ムジナの迷い
『人材派遣会社ライアード、テログループの標的に』
『狙いはフィクナー財団か。真相は闇の中へ』
『ライアード社長、桐生ムジナ。命がけでフィクナー財団の令嬢、ニオ・フィクナーを救う』
『フィクナー財団、イクセルとの提携を破棄。ライアードへ出資か』
ルイスたちを殺した後、一週間のニュースのトップやSNSのトレンド一位は、このような記事で溢れていた。一連の流れが終わったあと、一時は疑われたライアードも、ニオ自身と、そのボディガードたちの証言と映像により称賛を浴びた。
同時に、フィクナー財団はイクセルとの提携をとり止め、ライアードと繋がりができた。表向きは、代表がニオに変わったことによる変化と、命の恩人であるムジナへの恩返しという形になったが、これも全て計画の内だ。
しばらくは、一気に増大した資金を操って商いをするため、激務が続くが、嬉しい悲鳴というやつだ。
アキムは椅子と机くらいしかない殺風景な自室で、ニオと通話していた。
「そっちで用意できた土地と資金、それから人材のデータを国ごとに頼む」
「オーケー。まずはアメリカとイギリスあたりかな。他に支店を起きたい国はあるかい?」
「G7各国には配置するとして、朝鮮にも置く必要がある。あの狂った北朝鮮には一銭も出すな」
提携を結べたので堂々とノートパソコン越しに今後についてのやり取りができるようになった。政府から怪しまれていたムジナの潔白も証明されたので、好き放題できる。
「あと、そっちのネットワークでメンサに属するIQを持った人をかき集めてくれ。それと、運動能力に秀でている奴もだ。歳は両方とも三十五歳未満」
「IQはともかく、なんで年まで指定するんだい? 人生経験があっていいじゃないか」
「歳をとれば、誰しも頭が固くなる。そういう連中は操りにくいからな。社会のせいで燻っている若者が必要だ」
「君だって、まだ二十四だろう?」
「ついこの前、二十五になったよ」
それはおめでとう。ニオは画面越しにそれだけ言うと、こちらの要望に応える人材を探すために、通話を切った。
ああ、楽しい。実に楽しい。アキムは、ライアードにある自室で、現状を非常に楽しんでいた。
社会的弱者を虐げ、頭か身体能力に才能のある者を探し出し、ありったけの金で援助する。その際に、フィクナー財団とライアードの支援であることを明確に表しておき、いつか、どちらかにリターンが来るように操る。
それだけじゃない。海外に繋がることができたので、今までやってみたかったが実現は夢の様に遠かったプロジェクトも可能だ。
ライアードそのものも、元の移民たちへの受け皿としての人材派遣会社から、エリートを集める方向へと変えていく。
いつかは東大や京大を出たような努力と才能の塊を集めて、アンドロイドへの行動パターンの入力も行う。やがてはライアード性のアンドロイドも生成し、どんな危険地帯だろうが、どんな精密な作業が願われるような場所へも派遣する
ニオに集めてもらったIQのある他国の者たちには、その国で造られたライアードの子会社で働いてもらう。運動神経が高い者には、昨今注目されている、子供たちの運動不足を解決するために働いてもらう。無論、ライアードからの派遣という形で。
「ずいぶん楽しそうじゃねぇか」
鼻歌混じりに、ニオから送られてきたデータに目を通していたアキムの自室へ、ムジナがノックもせずに入ってきた。
「テメェが選んだ外国のマフィアに、薬の売り付けには成功した。日本のヤクザにも、白い粉がミカン箱にでも詰まって届いているだろうよ」
「そうか。売り上げは順調か?」
ボチボチだな。ムジナはどことなく普段と違う口調で経過を報告すると、会談用のソファーに腰かけた。金のジッポーでマルボロに火をつけ、一服している。
「最近、テメェは吸ってねーな。タバコ」
「忙しいからな。タバコを吹かしている時間があれば、今後について行動するか、寝て体力を回復するかだ」
机の中には、開けっ放しのセブンスターが入っているはずだが、もうずっと吸っていない。銀のジッポーも、オイルが切れているかもしれない。
そんなことに気を使えない程、時間に追われているのだ。アキムにとっては、好奇心が満たされ続ける至福の時でしかないが、ムジナはつまらなさそうに、マルボロを灰皿に投げ捨てた。
「なぁ、俺とテメェの世界は、同じか?」
突然、ムジナがらしくない哲学的なことを言い出した。アキムはノートパソコンから視線を移せば、ムジナはため息を付いている。
「なにが気に食わないのか知らないが、千差万別という言葉があるだろう。人間も、いればいるだけ、違う世界が広がっているだろうな」
「そういう意味じゃねぇよ」
ムジナは二本目のマルボロを咥えた。アキムは部屋がタバコ臭くならないようにと、無意識にIドロイドから換気扇をONにした。
「今みたいなところだな。俺が言いてぇのは」
「もったいぶらずに、言えよ。何か気にくわないんだろ?」
