171 夏祭りの前に
浴衣
「これでよしかな」
先生の家に住み初めてから、少し経った日のこと。俺は千鶴ちゃんの浴衣を着せていた。浴衣の着付けなんかは、お祖母ちゃんに習っていたのでなんとかなったが、可愛いピンクの浴衣を着た千鶴ちゃんは、身内の目から見ても可愛いものだ。
「おにいちゃん、どうかな?」
「うん、とっても似合ってるよ。可愛いよ」
「えへへ・・・」
嬉しそうに微笑む千鶴ちゃん。今日はこれから保育園近くで、小さな夏祭りがあるのだ。少ないが花火も見られるし、せっかくなので行くことになったのだ。しかし、浴衣の着付けを先生は出来なかったので、代わりに俺がやることにした。
「健斗、終わったなら私もやってくれ」
「はい、わかってます」
そして、今日は先生も浴衣だ。というか、まさか先生の着付けまですることになるとは思わなかったが、黒の浴衣の先生は、えらく色っぽく見えてしまう。俺はなんとか平静を保って着付けを終えるが、先生は見透かしたように聞いてきた。
「似合ってるか?」
「・・・凄く似合ってます」
「ならよしだな。浴衣なんて子供の頃以来だが・・・しかしまさかお前が大人用の浴衣まで持っているとはな」
その言葉に、俺は少しだけ気まずそうに言った。
「えっと、実はこれ父さんが母さんに贈ったものらしいんですが・・・その、母さんは結局これを着ることはできなくて、それで大切に取ってたのを貰ったんです」
「結構いいものだが・・・いいのか?」
「父さんもわかってて買ったので大丈夫です。それより今更ですが、そんな浴衣で大丈夫ですか?」
「本当に今更だが、構わないさ。それにこれは巽家の女が着るものだろ?」
その言葉に俺が頷くと、先生は微笑んで言った。
「ならこれを着る資格が私にはあるってことだ」
そう言いながら、千鶴ちゃんの頭を撫でる先生。
「ちーちゃんもよく似合ってるぞ」
「えへへ・・・うん!ままもかわいい」
「ありがとな。健斗としては私の浴衣は可愛いか?」
「・・・そんなの当たり前です」
こうして浴衣姿の先生を前に平静を保つのはなかなか大変だが、なんとか耐える。隣の千鶴ちゃんが唯一の癒しなので、そちらに視線を向けるが、なんとなくそちらに視線を向けていると、少しだけ嫉妬じみた視線がこちらにくるので、自然と俺は先生に視線を戻していた。
「ま、とりあえず着付けは終わったし行くか。健斗は着替えなくていいのか?」
「俺は浴衣ないですから。それに二人を着付けて満足です」
「ん、なら行くか」
そうして俺は浴衣姿の二人と共に会場へと向かうのだった。途中二人の浴衣姿が人目を惹いたのは言うまでもないだろう。




