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共喰い

 東京、渋谷のビル街の一角。ヒルトと肩を並べられるほどの高級ホテルの一室に、アキムとニオ、そして武装したボディガードが三人ほど待機している。

 あの銃撃の際、アキムはつい、密輸などについて口にしてしまった。誤魔化すためにも、ムジナがテロ組織に買収され、密輸を強制させられていたと嘘を吐いた。

「んっ……んん」



 狙撃がニオではなくアキムに向けられていたものだと知られないように会話を誘導しておいたが、問題はまたしても山積みだ。

まずは、食道に張り付いた盗聴器を流すために、粘着性の強いガムをいくつも咀嚼すると、味が残ったまま飲み込んだ。作ったのはアキムなので、対策も用意してあったのだ。



「ライアードが二つに割れたね」

 ボディガードが守っている部屋の出入り口から入ると、ニオはテレビを見ていた。

「またしても襲撃にあったとか、副社長のアキムの姿が見えないだとか、好き放題言われているよ」

 そんなことは分かっている。ベッドに寝転んだアキムは、Iドロイドの画面を見ていた。てっとり早く情報を知るための手段として、SNSほど適したものはない。

今回の一件は、世界中からライアードの代表を集めていただけあって、またしてもトレンドの一位を飾った。そこには今回の銃撃事件に対し、様々なコメントが寄せられている。



「二回目の攻撃に意味はあるのかだとか、同席していたボクや各国のライアードの代表が目的だとか言われているけど、そっちはどうだい?」

「運がいいことに、お前と一緒に逃げる俺の映像が残っていた。そして、今回はテロ組織からの予告もない。こうなると、真っ先に疑われるのはムジナだな」

「案の定ってやつかな。丁度テレビにムジナが出ているよ」

 起き上がって見てみると、ライアードの本社で記者会見を開いているムジナは、表向きの笑顔で関与を否定している。しかし、あの銃撃を行なった狙撃銃やマシンガンは、警察の捜査で見つかり、指紋もライアードの社員から見つかった。



 これで、こちらからアクションを起こさなくても、ムジナは捕まる。されど、ムジナも裏社会で長年生きてきたサイコパス。ありったけの嘘と演技で、自分たちは被害者だと訴えている。

 だとしても、SNSの方でも、ムジナを攻める声が多い。二年前にニオを救ったのだから、そんなことはしないという少数派もいるが、擁護しきるのは無理があるだろう。



「で、君はこれからどうするんだい?」

「簡単なことだ。お前が前に出て、前回の襲撃の裏にムジナがいたと宣言するだけでいい。あの時は身の潔白を証明するためにニオを生かしたが、今回は殺しにきた。ムジナの密輸も、テロ組織とからめれば、どんな馬鹿でも分かるだろう。ムジナがフィクナー財団を殺そうとしていたことが」

「それでボクは、嘘をつかなきゃならないわけか」

「そうしなければ、お前たちフィクナー財団も中傷の的になるぞ。裏の取引を行うライアードを支援していた金持ちとして」



 反論は難しいようだ。ニオもベッドに寝転がる。テレビでは依然として、ムジナを含むライアードの幹部たちが弁明をしていた。

もう、そんなもの見る必要もないので、立ち上がり、テーブルのリモコンを手に取った時だった。目を疑ったのは。



「ライアードとテロ組織に繋がりはありません。しかし、私たちフィクナー財団を殺害しようと、とある社員が計画していたことは、本当のことです」

 ニオも、その澄んだ声にビクリと起き上がっていた。アキムに関しては、頭がフリーズしているのか、なにも口に出なかった。



「私、ルイス・フィクナーは、二年前の襲撃の際、私たちが狙われていると、桐生ムジナから連絡を受けていました。お父様もお母様も信じませんでしたが、私は信じました。とある嘘つきに騙されていましたから、真実だと見抜いたのです。あの爆発の際、私はライアードの桐生ムジナの部下に助けられ、二年間を隠れて暮らしていました。そこでライアードの表も裏も見てきました。だから言えます。桐生ムジナは、今回の襲撃に対し、無関係です」



