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ルイスの涙

 アナログな監視道具と狙撃銃を含む銃器を段ボールに詰めて、運送会社を装ったライアードの社員が乗ってきたトラックに運ばせてから、一旦エリアナインのライアードまで戻る。

話し合いの前に、ムジナが犬と同類に見ている薬中共を地下に押し込めて、黒いスーツにサングラスをかけた、薬には手を出していない幹部どもに、外へ出さないこともだが、薬をやらせすぎないように指示しておく。



初めてこの地下に来た時は、壊れたエレベーターを下っていったが、今は青い海と空が混ざり合うゴッホの絵の様な通路の壁、その一部が開く形で、最新鋭のエレベーターが待っている。

壁を開けるには、床を覆う白いタイルを一枚取った先にある液晶に、パスワードを入力しなければならない。入力すれば、今度は指紋認証、それから社員証に記されたバーコードを読み取って、ようやくエレベーターは開く。

ムジナの命令で、違法薬物と銃器は全て地下に置いておくことになり、薬中たちがムジナのくれるエサ――薬物を求めて、必死に運んでいた。



表向きの人材派遣会社の方も、小奇麗な男性型アンドロイドを新しく用意し、接客のデータと、視察に訪れた際の行動パターンを何十個も用意してインストールさせる。

今や、なにをするにもアンドロイドがやってくれるので、人間は指示だけをやればいい。ただ、どうしても見た物や聴いたことをデータとして記憶領域に保存される。

そして、アンドロイドは人間の要望に応えるため、常にネットと繋がっている。オフラインにもできるが、記録されたもの――違法薬物や銃器、薬中や地下室が、どんなハプニングで人の耳やネットの海に流れ出るのか知れたことではない。



なので、アンドロイドは表向きのデータしかインストールされていない。そういう措置はアキムが取り仕切っていた。実質、ライアードはアキムの頭脳により、人材よりも要望に適した改造アンドロイドを提供する会社へと変わりつつある。



それだけでも十分な利益を得ているが、やはり金のあるところ、つまりは政治家や芸能人のスキャンダルを掴んでおくのも、立派な収入になっている。

 表と裏。コインの如く簡単には分けられないが、ライアードは両面で利益を得ている。いつかは、完全に表と裏を分けて、別の子会社を作ってもいいかもしれない。そのためにも、エリアナインを千葉県に戻すわけにはいかない。



 とにかくバタバタと指示を出したり隠したりしているうちに、ムジナを交えたクルーザーでの会談は明日に迫っていた。ムジナはサイコパスとしての才能をふんだんに使い、コインの裏が見えないように、部下と薬中とアンドロイドに指示を出しながら、会談での会話のパターンを模索していた。



そんなムジナとは違い、アキムはやることが少ない。ルイスと鉢合わせた時の対応は、「人違いです」の一言で周りは納得する。それでも、あれやこれやと追求してくるだろうから、クルーザーのデッキで騙していたと正直に言うつもりだ。目的までは言わないが、流石に納得するだろう。



視察の決まったエリアナインに本社を置くライアードが、事前に友好的な関係を築く為に、アキムという社員を向かわせた。それがメニーピープルでの怒りでご破算となった。おそらく、そう思う。四日間だが、ルイスの情報をありったけ集めて、気を抜かずに接していたので、どんな人間にカテゴライズされるかは簡単にできた。



あの手のタイプは、裏の裏、つまりはライアードの社員として友好的……ではなく、盗聴器まで仕掛けて、優位な立場に立とうとしているところまでは読めない。そんな発想のできる頭ではないだろう。所詮は金持ちのボンボンだ。



 だが、問題はある。双子の妹、ニオ・フィクナーについてだ。ツイッター等のSNSを徹底的に探してみたが、顔の映る画像こそあるが、ルイスの様に趣味などのデータが出てこない。フィクナー財団の一員としてコメントしている場面がいくつか見つかったが、なんというか、非常に淡白としている。慈善活動に対し消極的なのか、財団の娘として視察に訪れるのも数少ない。ここ数年では一度もない。



