2.1 須田きとらは文芸を
須田きとらは文芸をメインに創作して音楽も絵もこなし、
芸術思想にきわめて詳しく、
学校では俺のうしろの席だが、
とある春の日、前触れなく、
昼休みが始まるやいなや俺の肩にちょんちょんと触れ、
「ゲームセンターを見てみたい……」
と言い出したものだから驚愕した。
どういう経緯でそう思った?
特定のゲーセンが目当てなのは察した。
高校から徒歩七分、JRの東口にある昔ながらの世紀末魔窟、
または妖怪のたまり場。
俺の行きつけだと話したことがあった。
きとらはうつむいて多くを語らず、
「ひとりは心配だから、いっしょに……」
と繰り返した。
ゲーセンに限らずあの騒がしい界隈はぶっちゃけ治安が悪いので、
箱入れ娘をつれていくのは忍びなく、最初は断った。
すると五・六限のあいだじゅう背後から失意の波動を浴びつづけることになり、
顔を見ればそれはもう持ち家を借金で取られた人みたいにわかりやすく落ち込んでいて、
ヤバげな詩がノートにできていた。
イタコと墨をめりこませ とりもあえずに竿竹吊るし
諦観susugaに吐き気の捨てる側溝(以下略)
これを放置すれば天罰がありそうに思えた。
授業が終わってすぐ、
「やっぱり行こう」と告げたら、
「……!」
絶句しつつ血色を蒼白から桃色にしていた。
地理を説明しておくと、
このあたりは三つの駅に五つの路線がある栄えた地域で、
放課後食うとこ・遊ぶとこに困らず、赤点マンを量産し、
また大人の酒飲みにとっちゃ二十四時間どこでも飲めて天国だとか(俺にはまだ関係ない)。
逆にいうと、静かに暮らしたい子育て世帯や金持ちは寄りつかず、
住みたい町ランキングでは必ず下から数えてすぐ見つかる。
そんな地域に通学してくる須田きとらはまさに「掃き溜めに鶴」、
高級住宅地のT山(ランク最上位)から電車を乗り継いでいるという。
偏差値は悪くないが環境の悪いこんな高校をどうして選んだのか?
気になってしょうがないものの、
なにか厳しい事情があるというケースを想像し、
聞くことはできていない。
四車線の道に出て歩き、鉄道高架下の横断歩道を渡る。
カラオケ屋の横の小道からせせこましい界隈に入る。
路上駐輪が多く、老若男女がガヤガヤと行き交って、
たこ焼きソースのにおいがする。立ち食いうどんも誘ってくる。
ゲーセンはデカいパチンコ屋の隣というよく目立つ場所にある。
会いたくないやつが来てないか先に確かめたかった。
「ちょっと待ってて」
きとらを入口前に残して中へ行き、奥の格ゲーコーナーをのぞく。
見ない顔ばかり座っていて、やつはいない。
よし!
店頭にもどると早速きとらがチャラ男にナンパされ手を握られていて、
地元の低モラルぶりが嘆かれた。
山道に飛び出した鹿のような目をしていたきとらをすばやくチャラ男から奪取し、
ゲーセンに連れ込んだ。