 生きていた。ルイスが一人、生きていた。そして、ムジナの側についている。



「私は妹のニオ・フィクナーと会談を行い、今後の方針について検討します。明日には、その結果を報告します」

 フラッシュを浴びながら演説を終えたルイスは、引っ込んでいく。しかしこれで、ニオが仕切っていたフィクナー財団は、ルイスとの会談で、おそらく、ライアードとの提携は終わるか、形が変わる。少なくとも財団の半分はルイスの物となるため、ニオとしても、今まで通りとはならない。



「もうかかってこないと思っていた番号から、たった今電話が届いたよ」

 ニオは肩を落として、電話に応じた。相手はルイスだろう。この後の動きは、ルイスとニオにかかっている。ルイスがニオだけ生かされた理由を聞き、強行的な姿勢でフィクナー財団を率いるか、ニオがルイスとの関係を半々程度で済ませられるか。



 どちらにせよアキムは、二人の間に入れない。ライアード、フィクナー財団、ルイスとニオ、そしてアキムとムジナ。いつの間にか、ライアードの巣は半分が燃やされ、残った部分を取り合うことになる。だとするのなら、打開策は……一つか。

出方次第では、やりようはなくもない。そんな手を隠して、フィクナー財団の二人の動向を追うことになった。





 ボディガードにも話が行き届いていたのか、電話を終えたニオは、ルイスの元へと連れていかれた。アキムは、待たなければならない。最後の手段を使う時が来ないように、神など信じていないが祈るのみだ。



 そして、翌日の朝。まともに寝つけなかったアキムはシャワーを浴びて目を覚ますと、白いスーツに着替える。髪型もセットして、髭もそり、香水をかけておく。公の場所に出る可能性があるので、身だしなみは大事だ。



 とりあえず、会談と記者会見が行われるというライアードへ行く必要がある。冷静でいなければならないというのに、胸の鼓動は止まず、頭痛もしてきた。



 ああ、これが追い詰められるという感覚なのか。こんな時でも、ギフテッドの脳髄は、新たな発見と刺激に喜んでいた。嬉しいことではないというのに。



 と、準備が整ったのでタクシーを呼ぼうとIドロイドを起動した瞬間、着替えてそのままだった昨日までのスーツのズボンに、ベレッタがあった。ベルトに挟んで、いざという時のためにとっておいたのだ。



「弾は……入ったままか」

 八発の人を殺すためにある弾丸は、あの四日間から一度も使うことなく、アキムと共にあった。

 それを、今回ばかりは使うのだろうか。

 アキムは幾度も深呼吸をして、ベレッタを手にする。ずっしりと重い凶器は、命の重さなのだろうか。

 アキムは誰もいないホテルの一室で、ベレッタを両手で握った。動画で見た限りではこういう風だったと思い返しながら、ぶれないように肩の力を抜いて、銀座を一望できる窓目掛けてトリガーを引いた。当然マガジンは抜いてあるので、ガラスが割れて、下を歩く人へのシャワーにはならない。

 とにかく、使うかもしれない。ギチギチに絞めたベルトに固定すると、部屋を後にする。





 タクシーをネットで予約し、銀座のホテルからエリアナインを目指す。運転手は、動乱のエリアナインへ露骨に行きたそうではなかったが、それも仕事だ。



 こうして改めて流れていく街並みを見ていれば、エリアナインに近づくにつれ、徐々に比喩ではなく、薄暗くなってくる。かつての高層ビルやマンションのなれの果てが日を遮り、ライアードが追い出したせいで、入り口からホームレスたちが段ボールを布団に眠っている。



 汚らしい街。その名前が一番合うであろうエリアナインを進むこと十分ほど、人通りもないので、ライアードには早く着けた。



 クレジットカードで決済を済ませると、襟を整えてライアードへ歩み寄る。肥大化したライアードには、多くのメディアが駆けつけて来ていた。日本のテレビ局だけではなく、他国からもキャスターとカメラマンも見られる。



