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CASE3.ナッチェス1000000mg配合。

よろしくお願い致します。

おおくま杯作品『ナッチェス1000mg』のロングバージョンです。

アホみたいに長いのでお時間がある時にでもお読み進め頂く様、お願い致します。

ドラゴンデーモンと一緒に迷いも消えたかのように、スットコの気分はすっきりしていた。

ドッコイのもとへ急がねば。

しかしどうしたものか。

ドッコイは入念に準備をしたから現在5階まで到達しているものの、こちらは何の準備もしていない。


「何か……何かないか……」


スットコは意味もなくポケットをまさぐる。

期待した訳ではなかったが何か堅いものが入っていることに気付いた。


「何だこれは」


取り出してみると、それは液体の入った茶色い瓶だった。

ラベルも何も貼っていなかったが、瓶と一緒に紙が入っていたらしい。

足元でかさっと音がした。

スットコは落ちた紙を拾い上げる。


『Drink me!(訳:私をお飲みになって!)』


紙にはドッコイが書いたであろう、妙に流麗な字でそう書いてあった。


「何で上品に訳してるんだよあのおっさんは……ていうか字綺麗過ぎてきもちわるっ」


ドリンク自体には何の疑いも持たず、ドッコイについてのみ突っ込みを入れながら、スットコはグイっと液体を飲み干す。

あっという間に瓶を空にした。

その時、空気が震えた。

呪文が発動した時のように、大気が反応した。

しかし、スットコは思索の海の潜って集中していたのでそのことに気付かない。


(ドッコイは5階にいると言っていたな。……少し遠いな。何か近道でもなかったかな)


既述の通り、スットコは魔法はおろか、移動魔法のような便利なものは覚えていない。

先程飲んだ薬も用途が分からない以上、長い道程を走破するしかない。


「せめて遅筋と中間金繊維の間に強力な神経伝達を行い、クレアチンリン酸、アデノシン三リン酸を合成し、脊髄反射はゴルジ腱器官の信号を運動野のみに送って抑制信号を強制停止できれば超人の筋力が実現するのだが……」


