139 甘える晩酌
恒例の晩酌
「ほら、健斗。早くしろ」
「ええ、わかっています」
俺は次を用意すると先生にあーんをして食べさせてあげる。
「はい、あーん」
「あーん・・・うん、うまいな」
「そうですか、良かったです」
雛に餌をあげている気分になってくる。現在は千鶴ちゃんを寝かしつけての晩酌タイム。テスト勉強の合間の息抜きに俺は先生を餌付けしていた。
「しかし、こうして誰かに食べさせてもらうなんて子供の頃以来だ」
「そうなんですか?」
「私が食べさせてもらう側に見えるか?」
「少なくとも俺の前ではそうです。はい、あーん」
もぐもぐと食べてからお酒を飲む先生。
「にしても手慣れてるな」
「もともとこっちが本職なので」
とはいえ、昔の話だ。海斗の世話と母さんの食事を手伝ったくらいだ。まあ、母さんの方は足手まといだったかもしれないけどね。
「お前はあれだな、私が拾わなければ保育士か介護士にでもなってたかもな」
「そういうビジョンはなかったんですがね」
「あんなふざけた進路希望が本気とは思わなかったよ」
「いいじゃないですか、主夫。むしろ男女平等社会には必須ですよ。女性が働くようになるなら、男性だって家事を専門にしてもいい」
そういう女性である先生のために俺はこうして今も通っているのだ。まあ、来月からはここに住むんだけどね。
「全く、屁理屈を言うな。ま、実際問題私が仕事を辞めないことはお前がよくわかってるだろうしな。お前くらいか。私を見捨てないのは」
「見捨てるも何も立場は遥香さんの方が上ですよ。それに家族を見捨てるなんてことはしません」
「例えば私が多額の借金を背負ったり、仕事で精神が病んで落ちぶれてもか?」
「ええ、当たり前です」
むしろそんなことくらいなら余裕でこなしてみせよう。
「借金が出来たら、一緒に返します。仕事で心が疲れたなら側で支えます。もちろんお金は俺が稼ぎます。少しグレー気味の会社で家事をしながら先生と千鶴ちゃんと過ごすのもありですね」
「随分と明確だな」
「え?だって結婚てそういうリスクも全て受け入れるからこそなんですよね?」
むしろ、俺としては簡単に大切な人を見捨てるつもりはない。例えどんな風になっても、俺が愛したものが変わることはないだろうからだ。それにだ。
「やっぱり、何年経とうがこの気持ちが変わることはないですからね」
そう言うと先生は嬉しそうに微笑んで言った。
「乙女だな」
「ええ、いけませんか?」
「いや・・・お前に惚れ直したところだ」
そんな風に晩酌は過ぎていくのだった。