「そうだなぁ……なんか、ここが俺の居場所じゃなくなったみたいでな」
「居場所? そんなものはここ以外にないだろう。ライアードの社長はお前だ。いつかは海外のお偉方とも会ってもらうかもしれない。それにこれからは、金も人脈も、今までの数倍――いや、数十倍に跳ね上がる。そんな大企業の社長は、不満なのか?」
ムジナは、答えない。ただタバコを吸っては、背もたれに寄りかかった。
「俺のライアードは、あくまで裏の取引で利益を得ていた。表向きなんて形だけで、薬中共に仕事を任せて、裏の人間に違法品を売りつけてきた。それが、今やどうだ。まともな人材派遣会社になっちまった」
「それでも、裏の取引でこそ増える人脈もある。そこから枝分かれする利益もある。それを使って、社会にライアードを浸透させていったじゃないか」
「ああ、今まではな」
ムジナは二本目のマルボロも灰皿へ投げると、深くため息を付いた。
「テメェには感謝してるぜ? ここ最近食える食い物も美味いし、タバコも値段を気にしなくてよくなった。ただな、俺にはわかるんだよ。サイコパスだから、相手がなにを考えているのか、ある程度はつかめる。これから先に考えるであろうこともな。そこら辺を利用して、今まで食ってきたわけだから、間違うはずはねぇ」
だから分かる。ムジナは寄りかかっていたソファーからアキムへ視線を向けると、珍しく、本当に珍しく、哀愁を感じた。
「かわらねぇ物なんてない。人も社会も世界も。ただ、変わってほしくなかった物ならいくらでもあった。それが変わりつつあるのが、どうにも寂しいようでな」
普段のムジナではない。あんな深い言葉も、あんな表情も、もうそろそろ三年の付き合いになるが、見たことも聞いたこともなかった。
「おかしいだろ? 俺は医者からサイコパスだって診断されたってのに、そこら辺の石っころみてぇに悲しんでいやがる。なぁ、てめぇならどうする? 自分が自分でなくなったら」
自分が自分でなくなる。アキムは、そんなこと考えたことすらなかった。
善意と思いやりを押し付けてくる社会に押しつぶされている子供の頃も、ギフテッドからすれば退屈でしかない大学の講義を聴いている時も、アキムはアキムだった――いや、ちょっと待て。この性格や口調、生き方は元々あったものか?
記憶のネットワークに検索をかければ、本当の自分と隠していた自分の二つが思い出される。
そう、自分が自分でなくなる――この裏社会に入る前、初めて殺した斉藤に追いかけ回されている時に浮かんできた、冷たい自分。ずっと前からあった、氷の様な人格。今やそれがアキム自身となっており、不満はない。
そしてムジナの言う様な自分が自分でなかった頃――かつての社会で生きていた、というよりも一般人を演じていた頃の自分は偽物だ。だが、今の自分も、どこか演じている。 心の底にいる本当の自分と、表面に出てくる、演じている自分。どうしても演じてしまうのなら、その境目が重要なのだ。
なら、答えは決まっている。
「今までの自分を思い出して、それを本気で役者かなにかみたいに真似てみる。お前なら、地下室で薬中共を相手に、笑っていればいいんじゃないか」
ヒヒハハと、狂った笑い声をあげて転がりまわるムジナの姿は何度も見てきた。サイコパスだからそうなのだと思っていたが、それだけじゃないはずだ。
ムジナはムジナだから、ああいう風に笑っていた。三年の付き合いにして、この世界に迎え入れてくれたムジナにそう言うも、ちょっと違うと頭を振っていた。
「変わってほしくねぇのは俺だけじゃねぇ。俺が作ったこのライアードも、俺が見つけた人脈も、変わってほしくねぇ。だが、変わろうとしていやがる。サイコパスとして見ているから分かる。分かっちまう。これからの未来も、俺がやろうとしていることも――テメェがやろうとしていることも」
なにが言いたいのか、ハッキリ分からない。なにかをしようとしているというのは理解できても、なにをするのか見当もつかない。
それに、アキムがこの先何をするのかすら分かっているだと? それは思い上がりだと言ってやりたかったが、しょぼくれているムジナには口が開かなかった。
「らしくなさすぎる。お前は狂ったように笑って、誰も考えつかないことをすればいいだろ。裏の取引も、そのために必要な物も、言ってくれれば俺が用意する。だから、しっかりしてくれ、社長」
社長。ムジナはボソボソとそこだけ反芻し始めた。それはやがて、ムジナの口角を上げていき、躁鬱の様に、いきなり笑い出した。
「ああ、そうだな、俺は社長だったな。そしてテメェは社員だ。意外と簡単なことだったのかもしれねぇ。気づくのに遅れたのは、俺の頭がテメェほどよくないからだろうな」
ムジナは立ち上がると、部屋を出ていく。ある意味いつものムジナに戻ったように見えたが、なにか引っかかる。
そうしていると、ニオからデータが送られてくる。それを処理している内に、ムジナのことは記憶の彼方へ消えていった。




