CASE4.間違いだらけのマナー講座。
よろしくお願い致します。
無茶間町は様々な企業が立ち並ぶオフィス街である。
この街の一等地には目蟻商事の自社ビルがそびえ立っていた。
近年、様々な分野で急成長を見せるこの企業は東証一部にも上場していた。
企業の規模が大きくなれば社員も多様化する。
個性というものは良い印象を与える反面で悪印象を与える場面もある。
最低限、相手に不快感を与えないように社員教育を徹底するのが大企業の務めである。
そういうわけでこの日は休日であったが、目蟻商事の第七回会議室では社員研修が行われていた。
眼鏡を掛け、黒髪を七三分けにしたいかにもサラリーマンという男がホワイトボード前に立つ。
「では、今回は私が担当させていただきます」
「その前に質問があるのですが」
席に着く金髪を無造作スタイルにセットした男が挙手しながら質問した。
「なんでしょうか」
「何で僕しかいないんですか」
「良い質問ですね」
七三男がキラリと眼鏡を光らせた。
「ちょっとやそっとじゃこんな研修する必要なんてないんです」
七三男の説明はそれから二十分にも及んだが内容を要約すると大体次のようなものだった。
こういう研修が行われるのはクレームが多発した時である。
一回や二回じゃ口頭注意で終わる。
短期間でここまでクレームを出したのは金髪男が初めてである。
上司だけでなく、客先からも苦情が来ている。
「という理由からあなた一人のためだけに私が休日を返上して担当にされました」
「ありがとうございます。なんかごめんなさい」
「いえいえ。では早速始めますよ」
七三男がポチッとボタンを押すとプロジェクターとモニターが現れた。
「これから色々問題が出てきますので2択で答えてくださいね」
Q.上司があなたの目をじっと見つめて仕事の指示を出してきました。あなたの目線はどこに置くべきでしょう?
A.相手の目を見て話すのがマナーなので同様に見つめ返す
B.額やあごなど少し外して見つめ返す。
「これはAですね」
ぎぃこぎぃこと椅子を揺らしながら金髪が即答する。
「正解はBですね。相手の目を見つめ返すと威嚇してると思われるので少し外しましょう。」
「猫かよ!ていうか人の目を見て話せって普通習うでしょ!」
「程度の問題なんですよ。合わせすぎると威嚇、外しすぎるとなんだこいつってなります」
Q.取引先と大事な商談中。携帯電話はどこへ置く?
A.テーブルの上に。
B.カバンの中に。
「僕いつも内ポケットに入れてるんですけど」
この通り、と金髪は携帯を取り出す。
「これの正解はAですね。相手方から見えるところに置いてください」
「でも失礼じゃないですか?いつもイベント気にしてるみたいで」
「誰がスマホゲーまでしろと言いましたか。大事な商談に変更があるかもしれないからいつでもとれるようにしてということですよ」
金髪は机に携帯を置く。
「いや、今置かなくてもいいんですよ」
「習慣づけようと思って。癖つけとかないとすぐ出来ないんで」
「あ、意外に真面目ですね」
Q.取引先を紹介されました。好感を持たれる握手は?
「ちなみに相手はアメリカ人です」
「あいつか……外人はあいつしか会ってない」
「これそういう問題じゃないんで。個人特定してないでマナーを改善してください」
A.相手の目を見ながら握手する。
B.握手しながら頭を軽く下げてお辞儀する。
「Bの対応しましたけどね、求められる日本人像でしょ?」
「相手の目を見ずに弱弱しい握手は欧米ではデッドフィッシュ(死んだ魚)と呼ばれます」
「欧米か!」
「欧米ですってば」
「でも今の日本のサラリーマンなんて皆死んだ魚の目してるでしょ?」
「そういう社会批判はいいから。次から欧米スタイルでやってくださいね」
Q.上司のお供で同業者のパーティに出席しました。あなたがとるべき行動は?
A.常に上司と共に行動する。
B.上司から離れてなるべく多くの人と交流する。
「僕は営業なのでBでしたけどね。人脈作りは大事でしょ?」
「確かに重要ですけど上司より目立つようなことはやめてください。一人の時ならいいですけどね」
「一人の時だとやらかした時、フォローする人いないから逆に不安じゃないですか?」
「上司の前でやらかしたからこそのこの状況なんですが」
Q.外資系の取引先から夫人同伴のホームパーティに招待されました。独身のあなたはどうする?
