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宇多田ヒカル『BADモード』(2022年)

●日本語×英語ポップの金字塔


世界中で聴かれる邦楽(というか国際的音楽?)のトップランナー"宇多田ヒカル"、8枚目のオリジナル・フルアルバム。世界中のR&Bを刷新するような傑作だ。


この作品は、日本語ポップの新たな金字塔だ。洋楽的な音楽性の曲で本来なら曲に合いそうにない日本語をどう歌詞にするのか拡張させたはっぴいえんど、桑田佳祐、佐野元春、ブルーハーツ、中村一義、RADWIMPSらの日本語ロックを進化させた先人たちの系譜にたとえるなら、宇多田さんのこの作品は"日本語音楽"を進化させたといえると思う。それくらい日本語の語句の区切り方、イントネーションや発音が革新的だ。


日本語を英語っぽく発音したり、曲の中で自然に日本語と英語が溶け合っていて、これがバイリンガルの感覚かと膝を打った。また、日常会話レベルの気軽さで、マルセイユやルーヴル、ロンドンやパリという地名が歌詞に登場しているので、国際人だなと思った。文化鎖国の日本人(もちろん、そうではない人もいるけど)には無い感性で歌詞が紡がれ、曲が編まれている。


ぼくはロンドン、君はパリ

この夏合流したいね

行きやすいとこがいいね

マルセイユ辺り

(#10「Somewhere Near Marseilles ーマルセイユ辺りー」)


音楽性の面では、最近のシティポップバンドに通じそうな聴きやすさが一枚を貫いている。リラックスしたい時に聴くと良さそう。オシャレだけのシティポップバンドが散見される中、宇多田ヒカルさんの音楽には特別な意味と深みがある。また、数多のインディーロックよりもドラマティックかつドラスティック(≒抜本的/思い切った)でメジャーミュージシャンとしての立ち位置を音楽から感じる。(いや、僕もceroとか好きだけどさ。)そして、なんといっても、洗練されて研ぎ澄まされた音に身もだえする。


本作『BADモード』は、適度な度数のアルコールを飲むほろ酔いの気持ち良さがある。その意味では中毒性がある。しかし、キャッチーすぎない美学感も憶える。J-POPのような甘酸っぱいポップではないけど、R&B由来のディープで甘くて奥ゆかしいポップがここにはある。また、歌に集中していると、ふと間奏やアウトロで音楽の深淵に連れて行かれることがある。ポップなだけではなく、そんな深々とした沼もあるのだ。


かと思えば、スクレリックスと組んでバキバキのEDMに挑戦するなど、表現できる幅の広さがリスナーを飽きさせない(#9「Face My Fears (Japanese Version)」) 」。復帰後2作目のアルバム『初恋』では、ジャマイカ、フィリピン、ブラジルにルーツを持っているラッパーのJevonをフィーチャリングに迎えるなど、組む相手の人選もワールドワイドで面白い。


そう、エレクトロニカ、クラブ、オルタナティブ、R&B、ジャズ、J-POP、バラード、ハウスミュージック、フューチャーベース(エレクトロニック・ダンス・ミュージック【EDM】のジャンルの一つ)、など様々なジャンルやサブジャンルを越境し、"宇多田ヒカル"としての曲に落とし込むその手腕が素晴らしいのだ。


歌詞について話せば、具体的な固有名詞や数詞や小物が出てくるのが特徴かもしれない。前述したルーヴル(美術館)などの地名もそうだし、なんと抗不安薬であるdiazepamジアゼパムも歌詞に出てくる(#1「BADモード」)。ただ、それは98年のデビューシングルの時から変わらない。「七回目のベルで受話器を取った君」(「Automatic」)。歌詞の具体性により、僕らは宇多田さんの描く光景にずいずいと引き込まれていくのだ。


歌詞の内容から言えば、BADモードの時だからこそ書ける歌詞と曲が光る。良い調子の時には気づかなかった自分の気持ちに気づく。そんな深い気づきにあふれたアルバムになっている。ところで、僕も2020年に父親が亡くなり、最近宇多田さんの「道」の歌詞がしみるようになった。ソウルフードやソウルメイトに掛けて言うのならば、宇多田さんの歌詞は僕にとって大切なソウルリリックだ。


そして、復帰後の宇多田さんは自然体だとよく言われる。歴代のジャケット写真からも窺い知れるが、次の歌詞がそれを端的に示している。邦楽のキング/クイーンになった宇多田さんは、まったく驕っていないのだ。


王座になんて座ってらんねえ (Pink blood, pink blood)

自分で選んだ椅子じゃなきゃダメ (Pink blood, pink blood)

(#4「PINK BLOOD」)


話は変わるが去年、他の音楽も含めて一番多く聴いたのが#3「One Last Kiss」だった。映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』テーマソングであり、この映画を観てほとんど感激した僕に最後の一刺しをした曲だ。不思議なファンタジー感と切実さが僕を捉えて離さなかった。


『シン・エヴァ』の最終作は、碇シンジの成長が一つのテーマだったと思う。成長について言えば、宇多田ヒカルはデビューの時から成熟していたが、人間活動からの復帰後は人間的・音楽的な成熟を音楽に"より落とし込んでいる"と感じる。僕も『BADモード』を聴き、宇多田さんの後ろ姿を追いかけている。


Score 9.2/10.0

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