そう呟いたとほぼ同時にスットコの体中の筋肉は一瞬にして一回り大きく盛り上がり、腕や脛の部分など、服の一部は破れるほどになった。

それはまさにギリシャ神話の英雄、ヘラクレスを彷彿とさせるムキムキ具合であった。


「おぉ!?もしかしてさっきの薬の効果か!?」


体中はワクワクとした気持ちで満たされた。

迸る衝動を抑えきれなくなって、その場で腿上げ運動を繰り返す。

ダァン!!!ダァン!!!と、爆音が廊下に響く。

学校や病院で使用される定番のリノリウム素材の床だというのに、走り出す予備動作で既に破壊される。

空間が破壊された床の塵煙で満たされた時、そこには既にスットコの姿はなかった。


野次馬の生徒を途中で何人か轢き逃げたが、超絶筋力のおかげで1階もほとんど走破し、2階へ差し掛かろうかとするその時だった。

2階へ続く階段の影からのっそりと大きい影が姿を現した。


「待ちな、ここは今……おや、お前か。久しぶりじゃないか」


上半身は人間の男、下半身は馬、俗にケンタウルスを呼ばれる種族だった。

1階の指導を担当するケンタウルス先生である。


「お久しぶりです先生。どうしたんですか、こんなところで?」


「いや、今な、無謀な生徒が上へ上へと強行突破しているらしくてな」


自分がその知らせを聞いた時にはもう突破されていた。

だが、それに便乗する生徒がこれ以上出ないように2階へと続く道を封鎖しろ。


「それが今の俺に課された役目って訳よ。まさかお前も上に行こうってんじゃねぇよな?」


「そのまさかですよ」


獰猛な笑みを浮かべながらスットコはマントの内側を手探りする。


「力ずくでもここは通してもらいますよ」


「おいおい、こいつぁ穏やかじゃねぇな」


口ではそう言いながらもどこか楽しそうにケンタウルスも装着した鞍から何かを取り出す。


「ま、俺も丁度暇してたところだ。こいつで相手してやるよ」


二人は同時に何かを持った手を前に突き出した。

そして叫ぶ。


「「レッツ!やぶさめ!!」」


取り出した物、それはニンテ○ドー64のコントローラーだった。

2階へと続く階段の横にケンタウルスの宿直している部屋がある。

二人はそこでゼ○ダの伝説のやぶさめ対決を行うことにした。

勝敗のつけ方はいたって単純、どれだけ早く、パーフェクトをとれるかである。

的の刺さった場所により、点数が変わってくるのだが、この二人は廃人レベルでやりこんでいたのでこの際その話は関係がなかった。


「電源オンだ。……準備まで少し時間が掛かるな……ミカンでも食うか?」


ケンタウルスは炬燵の上に置いてあったミカンを勧めた。


「ありがとうございます。あとで頂きます」


スットコはマントの内ポケットにミカンを2つ仕舞った。


「そうかい。じゃあ俺は今食うぜ」


ケンタウルスはみかんの皮を剥き、一つ一つうまそうに口に放り込んでいく。

そうこうしているうちに、やがてゲルドの谷へと場面が移り、勝負が始まった。


18秒87対18秒91で結果はスットコの勝利に終わった。


「馬鹿な……」


ケンタウルスが信じられないといった表情でうなだれていた。


「馬鹿なのはあなたです。戦いの前によりによって果汁で手を湿らせるなどありえませんよ、先生」


ここが本物の戦場だったら死んでますよ。

そう言い残してスットコは宿直室を後にした。


「とは言え、ミカンは糖尿病や動脈硬化には有効なんだよな……」


2階へと到達し、3階へと向かう階段を目指しながらスットコは呟く。

そしてマントの内ポケットに入れておいたミカンを1つ取り出し、丁寧に皮を剥きながらみかんを咀嚼する。

走る勢いはまるで落としていない。


「ケンタウルス先生ももう歳だからな……健康には気を遣っているのかもしれないな。しかしうまいなこれ」


歳といえばずっと上の階でおっさんが孤軍奮闘しているのを思い出した。

先を急がねば、そう思って今いる場所を確認すると、かなり長いことどうでもいいことを考えていたらしい。

目の前に3階へと続く階段があった。

あたりには誰もいない。


「よし、まだオオカミ先生は伸びているらしいな」


「呼んだかい?」


階段の影からオオカミが鼻先からにゅうっと姿を現した。


「まったく、今日は客が多いね。臭いおっさんが通ったと思ったら今度は君か」


前足でさすさすと鼻をこすりながらオオカミは顔をしかめた。

どうやらまだ調子は戻っていないらしい。


「先生、お久しぶりです。まだお体の調子が良くないようですね?」


「そうだよ。とんでもない異臭に鼻をやられたからね」


