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3.4 夜になった琵琶湖は

杏奈のスマホも通知をうけてピカピカ光っていた。

俺のスマホとほぼ同時に。


 ……あれ?

 夜になった琵琶湖は遠くで漁火(いさりび)がゆらめき、

どこか人恋しくさせる。

浜辺の老木は積年のダメージで(しお)れ、

まるで恋にやぶれつづけた人のよう。


 ――ってな感じのポエム的情緒を全くもたない俺は、

枯れすすきの茂みに向けて立ちションしていた。

白く冴えた月をあおぎながら放尿すると無性にホッとした。


 これまで一つも息抜きできなくて、理由は杏奈にあった。


 テントの中でもギターを弾きつづけ、

愚痴もやめなかった。こんな風に。


『人間に縛られてるといえば円城だな。

惚れたハレたの興味しかない。

爛熟した退廃的愛欲と承認欲求にまみれすぎてる』


『円城に厳しいですね』


『もっと清くて明朗な、

ちょうどあたしみたいな心を持てばいいのにな。

わかってないよなあ。その通りだろ?』


『え? あー……はい』


 先輩風を吹かされまくる俺に、どうか皆さん同情してほしい。


 膀胱をすっきりさせテントの近くにもどると、

ギターの音が()んでいた。


 やっと静かになったかと思う反面、すこし違和感があった。

茨城の筑波山(つくばやま)や、静岡の田子(たご)の浦、

そのほかの場所で野宿したときは、

日付が変わってもジャカジャカやっていたものだ。今日は早い。


 いっそう寒い風が吹いて、嫌な予感がした。


 テント内に帰還した俺は、ポカンとしてしまった。


「……な、何してんすか先輩」


 俺の青い寝袋を盗られていた。

身長一五〇センチの体をすっぽり(うず)め、

右手を出してスマホをいじっていた。

落ち着いたサファイア色の目で俺を見上げ、


「リラックスタイム」


「いやいやいやいや」


「黒之瀬はあたしの赤い寝袋を使え」


「普通のことみたいな顔で言わんでください! 

自分でどういう意味かわかってます?」


「寝心地を試したかったんだ。他の意図はない」


「同じメーカーの同じ型番で、ただの色違いなのに?」


「じゃあ、なおさら、

どっちで寝てもいいだろ」


「!?!?!?」


「あたしは今日はこっち。

めんどいからもう動かないぞ。

それとも腕ずくで無理やりあたしを引っぱり出すか?」


「いや、まあ……

どっちでもいいですよ、ええ……」


 年下男をからかってるんだろうか。


 意識しないようにして平静を装っていたが、

この空間は杏奈の匂いが満ちていた。

何度も使っているテントと寝袋に染みついた、

高級マンゴープリンのような甘い芳香が、

いつも俺を困惑させた。


 野宿で風呂に入っていないせいで、

かえって絶妙な調香をされたみたいだった。

俺は異性の寝室に招かれていた。

息抜きできない一番の理由がこれだった。

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