彼氏に別れをきりだしたら殺されて、悪役令嬢に転生するとか(泣)
ニートってどう思う?
世間一般の見方では、あんまり……というか全然良い印象はないと思う。
だとしても、私のカレシがニートというのは紛れもない事実なわけで……。
「別れましょう」
私は仕事から帰ってきて早々に、付き合っている彼にそう告げた。
「はぁ? なんだよ、急に! 何が気に入らない?」
「そうね、強いて言えば全部。まず三十過ぎて職に就ていないこと」
「仕方ないだろ。就きたくたって、俺に合う職がないんだから!」
「大学新卒での就職に失敗して、そのままズルズルとフリーターを続け、職歴も資格もない貴方を、一体どこの会社が月給30万の正社員で雇うのかしら。そんな会社はありません」
チラリ、と部屋を見回す。
ここは私が借りているマンション。そこにニートの彼が転がり込んできて同棲生活がスタートしたというわけだ。
彼が住み始めて部屋の様子は一変した。有り体に言えば汚部屋になった。
読み散らかした漫画、食べ散らかしたお菓子、脱ぎっぱなしの服。
昼夜問わず酒を飲み、その空き缶が転がっている。あぁ、もう。残った中身が零れてるし。
灰皿からは吸い殻が溢れ、テーブルにいくつか落ちている。
「せめて家事でもできればね……」
心からそう思う。
絶対に職に就いてなければならないとは言わない。専業主夫という選択肢だってあるのだ。
「ちょっと待て、それだけの理由で別れるのかよ?」
「これらの理由だけでも充分だと思うけど、他にもあるわ。……君、太ったでしょ」
彼の体型は付き合った当初――大学生の時の面影はない。
予定がなければ外にも出ない、食べる時間だけは人並み以上にある彼は、およそ40キロ増量していた。
「容姿が多少変わったくらいで文句を言うのか! 人間は歳を取る生き物なんだぞ!」
「加齢に依るものじゃないでしょ、君の変化は」
「だとしても……」
「あとね、臭いのよ」
唖然とした彼を尻目に、私は言葉を続ける。
「お風呂、何日前に入った?」
「それは……だって悪いだろ、水道代だって……」
「水道代気にするくらいなら、一日中付けっ放しのクーラーをどうにかしなさいよ! それとネトゲもね! 君が来てから電気代が跳ね上がってるのよ!」
彼との暮らしは金が掛かる。部屋は汚れる、手間はかかる。……もう限界だった。
「私は君のママじゃないのよ」
対等な付き合いを望んでいるだけなのに、彼ではそれすら不可能だ。それにもう行動を改める時間も充分にあげた。けど彼は変わってくれなかった。
「もう、終わりにしたいの」
「じゃあ俺はどうすればいいんだ!? 追い出す気かよ!?」
「そうね。だって私が君の生活を支える理由なんてどこにもないもの」
呆けていたかと思うと、徐々に彼の表情が変化していく。憎々し気に目を細め、彼は私を睨んだ。
「愛してる、好きだ、って言ってたのは嘘だったんだな! この人でなし!」
「愛していたわよ。じゃなければいい大人を十年も支えたりしない。でももう限界なのよ、分かって。私だってもう結婚を考えないといけない年齢だし……」
「俺とすればいい話だろ!」
「結婚は支え合っていくものよ。一方的に寄りかかられるなんてごめんだわ」
否が応でも流れる時間の中で、私が彼に付き合っていられる時間はもうないのだ。彼に変わる可能性があるのならまだ希望はあったけど、それはきっと望めない。
私は穏便に説得しているつもりだった。分かるように説明しているつもりだった。
「分かった……。お前は、自分の幸せために、俺を踏み台にするつもりなんだな!」
ダンッ、と大きな音を立てて立ち上がると、彼は私へ向かって腕を伸ばす。
「ちょっと、何するの……」
「俺はお前に捨てられたら……」
ギリギリと強い力で首を絞められる。
苦しい。息が、できない。
「……っは」
「お前に捨てられたら、どうやって生きていけばいいんだ……!」
知らないわよ、そんなの。と言うことはできなかった。
締め付けられる首が痛い。本気の本気で、彼は私を殺す気だ。
「一人だけ幸せになんてさせない……逃がさないぞ、萌絵」
彼――大林学が恨みがましく私を呼ぶのを聞きながら、意識が途絶えた。
そんな悪夢のような人生の終わりを、私は生まれ変わっても覚えていた。
生まれ変わりなんて信じてなかったけど、実際に自分が経験してしまえば肯定せざるを得ない。
私は絹川萌絵としての人生を終えて、別の人間に生まれ変わっていた。……異世界に。しかも、悪役令嬢ってやつに!