「よろしければ介抱いたしましょう。確か先生の部屋はすぐそこでしたよね?」


ケンタウルスと同じく、オオカミの宿直室も上の階へと続く階段のすぐ近くにある。

その階を統括する教師の部屋は大体この場所に位置していた。

だから登場の仕方もワンパターンになるのも無理はないのである。

それはともかくスットコとオオカミはそこ向かった。

スットコは台所からコップを拝借し、テーブルの上に置いた。

その横には先程、ケンタウルスの部屋から持ってきたもう一つのみかんを置く。


「お。いい艶をしているみかんだね。しかしコップなんて出してどうするつもりだい」


この部屋にはミキサーなんてないが、とオオカミが付け加える。


「こうするんですよ」


スットコはみかんを手に持つ。

次の瞬間、ブチッと音がしたかと思うと握られていたみかんが圧縮される。

スットコの手からはみかんだった物の汁がコップに流れ落ちた。

明らかに一杯分もなかったであろうに、コップにはなみなみとミカンジュースが注がれていた。


「さ、先生。召し上がってください」

「あ、ありがとう。い、いやぁ、スットコ君は昔から優しくてき、気が利くなぁ~」


平静を装おうとしたオオカミであったが、スットコの物理法則を無視した超人的な筋力に声の震えが出てしまっていた。


「そんなお世辞を……あ、ところでどうします?先生を倒さないと3階へは行けないんですよね?」


スットコは拳を解き、握っていたミカンだったと思われる約3㎝の残り滓を床に落としながら尋ねた。


「い、いや!私はまだ体調がすぐれないから寝ておくよ!が、頑張ってね!」


その様子をみたオオカミは先程より明らかに震えながら部屋の隅に置かれた犬小屋へ引っ込んだ。

どうやらそれがオオカミの寝台らしい。


「あ、そうですかー。では先生もお大事にー」


心にもないことをしれっと言いながらスットコは3階への階段へ向かった。

その後もスットコは3階、4階と筋肉に物を言わせた戦い方で突破していった。

例えば、3階のぬりかべ先生は修復不可能な位まで拳で粉砕、4階のいったんもめん先生は容易にほどけないレベルでカーテンレールに固結びといった具合だ。


「ちなみに5階の雪女先生もこの通り、俺の筋肉にメロメロさ!」


浴槽がすべて札束で埋められている風呂に入りながら、スットコは良い笑顔をしていた。

隣には水着姿の雪女を侍らせている。


「ねーえ?誰に向かって言ってるのぉ~?」


「ははっ、何でもないよ雪女」


猫撫で声を出しながら厚い胸板にすり寄ってくる女の髪をスットコは優しく撫でる。


「でも俺はもう行かなきゃ。あばよ、子猫ちゃん」


スットコは寄り掛かっている雪女をスルッと外し、6階へと続く階段へ向かった。

いかないでぇ、という女の懇願に後ろ髪が引かれそうだったが、スットコはぐっとこらえた。

大切なものを手に入れるために、その他すべてをかなぐり捨てなければいけない。

男にはそのような時があるのだ。


「ついに6階まできたが……この様子だとドッコイはもう7階か屋上か」


6階はやたらとファンシーな印象を受ける色合いの階だった。

廊下の壁面には生徒が作ったであろう紙のクマやウサギ、ネズミ、ネコなどの作品が貼られていた。

数が多すぎて元の壁面が見えない程になっている。


「久しぶりに来たが……また一段と幼稚園っぽくなっているな。俺がいた時には壁面アートなどはなかったハズだが」


「これは一週間前から導入しました!えへん!」


いきなり後ろから声がしたのでスットコは振り返る。

誰もいない。前に視線を戻しても左右に振っても誰もいない。


「な……魔法か!?」


「こらー!わかっててやってるでしょー!見下~げて~ごらん~♪」


スットコが声の指示通り視線を下げていくと、ちまっこい、魔女のようなローブを身に着けた幼女がいた。

大きいとんがり帽子が小さい頭に嵌まってさらに幼く見せていた。


「うわぁ!なんだ、そんなところにいたんですか、ロリ魔女先生」


「もぉ~、キミは昔から変わらないよねぇ、そのドSっぷり」


まぁそんなところがイカしてるんだけど、とロリ魔女は『の』の字を壁に書く仕草をする。


「いや、別に全然いじめてるつもりはないんですが。ただ先生がちまっこくて見えなかっただけで」


「あーっ!またちまっこいって言ったー!!あたしだって去年より身長伸びたんだからね!!」


2㎜くらい!とピースサインを突き出しながらロリ魔女は無い胸を張った。

それを見たスットコはそのまな板についてもコメントせずにはいられなくなった。


