〜第2章〜その時君はやっぱり君だった〜
〜第2章〜その時君はやっぱり君だった〜
彼女は生まれたての子鹿のように震えながら
黙りこくり、ただただ親の形見のように
ハンドルを握りしめる俺を黙って
部屋に招き入れた。
俺の手にそっと自分の手をのせ、
自転車をとりあげ窓際に立てかける。
そして右手にタバコを持ったまま左手で
俺の背中をポンポンと叩き、ベットの方へと
俺を促した。
俺はされるがままに歩き、
ベットに腰掛けた。彼女が隣に座った。
「あなた、突然知らないところから
飛んできたんでしょう?」
彼女はポツリといった。
俺は驚いた。
そうなんです、と答えようとしたが
掠れて声が出ない。
つばを飲み込みながらこくこくと
うなづいた。
「実はあなたが初めてじゃないの。
私、引き寄せちゃうというか、
窓みたいなのよ。
別の世界からの住人をたまに。」
彼女の説明は淡々としたものだった。
彼女の人生で今までも2回、
突然彼女のそばに人があらわれ、
その人が驚きふためき、
茫然自失で彼女を質問攻めにした
経験があるらしい。
1人は彼女から明確な答えが得られないとわかるとすぐに人混みの中に消え、
もう1人は道で座り込んだまま
動かなくなってしまったそうだ。
「でも君みたいな小さい子が
飛んできたのは初めて。」
気だるそうに髪を掻き分けながら
ため息をつくと、バスローブのポケットを探り
僕の手に飴ちゃんをのせた。
足を組み替えた時にちらりと見えた
日に焼けた小麦色の
健康的な長い足が、月の光に照らされて
影を描き出していた。
「みゆきキャンディーですね。」
自分の声とは思わないような
高い声で僕は声を発した。
「みゆき?私の名前と同じね。
でもそれはみきキャンディーだけど。」
パッケージをあけ、口に含むと
確かにみゆきキャンディーと同じ
甘辛い味がする。
しかし、くしゃくしゃなパッケージには
紛れもなくミキと書かれていた。
「ね?ミキキャンディーでしょ?」
その人はこぼれるような笑顔で
そう言った。
「なんでバスローブにキャンディーなんて
いれてるの?」
僕は彼女に尋ねた。
「甘いのが好きなの。」
彼女は子供のようにそう言った。
パァン
また風船が弾けた。
目を開けると、
すっかり闇のとばりが落ちた
家へと続くいつもの通学路が広がっていた。
おれは呆然としたまま、
家へ帰ると母親は高い声で叫び
俺を抱きしめてから、
俺の頰をひっぱたいた。
俺は泣いた。
しかしそれは痛みからというよりも、
戻ってこれたという安心感だった。
母親が帰ってこない俺を心配して
学校や警察に連絡し
色んな人が俺を探し回っていたらしい。
「自転車はどこに置いてきたの?」
と聞かれたが俺は答えられなかった。
どこに置いてきたのかは知ってる。
でも言えるはずもない。
くしゃくしゃに擦り切れた
ミキキャンディーを親指で
撫でた。
手がかりはミキキャンディーの
パッケージと、彼女のタバコの匂いだけだった。
俺はその後も突然別世界にトリップするという
経験をした。
最初ほどは驚かなかったし、時間が経てば
戻れるということがわかり
徐々に慌てなくなった。
彼女がいた世界かも知らないと
いつも彼女を探したが、彼女は
見当たらなかったし、
別の世界なのかどうかも判断し難かった。
時が流れ、俺は社会人になった。
入社式にまだ着られている、
と周りにからかわれるスーツを着て
出席する。
新しい仲間たち、未来への期待。
人生の節目にワクワクしていた。
規模は大きくないが憧れていた東京に
本社があり、有名なお菓子を取り扱っている
なの知られた企業だ。
第一志望ではなかったが、
俺は自分の選択に満足していた。
しかし、入社式で
社長から告げられた言葉は、
俺の期待をはるかに上回るものだった。
いい意味でも、悪い意味でもね。
「皆さんはこの会社を
お菓子メーカーだと思ってらっしゃる
かもしれません。
でも実は、ここはそれだけではない。
驚かれる方もいるかもしれませんが、
この会社の主なメインターゲットは
異世界なんです。」