なんで自分の生まれ変わった人物が悪役令嬢かと分かったのかって? それはその悪役令嬢が、私の知っている乙女ゲームの敵役だったから。
あんな人生の終わり方をさせておいて、次が悪役令嬢だなんて、神様はドSですか!?
「エミーリヤ様、お時間です」
侍女に呼ばれ、私は椅子から立ち上がる。
エミーリヤは今の私の名前だ。公爵家の令嬢エミーリヤこそが乙女ゲームの悪役であり、今の私。
緊張しながら自室を後にし、馬車に乗った。
――今日この後、私は王宮で婚約破棄を言い渡されることになっている。
ゲームのヒロインであるエステルを陰でいじめた罪を暴かれ、それを理由に婚約を破棄されて、その上絞首刑に処せられることになる。本当、絞首刑とか勘弁してほしい。一度で充分だわ。もっと別の……首繋がりなら斬首刑とかに……いや、そうじゃなくて。私は別に死に方に異議があるわけじゃないんだ。
シナリオを知っていた私は、刑に処せられないようにと一生懸命生きてきた。
当然エステルをいじめたりなんかしなかったし、出来る限り関わらないようにした。エステルいじめを一緒にするはずだった人たちとも、縁を作らないように距離を置いてきたし、可能な限りの抵抗はしてる。
ただ一つうまくいかなかったのは王子との婚約だ。
婚約破棄からの絞首刑なんだから、そもそも王子と婚約しなければいいじゃん、と最初に考え、王子との縁談がまとまらないように工作をした。王子が来る会には失敗した化粧と流行遅れのドレスで参加したし、言葉も極力交わさないようにした。
だというのに、なぜか王子は私を選んでしまった。なんなの、ブス選なの?
もしかしたら重要なシナリオ部分は変更不可能なのかもしれない。
「……」
自らの身体を抱きしめて、恐怖を抑える。
何も咎められることなんかない。後ろ暗いことなんかしてない。だけど……怖い。
王宮に着くまでの間、私は馬車の中で身体を震わせていた。
シナリオは、私が恐れていた通りに進んでいく。
「婚約を、ここに破棄させてもらう!」
第一王子であるヴァレリーは、一段高い位置にある玉座の前に立ち、そう宣言した。
あぁ、ダメだった。何もかも無駄だったんだわ。せっかく考えられるすべての手を尽くしたというのに。
「お前は嫉妬心から美しいエステルに対して陰湿な嫌がらせをしていたらしいな」
シナリオ通りの台詞を吐かれ、絶望は大きくなる。やっぱり、大筋は変えられないのね。
半ば諦めていた私の耳に、綺麗な声が届いた。
「お待ち下さい、ヴァレリー様」
一人の令嬢が前へと進み出た。
私は驚愕して、己の目を疑った。だって、そこに立っていたのは――。
「な、なんだというんだエステル嬢」
そう。王子に物申したのは、いじめられたと訴えたはずのエステルだったのだ。
「私は、エミーリヤ様にいじめられてなどいません」
「そ、そうなのか……? だが、そういう話だったはず……」
「誰に聞いたのか存じませんが、エミーリヤ様は高貴なお方、そのような下劣な真似はしておりません」
被害者として名を挙げられたエステルが否定したことにより、周囲には戸惑いが広がる。私も戸惑いを隠せない一人だった。
今この流れはシナリオとは違う。どう振る舞えば良いのか分からなかったけど、首の皮一枚つながったっぽい。
「だが……しかし……うーむ、よし! エステル嬢の言葉を信じよう」
本人が否定した手前、ヴァレリーは引くしかなかったのだろう。
ヴァレリーの言葉に、私は胸を撫で下ろす。けど、彼の言葉はそれで終わりじゃなかった。
「もしかしたらエステル嬢ではなかったのかもしれない。もう一度確認を取ることにする。それまでこの件は保留だ!」
「……保留」
保留。それはまだ、安心できる状態ではない。
……決めた。
婚約破棄を言い渡された時は、もう無理かもって思った。けど、私が自分で選んできた人生のおかげでエステルが無罪を証言してくれた。だからきっと大丈夫。
――あがいてみせる。最後まで。無罪を勝ち取るまで、やってやる!
