635.5 想い人待つ
「ふぅ・・・」
「ど、どうでしたか?」
ドキドキしながらそう訊ねる水瀬に、食べ終えて箸を置いた遥香は微笑んで言った。
「うん、美味かったぞ」
「そ、そうでしたか・・・」
ホッとする水瀬。初めて自分の料理を2人に食べて貰うので緊張していたが、予想以上に好印象で安堵してしまう。
「巽くん程ではないですが・・・」
「まあ、健斗と比べるのは止めたほうがいいな。でも、水瀬もかなり料理上手だとは思うぞ」
「あ、先生。片付けは私がやりますから、ゆっくりしててください」
食器を流しに持っていこうとした遥香を止めて、水瀬はせっせと動く。
「おねえちゃん、これ」
「うん、ありがとう、千鶴ちゃん」
手伝いをする千鶴にも好かれているので、健斗としては夕飯を任せるのにはこれ以上の人材は居なかった。瑠美は残念ながら用事があったので、割と早めに帰ったのだが、お昼を作っただけでも健斗としては有難かっただろう。
「すまんな、水瀬」
「いえ、巽くんや先生にはお世話になってますし、このくらいは当然ですよ」
慣れた手つきで食器を洗っていく水瀬。最近の健斗との特訓が生きていてるのだろう。その姿は家庭的で様になっていた。
「でも、巽くんがライブ行くのよく許しましたね?」
「ん?ああ、それな」
遥香としても、あまり健斗を貸し出すのはしたくないが・・・
「まあ、私としても、アイツの気分転換くらいにはなって欲しくてな」
健斗からしたら、本気で遥香や千鶴に尽くすのが楽しくて仕方ないという感じなので、息抜きというものが上手く見いだせてないように思えたので、こういう友人からの誘いは受けさせるべきだと考えたのだ。
「それに、アイツの友人なりにアイツのこと心配してるのは分かったからな」
「ふふ、先生は本当に巽くんのこと大好きなんですね」
「それはお前もだろ?中条のこと、愛してるだろ?」
「そ、それは、まあ・・・えへへ・・・」
照れ笑いする水瀬をなんとなく、写真に残す遥香。
「せ、先生?」
「ん?ああ、悪い。後で今の写真を中条に売ろうかと思ってな」
「ええ!?」
「冗談だよ。でも、健斗のことで世話になってるからその礼をしたくてな」
「わ、私の写真なんてお礼になりませんよ・・・」
「そうでもないけどな」
むしろ、それ以上のプレゼントは中々無いだろうとさえ思えたが、控えめで照れ屋な水瀬がそれに気づくことは当分ないだろうと思えた。とりあえず、写真を雅人に送ってから、健斗には『待ってる』と返信しておく遥香。
3人とも、2人の帰還を今か今かと待ちわびているのだった。




