172.5 頼れる健斗
「まま、おいしいね」
「ああ、そうだな」
花火まであと少しとなった頃。父親からの電話を受けて、少しだけ離れた健斗を待つ遥香と千鶴。久しぶりに千鶴と二人きりになったので、遥香は思わず聞いていた。
「なぁ、ちーちゃん。健斗・・・お兄ちゃんのことどう思ってる?」
「どう?」
その言葉にしばらく考えてから、千鶴は笑顔で言った。
「えっとね、いつもやさしくて、あったかくて、だいすき!」
「例えばの話だが・・・健斗がちーちゃんの父親になったらどう思う?」
「おにいちゃんがぱぱ・・・」
遥香はあまりにも踏み込み過ぎたと思い、慌てて言葉を発する前に、千鶴は微笑んで言った。
「すごくうれしい!おにいちゃんだいすきだから、ほんとうのぱぱになってほしい」
「・・・そうか。ありがとう」
たった数ヶ月でここまで自分と娘をたらしこんだ健斗に、遥香は純粋に凄いと思っていると、不意に誰かに腕を掴まれる感覚に、思わず身構える。見れば酔ったように顔を赤くしたおじさんが、遥香の腕を掴みながらうわ言のように言った。
「みつこ!さっさと帰るぞ!」
どうやら酔って勘違いをしてるらしい。千鶴はそのおじさんを完全に怖がっており、遥香はなんとかその手を離そうと力を入れる前に、ふと柔らかく抱き締められていた。
「おじさん。みつこさんならあちらにいますよ」
見れば、健斗が自分と千鶴を抱き締めていたのだった。
「おじさん、これは俺の妻です。あなたの妻はあちらにいますよ」
「ひっく・・・おう、そうか、悪いなぁ」
そう言いながら離れていくおじさんを見てから、健斗は二人に聞いた。
「大丈夫ですか?怪我とかしてませんか?」
「ちーちゃんも私も大丈夫だ」
「そうですか・・・良かったぁ」
ほっとして苦笑する健斗。そんな健斗に遥香は聞いた。
「電話はいいのか?」
「嫌な予感がしたので切り上げました。すみません、怖い思いさせて。千鶴ちゃんもごめんね」
「ううん、おにいちゃんがたすけてくれたからだいじょうぶ」
「そっか。遥香さんもすみません。もっと早く戻れば良かった・・・」
抱き締められたままそんなことを言われるもので、遥香は思わず軽く赤面してしまう。まさかこんなことで自分がときめくとは思わずに、なんとか余裕の笑みを浮かべて言った。
「それよりいつまで抱き締めてるんだ?」
「あ・・・すみません」
「構わないが・・・そんなに私とちーちゃんと一緒にいたかったのか?」
「もちろんです。大切な二人ですから」
その言葉に千鶴が嬉しそうに微笑む中で、遥香はこの上なく健斗にときめいていた。先ほどからチョロすぎる自分に呆れつつも、さっきの健斗が遥香を助けてくれた姿に、自分の少女としての部分が過剰に反応したのがわかった。
(そんなのとうの昔に捨てたはずなのになぁ・・・)
断言できる。遥香は健斗のことが大好きだ。そして同時に、遥香は健斗のことを絶対に手離したくないと思うのだった。お祭りのムードもあるのだろうが、平たく言えばさらに惚れたのだった。そんな風にしていると、いつの間にか夜空に花火が咲き乱れた。健斗と千鶴がそれを嬉しそうに見つめる中で、遥香だけは健斗の横顔にみとれてしまっていたのだった。
まるで恋する少女のようにと言えば本人は否定するだろうが、事実なので仕方ない。そうして絆が深まる中で、祭りの夜は過ぎていく。




