表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/18

好奇心という、抱いてしまった感情

好奇心。それが最初に湧き出た感情だった。退屈な大学の、意味のない授業――経済学の特別講師として呼ばれてきた桐生ムジナに対して、斎賀アキムは、珍しく真面目に話しを聞いていた。

なんでも、二十七の若さにして人材派遣会社を設立し、彼曰く、特別な場所に派遣しているらしい。



 しかし実のところ、その手の会社はこの数十年で数えきれないほど倒産の憂き目に直面してきた。

その背景には、二千二十年頃から急速に発達したAI技術とアンドロイド技術がある。こうして講義を聞いている二千五十年には、誰とも知れぬ人の手よりもアンドロイドに頼ったほうがいいのだ。



 だというのに、スーツ姿で黒髪を短く整えて笑顔を絶やさない桐生ムジナの人材派遣会社『ライアード』は、異様なまでに、このレール社会と呼ばれる日本の中へ溶け込んでいた。



「さて、みなさんも知っての通り、私たちのような人材派遣会社は、このレール社会とアンドロイド技術により、衰退を余儀なくされてきました。人間と遜色のないアンドロイドたちが各家庭に配られ、その人物にあった学校や仕事場を紹介――というより、強要してきました。幼稚園から大学を出て就職し、結婚相手まで、人生へレールが敷かれる様にアンドロイドたちに搭載されている何億テラバイトもの情報から決められてきたのです」



 うんざりする話だ。半世紀も昔に遡れば、まだ自由はあったというのに、科学の進歩が自由を安定という蓋で閉じてしまった。

かつてのカウボーイたちの様に、発展という拘束によって、アキムたちは自由な選択を奪われた。だが、この桐生ムジナは、ライアードには自由があると、抗議の冒頭で説明していた。



「私はこんな社会だからこそ、個人個人の選択の自由を尊重し、出来うる限り叶えています。私のライアードは、そう、アンドロイドやドローンでは届かない、どうしても人の手が必要な場所へ送られているのです」



 そんな場所もなくなってきたとムジナは苦笑いだが、記憶が正しければ、ライアードの売り上げは右肩上がりだった。どんな手品を使っているのかは知らないが、政治家たちの晩餐会に呼ばれるほどには、桐生ムジナの名は日本中に届いている。



「それと、ここからはちょっとした宣伝になりますが、皆さんは大学四年生です。それも先進国である日本で五本の指に入るほどの大学で。そのような方々に我が社を知ってもらうために、Iドロイドへ情報を送りました」



 と、ジーパンのポケットに入れていたIドロイドが振動し、ライアードの広告が送られてきた。

二千二十年台にアップルとグーグルが手を組んで開発を続けているスマートフォンの進化した端末だ。

開発から三十年も経てば、様々な機能が追加され、もはや原型であったガラパゴスケータイとは違う次元にいる。バッテリーも太陽光や熱エネルギーから作られ、防弾性能まで追加されている。



 とはいえ、送られてきたデータをスライドして眺めてみるも、他の会社より特出する所が見当たらない。本当になぜ、ライアードは発展を遂げたのか。生まれつきの、他人の数倍はある知的好奇心は答えを求め、脳髄にしわを刻む前に座っていた真ん中の座席から手を上げた。



「質問をしても、いいでしょうか」

 ムジナがアキムを捉えると、徹頭徹尾崩さない笑顔で「なんでしょう」と問いかける。



「失礼を承知で聞きますが、近代史の授業で習った人材派遣会社と、あまり違いがあるように思えません。AIとアンドロイド技術の発展は目まぐるしく、今やカウンセラーもアンドロイドが行っています。このような世界で、人間の手が必要な場所とは、いったいどこなのでしょう」



 良い質問です。ムジナは黒い瞳でアキムを見据える。そして口の前に人差し指を立てた。



「宇宙からでも覗きができる時代です。今や、どこから私の話がもれて、我が社の特別性が損なわれるのかは、いくら警戒しても足りない程です。興味があるようでしたら、ここを卒業してから、依頼をしてください」

「入社してくださいとは、言わないのですね」



 ピクリ。そんな擬音がするように笑顔へ亀裂が走るが、ムジナはとんでもないと慌てた様子を見せた。



「我が社は自由を売りにする一方で、行き場のない人々――二十年代、大量に受け入れてしまった移民であるメキシコ人やベトナム人たちの受け皿ともなっているのです。もちろん日本人も雇いますよ? 私もメキシコ人とのハーフですから。そういうあなたも、ハーフですよね?」



 頷くが、移民ではないと返しておく。単純に日本人の父とロシア人の母が結婚して生まれたのがアキムなのだ。

背が高く、銀髪のくせ毛に青い瞳。どうやらロシア人の血を濃く受け継いだようで、一般的な感性からすると美形にカテゴライズされるらしい。

対するムジナも、メキシコ人特有の堀が深い顔つきをしている。そんなムジナがマイクスタンドの前に積んであった、今では廃れた紙媒体の資料を漁ると、顔を輝かせた。



「おお、あなたでしたか。噂のギフテッドは」

 ギフテッド。それは前世紀から科学者や教育者たちが実態を探ろうと試行錯誤してきた、所謂天才たちの総称。後天的な教育では決してたどり着けない、生まれつき他の児童より数段優れた子供たち。アキムもまた、その内の一人として選ばれた。きっかけは、二歳か三歳の頃にルービックキューブを数十秒で完成させてからだ。



「斎賀アキム、二十二歳。一般的な勉学もさることながら、美術的感性も高く、最も秀でた才能として、アンドロイドやAI技術などの機械工学に明るい。論文を毎年アメリカへ送り、数々の賞を受賞……とてもではないですが、我が社で扱いきれる人材ではないですね。ですが、あなたの未来は光に満ちている」