「エミーリヤ様、何をなさっているんですか?」
「……ひ・み・つ」
自室に堂々と道具を広げ、私は作業に没頭していた。
私が作っているのは盗聴器だ。この世界にはまだない高度な品物。
なんでそんなものを私が作れるのかっていうと、前世ではそういう仕事についてたから。技術が収入に直結するから盗聴器メーカーに勤めていただけで、別に探偵やってたとかストーカーやってたとかではない。探偵なんて不安定な収入で大人二人の生活は支えられないのだよ。
「よーし、できた」
この世界で集めた部品と、前世の技術を使ってくみ上げたオリジナル盗聴器。
さすがに誰かに見られながら試すのはためらわれたので、侍女には適当な用事を言いつけて外に出てもらった。
試しに使ってみると、大丈夫、ちゃんと聞こえる。
盗聴器が完成したら、あとはターゲットの部屋に仕込むだけ。ターゲットはもちろん――ヴァレリーだ。
☆ ☆ ☆
「クソッ! クソッ! なんなんだ一体!」
ヴァレリーは頭を抱えた。そうする以外に、することが思いつかなかった。
探しても探してもエミーリヤがエステルをいじめていた証拠も証言も出てこない。
「おかしいだろ。なんでここにきてシナリオが違うんだよ! エミーリヤを殺してハッピーエンドのはずだろ!?」
ヴァレリー……に転生した大林学は、萌絵の部屋で彼女が持っていた乙女ゲームをクリアしたことがあった。そしてこの世界がそのシナリオ通りに進んでいることも、知っていた。
だから好みではないエミーリヤに求婚した。それがシナリオだから。どうせ死んでしまうことが分かっていたから。
「せっかく王子に転生して平和に暮らしてたのに、なんだって……」
予定が狂ってしまう。そしたらその後どうなるか、展開が分からなくなってしまうじゃないか!
エミーリヤが死ぬのは絶対だ。エミーリヤの悪事を突き止め、盤石な地位を築いて王子として生きていく。
「萌絵が残してくれた俺の幸せなんだ。絶対に守り切ってやる」
感情に任せて彼女を殺した後、学は逃げた。殺人罪という文字が頭によぎり、怖くなったのだ。
夜も更けている頃合いに、挙動不審な男はものの数分で巡回中の警察官の目に留まった。殺人がバレて捕まえに来たのだと勘違いした学はすぐに逃げ出したが、運動不足の身体には負担が大きかった。息を切らして立ち止まったところに、大型トラックが突っ込んできて、ジ・エンド。
図らずしも萌絵と同日に命を落とした学は、この世界に王子という地位を得て転生した。それを学はこう解釈したのだ。
――萌絵が罪滅ぼしに、俺を王子に転生させた。
萌絵は学を捨てようとした悪女だ。だが彼女にもひとかけらの良心が残っていたらしく、学が来世で幸せになるように計らってくれた。そうだ、そうに違いない。そうでなければ、彼女の持っていたゲームに学が転生する理由がない。
「証拠と証言がないなら作れば良いんだ……」
ヴァレリーはにやりと笑うと、人を呼んだ。
☆ ☆ ☆
――証拠と証言がないなら作れば良いんだ。
盗聴器から聞こえたおぞましい計画に、肝が冷えた。このままでは何もしてないのに、罪を着せられてしまう。
「彼も転生者だったんだ」
聞こえた独り言からそれを悟った。
彼が転生者なら、話し合えないだろうか。こちらをシナリオ通りに動く単なるキャラクターだと思っているから、殺すのに抵抗がないのだろう。けど、私も転生者だと伝えたら分かり合える気がする。
すぐに侍女を呼び、私は王宮に向かった。処罰保留状態とはいえ、私はまだヴァレリーの婚約者なのだから、会うのはそう難しくない。
その読み通り、私はヴァレリーに会うことをすんなりと許可された。しかし許可はされたものの、彼の表情は険しい。
「何をしに来た」
人払いを済ませ、他人に聞こえないように声を潜めて私は言う。
「私は転生者です」
そう告げると彼は固まった。
「貴方もそうなのではないかと思って伺いました」
「な、ど、どうしてそれを……!」
「ヴァレリー様は婚約破棄の時に『そういう話だったはず』とおっしゃったではありませんか」