 だというのに、こんな日本のスラムもどきにはやってきた。何か裏がある。ライアードの様に、ニオ・フィクナーにも裏がある。Iドロイドに映る金髪のボブカット姿のニオを見て、アキムは確信していた。一波乱あると。

 とにかく、ギリギリまで調べよう。ノートパソコンから海外を経由してハッキングをかけて、フィクナー財団の訪れた場所での行動から、ニオ・フィクナーの真意を探る。あとアキムがこなす仕事は、ムジナの用意した新品のスーツの中からどれを選ぶかくらいだ。





 この先に待つ見通しのきかない状況を表すかの如く、会談の当日は鈍色の空が広がっている。予報では雪が降るとも言われた寒い冬の海を、一隻の大型クルーザーは波をかき分けて進む。

白い船体に青い線が走るクルーザーの内部は、総理大臣をはじめとした、政治家や資産家で溢れている。金持ちたちが不自由しないよう、柔らかな照明に照らされる、品のあるパーティー会場と化した船内はテーブルで溢れており、そこらかしこで酒が振る舞われていた。



最新型のアンドロイドも大忙しな程に人がいるので、総理とフィクナー財団、それとムジナを交えた会談は、彼らにとって山の様にある仕事の一つなのだろう。

 そんなムジナは黒を基調として、白い線が流れるスーツを着込み、初めて大学で会った時のような笑みを浮かべている。改めて見ても、とてもではないが違法品の密輸に関わる人間には見えない。むしろ商売という善行を積み続けている、誰にでも優しい、堀の深いメキシコ人とのハーフだ。

 その隣で、アキムは白いスーツに袖を通していた。本当は黒一色にしたかったが、ここでは上司と部下の立場になるため、明確に姿を分ける必要があると、ムジナが指摘した。サイコパスなりの処世術なのだと受け取り、隣に控えている。



当然だが、今回は銃器の類を隠し持ったりはしていない。それどころか、タバコもライターすらない。何重にもかけられたセキュリティは銃器を見逃さず、世の中から排除されようとしているタバコは印象を悪くする。そんな潔癖な人の集まった船内で、まずはフィクナー財団一行と顔を合わせることになっている。



立場は向こうが上なので、こちらから探すしかない。とはいっても、両親含めてブロンドだ。アジア系の地味な髪色をした人々の集まりから見つけるのに、たいして苦労もしなかった。



「フィクナー財団の方々とお見受けしますが、よろしいでしょうか」

 サイコパスとは、人間社会に潜む悪魔だ。話せる言葉が多いにこしたことはないので、ムジナも英語を喋れる。完全なネイティブには遠いが、がっちりとした体型の髭を整えたウィス・フィクナーと、流れるようなブロンドのシール・フィクナーは振り返り、即座にムジナは名刺を差し出した。



「エリアナインに本社をおきます、ライアードの桐生ムジナと申します」

 ああ君か、と名刺を受け取ったウィス・フィクナーは、会いたかったと固い握手を交わした。そのままシール・フィクナーとも握手を交わすと、次の相手は丸テーブルをまたいで向こうにいた、ドレス姿のルイスとなった。ウィス・フィクナーに呼ばれてこちらを見れば、ムジナの横でつっ立っているアキムを視界に捉えた。これはもう必然と呼べるほどに、その瞳を見開いて、アキムを睨み付け……ない?



 想定していた反応と違う。出会えば早々に騒ぎ出して、嘘つきだなんだと指を差してくるものだと思っていた。そこまで過剰ではなくても、怒りを向けてくるとは予想していたのだが、その瞳は困惑しながら様々な感情がごっちゃになっているものの、不思議と敵意がない。むしろ、悲しみのような、苦しみの様な――アキムを気遣う瞳をしていた。



 そして、こちらの方が重要だが、ニオの姿が見えない。



「アキム君、私はこの方々と親睦を深める必要がある。そちらのお嬢様は、君がお相手をしてあげなさい」

 テメェ、どうせ暇だろ? 俺はこの金持ちたちと酒飲んでいるから、そっちの小娘とイチャイチャしてこい。――いつものムジナならそう言うだろうな、などと思いつつ、ルイスを見る。