 ムジナは講義室の階段を登ると、席に座るアキムへ名刺を差し出した。

「今後、なにか問題事がありましたら、どうぞ我が社へご連絡を」



 そう言って差し出された名刺を受けとると、これで何人目かとため息が出そうになる。結局のところ、誰一人としてアキム本人を必要とはしていないのだ。求めているのは、この頭に詰まった数々の可能性と、そこから枝分かれする専門的な知識。

結局、この桐生ムジナもその一人なのかと落胆しかけたが、なんとなく、他の大人たちとは違う。本当の顔を隠しているような、漠然とした感覚。それだけが、ギフテッドとして生まれたが故の好奇心からくる、形容しがたい感情なのだ。



この桐生ムジナには、普通の大人とは違う何かがある。それだけは疑わなかった。



「それでは、講義の続きに移りたいと思います。配った資料の十二ページ目を――」

 その後は特別なこともなく講義は進み、笑顔で手を振りながら講義室を出ていった。



「桐生ムジナ、ねぇ……」

 このデータ媒体ではなく、今では廃れた紙媒体の名刺を隅々まで読んでみても、これといって特別なことは書いていなかった。しかし、その裏面に記載されていたライアードの本社がある場所を見て目を疑った。

「エリアナイン?」

 大量の移民とヤクザを筆頭とする裏金の動く、かつて千葉県と呼ばれていた地域。海に面していることと、東京に近いということで、今や違法ドラッグから銃器の類までも流れている。



ネットの海に流れるアーカイブから、知らない世界を知りたいがために見てきた映画の中で、スラムと呼ばれる地域があったが、まさに千葉県――エリアナインは、スラムだ。一般人が、というより、レールの上を歩く人々からは近づいてはいけない場所だとも指定されている。

 だが面白いかもしれない。この脳髄を刺激する新しい情報として、桐生ムジナとライアードは素晴らしい存在だ。



「行ってみるのも、悪くない」

 元々興味はあったのだ。日本という国が少子高齢化を老人の死により無理やり解決したが、純粋な少子化による人手不足として移民を受け入れたことによる、生まれた人間同士の格差と、狭い日本に、住むところを見失った移民たちに。



彼らが集まり、違法品だらけのエリアナインが生まれた。どういう過程でそうなったのか。ギフテッドの秀でた好奇心は、いつも早急な答えを望み、導き出そうとする。

それに、行こうと思えば今すぐにでも行ける。電車など通っていないが、足はある。



ギフテッドとして小学校から私立に通い、その先にある中学も高校もこの大学も学費免除で通っている。両親はギフテッド教育のためにアメリカへ行けとうるさかったが、論争ならば、一般人の両親など相手にならない。

その結果、会話を誘導して、浮いた学費でバイクを買ってもらった。カワサキのNinja250だ。ここからなら、一時間も走ればライアードの本社まで行ける。



「もう卒業する分の単位は取ったよな……行くか」

 どこで誰に殺されても、撃たれて死ぬか入院しても文句の言えないエリアナインへ向かうなど、自殺行為のようなものだ。それでも、脳髄は刺激を求め、即座に行動へ移す。早速のように馬鹿みたいに広いキャンパスを抜けて、通学用の駐車場まで来ると、思わずため息を隠せなかった。



「何の用ですか、斉藤さん」

 パリッとしたスーツに身を包み、髪も七三で分けた丸眼鏡の男――斉藤隆は、アキムのバイクの前で待ち構えていた。

「無論、今日こそあなたを説得するためです」

「人生アドバイザーとして、ですか」

「勿論その通りです。あなたが相手ですと、アンドロイドのAIチップでは対処しきれませんからね。この先、進むべき道を示すために、何度でもあなたにコンタクトをとりますよ」



 うんざりする。ムジナの会社ではないが、アンドロイドでは対処しきれない個所を解決するため、こういった輩がいるのだ。



「あなたはギフテッド。つまり、この社会に多大なる功績を残せる才能をお持ちだ。ですが、あなたは未だに卒業後の進路を決めていない」

「あんたも一昨年からずっと、毎日のように口うるさく、社会がどうとか、才能がどうとか口にしているが、いい加減、俺も怒りますよ。あんたは人がカフェでゆっくりしている時も、旅先で景色を眺めている時も、年末年始も電話をかけてきて邪魔をしにくる。ハッキリ言わせてもらうと、迷惑を通り越して殺意が沸いてきますよ」



 殺意。その一言で、斉藤は目くじらを立てて、指を差してくる。口うるさく社会のためだ、才能の無駄遣いだと捲し立ててくる。そうしてバイクから離れると、即座にポケットからIドロイドを取り出して、レーザーポインター機能を起動する。丸眼鏡越しに赤い光を眼球に当ててやると、体勢が崩れた。



その隙にバイクへまたがりキーを入れてエンジンをつけると、呻いている斉藤を無視して走り出した。

しかし、顔を真っ赤にした斉藤は車に乗り込むと、追ってきた。未だにガソリンを使っているバイクと違い電気で動く車から逃げつつ、片手でエリアナインのライアードをナビで調べ、一目見たら覚えた。しばらくは、このまま斉藤から逃げつつエリアナインへと行くことになるのだろう。



「いっそのこと、そこで殺されないかな」

 走りながらそんなことを呟いて、ハッと我に返る。時々あるのだ、まるで自分が別の人格に乗っ取られたような奇妙な現象が。決まって殺意のような冷たい感情が沸く。それは、歳を経ることに増えてきた。

「どうでもいいか」

 そういう風に冷たく割り切れるようになったのも、いつからだったか。ギフテッドの頭は自分でも時折分からなくなる。そんな考えは風に乗せて捨てて、エリアナインを目指した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