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相手より早く、狡猾に

 あの後、馬鹿げた茶番にうんざりしていたアキムは早々にメニーピープルを出ると、寄り道などせずに部屋へと戻った。ヤケ酒でもしたい気分だったが、そんなものは金と時間と体力の無駄なので、ムジナのため息を聞きながらベッドへ寝転がる。

「言いてぇことはたくさんあるが、お前も熱くなるんだな」

 椅子の背もたれに顔を乗っけたムジナは、勿体ないと続ける。



「仕事の話うんぬんより、あんな金持ちの美人との関係を絶つのは、本当に勿体ねぇ」

「そんなものに興味はたいして抱いていないし、あの仕事は俺のスタイルじゃなかった。それに、盗聴器は仕掛けてきた。元々の目的は果たしただろ」

 そこについてはよくやった。ムジナはアキムが予備として作っていた針の穴程のチップを手にしている。



「なんだったか、こいつはどうやって、盗み聞きしてくれるんだ?」

 アキムは起き上がりベッドに座りなおすと、「ここだよ」と、喉を指差した。

「食道に張り付いて、言葉とその他の二つだけにデータを分けて、登録されたIドロイドに送られてくる。十日もすれば剥がれて、内臓に傷を付けないように胃で溶ける。そろそろお前の方でも聞こえるだろ?」

「ああ、音はするんだが、声が聞こえねぇな」

「設定が間違っているな。たぶん、今聞こえているのはその他に分類される音だ」



 貸してみろと、ムジナのIドロイドにダウンロードさせた自作のアプリの設定を変更する。画面が切り替わり、次第に声が聞こえてくる。だが、アキムは頭痛すら感じた。

「なんで泣いてるんだよ」

 聞こえてくるのは、ルイスのすすり泣く呻き声と、それを心配して話しかけている女性の声。おそらく母親のシール・フィクナーであろう声がはっきり聞こえてくる。



「こんな具合だが、聞こえないよりはマシだろ」

「まあ、こんな小せぇのに聞こえてくるのが泣いてる声ってわかるのはいいが、初めてだろ? こんな経験」

 ここ数日の事かと聞き返せば、ヒヒハハと笑いながら、違うと指を振る。

「女を泣かせたのは、初めてだろ?」

 くだらない。生憎と、そんなことに興味がないアキムは着替えを用意すると、シャワーを浴びにいった。別に潔癖ではないのだが、ルイスの残り香を洗い流したかった。関係の終わりとして。



そうしてシャワー室に入ったアキムは、鏡に映る自分を不気味に感じた。疲れているというのに、どこかさっぱりしている顔が、奇妙だと。

なぜか。それを知るために記憶をさかのぼれば、メニーピープルでの暴言ではないかと、答えは導き出された。



 小学生時代から心に抱えてきた、障害者への敵意とも呼べる感情。こんな馬鹿げた日本社会が子供へのカリキュラムに取り入れた障害者への対応の仕方。

それのせいで、周りの大人も、同年代の子供も、障害者を相手に優しく接していた。障害者相手に思ってはいけない感情と行ってはならない行動を、頭が固くなる前から学ばせる。

その頃にはギフテッドとして周囲の子供より、更に言うなら先生たち大人より自らを俯瞰して、社会を捉えていたアキムは、そのような洗脳教育には決して染まらなかった。



それでもアキムを取り囲む善意と常識は、反対意見など許さなかった。大人が、先生が、社会がそう言うのなら、そうしろ。無駄口も叩くな。口答えするな。そうやって、アキムの心には自らが認められない感情が積もっていき、山の様に蓄積された。そのすべてを吐き出せたのだ。

「だからか」

 鏡に映る自分の顔に手を当てると、気になっていたむくみが取れたようにサッパリしている。毒を吐き出したのだから、当然だ。



「ありがとう、ルイス」

 誰に言うでもなく呟いて、軽くなった心でシャワーを浴びる。

ああ、言葉にするとは、こんなにも清々しいものだったのか。まるで心がミントティーを飲んだかのようだ。この四日間は無駄ではなかったと思い直し、シャワー室から出る。

色々と、これから始まるのだから。アキムが仕込んだ盗聴器から、フィクナー財団がどう動くのかを把握する。ライアードとエリアナインという仕事場をなくさないためにも、気を引き締めていかなければならない。