「でも胸は相変わらず、嘆きの平原なんですね」


「んなっ!?……ちょっと今のはガチで傷ついたよー……」


その場にしゃがみ込みロリ魔女はいじいじと床を指で突き始めた。


「先生、自業自得ですよ。給食(6階独自の制度)の時も思ったけどあなた、好き嫌いかなり多いでしょ」


スットコはそれからロリ魔女の食生活の改善点を逐一挙げ始めた。

好き嫌いをせずにバランスよく食べること、これがまず基本である。

身長を伸ばすためというのもそうだが、食が偏ってしまうと、どうしても不足している栄養素に関する病気のリスクが高まってしまうからだ。

それをクリアしたならば気にしている体の部位を改善する食生活を始めてもよい。


例えば、バストアップをしたいのならば大豆が効果的とされている。

大豆に含まれる大豆イソフラボンには女性ホルモンに似た作用がある。

これの化学構造はエストロゲンに似ており、効き目も緩やかで体に無理なく自然に作用してくれる。


合わせておすすめしたいものがキャベツだ。

キャベツに含まれるボロンはエストロゲンの分泌を促し、血中濃度を上昇させるという驚きの作用があるからである。

また、食物繊維も多量に含まれているので便秘に悩まされがちな女性の強い味方だ。


他にザクロもおすすめといえばおすすめだが老化防止と言う作用がある。

見た目が幼稚園児なロリ魔女先生にはもう少し成長してからでも良いのではないか。

ただ、生活習慣病予防もあるから食べておいて損はない。もちろん食べ過ぎには注意するように。


最後にマグロ。

これはタンパク質という体に無くてならない必須な栄養素が含まれる。

タンパク質といえば牛肉、豚肉、鶏肉、卵、乳製品にも含まれているが、なかでもマグロにはアミノ酸がバランスよく含まれている。

これは女性ホルモンを活性化する役割も担う栄養素だし、マグロには体内では作られない必須アミノ酸が含まれているので是非とも勧めておきたいところですね。


最初はいじけていたロリ魔女だったが、真剣に講義を行うスットコに心打たれた。

いつのまにか手にはノートとペンがあり、必死にメモしていた。


「で、ある程度胸が大きくなったらバストアップ体操を行ないましょう」


「ば、ばすとあっぷたいそう……!」


おっぱいはずし。

これは胸筋にはりついたおっぱいをはずし、本来の位置に戻すものである。

指を熊手のように使い、といっても乱暴にではなく、指の腹を使って優しく、脂肪部分を胸の中央へとかき集める。

これはそんなに長いことしなくていい。左右1分ほどが目安となるだろう。


おっぱいゆらし。

これはおっぱい本来のやわらかさを取り戻すためのものだ。

バストが左なら右手で、バストが右なら左手で、下から上にすくうような形でゆする。

鎖骨の中心に向かって斜め上に弾ませるように、1秒間に3階のリズムで10秒間ゆすろう。


「まぁ当然のことだが体に不調を覚えた時にはしないように。あと、不調が無くても生理1~2日目はしないように。生理不順につながる可能性があるので。では今日はここまで」


帰ってしっかり復習をするように、とスットコは講義を締めくくった。

ロリ魔女は「はーい!」と元気よく応えて階段横の宿直室に帰っていった。


「……よし、今のうちだな!」


こうして、7階への道は開いたのであった。

相手を殺すことだけが戦いではない。

相手を活かすという戦い方も存在するのである。

7階で待つであろう最強の教師を想起しながら、スットコは先を急いだ。


「相変わらず甘い男よのぅ、スットコ?」


階段横の影からサムライ風の男が姿を現した。


「突っ込むのも今更だと思いますが登場の仕方がワンパターン過ぎますよ、サナダ先生」


「建物の構造上、仕方ない。ここは必ず通らねば上に登れまいて。それとも何か?老体に走り回って校則違反生徒を拘束することを強いると?」


老体とサナダは自分のことを評したが、その容姿は精悍なものであった。

着流しの上からでも筋骨隆々とした肉体が認識できるほどである。


「だからお前は甘いのだよ。一瞬でも隙があれば殺されても文句は言えん」


「でもドッコイがここいないということは先生……」


「えぇい、黙らっしゃい!!」


裂帛の気合とともにサナダは腰の魔法刀、ドウタヌキギンギツネを振り抜いた。

スットコは咄嗟に右に転がり避けた。

先程までスットコがいた場所、天井、床に一直線の線が走っていた。

その場に留まっていれば真っ二つにされていただろう。


(これは食らったらシャレにならない……!)