 やがて、彼らがアキムを見つけると、禿鷹の様に迫ってきた。

 どうか一言、とマイクを向けられながら、無視して本社のセキュリティを解除する。自動ドアが開いて、接客用のアンドロイドが頭を下げる。



「ムジナ……社長はどこにいる」

 存じ上げません。アンドロイドは何億テラバイトもある情報領域からムジナを探すも、見つからない。



 そうなると、いるのはあそこしかないだろう。



 ゴッホが書いたような、奇妙な壁を伝って歩いていると、外から沢山の声が聞こえた。

ルイスやニオの名前が聞こえてくるあたり、二人とも、ここで話し合いをして、ここで発表するのだろう。今後の方針を。



どうなるのか、アキムでもわからない。

ニオはこちらの味方だが、ルイスが命を狙われ、姿を隠していたということは、こちらにとっては厄介だ。ニオが、こちらにとって良くない判断を下すかもしれない。

だから、ムジナと正面から話をするのだ。ニオがどう転ぼうと、ライアード――いや、自分にとって、有利な展開になるように。



床のタイルを一枚取り、パスワードを入力する。開いた壁の先で、指紋認証と社員証のバーコードを読み込ませ、エレベーターが開く。地獄の底まで連れて行かれそうなエレベーターに入ると、腰に仕込んであるベレッタを確認した。

最悪の場合、撃ち合いになるのだから。たった八発でも、一つ当たればいいのだ。それだけで、人間は動けなくなる。



地獄へ続くエレベーターは、やけに長く感じた。緊張と興奮。その二つが、体感時間を長くしている。

しかし、いつかは下に着く。初めて人を殺した、違法薬物と銃器に塗れた地下室に。



「まさか来るとはな」

 同じだ。薬中たちが犬の様に違法品を積んだり降ろしたりしている体育館ほどの地下室の真ん中、ムジナは木箱に腰かけていた。

「ルイスが生きていたのには、驚いたろ?」

「なぜ、生かしていた。なぜ、黙っていた」

 いつもと変わらないトーンでの会話は、ムジナの笑い声も混じって、これまでの事が全て悪い冗談だとも思えた。

 しかし、現実はそうはいかない。二人の間には、火花が散っていた。



「生かしていた理由と騙していた理由だが、まとめて言うんなら、ほら、あれだ、あれあれ……そう! テメェがいたからだ!」

「俺が、いたから?」

 なにを言いたいのか、さっぱりわからない。そんな様子を、ムジナは笑い転げて見ている。

「ここは、テメェが俺の仲間になった場所だ! だから教えてやるよ」

 木箱から立ち上がり、ダンスでもするかのようにクルクルと回りだした。まるで、本当のピエロの様に。



「ああ、その目だよ。その青い目ん玉が映している、本当のテメェのために、ルイスを生かしておいた」

「話が見えないぞ。俺の目を見て、ルイスを生かした? もっと具体的な理由を言え。言わないのなら……」

 腰からベレッタを取り出して、ムジナへ向ける。不思議と冷静で、動悸も元に戻った。照準も狂いはなく、体の中心目掛けて、銃身は伸びている。



「ああ、それだそれ、その目だ。人殺しをなんとも思わねぇ、『狂気』。初めてテメェが殺した、なんとかって男の時もその目だった。一切の迷いがない、純粋な狂気。そいつが、いつか俺に向けられるのは、最初から警戒していたんだぜ?」



 だが、脅威になるからと殺すには惜しいほどの天才。ムジナはアキムと過ごす年月の中で、黙らせる手段を探していた。

それが、ルイスなのだ。



「だが、俺も馬鹿になっちまったな。二年間、なんの不自由もなく養ってきたルイスを表に出せば、引っ込むと思っていたが、まさか乗り込んできて銃を向けるとはな」

 まったくお笑いだ。ムジナは笑い転げながらも、よくやったと拍手を始めた。



「俺を超える狂気と、俺じゃ勝負にならねぇ頭。そんなテメェに、これからは従わなきゃいけねぇのか? 当然御免だぜ」

 ムジナはスーツの胸ポケットへと手を入れた。銃を取り出すかもと警戒したが、取り出したのは、リモコンだった。テレビに使う物と遜色ない、ただのリモコン。

 それを、木箱や段ボールが置かれていない壁に向けると、映像が映った。

 そこには、ニオとルイスがライアードの前で並んで、記者会見を開いていた。



「俺は一連の流れってやつをピアスに仕込んだ盗聴器で聞いていたが、お前はフィクナー財団のこれからと、奴らの暴露を聞いて、どうする?」

 不敵に笑うムジナから壁に映る記者会見に視線を向ければ、ニオは俯き、ライアードとの提携を切ることが発表されていた。同時に、ルイスはムジナから貰った資料だと、映像を映すように口にした。



