55.5 挑戦者
遥香さんの戦い
「さて・・・対したおもてなしも出来ず申し訳ないないですが早速聞かせていただけますか?あなたと健斗の関係を」
そう切り出した健斗の父親である恵。隣に座る弟の海斗は先程から父親と遥香に向けて敵意のある視線を向けているがそれを気にせずに遥香は言った。
「私と健斗は結婚を前提にお付き合いをさせていただいております」
「それは健斗の合意の上でですか?」
「ええ、もちろん」
「では単刀直入に聞きます。健斗とあなたは肉体関係はありますか?」
「ないです。とても清らかな関係です」
そう言うと海斗はぼそりと言った。
「何が目的か知りませんが兄さんを騙して楽しいんですか?」
「騙すですか?」
「バツイチってことは一度離婚してるんでしょ?なに年下が好きな色狂いのババアなの?」
「こら、海斗。言い過ぎよ」
「ちっ、うるせーよクソ親父。兄さんに全部押し付けて逃げたくせに今さら親父面するなよ」
そう言ってから海斗は立ち上がって遥香に背を向けて言った。
「さっさと兄さんとの縁を切ってよ。それがお互いのためでしょ」
「海斗くんだったね。君はお兄さんが大好きなんだね」
「なっ!?」
その言葉に慌てて振り返えると、遥香はイタズラっぽい笑みで言った。
「だからお兄さんが取られるのが嫌なんでしょ?」
「なっ・・・そんなわけ!」
「ま、君がお兄さんのことを家族として好きな気持ちはわかる。優しいし、家事もできるし、家族のことをしっかりと考えてる」
「そんなの・・・当たり前だろ」
その言葉に海斗は視線を反らして言った。
「兄さんは母さんが死んでからずっと僕の面倒を見てくれてた。クソ親父が仕事に逃げてる間も学校があってもずっと面倒見てくれた。だから僕は兄さんに恩返ししたいんだ」
「そうか・・・なら、その気持ちは本人に伝えなさい。それからクソ親父って言ってるけどお父さんがいたから生活出来たことも忘れちゃダメだぞ」
遥香のその言葉に海斗は歯ぎしりしてから叫んだ。
「うるさいよ!なんであんたがそんなに偉そうなんだよ!どうせあんたは兄さんを弄んで捨てる気なんだろ!」
「そういう人間に見えるなら仕方ない。でも、私は健斗が本気で好きなんだ」
「嘘だ!だったら、なんで教師やってる人間が生徒に手を出すんだよ!遊び感覚なんだろ!」
「不謹慎なのはわかってる。でも、合意の上でお互いに想うのは悪いことじゃないだろ?」
「・・・!うるさいうるさいうるさい!僕は認めないぞ!なんだったら学校や教育委員会にこのことを・・・」
「そうして私を排除した後に健斗が君に感謝すると思う?」
「・・・勝手にしろ!」
その言葉に海斗は歯ぎしりをしてから背を向けて吐き捨てるように出ていった。とはいえ、遥香としても少しだけ言い過ぎたかもしれないと思いつつあの様子だと学校や教育委員会に話すことはないだろうと一安心する。なんだかんだで頭のいい子供だからおそらくそうした時の兄の悲しみと自分の感情を計りにかけた結果の逃亡なのだろうと推察する。
ひとまずの敵を退けてから次の敵に視線を向けると、恵はため息をついてから言った。
「息子が大変無礼なことを申したことを謝罪します。でも、あの子が健斗を本気で心配していることはご了承ください」
「もちろんです。さて、お父様としてはどうお考えなのか聞いてもよろしいでしょうか?」
「そうね・・・あなたがとても聡明な方なのはわかります。教師としてとても向いているのでしょう。だからこそ私は疑問なのです。教師であるあなたが何故生徒の健斗に手を出したのか」
その質問に遥香はしばらく考えてから恵の目を見ながら言った。
「お父様は健斗の進路希望調査表の内容をご存知ですか?」
「進路ですか?」
「ええ。彼は3年間毎回絶対に『主夫』と書いていたのです」
その言葉に恵はしばらくポカーンとしてからクスリと笑って言った。
「本気だったのね・・・なるほど、それで先生は健斗と恋仲になったと?つまり誰でも良かったのですか?」
「そうですね・・・最初は確かに打算がありました。私は家事全般が苦手ですから。やってもらえると楽だと。でも、彼と過ごすうちに私は、本気で彼を好きになりました。ちーちゃん・・・私の娘を実の娘のように相手をする彼に、私のことを理解して受け入れてくれた彼に、いつも一生懸命家族のために頑張れる彼に私は心から惚れたのです」
そう熱く語る遥香に恵はしばらく考えてからため息まじりに言った。
「条件が二つあります」
「伺います」
「一つは健斗を絶対に幸せにすること。離婚なんて許しません。結婚は卒業後必ずすること。途中で別れることも許しません」
「もちろんです」
「もう一つは私のことをお義父さんと呼ぶこと。そしてあの子・・・千鶴ちゃんにも私が祖父であることをしっかりと理解させること。つまりあなたが再婚することをあの子にもきちんと理解させることね」
「はい。必ずやりますお義父さん」
「はぁ・・・まったく」
頭をかいてから立ち上がって恵は言った。
「どんな悪女がくるかと思ってたのに・・・計算違いだわ」
「良い方にですか?」
「ええ、そうよ。健斗のことをお願い。あの子は辛いことは絶対に家族には言わないから。いつも他人のことばかり気にするお人好しだから、あなたが健斗の心を守ってあげなさい」
「もちろんです」
そう言ってから握手をして遥香は一息つけた。長い戦いだったように感じながらも確かな成果に頷くのだった。




