2.3 「ところでそちらの
はーあ、なにがドバイじゃ。
俺は嫌いなんだよ飛行機が。
「ところでそちらのお嬢さんは?」
きとらが恭しく前に出る。
「は、はじめまして、須田といいます。
黒之瀬くんと同じクラスです。
よろしくお願いします」
「須田……? いやなんでもない。
藪下です、どうぞよろしく。
好きなことして生きてます。
黒之瀬は気持ちのいい男だろう? 要はイケメンだ。
思い立ったら即行動、のみこみがよくて気風もいい。
誰ともよく話して偏見を持たず、体力任せにどこでも駆けつけ、
遊び心を見せたりしながら、実は深いところで考えている。
今後も黒之瀬と仲良くしてやってくれ、須田君」
息子を売りこむ父親かよ!
きとらが「あ、はあ……」と固まってるぞ。
「よし黒之瀬、とりあえずやるぞ」
男は拳で語りあうと言いたいのか知らないが、
まあゲーセンに来たんならゲームをしなきゃ始まらんってことは同意する。
プロ相手に五割以上勝つヤベーやつに対し、さすがに勝負にならない。
向こうはスパーリング気分であるらしく、
ちょくちょく目新しい戦法を試してきて、
それが失敗してくれればなんとか勝負になるという感じだった。
幾度も完封された。
こちらの動きと弱点を読みきって攻めと守りを着実に決めてくるスタイルは、
俺のような感覚派アタッカーにはつらかった。
「ふう……」
やっと一勝をあげてふりむくと、
きとらはうしろの壁際にちょこんと立っていて、
しかし藪下の背中を静かに見つめつづけて動かないので面白くない。
今勝ったの俺だぞ?
次戦、藪下の猫だましのような小手先作戦を破り、
今度こそはとうしろを見た。
けれども視線は俺に向かない。
オイオイオイ。
藪下が席を立ってきとらに聞いた。
「須田君は遊ばんのかい?」
「わ、わたしはいいです」
「僕のテクを目で盗もうとかではなくて?」
「いいえ、ゲームとか全然さわったことなくて、
ただゲームセンターを見に来ただけなんです、本当に」
「おもしろいこと言うね。
ゲーセンはゲームをする場所なのに、
それを見に来ただけなんて」
育ちがよくて余裕のある男だから、
勝負に関わりない一般人に対しては
いつもきわめて紳士かつ社交的だった。
「くわしく聞かせてくれないかい?
なぜ見に来たのか」
「えっ」
ゲーム狂とは思えない爽やかオーラを出して、
「僕はおもしろい人が好きなんだ」
きとらが「どうしよう……」という風に俺に助言を求める目をしてきたが、
こちらとしてはどうぞご自由に。
藪下に興味があってその詳細をもし知りたいってんなら、
一期一会で今好きなだけ喋っとけという気持ち(スネてないぞ?)。
「……わかりやすくは言えませんけれど」
気弱にきとらが語りだした。
「一子相伝の芸事みたいに、堀に囲われた遊郭みたいに、
切り離された場所は精神的にも浮世から離れて、
価値の顛倒……独自の美意識が生まれやすいんです。
金ピカの金閣寺に背を向けて能は成立し、
吉原は女のかしこさ・教養がどんなところよりも称賛されました。
中世の寺は稚児をもてはやして稚児物語を書き、
鎖国時代には伊藤仁斎や本居宣長、
海外で言えばエチオピア・コプト芸術……
なので、そういう『閉鎖空間の美』が、
ゲームセンターにもありそうな気がして来てみたんです……」