「ここは騒がしいですね。デッキの方に行きましょう」

 ルイスは、あくまで初対面といった言い回しでアキムへ語りかけると、ついてくるように促した。一応ウィス・フィクナーとシール・フィクナーに一礼してからその場を離れると、ルイスを追う。ルイスは振り返ることなく人の中を抜けて行き、階段を登って、海が一望できるデッキに出た。

アキムは一言も発さずに後を追い、ルイスはデッキの柵に両腕を乗せると、白い息を吐き出す。アキムも、柵に背中を預ける形で、隣に立った。



 しばらくはそのままだった。アキムから下手なことは言えないし、言う気もないので待っていると、「嘘だったんですね」と、静かな抑揚のない声をアキムへ向けた。

「大学教授の手伝いとして、ホテルの最上階に泊まっている、でしたっけ。それも嘘ですか?」

「さぁな。俺はライアードの一社員にすぎない。だから、あんたの両親とうちの社長が会談を成功させるために、話していいことと、悪いことがあるんだよ」

「……敬語は、嘘だったんですね。あなたの敬語は、話していてとてもいい人なんだと思いましたよ」

「全ては会社の利益のためだ。今回の会談で、あんたの出番はない。だから、敬語を使わない。それだけだ」

 ルイスは、アキムから海の方へと視線を移せば、静寂が流れる。やがて鈍色の空は真っ白い雪を降らせて、デッキに出てきていた人々は珍しい物を見ることができたと騒いでいる。



温暖化は技術の進歩で遅らせることには成功したが、着実に地球を暖め、東京で雪を見ることは少なくなっていた。そんな純白の結晶がルイスのブロンドにふわりと乗ると、「風邪ひくぞ」とだけ口にした。



「――その、ほんの少しの優しさを、障害者や社会的に弱い人々に向けられませんか?」

 嫌だ。アキムは即答した。しかし、後者については考えてやると付け加えた。

「金がないせいで才能を生かせない奴ならいるかもしれない。アクセスの悪いところに住んでいるから実際の講義に参加できない学生もいるかもしれない。そういう連中になら、金を出してもいい。なんらかのリターンがある可能性があるからな。だが、障害者はなにを返してくれるんだ?」



 ルイスは、答えない。ただじっとして、海を眺めている。そのルイスが、「商売の話です」と、唐突に切り出した。

「ライアードは人材派遣会社と聞いています。最近はアンドロイドが主流になっているようですが、カウンセリングを除く福祉はどんなAIにも任せられません。過去に、人手不足だからと最新のAIを搭載したアンドロイドが投入されましたが、合理的ではないと判断して、障害者や老人の方々を傷つける事件が多発しましたから」

「だから、ライアードから福祉に携わる奴を寄越せと? それだけ聞けばいい話だが、ライアードに在籍している社員は、移民やらで行き場をなくした奴がほとんどだ。クライアントは、アンドロイドを雇うほどではない土木作業を求めてくる。そんな奴らに、どうやって福祉に関する資格を取らせる? あんたと違って、金も時間も、言ってしまえば知恵もない奴らに」



 土台無理な話だ。それに福祉に人が集まらないのは給料が少ないのも原因の一つだ。一から百まで福祉について教え込んだ奴らが、その知恵をつける時間と使った資料の分を金に換えて返してくれるのにどれだけかかるか。

しかし、ルイスは諦めていなかった。



「フィクナー財団がライアードを支援する形で、知恵をつけて資格を取るまでにかかる費用を出資します。そのための人材も、施設も、用意します。それでは、ダメでしょうか」

 悪い話ではない。日本語も疎い移民者たちに、福祉についての学業を通して、常識や言葉を学ばせられるいい機会ではある。だが、それはライアードの外にいる人間を招き入れることになる。