サナダは最上階を任される筆頭教師だけあって実力は桁違いだ。

ドッコイにどんな方法で一杯食わされたか知らないが、今のサナダは完全に隙がない。


「学校卒業する前に人生卒業すんぞこれ!」


「ハハハ!いつまで避けられるかな!儂のクレッセントショットをな!」


「技名は意外に現代風だ!?」


迫りくるサナダのクレッセントショットをスットコが右に左に避ける。

避けながらスットコの脳裏にはこれまでの思い出が去来する。


(あぁ……走馬灯ってやつか?やべぇのかな、これ……)


----ドッコイの口臭は腐ったパンの匂いがして、ドラモン先生でも逃げるほどだ----


(あぁ、腐ったパンを食ったからなのか、ドッコイの口臭が食いかけのパンに移ってるのか一晩考えたこともあったっけ……)


真横に振りぬかれる斬撃。しゃがんで避ける。

避け遅れた髪がパラパラ、と持っていかれる。


----だからお前と一緒じゃないと、卒業しても意味がないんだ。だからお前の魔法の習得を待つ気だったんだ。もうすぐ完成するんだろ?----


(魔法な。結局なんだろうな、魔法って。この歳になっても正直よくわかんねえや)


縦から下にジグザグの斬撃。壁際ギリギリに張り付いて避ける。


----君のピンクの靴下に君の足が五本そろって入っているのを感じて、その足の爪が二センチ伸びていることも感じるんだよー!----


(なんかドラモンが言ってたな。気持ちを強く、呪文を正しく、全身で理解しろ、だったか……)


右へ左へ忙しなく動いていたスットコがキュッと床を鳴らして全身を停止させる。

突然の静止にサナダもつられて動きを止めた。


(俺はサナダ先生を倒す、○●×△※□■、包帯を取った側の睫毛が2本抜けている……)


