第二章 『創られた夢の国』
五年ほど前、とある発明家が大発明をした。
好きな夢を好きな時に見られるという装置だ。当初は胡散臭いと誰も相手にしていなかった。しかし口コミによって、どうやらあの装置は本物らしいというのが一般的な世論となっていた。これがつい数ヶ月前のこと。
夢を渡る僕にとって、もちろんこの装置は大きな変化だった。まだこの装置が家庭に広まるよりずっと前、まだ強い逆風だったころの話だ。
装置が発明されたなんてことは全く知らない僕は、途轍もなく気持ちの悪い夢に入り込んでいた。
夢というのは眠っている間に直近に得た記憶を整理するために見ているという説がある。だからその日、眠る前に起きたことに関連した内容の夢を見ることが多い。更に言えば、記憶が不完全である故に、夢の世界はとても不安定で脆い。
しかしその日僕が侵入した夢は、細部まで精巧に作り込まれていた。まるで実在する『夢の国』にいるようだった。メルヘンな世界で楽しそうな笑顔を振りまく群衆。そしてそんな世界の中で夢中にはしゃぐ女性。この女性がこの世界の神であることは容易に推理できた。その女性以外の群衆は皆、笑顔を作ったまま表情が一切変化していなかったからだ。
その女性は笑いながらも涙を流していた。いや涙を流しながらも、ヤケになって遊んでいると言った方が適切かもしれない。
僕は嫌な予感がした。夢というより、現実から目を背けた妄想の世界といった感じだ。僕はとてもじゃないが、この夢の結末を見届けられるような精神力を持ち合わせていない。
この夢から早く脱出しよう。そう思った。
出られなかった。何度やっても、出られない。
いつもであれば、気がつくと次の夢へと渡っている。しかし今回はそうはいかないのは何故だろう。
夢に入り慣れた僕からすれば、これはもうとんでもない大事件であった。