0 まどろみの続き
記帳が完了した通帳を覗くように見て、溜息をつく。
やはり今月も振り込まれていない。
大学を卒業して何とか就職した会社が世間でいうブラックよりであったのは諦めていたが、一年と経たずに給料が下がり始め、この二か月はついに振り込まれてすらいない。
まともな人間は随分前に殆ど辞めてしまっているか、そうでなくてもすでに次の職場を見つけている様で、未納分の支払いを求めて活動している人間はそんな職場にでもすがるしかないか、金ではなく誠意を見せろなどと 被害者の立場に酔っている暇人ばかりなので自分も表立って参加はせず、万が一の時に支払の対象になる程度の協力だけしながらアルバイトで何とか食いつないでいた。
コンビニの深夜バイトの殆どは求人情報を見てダラダラと過ごす。
残業も休日手当も出ないあの職場で汗だくで働いていた自分とはいったいなんだったのかと考えながら 殆ど年の違わない、それでも随分距離を感じる学生たちに紛れて働いた。
目を合わせずお疲れ様でした、と言い合って帰路につく。
時刻は8時、出勤通学に皆が自分と反対の方向へと忙しく歩いていく。
小走りに駅へと向かう人々の陰鬱とした表情を見て、これから家に帰って何をしようか、と考える状況に優越感に似たものを感じていたのは最初の頃だけで、友人とも休みが合わず、恋人もいない、これといった趣味もない日々はただ退屈で、就職と共に敢えて選んだ実家から離れた8畳一間の我が家の扉は気持ちに比例してどんどん重くなっていった。
当然と言えば当然だが、出て行ったままの景色を見て溜息をつく。
特別綺麗好きではないが、ごみを溜めたりはしないし散らかるほど荷物もない。
パソコンと机、寝具を置いたらあとは何も置けないこの間取りもそう考えると自分に合っていると思う。
壁に張り付けてあるシフト表を確認する。
夜勤明けの休みというものは、得てして無駄になりがちだが今回は他の学生バイトの都合で連勤が続き、 明日から3連休だ。
この日の為にネットで新作のゲームを買っておいた。
名作RPGの数年ぶりの続編というやつで、いわゆるわかりやすい地雷だがそれでも最近の複雑なシステムに振り回されてネットの助言通りに操作するだけよりは、何も考えずに遊べる方が良い。
単純にレベルを上げて装備をそろえてボスを倒す。
やりこみという名の水増しもないし、豪華声優陣も採用されていない。
そういうゲームが良かった。
携帯機の電源を入れると日付の入力画面が表示された。
当時は久しぶりの最新機種に心を躍らせたものだが、2本目以降のゲームを開始するときは決まってこの作業が発生している。
何だか責められている様な気分になりながら携帯の画面に合わせて設定する。
昔は秒単位で合わせたくてタイミングに四苦八苦したことを思い出す。
ソフトのインストール画面になったところで携帯機をベッドの上に投げ、冷蔵庫へ向かった。
少年時代はこういった待ち時間こそ、むしろ期待を高める演出であったが今ではただ苦痛でしかない。
最近気に入って買いこんでいるペットボトルの紅茶を机に置いてベッドに仰向けになった。
午前だけど、なんて独り言を言いながら自分が嫌になる。
24という年齢は世間ではもう決して子供ではないが、だからと言って大人の扱いを受けられるわけでもなく、なんとも中途半端だと思う。
中学生になった時も高校生になった時も同じようなことを思ったが、あの頃とは明らかに違う。
少なくともゲームやアニメの様に無償で誰かを助けたり、泣くほど誰かを愛したり、いわゆる主役になるようなことが、もはや不可能だと気付いてしまっているのだ。
「そう考えると何だか今更このゲームもバカバカしいな」
画面にはすでに開始画面が表示されていたが、仰向けのまま目を瞑ると起き上がる気にはならなかった。
起きたらきっと休日を無駄にしたことを後悔するだろうけれど。
こんなに眠いと思ったのはいつ振りだろう
パソコンの画面が明るい気がする。
電源を付けた記憶はないけど、それもどうでも良くなるくらい眠くて仕方がなかった。