1.1 春と秋のどっちが
春と秋のどっちが美しいか? それが今日のテーマ。
金髪ポニテのイギリス人少女が座卓を叩きつつ言う。
「芽吹き、花咲き、霞立つ。冬のこもった空気が終わって、のどかに暖まる。
日本は四季の最初を春と決めんだから、そりゃぁもう大事な時期だ。
物事は始まりがなきゃ動かなくって、そこで初動の力をくれるのが春だ。
動物も植物も春に始まる。このパワーに人間はもちろん感謝するし、
良いもの・美しいものと思う。
大自然の理論にしたがえば自然にこうなるはずだ。ちがうか?」
うんうん、そうかもな。
四人の中でひとり選挙権持ちだから、ではないにしろ、
イギリス娘は偉そうに鼻を広げる。
安いカットソーを着ている。ビール会社のロゴ入りのグラスをつかみ、
お冷やを飲み干して、おかわりをピッチャーからそそぐ。
「あたしは長野県の雪解けを見に行ったことがある。とてもきれいだった。
飲めそうなくらい透明な川の雪解け水が、
大地と植物と人々に行き渡って生き生きとさせるんだ。
あたりがみんな輝いて見えたよ」
座敷の和風照明をほこらしげに見上げて、
「あたしのように直接自然に触れてれば、やっぱり春が最高だ。
都会のそとでピュアな体験をしてるから季節を正しく見る目がある。
な、あたしが正しいだろ。
そうだろ? な?」
すげえ自己主張。
この場にはディベートと同じように反論者つまり秋のファンもいる。
金髪娘のとなりの少女が立ち上がる。
身長一七四センチでスタイル抜群、日に焼けた肌、文句なしの顔。
野球の無地の練習着をいつも着てさえいなければ街頭をざわつかせるであろう、
スター的オーラを放つ。ほんと台無しだよ服で。
その野球美少女がにへらと笑って語りだす。
「ちがいますよ杏奈先輩。自然、自然と言いますけど、
価値やら良さやらを決めるのは人間! 人の心です。
そこで私が春と聞いて心に浮かぶのは初々しさ、清らかさ、
恋のスタート、花の咲くころ……
まあその程度ですから、ようは気分が新しいっていう以上の心の広がりがありません。
花が散る悲しみも所詮、すぐあとに夏が来ますから大して深刻じゃないですし」
横へ歩いていき、杏奈・ロズムンド・ダーレイの頬をうしろから両手で包む。
「わっ!? 何しやがる」




