言わずに何でも言わせてくれと表情を緩める政治家の反応は想定済みだ。
「A2も行動を開始しろ。A3は念のため、センサーの先で待機だ」
言葉では返ってこないが、それぞれが聞いたと知らせる合図をすると、インタビューを受けている政治家へ、A1が倒れそうになりながら近づくと、その身を受け止められた。
心配する政治家に、軽い貧血ですと答えさせておくと、準備は完全に完了した。
「それでは、アメリカを楽しんでください」
A1の声に手を振る政治家は、手荷物を預けると、センサーを潜る。きっと違法な物など何も持っていないと思っているのであろう政治家に対し、センサーは赤いランプを点灯させて、職員たちの視線が一斉に向く。
何かの間違いだと講義する政治家へ、空港職員がボディチェックをすると、スーツのポケットから違法ドラッグが出てきた。
狼狽する政治家は、こんな物に覚えはないと抗議するが、今の一連の流れを、A1はカメラに収めていた。それに気づくころにはハメられたのだと分かり、一旦A1の元へと戻る。
「いくらだ。いくら必要なんだ」
詐欺まがいなことにあったのだと頭痛を覚えていそうな政治家に、アキムの声がA1の持つIドロイドから流れる。弱みを握るのが目的だと。そちらへの配慮として、監視カメラは全てハッキングしてなにも記録していなく、空港職員は買収済み。あとは、こちらの指定する口座へ月に一度、破産しない程度に振り込んでくれたらいいと伝える。
政治化は舌打ちをしながらこちらの口座を確認すると、改めてセンサーを潜ってアメリカへと飛んでいった。
「手馴れるものだな」
丁度エスプレッソとサンドイッチを食べ終えたアキムは会計をすませると、ムジナへ問題ないと連絡した。これでまた一つ金の引き出しが増えたと、ムジナは笑っていた。
そんな笑い声を聞くのも、そろそろ二年目だ。芸能人、政治家、資産家、その他金を持っていそうな連中を陥れて、金に換える。アキムのギフテッドとしての頭脳が道を作り、ムジナの違法品がスキャンダルを起こさせる。入社して二年目だが、アキムは悪の道にすっかり染まっていた。