69.5 姉妹の会話
閑話
「健斗くんいい子だね」
健斗が帰ってからしばらくして、残った酒を飲みながら瑠美はそう言う。そんな瑠美に遥香はおつまみの残りを食べてから言った。
「だから心配いらないって言っただろ?」
「姉さんいつも変な男捕まえてくるから心配なんだよ」
「変な男って・・・和也は見た目と外面は良かったろ?」
「あの人は昔から胡散臭いって思ってた。あれだけわざとらしい笑顔で露骨に面倒なオーラを持った人はそんなにいないよ」
昔から付き合いがあった瑠美からすればまさに天敵と言っても良かった。大好きな姉を奪った憎い存在。そして、彼が持つであろう闇ともたらすであろう不幸を察していたからこそ、瑠美は和也が嫌いだった。
だからこそ健斗のことも警戒していたのだが・・・
「本当にいい子過ぎてビックリしたくらいだよー。あの子多分他人に尽くすタイプでしょ?」
「かもな。文句も言わずに子持ちのところに毎日通って飯を作ってるくらいだからな」
「そうかもね。昔の私なら間違いなくタイプだったよ。あの年であれだけ一途で尽くすワンコ系の年下彼氏・・・うん!いいね!」
「あのな・・・健斗は私のものだぞ?」
そんな姉の言葉に瑠美は笑って答えた。
「わかってるって、今は旦那が一番だからとらないよ。でも、健斗くんとは話してて落ち着くからちょくちょく遊びに来ていい?」
「気に入ったのか?」
「うん!だって、あんなに楽しそうなちーちゃんの顔見たのはかなり久しぶりだしね」
記憶にある限り、千鶴が笑顔を浮かべるのは母親の前だけだった。瑠美になついたのもかなり経ってからなのでこんなにすんなり溶け込んだ健斗には正直驚きを隠せなかった。
「でも、意外なのは姉さんがまだ襲ってなかったことだよね」
「私を発情期の動物と一緒にするな」
「でも、姉さん和也さんの時は随分と早かったから」
「あれは・・・昔の話さ」
「誤魔化すねー、まあ、あの様子だと本当に結婚するまで夜の情事はなさそうだけど、たまにはご褒美でもあげないと可哀想だよ?」
距離感からして、きっと健斗は遥香が嫌がらないラインギリギリで常に調節しているようなので、そう言うと遥香はため息混じりに言った。
「私だって、何かしたいが・・・あいつの要求が可愛い過ぎて時々リミッター外れそうになるんだよ。なんだよ、あいつ乙女か」
「うーん、恋する童貞は下手すればそこら辺の乙女より乙女かもね。それに男って恋愛においては女より脆弱だから」
「かもな、まあそんなあいつも好きなんだが」
「だから、それを伝えたら?」
そう呆れながらも、和也の時にはなかった変化に瑠美は思わず微笑んでしまった。確かに教師と生徒という立場なのはあまり誉められた関係ではないが、そんなことよりも姉が再びこうして人を愛することができたことが嬉しかった。それに・・・
「ちーちゃんはすっかり健斗くんになついてるみたいだしね」
「ま、今はお兄ちゃんなんて呼ばれてるが、いつかはそれが父親に変わって欲しいもんだ」
「初恋の線は?」
「ライバルになるのか?ちーちゃんが?」
そう笑ってから遥香は答えた。
「ま、私から寝とれるなら構わないさ」
「強気な答えだねー」
「そもそもちーちゃん自身が多分理解してるからな」
「何を?」
「健斗が父親候補だということをさ」
あくまで憶測に過ぎないが、遥香としてはそんな可能性を感じている。賢い娘は多分母親の再婚に関してなんとなく察しているのではないかと。それに、あのようなトラウマがあろうと、千鶴が遥香以外の家族を欲していることに気づいているからこその結論だ。
「ちーちゃんの側で見守るには健斗は丁度良すぎるからな」
「姉さんも見守らないと」
「私はそういう細かいことは苦手なんだ」
「まったく・・・相変わらずだねー」
一途で不器用な姉に少なからず安堵してしまう。昔から瑠美が知ってる遥香はいつだって不器用な態度で気持ちを伝えることしかできない人なのだ。
「ま、それはともかく、ちーちゃんの友達の他のママさん達とも交流あるみたいだから気をつけたら?」
「まあ、そこは私も不安だが・・・あいつは多分その状況になっても流されることはないと思うんだよな」
「ヘタレだから?」
「優し過ぎるからだよ。自分のことなんて後回し。多分その状況になったら泣きそうな顔でその場を後にするだろさ」
色んなものを天秤にかけるが自分の気持ちは最後に回しがち、一番優先するのは遥香と千鶴のことだろうからそんなことを思うのだった。
「ふふ、随分と可愛い年下彼氏だねー」
「まあな」
「なら、今度のテストのご褒美に何をねだるのか興味深いねー」
「・・・そんなことまで聞いたのか?」
「料理してる時に色々話したよー。でもご褒美なんて健斗くんもちゃんと男の子してて可愛いねー」
「ま、あいつの要求はいつも可愛いものだから、私が気を付けるのは自分の理性のリミッターだけかな」
勢い余って押し倒さないように我慢する必要がある。健斗の可愛い要求に対してそんなことを思ってることを察してか瑠美は笑いながら最後の酒を飲み干すのだった。