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〜第8章〜ドッペルゲンガー

〜第8章〜ドッペルゲンガー

会社近くのアパートに

案内され、エレベーターで俺は椎木さんと

わかれた。

椎木さんに朝何時にこのマンションを

出る予定か確認され、

「7時45分ごろかな?」と答えた。

しかし、実際には7時半に家を出る

ことになった。

何故なら、尾崎先輩に早めに

家を出て、アパート近くのカフェで

モーニングを食べようとLIMEで連絡が

あったからだ。

「尾崎先輩、おはようございます。」

ごくごく普通の喫茶店の奥の席に

尾崎先輩を見つけ、俺は小走りで向かい

挨拶した。

「おう、お疲れお疲れ〜。」

空気が抜けて元気のなくなってきたような

風船のような

緊張感のない笑顔を振りまき、

尾崎先輩は俺に席に座るように促した。

話の内容が何なのかなにも知らされていない。

しかも呼び出されたのは俺だけだ。

面倒なことでなければいいが。

不安を汗と共に手に握りながら

俺は席に着いた。

「ごめんね、着いたばかりで

疲れてるだろうに早く呼び出して。

ただ、椎木さんとは違って岡田くんは

今回少し特殊なケースだからさ。」

「特殊なケースですか?」

話の内容が内容だけに、緊張感のない

尾崎先輩の笑顔にこんなにも違和感を

覚えることはないかもしれない。

「コーヒー飲めたよね?頼んでいい?」

「はい、ありがとうございます。」

俺は無意識のうちに乾いた唇を舐めた。

「椎木さんの配属は椎木さんの入社が

決まっていた時からここだって決まってたんだよ。彼女の家は代々異世界関連会社の会社員でね。いわばサラブレッドみたいなもんなんだ。」

「そうなんですか?」

俺は驚きを隠せずに言った。

彼女からそのような話は聞いたことがない。

今思えば、いつも俺や浅井が話しているばかりで

彼女から彼女自身の話を聞いたことは

なかったかもしれない。

「そうだよ?聞いてなかった?」

尾崎先輩は本当に意外そうにそう言った。

俺は何も答えず、沈黙で答えを示した。

「まあ、それはいいとして。とにかく、彼女の配属はもともと決まってたんだよ。

でもどうして君が選ばれたのかというと、

突然の欠員の穴埋め要員でね。」

「穴埋め要員...ですか。」

俺は前のめりに話を聞きながら、

浅井の話を思い出していた。

嘘みたいな噂の話しかしない浅井だったが、

本当だったのか。

「この資料を見て欲しいんだけど。」

尾崎先輩は黒い通勤用カバンから

ファイルを取り出し、中から

A4サイズの白い紙を取り出し俺の方に

向きを向けてテーブルへと置いた。

誰かの履歴書のようだった。

「あの....。」俺は目を見開いた。

「これ、俺の写真ですよね?」

俺は履歴書の写真に向かって指差しながら

言った。

震えているつもりはないのに、

視界にうつる自分の手が小刻みに震えている。

俺に瓜二つというレベルじゃない。

これは俺じゃないか。

「そう、岡田くんそっくりだろ?

でもよく名前のところを見て欲しい。」

尾崎先輩が名前の欄のところを

示すように手を添えた。

「君の名前は、岡田優太、だ。

しかし彼の名前は、岡田裕太だ。

特にそれ以外にプロフィール上

大きな違いはないが、名前を書く際は

気をつけて欲しい。」

俺は乾いた喉をうるおそうと、

尾崎先輩が頼んでくれたコーヒーを飲んだ。

「あとは、君の趣味のことなんだが、

君の趣味は音楽鑑賞とライブに行くことだろ?

