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2.5 俺としては藪下の【2話最終段】

「そう、それだ。

きみも幽玄をめざそう」


 ふたりで別の宇宙に行ってらっしゃる。

 俺としては藪下(やぶした)の性格のよさは認めよう。

プレイ中、剣道のように背中をのばし、

勝っても負けても相手を気づかって大声を出さずガッツポーズもせず、

まして筐体(きょうたい)を叩くなんて絶対しない。

 勝ちたいだけのそこらのマウンティング野郎とは違う。

テクニックを惜しまず対戦相手に教えることでも有名だ。

目立つ欠点は俺をドバイに誘うくらい。


 そんな貴族の優しさゆえに、

女子高生にも助言をしたくなったらしい。

幽玄とかいうわけのわからん助言だけど。


「……」


 きとらが暗くうつむいた。

世を儚んでどこかへ消えてしまいたそうな顔で。


 言い合いをするよりも、この場をやりすごそうという様子だった。

彼女は時折そういう空気を出すことがあった。

とっさにうまい意見を返せない自分につらさを感じているようだった。


「わたしは恵まれていませんよ……単なる気楽な高校生です」


 小さな声は相手を怒らせたくないから。


「才覚があるのに」

「ないですよ」


「もっと自尊心を出していけば」

「ないものは出ません」


「自信を持っていいのに」

「それが苦手なんです」


「虚勢でもいいから」

「できないです」


「ううむ――そうか」


 さすがの藪下も助言のゴリ押しをあきらめた。

引き際のわかる男だった。


(しかしあとから思うと、俺は藪下のほうに加勢するべきだったかもしれない。

幽玄うんぬんは抜きにして、

須田(すだ)きとらがうしろ向きな性格で損をしているのは確かに藪下の言うとおりだった。

 どうしてそこまでネガティブなのか。

もしこのとき藪下と俺で聞き出せていたら? 

大きなチャンスをのがした気がした。

このもどかしい少女が一皮むければと、俺はひっそり期待しつづけていた)


 藪下ともう一戦してボコボコにされ、

いさぎよく帰ることにした。


 実は入店のときから把握していたのだが、

店の入り口あたりの〈女児向けアイドル着せ替えリズムゲーム〉を、

円城惇(えんじょうまこと)が今までず――――っと遊んでいて、

帰るとき声をかけようか一瞬迷った。


「かわいい! 尊い! いいねいいねいいねいいねいいね」


 叫びながら、自分のプレイ動画をスマホで撮るのに熱心だったので、

他人のふりをさせていただいた。

薄情かもしれないが、

まあ野球のユニフォーム着てプリ○ャンしてる時点で、ねえ……?


 自動ドアを出て、春の強風を感じた。

路上の自転車がだいぶ倒れていた。

人通りの多さはいつもと同じだった。


 きとらに尋ねた。


「――ゲーセン、どうだった?」


「うん、来てよかった。ありがとう黒之瀬くん」


 あっさり返事が来た。


 何年も前のしあわせを振りかえるみたいに綿雲を見上げ、

きとらは意外にも微笑していた。


「すごくためになったよ」

3話へつづく


更新ペースを次回から、

当初予定した週2、3度に変更します。

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