内田万里+クレイジーピッグ『OUR HOUR』内田万里『PRAY PLAY』(2023年)
●音楽で特別な時間を
ふくろうず(内田さんがやっていたバンド)のライブには何回か行ったし、ソロになってからも二度観る機会があった。そのうちの一回は笹口騒音さん(うみのてetc)のイベントのゲストとして出演した時だ。
その際、内田さんによる鍵盤弾き語りの「ダイナソー」を聴いて、おこがましいけれどもこれは僕のための歌だと思った。僕に限らず、本当に優れた歌は自分を宛名に歌ってくれているとリスナーは感じるものだ。
それもあって、そして、最新作のこの二作が良作なこともあり、内田さんを応援したいという自分の中にある気持ちを再確認した思いになった。
それでは、その内田さんによる二枚の最新作を見ていこう。
なお、「OUR HOUR」「PRAY PLAY」の二曲は両方のアルバムに収められている。歌詞とメロディは双方のアルバムで同じだが、アレンジが異なっている。二枚のアルバムを有機的につなげる面白い取り組みをしているのだ。
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①内田万里+クレイジーピッグ『OUR HOUR』
風通しが良いが、ふくろうずとはまた違う風が吹いている、この素晴らしいバンドサウンドを受け取ってほしい。
ちなみに、クレイジーピッグのメンバーは以下の二人です。
関根史織(Ba. Base Ball Bearのベースとして知られる)
河西愛紗(Dr. 奮酉のドラムボーカルとして知られる)
#1「OUR HOUR」
つぶやきのようなワンツースリーフォーというカウントでリズムを合わせる冒頭からして、バンド感をすでに感じている。3人のバンドメンバーとしての「OUR」、作品としてリスナーと同じ時間を過ごすための「OUR」、大切な二つの意味が内包されている。
#2「CRAZY PIG」
セッション風のインスト曲。ステレオで聴いていて気持ち良い。位相にこだわっているのを感じる。ベースがボトムをしっかり支えた上で鳴らされるこのドラムの開放感は素晴らしい! あと、YMO的なオリエンタル風味も感じるね。
#3「LIE LA LIE」
ドレスコーズ「ルソー論」をひとひねりして華やかにしたようなサビのメロディが切実極まりない。「愛してほしい」という歌詞で歌声が裏返って高音になるところがめっちゃツボ。この内田さん新譜2枚のうち、もっとも好きな曲だし、オススメ。この曲一曲だけで本作アルバムのScoreを9点台(満点は10点)でつけられる秀逸で心揺さぶる曲。
#4「RED LIGHT」
チルなシティポップ曲。ふくろうず時代に「たゆたい」という曲があるが、まさにたゆたう感じ。「たゆたい」を色で表現するとブルー(少しばかりの憂鬱)な印象だが、この「RED LIGHT」は禁忌を破って赤信号を渡った後の悟りめいたものを感じる。
#5「さよならマンション」
スロウな良曲。自分の住んでいたマンションを宛名にした曲はこれまでの僕のリスナー人生で初めて聴いた。曲の思想も鍵盤の音色もサイケデリック。
#6「PRAY PLAY」
おごそかなクラシックのような小品。リスナーの心に深い陰とあたたかな光が去来する。
Score 9.1/10.0
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内田万里『PRAY PLAY』
楽器の制約にとらわれない自由な打ち込みを駆使したサウンドは、自分の好きなタイプの音楽の冒険だと思った。
#1「OUR HOUR」
8bitのゲーム音楽のように解像度の低い鍵盤の音を連ねるのが新鮮。
#2「WHY」
これまたゲーム音楽で使われるようなブリブリなシンセ音。そして、ゲームのようなシステマチックな曲構成。曲中盤では現代風のヒップホップへの目配りも感じ取れる。
#3「HAPPY ICE CREAM」
冒頭から鳴っている冷えた感触のエレピの音はちっともハッピーに感じない。でも、恋をした相手への幸せな気持ちが詰まっている。同じセリフ同じ時思わず口にするようなありふれた魔法が響き出す。
#4「RELAX」
エフェクトをかけた内田さんの歌声に涼を取れて曲名どおりリラックスできる曲。しかし、リラックスのその奥に引きずり込まれるような深淵が見えるとは思いもしなかった。
#5「舟が出た日」
ソングライティングに関して、松任谷由実のノスタルジーの匂いをこの曲から嗅ぎ取った。両者のアレンジは全く違うが、曲の骨格がしっかりしているのは共通する。
#6「PRAY PLAY」
賛美歌のバックで鳴っているようなパイプオルガンチックのエレピがホーリーな気持ちにさせてくれる。
Score 8.4/10.0
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この二作は12曲(6曲+6曲)のそれぞれに持ち味があり、楽しみどころのある佳作でした。
あと、MV作ってほしいなー。内田さんの音楽を広めたい身としてはMVがあると拡散しやすいです。いつか、サブスクも全曲解禁してほしい。こうやって歌詞カードをじっくり見ながら鑑賞するのも楽しいけれども、サブスクの方が手軽に聴けるし、こんな素敵な音楽が埋もれるのは文化的損失です。
(なお、この記事の二つの作品は内田さんの公式サイトで売られていましたが、現在確認した所Sold Outとのこと。そして、今のところサブスクでの配信は一曲もありません)