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木彫りのクマ

作者: 白狼ルラ

 ある日、クマが川原でのんびり昼ねをしていると、どこからか声がします


 それはとてもちいさな声でした

 耳をすまして声のする方へ近づいて行きました


 そこには、今にも干上がってしまいそうな水たまりがありました

「たすけてー! だれか……」

 中をのぞきこむと、そこにはとても小さなサケの赤ちゃんがいました


「どうしたんだい?」クマがおだやかな声でたずねます

「あっち、行きたい」赤ちゃんサケはなみだをこぼしながら川の方をさします

 こまったように「道がなくなって……」と、言いたしました

 クマは「そうかそうか」とうなづくと、川へ近づき大きな前足をつかって土をほります

「えいっ、えいっ!」

 あっと言うまに、水たまりと川のあいだに道ができました


 赤ちゃんサケは「ありがとう! ありがとう!」と何どもお礼を言いました

 そして、大よろこびで川へともどると元気よくおよいで行きました


 それからクマが川原へやって来ると、かならずあのサケが待っていました

 いっしょに話をしたり、遊んでいるうちにクマとサケはなかよしになりました


「見てみて! こんなに高くはねられるようになったよ!」

 サケはとくいになって水面からとび上がって見せます

 クマは「そんな遊びはアブナイからやめなさい」とあわてて言います

「鳥がねらっているかもしれないだろう」

 クマがそう言うと、サケは「だいじょうぶだよ。ほら、こんなに早く泳げるようになったんだから」と、スイスイと川の中を泳いで見せます

「じゃあ、そろそろ旅に出ないといけないね」クマが言います

 サケはおどろいたように「どうして?」とたずねました

「大人になるためだよ」クマが言うと、

「ずっとココにいるよ!」サケはムキになって言い返します

「ダメだよ。君のお母さんもお父さんも旅をしたんだよ」とクマはおだやかな声で言います

「イヤだ。ここにいる」

 サケはクマとはなれるのがさみしくてしかたがありませんでした

「ほら、君のなかまたちも旅へ出かけて行くよ」

 クマに言われてサケがまわりを見ると、同じくらいの大きさの魚たちが川の流れにのって泳いで行きます

「じゃあ、いっしょに行こう」

 サケが言うと、クマはゆっくりと首をよこにふりました

「いっしょには行けないよ。ここで待ってるから行っておいで」クマはやさしく言ってきかせます

 サケは何度もふり返りながら「ぜったい、ぜったいに待ってってね!」と旅立ち、クマはいつまでも見送っていました


 それから、夏、秋、冬、春とくり返し時がすぎて行きました

 クマはやくそくした通りにあの川原に来ていました

 サケが帰って来るのをくる日もくる日も待っていました


 そして今年の秋もまた、大きく育ったさけたちが子どもをうむために川へかえって来ました


 いつものように川で魚をながめていると声がしました

「きゃーー助けてー!」

 見ると川の中ほどまで昇ったところで、一匹のさけがオオカミに捕まってしまいました

 悲鳴を聞いた他の魚たちは、大あわてで逃げ出します

 オオカミが相手では彼らには何もできません

「助けてー」

 クマがあわててかけより耳をすませると、それはずっと待っていたサケの声でした

「その子をはなせ!」

 クマが大きな口をあけて叫び声をあげると、オオカミはさっさと逃げだしました

 キズついたサケの体をやさしくくわえ、流れがゆるやかな川の中へそっと戻しました

「だいじょうぶかい?」クマがたずねると

「うん。助けてくれてありがとう」サケが答えました

 サケとクマはしばらく見つめ合いました

 サケもクマも何から話しをしたらいいのかわからなかったのです


「おかえり」とクマが言います

「ただいま」とサケが言います




「この話を聞いた人が作ったのが、この木彫りのクマなんだ!」

 そう言いながら、北海道へ出張に行っていた父親が、自慢げに木彫りのクマを見せました

「そうなんだぁ……お魚さんを食べてるんじゃないんだね」

 まだ小さい彼の息子は、木彫りのクマを眺めながら素直にこたえます

「このクマさんは良いクマさんなんだね」

 瞳を輝かせて木彫りのクマを見つめたり、優しく撫でたりしている息子の姿を父親は満足気に見つめています。

 そこへ母親がやって来て言いました

「そんな話、聞いたことないけど?」

 母親が疑いの眼差しを父親に向け続けると、しばらくの間は真面目な顔を保っていた父親でしたが、我慢しきれずに吹き出してしまいました

「うっそだよーん!」

 そう言った瞬間、その場の空気が凍りついたのは言うまでもありません

 その後しばらくの間、息子は父親の話を信じなくなりました

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