「なっ!」

「驚いたか? 驚いたよな?」

 なにも言えない。映し出された映像には、かつてアキムとムジナが関わってきた違法品の取引の映像が流れていたのだから。



「言ったろ? テメェがいつ、俺に狂気を向けるか、警戒していたってな。そのために隠し撮りさせた映像をルイスに渡した。それだけの事だ」

 馬鹿げている……こんなことをすれば、ライアードが世間から咎められる程度では済まない。違法品の密輸に関わったことで、ムジナも含めて警察に捕まることになる。



「お前は……お前は!」

 怒りのあまり、ベレッタの照準を合わせる。

「分かっているのか! 俺どころか、お前も、ライアードそのものもなくなるんだぞ!」

「ああそうさ、その通りだ。結局のところ、頭のおかしいフテッドもサイコパスも、法律には勝てねぇ。映像もまだたっぷりあるからな。警察に捕まれば、十年以上出てこれねぇかもな」



 それだけ分かっていて、なぜ。アキムには動揺と緊張が蘇り、これから、この身に降りかかる法律違反という重荷が、未来を真っ暗にした。

 力なく膝を付くと、ベレッタを握っていた手も放してしまった。

 どうすればいい? どうすれば、捕まることなく、いつもの暮らしに戻せる?  

 ――ない。そんな都合のいい手はない。これからずっと、独房で暮らすのだ。



 だというのに、ムジナは笑っていた。いつもの様に、狂ったように笑い転げていた。



「前によぉ、言ったよな? 俺は俺の命に興味がねぇって。だけどよぉ、警察に捕まって、何年も退屈な人生を送るのは御免だぜ? 出てきても、ライアードはないしな。だから、もう終わらせることにした」

 ムジナは突然、サベージを取り出すと、アキムにではなく、天井へと全弾放った。それが合図だったのか、身を潜めていた薬中たちは、木箱や段ボールを開けると、そこら中にばら撒いた。



「最後のパーティーだ! 好きなだけ吸え!」

ムジナの笑い声と比例するように、体育館ほどの地下室が、白い粉で溢れていく。

 アキムは咄嗟に口元を塞ぐが、ムジナは降り注ぐ薬物に酔っていた。たしか、狂気が薄れるとかで、吸わないはずだったが……。



「なぁ、アキム。どうせ俺たちは地獄行きだ。だから、あっちでも仲良くしようぜ?」

 濃霧の様に辺りを包み込んだ薬物の中で、ムジナはなにかを手にしている。照明の光を浴びて金色に光ったそれは、ムジナ愛用のジッポーだった。

 そう、ムジナはタバコを吸うためにジッポーで火をつけるのだ。この濃霧の中で……



「やめろ!」

「やめねぇよ」

 躊躇なく着火したジッポーの灯りを目にする前に、全力でエレベーターへと走った。背後では、ヒヒハハと笑い続けるムジナがいて、辺りは白い粉が舞っており、その手には火のついたジッポーがある。



 そこから導き出される答え簡単だ。



 粉塵爆発。ムジナは退屈な未来より、自分の命を捨てることを選んだ。

 アキムはエレベーターに入ると、必死に扉を閉めるように液晶をタップする。笑い声が途切れ、エレベーターは昇り始めた。だが、遅かった。

 地下からの粉塵爆発は、なんとか一階に届いたアキムへエレベーターを出る前に、衝撃と炎が襲い掛かった。アキムは体がバラバラになる感覚を覚えながら、エレベーターの外に投げ出される。意識など、とっくに手放して。


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