A.ひとりで出席する
B.同僚の女性を連れていく
「いや、夫人同伴なら独身の僕を誘うこと自体間違ってるでしょ」
「あなたが独身かどうかなんて知らないでしょ。とりあえず招待するのが礼儀です」
「同僚は誘っても誰も行ってくれないのでAでしたね」
「普段から人徳ないとこうなるんですよ。その辺も改善してくださいね。答えはBです」
「いや、でもこれ見栄張ってるような感じが……」
「はい次にいきまーす」
Q.玄関先で失礼する程度の予定の時、コートは?
A.脱ぐ。
B.脱がない。
「普通脱ぐでしょ」
「家に上げてくれというシグナルになってしまうのですぐ帰る程度の予定なら着ていてください」
「京都人かよ」
「京都人に謝りなさい。ぶぶ漬け投げつけられますよ」
「のぞむところですよ」
「白米は置いて行ってくださいね。次は食事編です」
Q.イタリア料理店でパスタを食べます。フォークとスプーンがあります。どう食べる?
A.両方使って食べる。
B.フォークだけで食べる。
「スプーンだけってのはないんですか?」
「出来るんですか?」
「僕は出来ませんけど。中にはそういう人も……」
「えーっと、両方を使って食べるのは『子供の食べ方』とされています。フォークだけでお願いしますね」
「スプーンだけの場合はどういう食べ方とされてるんですか?」
「なんでそんなにスプーンだけに拘るんですか!?」
Q.日本料理店で割り箸が出てきました。どのように割る?
A.箸を縦に持って割る
B.箸を横に持って割る
「片方を口にくわえて片方を手で持って割るので横ですかね」
「横は合ってるんですがマナー的には最悪の割り方ですね。縦に持つと隣の人に当たる可能性があるのでNGです」
「でもこれ上の人と当たる可能性もありますよね」
「上……!?何が見えてるんですか…!?」
「え?」
「え?」
Q.刺身を食べる時、醤油皿から刺身を持ち上げると醤油がこぼれ落ちそうです。どうする?
A.醤油皿をもってたべる。
B.左手を受け皿代わりにする。
「Bにしましたよ」
「手皿はマナー違反ってわかってますよね?」
「相手があの国の人だったので……」
「あぁ……気遣いはいいんですがあなた、その時なんて言ったんですか?」
「『おたくの国、皿持って食べるの下品なんですよね?でも私、犬みたいに食べるのも嫌なんで手皿失礼しまーす。チョリーッス☆』ですね」
「それについてのクレームですね。何でわざわざ喧嘩売るんですか?ていうかチョリーッスって何ですか」
「相手に合わせてマナーを変える。これこそが真のマナーではないだろうか」
「まぁ正解はAなので。口で喧嘩売るくらいなら態度で喧嘩売る方がまだマシですよ。ぶっちゃけ気にしてないと思いますしね」
「言っちゃいましたね」
Q.飛行機に乗っています。背もたれを倒したいときはどうする?
A.後ろの人に一言断ってから倒す
B.前の人が倒して来たら倒す
「Aを実際やって断られたことがあるのでBですね」
「Bだと傘パクられたから自分もパクったというクソみたいな理論と同じですよ。子供ですか」
「へっへーん、子供ですよー!やってられっかこんな研修!あばよ!また月曜日な!」
金髪はがたっと椅子から立ち上がり、凄まじい勢いで会議室を出て行った。
「あ、ちょっと、部長!後日、研修修了報告書にサインをお願いしますよー!」
こうして誰も得しない不毛な研修は終わった。
金髪男はこの後、何度も同じ内容の研修を受けることになるのだが、社内成績は常にトップを維持し続けている。
七三男は毎回その相手をしているのだが、嫌だ嫌だと言いつつも休日手当でウハウハなのは言うまでもない。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
ボツの理由:恐怖をテーマに書いていたが恐ろしい部分が金髪男が管理職という部分しかなかったため。