もしかしたら、ライアードの売り上げの半数を占める裏の取引が露顕することに繋がるかもしれない。社内を歩いていたら、痣だらけの手をした薬中と出会うかもしれない。

今いる社員は、それらを知っており、知ったうえで派遣されている。他人に話すことはまずないだろう。ライアード本社は、社員の寮も兼ねているからだ。

それに、少しでも裏の世界を知れば、人の命の重さなんて、思っていたよりずっと軽いものだと気付くからだ。ライアードは裏切り者に容赦はしないのも、知っているだろう。なにせムジナは、あのホテルで監視をするときですら、狙撃銃で撃ち殺すのをプランに入れるほどのサイコパスだ。



 だが、それを目の前で真剣な面持ちのルイスに話せるわけがない。だから、アキムは自分の頭をつついた。

「仮に、俺の頭が常人と比べて大きく狂っているとしたら、どうする。治療薬も治療法もなく、二十四年間の人生を他人と違う生き方で生きてきた。その取り戻せない時間も含めて、お前はどうする」



 したたかに、話し終えたら首を傾げてみる。ルイスは話がそれたと思ったのかもしれないが、それなりの答えを用意した。寄り添うと。



「あなたが、嘘だったとしても、私と過ごしてくれた日々は人生の中で輝いていました。もしも嘘をついてしまうのが病気なら、寄り添って、時間をかけて治します。どんな人にだって、悪意はあるかもしれませんが、同じくらいの善意があると信じていますから」



 あなたにだって、人を気遣う善意はある。ルイスはそう口にして、こちらの返答を待っていた。どこか、頬を赤らめて。

 だが、生憎とそんなものは御免だ。そんなぬるま湯に浸かるような人生では、この狂った頭――ギフテッドの脳髄が、拒絶する。



大人になるまで抑圧されてきた知的好奇心は、ライアードという翼とムジナという牙によって、この先も満たされ続ける。そうでなくてはならない。そうでなくては、この世は退屈な善意と責任を押し付けてくる今までのものへと戻ってしまう。

だから、ルイスが頬を赤らめようと、知ったことではない。



「もしも寄り添うではなく、狂った頭ごと吹き飛ばしてくれると答えていたら、その話に乗ってもよかった。それだけ、頭がおかしいというのは苦痛にもなるからな。いっそ殺してくれるほどの答えなら、喜んで手を結んでやったよ」

 ルイスの脳みそが、アキムが求めている刺激や知識を絞り出してくれるなら、ムジナを説得していただろう。ルイスと――フィクナー財団と手を組もうと。



しかし結局のところ、ルイスは常人であり、世の中で言うところの正常な頭をしているのだ。その上に馬鹿げた理想のために金を使うのなら、手を結ぶ理由など一欠けらもない。



「断る前に教えてやる。俺はギフテッドだ。あんたが擁護しようとする障害者と同じく、生まれついて頭が常人とはかけ離れている。だというのに、俺にはなんの援助もなかった。誰一人として心配してくれなかった。だから断らせてもらう。こんな世界も、あんたの好意も、踏みにじさせてもらう」

 話は終わりだ。そうしてアキムは立ち去ろうとした。その刹那、ルイスは泣きそうな顔だった。



「よく泣く女だな……ん?」

早々に暖かい船内へと戻ろうとしたが、ルイスの涙に違和感を覚えた。フラれたからかと思ったが、今まで見てきた悲しみによる涙の反応ではない。もっと別の理由を起因とする涙だ。

アキムでも分からない理由で、ルイスは泣いている。なぜだ。なぜ、そういう泣き方をする。悲しいだけではない……? いや、心の底から悲しんでいる。それは分かる。分からないのは、その悲しむ理由だ。

「なんだ、なんなんだ、その涙は」

 分からない。なにもかも筒抜けだったルイスの心情が、見通せない。この鈍色の空の様に、雲がかかってなにかが見えない。

「答えろよ、ルイス。その涙はなんだ」

 人が悲しんで涙を流す時とは若干違う涙の答えは、帰ってこなかった。代わりに「今度こそ本当にさようなら」と言い残して、ルイスは船内へと戻っていった。


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