4 娘さんを娘にください!
娘と母親の好感度上げ・・・難しい
翌日ーーー俺はバイトを休んで早めの帰宅の先生と保育園へと来ていた。服装は制服のままだ。本来なら着替えた方が何かと便利なんだろうが・・・流石に毎日迎えにくるとなると制服の方が楽なのでそのままでいる。
まあ、対外的には俺は先生の親戚の子供で先生の部屋を借りる代わりに娘さんの送り迎えをするということになったのだが・・・娘さんへのすり合わせなどでボロがでる確率も高いのでその時はその時と諦めている。
最悪俺は中退して先生の主夫になれればいいとも思うが、やっぱり一応は高卒にしておいたほうがいいという思いもあるので複雑なとこだが、まあ、それ以前の問題で俺は娘さんに気に入られないといけないというのが前提条件としてはある。
「先生あの・・・」
「巽、公の場では私のことを先生と呼ぶな。名前で呼べ」
「じゃあ、先生も俺のこと名前で読んでくれませんか?」
すると先生はため息をつきながら頷いた。
「わかったよ、健斗」
「はい。遥香さん」
俺がそう呼ぶと先生は少し照れくさそうに視線を反らした。なんだかその反応が可愛いと思いつつも俺と先生はそのまま保育園に着くとまず最初に保育園の先生方に挨拶をすることにした。
近頃は何かと物騒なので制服を着た高校生が迎えにくるといきなり言われて保育園の先生方も大変かな、とも思ったが先生が説明すると案外あっさりと納得してくれた。授業でも思ったことだが先生は人に何かを伝えるのが凄く上手で、根っからの教師なんだろうなと思った。
「それにしても・・・千鶴ちゃんがよく同居を認めましたね」
先生の娘さんの保育園の先生が少し驚いたようにそう言った。千鶴ちゃんって・・・先生の娘さんの名前かな?
「いやー・・・実はまだあの子には話してなくて。少し騒いでから帰るかもしれませんがすみません」
どうやら正解みたいだ。なるほど娘さんの名前は千鶴ちゃん・・・黒羽千鶴か。果たしてどんな子なのか。先生の説明だと大人が苦手な控えめな女の子って感じだけど、先生の娘さんと考えるともう少し強めな感じなのだろうか?
「千鶴ちゃーん。お迎えがきたよー!」
そんな風に考えているといつの間にか千鶴ちゃんのクラスに着いたようで保育園の先生が千鶴ちゃんを呼びに行った。その隙に先生は俺にこっそりと声をかけた。
「・・・いいか。くれぐれも娘に手を出すなよ」
「それは性的な意味ですか?それとも暴力的な意味ですか?」
「どっちもだ!いくらあの子が可愛いと言ってもお前は一応私の旦那候補なんだからな!」
これは新手のツンデレなのだろうか?それとも親バカと異性として俺を意識しているという感情の中間なのだろうか・・・難しい。
そんな風に話していると保育園の先生に引き連れられて女の子がこちらに歩いてきた。
長めの黒い髪につり目の強気な印象の先生とは対極な全体的におっとりとしていている容姿、そして先生を見つけてからの輝く笑顔ーーーが、隣の俺を見たとたんに凍る。
まあ、母親の隣に見知らぬ男がいればそうなるだろうと思っているとその子・・・千鶴ちゃんは目尻に涙を浮かべながら勢いよく先生に抱きついてから俺から隠れるようにして先生に聞いた。
「だ・・・だれ?」
「千鶴おかえり。えっとな・・・ちょっと色々あってこの人はしばらく千鶴のお迎えをすることになった健斗だ」
紹介されたので俺は千鶴ちゃんに目線をあわせてからなるべく穏やかな声で言った。
「巽健斗って言います。千鶴ちゃんでいいんだよね?」
「・・・・・・・・・」
ガクガクぶるぶる・・・めちゃくちゃ怯えられてる。
なんだろ・・・こんな可愛い子にこういう反応されるのはなかなか辛いものがある。俺はくじけそうになる心をなんとかして千鶴ちゃんに声をかけようとしてーーー途中で言葉が出なくなった。
千鶴ちゃんの目にあるのは明確なる恐怖。トラウマ。これが憎悪とかならまだ幾分か楽なのだろうが・・・千鶴ちゃんは俺を見て悲壮な表情を浮かべていたのだ。一体何をどうすればこんなに見知らぬ他人に対して恐怖を抱けるのかーーー俺はなんとなく千鶴ちゃんにこんな顔をさせている自分に頭にきながらゆっくりとーーー怯える千鶴ちゃんの頭を撫でて言っていた。
「大丈夫・・・俺は千鶴ちゃんの味方だよ」
「・・・・・あ、う・・・」
「俺は千鶴ちゃんにもお母さんにも何もしない。だから・・・笑ってほしいな」
そう言うと千鶴ちゃんは目を丸くしてから・・・ゆっくりと不器用ながら笑みを浮かべた。
今はこれが限界か。なら俺は・・・この子に無邪気に笑ってもらえるように頑張らないとな。
そんなことを柄でもなく考えてしまっていた。
この日がきっと・・・俺と先生、そして千鶴ちゃんが初めて不器用に歩み寄った日なのだろうと後に思う。