「どうした?覚悟を決めて儂に殺される気になったか?」


「……※□■」


「口答えもできなくなったか。ならばそのまま逝ねぃ!!」


サナダは握りに渾身の力を込め、刀を打ち下ろす。

打ち下ろしたが、その場から一歩も動かなかったスットコは無傷だった。

全てを切断する斬撃は発生しなかった。

サナダがふと、打ち下ろした手元のドウタヌキギンギツネを確認すると刀身が消えていた。


「な……?」


遅れてガギン、という音が響いた。

刀身がサナダの数メートル後ろに突き刺さるようにして落ちた。


「○●×△※□■……」


スットコの呪文の呟きが聞こえたかと思うと、サナダの視界が真っ白に染められた。

重水素と三重水素を極低温で液化させて負ミューオンを照射、原子核を束縛し、核の電化を中和する。

そこで原子核内部で陽子と中性子を繋ぎ止めているパイ中間子などの束縛、核力の解放が起こる。

原子核同士が衝突し、ヘリウム核が生まれる。

質量が熱量に変化されると、たった一つの原子から17.6電子メガボルトもの熱量が放出される。

練成したわずか1グラムの重水素と三重水素の水滴が核融合爆発を起こし、3億ジュールを超える莫大な熱の帯がサナダに直撃した。

このエネルギーはタンクローリー1台分(8トン)の石油を燃やした時の熱に相当する。

これを直撃したものはまず生きていない。


「や、殺っちまった……!なんて呪文教えやがるんだドラモンのやつ……!世界滅亡レベルじゃねぇか……!」


崩れゆく瓦礫の中、スットコは右目を押さえた。

目からビームと言えばコミカルに聞こえるが、実際は地獄と変わらない惨状を生み出す核融合魔法だった。

最早ここも10秒と持たないであろう。

どのようにして逃げるか考えていると上から声が降ってくる。


「あのねぇ、何でもかんでも悪魔竜のせいにするんじゃないの」


背中の小さな黒い翼をぱたぱたとはためかせながらドラモンが姿を現した。


「僕が教えたのは卒業できる呪文だよ。その呪文は人によって姿を変えるの。非常に強力とは言ったけどね」


「強力過ぎるわ!どうすんだよ、サナダ先生死んじまったじゃねぇか!」


「実力が無いから悪いんだよ。サナダ先生も自分で言ってたでしょ?隙を見せたら殺されても文句は言えないって」


ドラゴンデーモンのその言葉にスットコはぞくっと背筋が凍りつく感覚を覚えた。

顔にも出てしまっていたらしい。

スットコの様子を見たドラゴンデーモンが不思議で仕方ないといった表情を作る。


「どうしたの、そんな青い顔して。まぁいいや。それより卒業おめでとー」


ドラゴンデーモンはずんぐりとした指をパチンと鳴らす。

スットコの体は淡い光で包まれた。

閉じていた目を開けると、すぐ前に扉があった。

というより扉しかなかった。

立っている場所は2畳くらいの広さで扉以外の3方は崖だった。


「え……えぇぇぇぇ!?」


スットコは絶叫した。

周りをよく見ると、どうやらここは魔法学校があった場所で間違いないらしい。

見慣れた景色が広がっていた。

高度的にはここは8階、つまり屋上である。

核の力で校舎は全壊と言っても過言ではない状態だったが、この扉の付近だけは防御魔法が働いているらしい。

先述の通りもはや崖となっていたが、ここを伝っていけば地上に降りられそうだ。


「この扉は外に繋がる……」


言いかけて、下の方からガリッ、という音が聞こえてきた。

見下ろすと崖の面に動くものが視認できた。


「ど、ドッコイ!?」


「ん?おぉ、スットコ!!」


それほど長い時間離れていた訳ではないが、スットコは久しぶりに親友の姿を見た気がした。

至る所がボロボロになっていたが、卒業を目前にしていたからだろうか、その表情は以前にも増して輝きを放っていた。

スットコは手を可能な限り、ドッコイの方へ伸ばした。

まだまだ距離はあるが、じり、じりとドッコイはクナイのようなものを壁面に突き刺す動作を繰り返しながら上り詰める。

あと7メートル、5メートル。

3メートル近くになり、スットコは届きそうで届かない距離がもどかしくなった。


(何か……そうだ!)


