2.4 豊かな胸に右手を
「なので、そういう『閉鎖空間の美』が、
ゲームセンターにもありそうな気がして来てみたんです……」
豊かな胸に右手を置いて目を伏せ、きとらが暴走する。
「安直ですが『幽玄』って言葉が近いかもしれません。
暗い部屋に灯明だけあって、そこに孤高の世界が……みたいな、
玄のキャンバスに幽かに存在する、その唯一の存在感……。
外に出れば色とりどりの軽々薄々が待っているわけで、
その浮世から切除、閉鎖されてモノクロームの別時空があるんです。
家族も富貴も関係なく、
自分の体だけそこにあるというスタート地点から、
思い思いの情を演繹していく。
まるで水墨画のような、永遠の歌のような、
白雪姫の眠りのような、アダムとイヴの始まりを見るような……
そんな空間を期待したんですけれど……」
藪下が態度をかえずに真摯に問う。
「――それで?」
「確かにここは、
世間で『あ、そう』と流されるような勝ち負けがとても尊くて、
夢や世界へとつながっていました。
藪下さんの戦う姿は、
戦意が激しく燃えているのに背中がピンとして指と目はむしろゆるやかで、
まるで世阿弥のいう『秘せずは花なるべからず』の教えのようで、
ひとつの閉鎖空間の美でした」
「ほめてくれてありがとう」
「ですが、失礼かもしれませんが、
恵まれている人が……
時間のあるお金持ちがそのままゲームでも強いというのは……
ごめんなさい、
結局ここも外とひとつづきなのかと思ってしまいます。
いずこの沙汰も金次第、
楽園も梨園もわたしの幻なのかと……」
「なるほど――おおむねわかったよ」
わ、わかった?
なにそれお前ら相性良いの?
考えてみればきとらは学年トップ級の成績で
藪下は名の知れたK大学の出身だから
頭脳レベルでいえばかなり近い二人なのだが……
なんかムズムズする。
「きみはゲーセンに幽玄を見いだし、
その幽玄の不徹底が物悲しいというわけだ。
しかし須田君、言わせてくれ」
ジャケットの肩のおさまりをなおし、
「芸事というのは恵まれた者が担うのじゃないか?」
ここから藪下も暴走した。
「世阿弥の能はなんだかんだと足利将軍に養われ、
吉原の廓は江戸幕府が造成して豪商に庇護された。
ゲームの世界も似たようなもので、
これはゲームをする余裕のある人のものだ。
時間と百円玉がなければここにはいられない。
世間にはその二つを持たない人間が思いのほかたくさんいる。
富裕層だから僕はゲームができる」
自分で「富裕層」って。
「したがって、
このように恵まれた者こそがゲーマーのロマンを背負い、
ゲーセンの閉ざされた魅力の代表者となるのは、
ある意味義務であり当然だろう。
つまり僕こそが幽玄だ」
はい?
「須田君、きみはどうだ?」
「わ、わたしですか」
「『美の探究をできる幸せな自分は、だからこそ美学をリードしたい!』
という気持ちを持ってはどうだい?
今の自信なさげな姿は損だろう。
才覚があるのだから貴族のふるまいをしたまえ。
貴族の柔和なたたずまいを、
世阿弥の著書は幽玄の例に挙げているじゃないか。
なんて本だったかな」
「『花鏡』ですね……」
「そう、それだ。
きみも幽玄をめざそう」
ふたりで別の宇宙に行ってらっしゃる。




