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敵対するレールを歩くことのない二人

 激流のような時間が流れた。新しいクライアントの需要に合わせたアンドロイド開発がその第一だろう。

 他の一般アンドロイド製造会社で造るには設備も不足しており、なによりアキム自信の意思が反映させづらい。

よって、ライアード本社にアンドロイド製造設備を設けることとなった。幸い、ライアード本社があるエリアナインは、他の企業やまともな住民もいないので、工事は捗った。



ホームレスたちを追いやって、崩れかけた建物を排除して、エリアナインは徐々に、ライアードのためにある土地となった。

 まるで大学病院の様に連なる建物は、元々あった本社を中心に建てられている。アンドロイドを製造する工場と、ここを住処とする社員のための寮。コンテナターミナルと波止場に隣接する流通所と、表向きの客が出入りし、内部での事務作業の行なわれる建物。いくつもの駐車場に、アンドロイドの起動実験が行なわれる密閉されたドーム状の施設。



他にも連なるライアード本社は、その全てが、アリの巣のように入り組んだ立体的な通路で繋がっている。

 そんな、ライアードの真ん中。アリの巣ならば女王がいるだろう元々の本社。その中にアキムやムジナの自室がある。



テロ組織に攻撃されたという事態を重く受けているように思わせるため、入るだけでもパスワードと社員証は必要になった。防弾、爆破対策のために、戦闘向けのアンドロイドが見張りを行なっている。



秘密の地下室への入り口は、依然としてそのままだが、見つかることはないだろう。

とにかく、ルイスたちを殺してから二年間で巨大化したライアード本社は、海外に設けた支店を含めれば、世界的な企業だと胸を張って宣言できる。それだけ、アキムは働いたのだ。



いい加減に年月も流れたので、死んだことになっているということも気にしなくなった。今や斎賀アキムとして、ライアードの副社長という立ち位置にいる。

それと、この二年で表向きの社交場へと繰り出すようにもなった。

アキムは金持ちたちからも覚えが良く、新しいつながりが社交場に行けば得られる。

ギフテッドであることは隠しているが、金持ちたちはアキムの才能を見抜き、頭の回るアドバイザーとして接している。

時には副社長の椅子から立ち上がり、アキム自身が派遣されることもある。最も仕事内容は、会社の経営回復や売り上げを伸ばすための、アンドロイドではできない仕事だ。



別の会社で行う手伝いは、仕事として送られてきた会社の意向や社員、経済情報などへのアドバイスが主だろうか。

アキムにとって、それらは知らない会社や知らない業務を知ることのできる絶好の機会だった。



そうして稼いで、とにかく金をあの手この手でかき集め、殺風景だった自室には、十台のデスクトップパソコンが、適当な台の上に置かれている。

画面に表示されている情報は、株や各国にある支店を映し出しており、アキムの机には、ニオとの話し合いの際に使うノートパソコンが一台と、十台のワイヤレスマウス、それとコーヒーメーカーが所狭しにならんでいる。



「それじゃ、明日には各国にあるライアードの支店との会談があるからね」

「分かった。場所は以前、聞いた時と同じか? 念のための、防衛手段もどうなっている」

「同じだよ。会談の行われる銀座の高層ビルには、軍事用のアンドロイドが、二十台は用意してあるから。まあ、ボクらは仮にもテロ組織に狙われたっていうことになっているからね。そっちで言う、ヤクザだっけ? アメリカにいるマフィアと似たような人々に大金を支払って、人の目でも監視をしてもらっているかな」

「了解した」



 アキムは一言で通話を切ると、衣装棚から白いスーツを取り出す。人の印象は外見が一番に左右されるので、クリーニングから帰ってきたスーツに香水を吹きかけておく。主張が強くない香りは、近くを通り過ぎれば、思わず振り返ってしまいそうな微々たるものだ。

 そんな時、自室の扉が開かれる。そこには、どこか目つきが鋭いムジナがいた。



「今の通話の相手は、ニオか?」

「そうだが、それがどうした」

 アキムも淡白な返答をするだけで、ノックをしろや、仕事が上手くいっただとかは問いかけない。

 ただ、機嫌が悪そうなムジナはソファーに深く座ると、アキムを睨んだ。アキムも、ムジナの敵意に答えるように、横目で視界に捉える。

 なぜ、こんな居心地の悪い関係になってしまったのか。理由は明白だ。今や、ライアードはアキムが動かしており、表向きの社員の間では、社長になるべきだとも声が上がっている。ムジナの機嫌が悪くなって当然だ。