盗聴器のことは伏せておいた。
「そういう話だったはず」という言葉は、普通に考えれば誰かが告げ口した話の内容を言っているように聞こえるだろうが、転生者なら「そういうシナリオのはず」という意味で言ったとしてもおかしくはない。
「じゃ、じゃあ……お前も、そうか! だからなんだな!」
テーブルを挟んで座っていたヴァレリーはいきなり立ち上がって、私に指を突き付けた。
「お前が余計なことをしたから、シナリオが狂っているんだ! どうしてシナリオ通りに生きないんだ!」
どうして、って。それでは処刑されてしまうからに決まっているじゃないか。
「お前がシナリオに沿わないせいで、俺がどれほど迷惑を被っているのか分かるか? 俺のこの人生は俺一人のものじゃないんだぞ?」
「それは……どういう意味ですか?」
「俺が王子に転生できたのは、前世で付き合ってた彼女のおかげなんだ。彼女が俺をこうして幸せに導いてくれたんだ」
転生し、新たな人生を歩み始めてまで前世の彼女を思っているのか。そんなに想われているなんて少しうらやましい。私なんて、彼氏に殺されて転生したわけだし。
しかしそんなこと言われても、シナリオ通りに生きるわけには……いやシナリオ通りに死ぬわけにはいかない。
「大変良い彼女だったんですね」
「いや、そうでもないが」
とりあえず社交辞令として褒めておいて話を進めようとしたのだけど、否定されてた。しかもそれが、謙遜ではなく何やら本気のようだ。
「俺を捨てようとした女だからな。すべてが良かったわけじゃない。だが、こうして王子に転生させてくれたことには感謝してやらなくもない」
「はぁ……」
なんだか不遜な物言いだな。そしてこの感じには覚えがあった。
襲ってくる嫌な予感を抑えて、私は笑顔を作る。
「けどすごいですね。彼女はどうやって、貴方を王子に転生させたんでしょうか?」
「さぁな」
「さぁなって……ご存じないのに彼女さんがやったと分かるんですか?」
「分かるさ。だってこのゲームは彼女がやっていたものをやらせてもらったんだし、それに……」
「それに?」
「こ、このゲームに転生した日は彼女がその……亡くなった日、だったからな」
「っ! そ、そうなんですか……」
なんで彼女の亡くなった日に転生するんだ。それって、彼女が亡くなった日とヴァレリーが死んだ日が同じってことじゃないか? それに彼女が亡くなったことを確信してるってことは心中ってわけでもないだろうし。それはつまり後追い自殺か、もしくは――。
「そのヴァレリー様は、どのようにして前世は亡くなられたのですか?」
「妙なことを聞くな。トラックに跳ねられての事故死だったが……」
「そうなんですか」
彼の言動に憂いはない。本当に単なる事故死らしい。ということは、だ。
――おそらく彼は前世で彼女を殺している。
「もう一つ、お聞きしたいのですが」
「なんだ?」
「ヴァレリー様は、前世のお名前って憶えてらっしゃいますか?」
「なんでそんなことを聞く?」
しまった。さすがに不審に思われたらしい。
でも大丈夫。私の推測が正しければ、少しおだててやれば良いだけのこと。
「このゲームはやり込んでいましたから記憶に残っていますが、他のことはほとんど覚えておりませんの。ですが、自分の死因まで覚えてらっしゃるヴァレリー様なら名前も憶えているのかしら、と。すみません。ただヴァレリー様の記憶力が素晴らしいので気になっただけですの」
「なるほど、そういうことか。前世の名前は大林学だ」
誇らしげに彼は言った。
――やっぱり。こいつ、学か!
転生をすごく都合よく解釈したな。養った上に殺された私が、どうして君を王子に転生させようだなんて思うんだ! 思うわけないでしょう!
「まぁ、本当に名前まで覚えていらっしゃるのね! すごいわ!」
心にもないお世辞を言って、私は考える。学が相手では、話し合いで解決するのは困難だ。それを私はもう身をもって経験している。
二度殺されるのは、ごめんよ!