スットコはポケットを探り、空になった瓶を取り出した。

ドッコイの方へ伸ばす。

焼け石に水ではあったが、それでも少しは距離が縮まったはずだ。

あと2メートル、1メートル。

もう手が届く距離だ。


二人はこらえきれなくってお互いの名前を叫ぶ。


「スットコォォォォー!!!」


「ドッコイィィィィー!!!」


バシッとドッコイが茶色の瓶を掴んだ。

一気に引き上げる。


「ハァハァ……ありがとうよ、相棒」


「なーに、これぐらい。『みなぎる元気!』」


「『まるで魔法』!」


茶色の瓶には先程ドッコイが掴んだ時に貼ったであろう、ラベルが貼られていた。


「「『ミシピタンN、新発売!!!』」」


『鷹のマークの平成製薬です!』



深夜だった。

都心に在る大手制作プロダクション、『大狗魔組』の自社ビルにはまだ明かりがともっていた。

ひょっとこのお面をつけた男がデスクに足をあげ、ふんぞりかえるように座っていた。

手元にはCMの企画書がある。

デスクには『第三制作部部長』と書かれた札が置いてあり、その前に新人が立っていた。


「ど、どうでしょうか?」


新人が尋ねる。


「どうもこうもねぇよ。こんな長いのどうすんの?CM企画だろこれ?金曜ロー●ショーのクソ長いCMでもこんな長いの入らねぇわ!」


足を机から下ろしたと同時にバン、と企画書を机に叩きつけながらひょっとこが怒鳴る。

お面をかぶっているので表情が読めないがひょっとこの声はかなりドスが利いている。

新人は伏せていた視線をさらに床へ下げる。


「まず魔法学校だって言ってんのに何でほとんど筋肉で解決してんだよ。ていうか人間の大人いねぇって書いてんだろ。なんだよこのサムライ風のおっさん」


「そ、それは人間と鬼の半妖で……」


「中途半端に犬●叉パクってんじゃねーよ!まだ丸パクリの方がパロディって言えるからマシだわ!」


ネチネチとひょっとこのパワハラにも近いダメ出しが続く。

その様子を見かねた二人の男が動く。


「その辺でどうかな、穂住君。創作はオブラートに包んだ現実事象への吐露と言える。私達は創作家だ。乱暴になると活動家になってしまう」


第一制作部部長である長御華はゆったりとした口調で穂住を嗜めた。

穏やかな雰囲気をもって周囲を纏め上げ、部下からの信頼も厚いベテランである。


「……わかりましたよ。おい、新人!とりあえず尺に入るように削っとけよ!」


穂住はそう言うと席を立ち、部屋を出て行った。

その様子を見送る新人の隣に音もなく、いつの間にか男が立っていた。

宇宙人のような神出鬼没さだった。


「大変だったねぇ。あ、息抜きに対戦でもする?良い感じのクイズも作ってきたけど」


気さくに話しかけてきたのは第二制作部部長の土田だった。

3DSLLを手放した場面を見た者はいない、この会社のムードメーカーだった。


「いえ、息抜きはまたの機会にでも。ありがとうございました、長御華部長、土田部長!」


丁重に土田の誘いを断りつつ、新人は両部長に感謝の言葉を述べる。

それから仕事に取り掛かるために自分のデスクに戻った。


仕事を終え、帰り支度も完了した新人は喫煙室へ寄った。

新人は一服してから退社することにしていた。

ドアを開けるとそこには穂住が煙をくゆらせて座ってた。


「おう」


「お、お疲れ様です!」


新人は席にはつかず、立ったまま煙草に火を点ける。

穂住は喫煙時でも面を外さない。ひょっとこの口の部分にフィルター部分を突き刺していた。

あれで吸えているのだろうか。

下らないことを考えつつも、重い、無言の時が流れる。

やがて穂住は煙草を灰皿に押し付けて消し、席を立った。

ドアのノブに手を掛けて動きを止めた。

振り返らずそのままの姿勢で口を開く。


「……俺、別に勢いだけの力技が嫌いって訳じゃねえから」


それだけ言って、穂住は出て行った。

魔法とは可能性。可能性とは物事を実現できる見込み。

自分にはどれくらいの魔法が使えるだろうか。

夜の町を歩きながら新人は考える。

今回のことがそもそもこの業界では異例である。

入社したての新人がいきなり社長から仕事を振られ、部長達からは良く面倒を見てもらっている。

自分の可能性を期待されてる気がして、なんとなく嬉しくなってきた新人は綺麗な夜空を見上げた。

「え……」

遠くに見える電線にカラスが何羽かとまっていた。

その中の一羽に妙にデカいカラスが見えた。

新人はゴシゴシと目をこすって再度凝らした。

次に見た時には妙にデカいカラスはいなくなっていた。

「気のせい……かな?」

考えていても仕方ないので新人は帰途に戻った。

新人が去ったあとの電線には未だ何羽かカラスが留まりつづけている。

その中の一羽がクチバシを大きく開け、ボウッと火を噴いた。

ここまでお読み頂きありがとうございます。


没の理由:字数制限を余裕で超えてしまっているから。

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