 アキムも、とある理由から、ムジナに対して敵意や怒りの類ではなく、もっと別の感情を抱いていた。



「何か用があってきたんじゃないのか」

「……俺は、ただのサイコパスだ。ギフテッド――テメェの頭にはついていけねぇからな。それが気に食わねぇだけだ」

「気に食わなくても、利益は、俺がこっちの世界に来てから数十倍に膨れ上がっただろ。お前が社長室でふんぞりかえっていても設けられるようにした。だから、そんな風に睨むな」

 ムジナは、言い返さない。マルボロも灰皿に捨てると、右手の人差し指を立てた。



「一つだけ、テメェが知らないことがある。テメェにもフィクナー財団にも、とてつもく悪いことがな。だがな、できることなら知られたくねぇ。お前たちが知るのは――いや、なんでもねぇ」

 ただその後、一つだけ警告しておくとムジナは部屋を出ながら振り返った。

「俺は命に、執着がない」

 なんのことなのか。アキムはさっぱりだったが、ムジナも警戒しているようだ。サイコパスとして、過敏に反応して分かってしまうから、こちらの思惑も、どことなく気付いているのかもしれない。

「やられる前に、やるか……」

 そんな考えが脳裏に浮かぶ。この世界に迎え入れてくれたムジナへの、とある思い。それに感づいているのなら、急がなければならない。明日の会談が終われば、ニオと相談することになるだろう。





 ライアード本社に、G7各国と一部の発展途上国に設立したライアードの支店から、代表が集まってくる。当然ニオも同席し、中央にある本社の会議室へと連れていった。前日にアンドロイドへ掃除させたので、埃一つないだろう。



 ――二年前までは、掃除なんかは薬中共にやらせていたな。こんな場面でも、ムジナが対応していた。



「アキム?」

 見上げてくるニオの言葉で我に返ると、小奇麗な会議室には、各国の代表が席に着いている。ニオもアキムの隣に座り、早く座るように促した。

「失礼、あまり寝ていないので」

 いつ開けたのか忘れたペットボトルの水を飲みこむと、一息つく。

ここでは、あくまで副社長であり、各国に支店を置いた張本人だ。長机に並ぶ様々な色の髪や肌の色をした、ライアードの社員に弁明しつつ、これからについての会議は始まった。





 三時間にも及んだ会議が終わると、アンドロイドたちが外へ連れ出した。彼らには、工事のついでに造らせたリゾートホテルに泊まってもらい、明日には帰国する。

 ニオもそちらへと向かいそうになったが、アキムが止めた。少し重要な話があると、真剣な面持ちで。



 蟻の巣の様なライアード本社の中を迷うことなく歩けば、アキムの自室にニオを招き入れる。ニオの方はなにか問題かと肩の力が抜けていなかったが、それはこの後に行われる話し合いに相応しい姿勢だった。



「まず、これを見てくれ」

 A4容姿ほどの端末に、この二年間での売り上げが、青い線で表示されている。行ってきた行動のすべてが上手くいったわけではないので、所々落ちている個所もあるが、ざっと見る限りでは、大きく右肩上がりだ。



「この売り上げは、表向き。つまりは、アンドロイドや才能にあふれる社員を派遣させたことによるものだ」

「エリアナインだからって馬鹿にしていた連中は、今頃、もっと早くに近づくべきだったと嘆いているだろうね」

「先見の明がある金持ちの知識人はとっくに集めた。それで、今の画面に、裏の取引での利益を反映させる」

 赤い線で描かれた一筋の売り上げは、徐々に落ち込みを見せている。ここ半年では、なんとか黒字を保っているが、赤字に変わるのは時間の問題だろう。

「なるほどね。それで? 君はどうしたいのかな?」

 答えは、決まっている。それを口に出そうとしてから、念のために改造したIドロイドのスキャンを、この部屋にかける。結果、監視カメラも、盗聴器もなかった。

 安堵してため息を吐くと、そんな重要なことなのか、と、ニオは緊張していた。



「ああ、重要だ。例えるなら地雷の撤去だな。やらなくてはならないが、下手をすれば、死んでも文句を言えない。それくらいには重要だ」

「いったい、なにを考えているんだい?」

 固唾を飲んだニオへ、アキムは確かに伝えた。「ライアードからムジナを追い出す」と。



「フィクナー財団を吹き飛ばしてから二年、ライアードはお前の出資もあって、世界的な企業に成長した。日本という、未だにハンコや現金払いが根付いている古い国から、キャッシュレスで経済を回し、サインで取引を済ませる世界にな。そこに、ムジナの居場所は、もうない」



 ニオは押し黙ったまま、難しい表情を浮かべている。無理もない。ムジナは正真正銘のサイコパスであり、クビにしたら、どんな報復が待っているか、予想もつかない。なので、背中を押すことにした。