 翌日、もうルイスとの観光ツアーもなくなったので、多少はゆっくり寝てもいいだろうと横になっていたら、とっとと起きろと、ムジナが興奮気味に騒ぎ立てた。

 仕方なく起きてみれば、まだ六時すら回っていない。しかし、ムジナは目の下にクマを作りながら、よく聞けと口を開く。



「徹夜で盗聴してたら、今後の予定を奴らが話し合う場所を聞けたぞ!」

 そんなことかと欠伸をするアキムだが、ムジナはそれだけではなく、もう一つ非常に重要な情報があると口にしている。

「ルイスとニオは同席するだけらしいが、総理との会談が決まったようでな? 当然、そこでエリアナインについて、これからのことを話し合うわけだが、奴らは運が悪いな」

 悪い笑みを浮かべたムジナは、ヒヒハハと笑い、なにが決まったのか当ててみろと言いだした。

「寝起きだってのに……」



 放っておいてもよさそうな気がしたが、アキムも当事者のようなものだ。半分寝たままの脳にしわを刻むが、流石にそれだけの言葉でなにが起きたのかを知るのは不可能だ。降参だと、ベッドから立ち上がって、持ってきたコーヒーメーカーに向かえば、それでもギフテッドかと馬鹿にしてきた。



「まあいいか。うん、いいな。いい、大丈夫だ」

 寝てないであろうに、いつもの調子なムジナへコーヒーはいるかと聞けば、この後寝るからいいと断ってから、ようやく知ったことを話す気になったようだ。アキムはマグカップに注いだブルーマウンテンにシュガースティックを一本注ぐと、ムジナは前のめりになりながら答えた。その話し合いに、ムジナ自身が呼ばれると。



「エリアナインで唯一、まともな会社として動いている俺たちの意見が必要だとさ! これがもし、突然来てくれと頼まれたら、なんの対応も出来ねぇ。だがな? てめぇのおかげで、事前に知れた! これで怪しまれなくするために裏の連中を引っ込めるし、なにを提案すればいいのか、ゆっくりと考えられるんだよ」



 なるほど、要は準備期間ができたわけだ。アキムはコーヒーを飲みながら事の推移を頭の中で一本の線にすると、こちらのスタートラインが大きく後退した。

ムジナの言う通り、事前に色々と準備できる。それに、これならば、具体的な視察予定を知ることもできる。

「昨日までの四日間が、結構いい形で結果になったか。この先はお前の仕事だな」



 お偉方との話し合いは、ライアードの社長であるムジナにしかできない。とうとうアキムには仕事がなくなったので、しばらく休暇でも貰おうかと思っていたが、そうはいかないようだ。

「ウィス・フィクナーとシール・フィクナーの相手は俺がやるが、お前には念のため、ルイスとニオの相手をしてもらうぜ?」

「ちょっと待て、ニオはともかく、ルイスは駄目だろ」



 顔が知れていて、嘘をついていたのが明らかになる。上の話し合いにも影響があるかもしれない。しかし、ムジナは否定した。

「ルイスに関しちゃ、適当にあしらっておけ。お前にやってもらいたいのは、ニオの方だ」

 どうにも、盗聴器からニオの声がしない。聞いたことも会ったこともないのでしょうがない気がしたが、ムジナはキナ臭いと言う。

「あいつらは家族で来ているのに、世間話の一つもしないのはおかしいだろ? ニオのことは元々、分からないことが多かったしな。ルイスが昨日みてぇな夢ばかり見ている甘ちゃんなら、もしかしたら、ニオがフィクナー財団を継ぐのかもしれねぇ」



 そういうわけで、また一緒に行くぞとムジナは言えば、ベッドに飛びこんだ。

「頭がイカレテいても、人間眠らなけりゃなにも出来ねぇからな。詳しい話し合いは、俺が起きてからだ」

 勝手や奴だとコーヒーを飲み干せば、とりあえずニオについて、調べられるだけ調べようとIドロイドの3DホログラムをONにすれば、言い忘れていたと、ムジナが顔を向ける。

「日程は明後日の午後二時に、クルーザーの中で行われるからな。忘れるなよ」

 そしてムジナは今度こそ眠りに入った。アキムはクルーザーだと頭の片隅に情報を置いておけば、ニオについて調べ始めた。これも仕事だと思い。

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