2 最初の転職
村長宅と聞いてはいたが、役場の様な施設でもあるのだろうと感じたのは、ドアを開けてすぐ目に入ってきたカウンターの様なもののせいだろう。
見慣れたそれと比べるとさすがにアンティークが過ぎる気もするが、分かりやすくて助かった。
人を探して近づくと、カウンターに隠れるように低い椅子に座った年配の男性が見えた。
腕を組んで眠ってしまっている、平和な村なのだろうか。
声をかけあぐねていると、奥の部屋から老人が声をかけてきた。
「お客さんかな?まったくあいつはまた居眠りか。何のために雇っているんだかわからんな。すまないけど奥に来てくれるかな、宿屋から来たんだろう」
思わずハイ! と大きな声が出た。
何となく面接を思い出す嫌なシチュエーションだ。
はっと気が付き受付の男性に目をやる。まるで起きる気配がないのはほっとしたが同時にやや呆れた。
ドアはどうやって閉めるんだったかな、などと考えながら声のする部屋へと入った。
いかにもリビング、といった大きなテーブルに隣接しているソファに座っている老人は、先ほどと変わらぬやさしい声で正面への着席を促した。
後ろの方から聞こえる足音は奥さんだろうか「失礼します」と声をかけて木製の椅子に腰を下ろした。
改めて正面の老人を見る。
髪も口髭もきれいな白に染まっており立ち振る舞いからも年齢なりの上品さを感じる。
衣類も現代のそれとは比べものにはならないが、高級な気がする。
姿勢の良さから威圧感などは微塵も感じず、むしろそれが疑問でもあった。
突如現れた自分に対して、この老人の余裕はどうしたことだろう。
少し間をおいてこちらに柔らかい笑顔を向けて老人は話し始めた。
「今朝村の入り口に君が倒れていたのを見つけてね。宿屋で一日休んでもらっていたんだ。どうかな、体に異常はないかい?」
僕が頷くのを見て 話を続けた。
「服装や何かの雰囲気から君は、ここらの人間ではないと思っているんだが間違いないかな?あぁ、やっぱりそうか、異世界というそうだね。君にとっては我々のいるここが、その異世界ということになるのかな。言葉も通じるようで安心したよ」
「なぜ知っているのか、という顔だね。実は最近珍しくないのさ。変わった服を着た人たちがそこいらで突如現れてね。最初こそお互い戸惑ったが、今ではすっかり慣れてしまったよ。この村では君が3人目、 今年では初めてになるかな」
老人の話を聞いて先ほどの宿屋での女性の態度に納得がいった。
同時に安心、というよりは少し落胆する。
自分の存在はここでも既に特別ではないのだ。
それでも最後の希望にすがるように老人の話の続きを聞いた。
「あぁ他の二人かい?最初の一人は勇者になるって言ってね、すぐに城に向かったよ。その後の男の子も同じだったな。 本当に若い人っていうのは野心が強いね。好き好んで魔物と戦おうっていうんだからもしかして君も?あぁいやすぐに決める必要はないさ。ゆっくりしていったら良い」
「少しずつ知って行ってそれから決めればいいよ。残念だけど帰る方法は我々も知らないんだ。先に着た彼らはどうだろうね 知っていても帰りたそうには見えなかったけどね 私には」
溜息混じりにそういうと机の上の飲み物を僕に勧め 自らも喉を潤した。
知っている中では緑茶が一番近い、もう少し苦味の強いそれは幸い僕の口に合った。
それからしばらくあの宿屋で世話になれるよう手配してくれること、代金の代わりに少しずつ宿屋の仕事を手伝うことを約束した。
どうやらあの女性が一人で切り盛りしているらしい。
諸々の説明を受けてとりあえずは宿に帰ることにした。
ともかくこれからの生活に目途が立ち、一先ず安心しつつ帰路についた。
思っていたのとは随分かけ離れたスタートだが、まずは基盤を固めてからと自らに言い聞かせる。
ともあれ現代でフリーターだった僕は、こうして異世界において宿屋手伝いへと転職した。