「ムジナが取り仕切っている、裏の連中への密輸取引。これは確かに売り上げに貢献している。だが、二年前の時点で、日本政府はライアードが裏の取引に関与していると気付いていた。あれから厳重に取引を進めてきたらしいが、俺のアドバイスなしでは、どれもうまくいかなかった。それに、一度疑われたのなら、誰かが今でも、ライアードの裏の顔を引っ張り出そうと画策しているかもしれない。その、どこかの誰かが目にすれば、ライアードそのもの、ひいてはフィクナー財団へも飛び火がかかるだろう。だから――」

 『桐生ムジナを殺してくれ』アキムは二年前に、ニオから頼まれたことを、名前だけ変えて、そっくりそのまま返した。



「毒を盛ろうが、殺し屋に依頼しようが、なんでもいい。ムジナは、危険だ」

「……それは、本心かい?」

 迷うことはなかった。ここまで成長したアキムの実験室を、ムジナのせいで台無しにはしてほしくない。

 常人なら、人殺し、それも恩師でもある相手を殺すなど考えもしないだろう。だが、アキムは、自分をソシオパスだと規定している。

 だから、首を縦に振った。ニオは難しい顔のまま、分かったとだけ告げると、立ち上がり部屋を出ようとした時だった。社内アナウンスから、ムジナの声が聞こえたのは。



「ヒヒヒ、ハハハハハ! ばっちり聞こえたぜ! テメェらの……斎賀アキムの計画ってやつをよぉ!」

 馬鹿な。アキムは立ち上がると、もう一度、部屋の中にスキャンをかけた。結果は、どこにも盗聴器はない。

 なら、どうして……?



「分からねぇよな、天才君よぉ! テメェが作った盗聴器が、テメェに牙をむくなんてなぁ!」

 アキムの作った、盗聴器。そう聞いて、アキムはスキャンを体にかけた。案の定、首の中にある食道から、微弱な電波が発せられていた。

 一本とられた。そう気づくころにはもう遅く、部屋の窓がバラバラに砕けた。発砲音も聞こえたので、この部屋は狙撃されている。

 足元に着弾した弾丸に冷や汗を流しつつ、ニオにボディガードを呼ぶように叫んだ。

「もう呼んでるよ! とにかく、窓から離れて!」

 二発目、三発目と鉛玉が部屋の中に撃ちこまれるが、こちらに当たる気配はない。今狙撃しているのは、プロの殺し屋ではなく、数少ないムジナについた、ライアードの職員だろう。



 机の陰に隠れて、ニオという金持ちを守るためのボディガートが最新鋭のアサルトライフルと防弾チョッキを着て部屋を蹴破れば、まずはニオの安全を確認する。次の瞬間には、もう一発撃たれたため、五名のボディガードはアキムの手を取って部屋を出た。



 これで一安心、とはいかないのが、ムジナの怖いところだ。



「あの狙撃を指揮しているのは、ライアードの社長ムジナだ。あいつは、違法品の取引で、古いが銃器を大量に抱え込んでいる。あいつに従う部下も、まだ相当いる」

 だから、警戒を解かずにライアードを脱出する必要がある。ニオのボディガードはアサルトライフルを構えながら、アリの巣――ムジナの巣をひたすらに進む。途中、何度も窓越しに銃弾の雨が降り、その度に身を呈して守られる。そうして、どうにか外の駐車場までたどり着いた。



「あれは……不味い」

 ライアードの中から、薬中たちがヨタヨタと歩いてくる。十中八九、体はダイナマイトのドレスを着込んでいるだろう。威嚇射撃などをして、もし当たったら、この場は吹き飛ぶ。その旨を伝えれば、スモークグレネードを投げて、視界を封じた。



「こちらです! 急いでください!」

 煙の中、ボディガードに守られながら走る。駐車場には、大統領でも乗っているのではないかと思えるほどの分厚いドアに守られた黒塗りの車が三台駐車されており、中へ飛びこむ。



 ――こうやって、ルイスたちを殺した。だとしたら、次に打ってくる手は決まっている。



「エリアナインの中央は抜けるな。海岸線沿いに車を走らせろ」

 でなければ、爆死する。ボディガードが遠回りだと反論しても、譲るつもりはなかった。

 ライアードがいくら大きくなろうとも、エリアナインのホームレスはいくらでも残っている。しかし海岸線ならば、寄りかかる建物もない。

「ボクたち、大丈夫かな……」

 ニオの心配する声に、どうにかなると、なんとか口にした。あまりにも大きな危惧していることがあるので、断言はできないが。

 二人を乗せた車は、エリアナインの海岸線沿いを駆け抜けていった。


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