49 嘘
主人公ターン
「そうか、的場さんと昼食を取ったと」
夜、千鶴ちゃんが寝てから晩酌中に今日の報告をすると先生は少しだけ不機嫌になった。
「あの・・・遥香さん?」
「的場さん美人だよな。その上色気もあって年頃の男にはたまらないんじゃないか?」
「そんなことは・・・というか、俺は遥香さんの方が美人だと思います」
「・・・こんな、がさつな女がか?」
「遥香さん以上の美人を俺は知りません」
「・・・そうか」
少しだけ嬉しそうな表情をする先生。ビールを飲んでから「それで・・・」と、言って俺に言った。
「何かあったのか?」
「何かって・・・」
「昨日の夜は聞きそびれたからな。今度はお前の話を聞かせてくれ」
「遥香さん・・・」
俺はしばらく悩んでから諦めたように話すことにした。
「俺は嘘つきなんです。それもとんでもない嘘つき」
「・・・昨日も言ってたな。それで?」
「遥香さんもご存知だと思いますが家は父子家庭です。俺の母親は俺が5才の頃に病気で亡くなりました」
「そうか」
「俺の母さんはいつも微笑んでるような優しい人でした。ベッドの上から動くことはできなくてでも、いつも優しくて俺は母さんが大好きでした」
病院には毎日のように通った。家事や海斗の面倒はお祖母ちゃんと一緒に見ていた。そうすれば母さんが喜んでくれるから。
「いつかは治ると思っていたんです。俺がいい子にしていれば病気なんて治るって母さんは言ってたんです。もちろん幼い俺はそれを信じていました。けど・・・ある日のことです。突然病室に入るなと医者に言われました。多分一刻を争う事態だったのでしょう。何日もそんな日が続きました。それでも俺は毎日病室に通いました」
何日も会えなくても通って、母さんに会おうとした。無駄足だったけど。
「そんな日が続いたある日、いつもはダメだと言う看護師さんが今日は大丈夫だと言ったんです。中に入るといつもより元気な母さんがいて俺は病気が治ったんだと思って嬉しくて色んな話を、しました。母さんは俺の話に頷くだけでしたけど、なんだか少しだけ寂しそうに俺を見ていました。そして俺が帰る前に、母さんは俺の頭に手を置いて言ったんです」
「・・・なんて?」
「『父さんと海斗を頼む』って。『何があっても強く生きて』って。俺はそれに頷きました。そして翌日ーーー母さんはこの世を去りました」
今でも覚えてる。いつもと変わらず安らかに眠る母さんの遺体。だけどその手からは温もりが消えていたことに。
「父さんはショックで食事も喉を通りませんでした。仕事も休んで母さんの仏壇の前で脱け殻のように過ごす毎日。海斗は幼いながらも母さんの死に悲しんでました」
「お前は?」
「俺はお祖母ちゃんに付き添って母さんの葬式の手配をしたり二人の面倒を見ました。とにかく必死に俺は働きました。そしてーーー俺は自分に嘘をつきました」
大きな嘘を。自分が壊れないように嘘をついた。
「『悲しくない』そう、自分に嘘をついたんです。何故なら俺は母さんに強く生きろと、二人を頼むと言われたから。だから俺は母さんの葬式の時も、火葬も、その後も母さんのために涙を流しませんでした。やがて、父さんは仕事を辞めて女装趣味にハマりました。母さんのことから逃げるようにオカマの道に行ったんです」
「・・・そうか」
「そんな父さんを海斗は恨んでます。俺に家族のことを全部押し付けて逃げた卑怯者だって。実際、そうしなければ父さんは壊れていたから仕方ないと海斗には言ってるんですがなかなか納得はしません。でも、本当に卑怯者なのは俺なんです」
そう言ってから俺は先生から視線を反らして言った。
「母さんのために涙を流すことすらしなかった嘘つきの俺が一番卑怯者なんです。母さんが死んでから何事もなかったように当たり前に接する俺が一番最低なんです」
「お前は・・・自分が許せないのか?」
「当たり前です。家族のために涙も流さないような冷血漢。こんな俺を誰が許してくれますか?俺は最低のクズなんですーーー」
と、言いきらないうちに俺は先生に黙らされた。不意討ちのキスに俺が唖然としていると、先生は俺を抱き寄せて優しく抱き締めながら言った。
「よく頑張ったな。お前は偉いよ」
「・・・!なにを言ってるんですか・・・俺は・・・」
「お前は嘘つきかもしれないが、そんなことは関係ないよ。じゃあ聞くがお前は本当に母親の死に何も感じてないのか?」
「・・・そんな訳ありませんよ。本当は凄く辛いです。何年も経った今でも割りきれないくらいに」
「なら、お前は優しい奴だよ。だから・・・私の前では本心で話してくれていい。お前が昨日私を受け入れたように私もお前を受け入れてやるから」
その言葉に俺は・・・思わず涙を流しながら呟いていた。
「なんでだよぅ・・・なんで死んだんだよ母さん」
「うん」
「俺が頑張れば治るって言ってたのになんでだよ・・・!」
「うんうん」
「遥香さんは・・・俺とずっと一緒にいてくれる?」
「当たり前だ。死ぬまで離さないと約束するさ」
「うん・・・」
そうしてーーー俺は初めて遥香さんの前で涙を流して泣いたのだった。