3.1 中学卒業後、バイトで
中学卒業後、バイトで生計を立てている杏奈・ロズムンド・ダーレイを、
俺は少しうらやましく思う。
簡単にいえば彼女は自由だ。
週四労働をそつなくこなし、のこりの時間を好きに使っている。
杏奈は弾き語り動画の投稿者〈Rozmund〉として活動しており、
見るからに外国人という美少女が歌っているものだから注目され、
なかなか再生数がある。
昭和の歌謡曲、演歌、教科書に載るような唱歌を、
しっとりしたギターと味のある歌声で提供し、特に年配者に好評だという。
どのくらい広告収入があるんだか。
そんな恵まれた状況だが、
杏奈はオリジナル曲で勝負したいらしく、
動画五本のうち一本のペースで自作を発表する。
きびしい視聴者に『小難しい』『湿っぽい』『歌詞が固い』『いつものでいい』とコメントされ、
ふつうの五分の一くらいの再生数にとどまろうとも、
創作欲は尽きない。
最近は主に歌詞できとらとの共作がふえてきて、
〈Rozmund〉の新スタイルを示しているようだ。
彼女の創作方法がユニークなので一例を紹介する。
冬の放課後、
手編みの茶色のマフラーをした須田きとらを連れて、
俺が駅北商店街のお食事処〈くろのす〉の前に帰ってきてみると、
店先に小ぶりなバイクが停まっている。
二十年くらい型落ちだというその紅白色の中古車を見た時点で、
俺ら二人は「あっ」となる。
「――ただいま」
カランカランとドアベルを鳴らし、
すこし身構えつつ入店するやいなや、
半球型のヘルメットがすぐそこのカウンター席から豪速球で投げつけられる。
今回の二人乗りはお前が同行しろという意味だ。
(きとらが選ばれる場合は手渡し。ひでえ格差)
「さあ黒之瀬。どこ行くと思う?」
席を二つ使って右にギターケースを立てかけ、
すでにライダー用防寒具を着こみ、
杏奈は溌剌としている。
「今日は金曜だから……遠出でしょ?」
「うん。日曜まで付き合ってもらう」
「いいですよ、予定ないんで」
「で、どこ行くと思う? ヒントは『イニシャルがB』だ」
「B? バグダッド?」
「違う」
厨房から俺の親父が出てきて、
「あいよ」とカウンターにやきとり丼(税込六〇〇円)を置く。
ねじったタオルを頭に巻き、
色あせた紺のエプロンを腰に巻いている、
無愛想で汗っかきな中年料理人だ。
「ありがとっ。いただきます」
杏奈が愛想よく言い、
七味をかけまくって食べはじめると、
親父は土まみれのじゃがいもみたいな顔にさらに皺を寄せ、
なぜか俺を睨む。
なにが言いたいのかわからんので、
こちらもとりあえず睨み返し、会話はしない。
と、ここでいきなり円城惇が入店してくる。いきなり円城。
「きとら先輩と二人きりィ!!」
「ひぃっ!?」
おびえるきとらの背中にガバッと抱きつき、
頬ずりしながら言う。
「ああ幸せです、ああ幸せ!
二人がいなければ私たちでふたり!
女だけふたり! We are together!
あ、シャンプー変えました?」