話をうやむやにして、私は自宅へと戻った。話し合いによるシナリオ変更は打ち切りだ。
盗聴器で彼の動向を探ること数日。彼は、私がエステル嬢をいじめているという証拠をねつ造し、証人をでっち上げた。
それが準備だったらしく、私はもう一度王宮に呼ばれることになった。
「……大丈夫、手は打ってあるわ」
覚悟を決めて、私は王宮に向かう。
到着すると、この間の婚約破棄の時と同様に人が集められ、王子であるヴァレリーが王座の前で声を張り上げる。
「証拠が揃ったぞ、エミーリヤ! 見ろ、この切り刻まれたハンカチを。これはエステル嬢のものだ。そうだな、エステル嬢」
「え、えぇ。確かにそうですわ……ですが、そのハンカチはつい三日ほど前に街で見つけて購入したものですわ」
困惑するエステル。それもそうだろう。三日前に買ったハンカチを被害の報告として出されたとしたって、婚約破棄を言い渡されたのはそれよりも前。時系列が合わない。
ねつ造が雑すぎるため、このハンカチに関しては私は何も対応をしていない。する必要がなかった。
「こ、これはその……エミーリヤがいじめをするという事実を表したまでだ。お、お前は婚約破棄を言い渡された後にも、こうしてエステル嬢を貶めていたというわけだな!」
「…………」
この白けた空気にヴァレリーは気づいているのだろうか。
「ま、まだあるぞ。この扇子だ」
彼は折れた扇子を取り出すと、それを掲げて見せた。
「これもエステル嬢のものだな?」
「いいえ、違いますわ」
「な、なんだとぅ?」
予期していなかった展開にヴァレリーは大きくのけぞった。
「だって扇子ならここにありますもの。ほら」
エステルは手元の扇子を広げ、模様を示す。
「同じ柄ですが、それは私のものではございません」
扇子に関しては、エステルが以前無くしたと思っていたものをうまく盗み出して、ヴァレリーが壊したらしい。それを盗聴していた私は、同じものを用意して彼女の家に落としておいた。長らく行方不明だった扇子を見つけたエステルは、今日その扇子を持ってきたらしい。
持っていると証言をしてくれるとは思っていたけど、実物まで持ってきてくれるなんて嬉しい誤算だ。
「じゃ、じゃあこれでどうだ……彼をここへ!」
ヴァレリーは誰かを呼んだが、その相手が出てくることはなかった。
「どうしたんだ! なぜ来ない!?」
出てくるはずがない。ヴァレリーが仕立て上げた証人は現在うちで保護している。
王宮のたくさんの人が見ている前で嘘を吐いた場合、バレたら人生が終わるわよ、と説得したら大人しくしてくれたのだ。
「う……うぅ」
証拠も証言も、もうない。
ヴァレリーはその場に崩れ落ちた。
「ヴァレリー」
低い声が彼を呼ぶ。咎めるような威厳ある声に、ヴァレリーは肩をビクリと揺らした。
彼を呼んだのは彼の父――国王様だった。
「この状況はどういうことだ。証拠にもならないような証拠でエミーリヤ嬢を告発し、恥をかかせたのか」
「いえその……」
「一度の失敗なら、間違いということで許せもした。だが、二度目はない」
「ひぃい!」
「第一王子ヴァレリー、貴様から王位継承権をはく奪する」
ざわりと周囲が騒がしくなる。
「変わって第二王子に、第一王位継承権を与えることにする」
「ま、待ってください。父上!」
「せめてもの情けだ。王宮に残ることは許そう。だが、贅沢や結婚は禁止する」
「け、結婚も!?」
「当然のことだ。婚約者にこんな真似ができる馬鹿者を、どこの誰にあてがうことが出来るというのだ」
「けど、エミーリヤは俺の婚約者で……」
ヴァレリーの言葉を聞いて、国王様は私の方へと視線をくれた。
「エミーリヤ嬢、この馬鹿息子の妻になりたいか?」
にこりと笑いドレスを持ち上げる。
「謹んでご遠慮させていただきます」
馬鹿の世話は前世で充分やりました。もう解放されても良いでしょう?
「だそうだ」
「そ、そんな――っ!」
こうして、私の悪役令嬢としての処刑の危機は去った。
生まれ変わっても、人というのはそう変わらないらしい。彼は結局転生しても王宮内ニートになってしまったのだから……。