君の好きな一番好きなグループは

昨年デビューした日本人洋楽ロックバンド

White cherryだが、White cherryは

まだデビューしていない。

インディーズバンドでデビューは

半年後ぐらいだろう。

そんなに好きじゃないかもしれないが

邦楽ロックバンドのくれっしぇんどは

デビューしているから、好きなバンドを

聞かれたらそう答えてくれ。

じゃない方の裕太くんも好きだったから。」

「あの。」

俺は断っておくが元来話の腰を

折るタイプじゃない。

「何?」

尾崎先輩は何も気分を害した様子もなく、

むしろ聞いてくれて嬉しくてしょうがない、

とも感じられる態度で答えた。

「この俺じゃない方の裕太くんは

どうされたんですか?」

答えを知るのがこんなにも怖かったことはない。

しかし、こればっかりは

聞かずにはいられなかった。

「う〜ん。聞かれない限りは

言わないでおこうと思ってんだけどねえ。」

尾崎先輩は困ったように顎に手をやり、

数回撫で回した。

「実はね、行方不明になったんだよ。

約一週間前にね。」

いつちぎれるのかわからないような

するどくささる沈黙。

「この裕太くんは、異世界業務と

何か関連があるのですか?」

尾崎先輩の表情はまるでよめない。

まるで常にわらっているだけの能面のようだ。

「ごめんね、それは答えられない。

俺も知らないことはあるしね。」

尾崎先輩は俺を安心されるように

俺に微笑みかけたが、俺は嫌な

汗をかくばかりだった。

はっきりそう言われたわけではないが、

これ以上もう聞くなと、

鍵を刺されたように感じた。

「さあ、もう8時だよ、岡田くん。」

尾崎先輩が時計を見て慌てたように言った。

俺は呆然としたまま時計を見上げ、

確かにまだ8時だなと心の中で思った。

あっという間に時間が過ぎた気もするが、

逆にもう1日が終わったかのような気もする。

体感時間がおかしくなりそうだ。

「さあ、一緒に会社に向かおう。」

尾崎先輩はおれの背中を叩いて笑った。


「何で先に行ったの?まってたのよ。」

会社に向かうと、既に椎木さんは

到着していた。

俺の姿を見つけると小走りでかけてきて、

怒ったように耳元で囁いて自分の席に戻って行った。

どうやら、おれが7時45分に家を出るという

話を鵜呑みにして、それに合わせてロビーで

おれを待っていてくれたらしい。

連絡してあげればよかったな。

まだあまり働かない

俺は頭の片隅でそう思った。

「おい、岡田!一週間ぶりじゃねえか

何してんだよお前!!」

突然後ろからヘッドタックルをかまされた。

「いたいいたいすいませんすいません!

実は盲腸で入院してて。

心配おかけしてほんとすいませんでした。」

俺はジタバタと暴れながら、

ギブですというふうに後ろからしめられた

手をポンポンとたたいた。

尾崎先輩と会社へ向かう道がてらに

俺が休んでいたのは盲腸だというふうに

答えろという指示があったのだ。

同じく、裕太くんの大体の社内での交友関係は

教えてもらった。

この人は俺と同じ営業第3課の

鈴木係長らしい。

「まあ、盲腸なら仕方ないな。

休んでたぶんしっかり働けよ。」

「はい。」

俺はあたまをかきながら半笑いで

そういった。

「あっおはようみゆきちゃん!」

鈴木係長は、俺の後ろに向かって手をふった。

あからさまに鼻の下が伸びている。

どうやらオープンスケベらしい。

俺は振り向いた。

「鈴木さん、何度も言ってるけど

下の名前で呼ぶのやめてもらっていいですか。

気持ち悪いので。岡田くん、おはよ。

へえ〜今日からなんだ。」

いつか会った、遠い昔のように

茶色い天使の輪がかかった髪を後ろで

くくり、紺色のストライプスーツを

来た彼女が俺の顔を見て言った。

可愛い八重歯が彼女の笑顔に光る。


ー彼女だ。

俺はとってつけたような

半笑いを顔に浮かべたまま固まった。


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