CASE1.探偵失格。
よろしくお願い致します。
G県の山奥にキャンプ場がある。
このキャンプ場はテントを張る必要がなく、ログハウスが据え付けられていて、そこに宿泊するタイプのキャンプ場だった。
時刻は深夜、辺りは寝静まっているかといえばそうでもなく、花火族が花火を打ち上げていたり、肝試しをしていたり割と騒がしい様子だった。
「アッハッハ!っべー!マジっべーわ!」
「肝試しさいこー!」
「それな!とくにあれ!最高にこわかったよな!」
「あー、あれな!マジ本物の死体みたいだったわ!」
「外人のやつだろ!?妙に傷も生々しくてリアルだったわー!」
数人の男女が肝試しからスタート地点に帰ってきてそれぞれ感想を言い合っている。
その中の一人だけが顔を青くして俯いている。
「お、どうしたよ、お前?顔やばいぞ?」
「それを言うなら顔色でしょ。ってあんた、マジで大丈夫?」
「いや、その……僕が肝試しのコースとか決めたんだけどさ……外人って何?」
若者一同がざわめいた。
しかし、一瞬でそのざわめきは止み、すぐに和やかなムードに戻った。
「もー、お前うまいなー!そう言ってまた俺らを脅かす気っしょ?」
「そうきたかー!びっくりだわー!」
ははは、もーかんべーん、かんべーんよー、とはしゃぎ合う若者たちであった。
青ざめた顔の青年もおそらく彼らが逆に自分を脅かそうとしているのだろう、そのように考えてその夜は終わった。
翌朝である。
一つのログハウスのドアが開き、眼鏡を掛けた女と背の高い男が出てきた。
「今日も良い天気ね!」
「ええ、御嬢さん。今日も良い天気でございます」
女の方は白い半袖のシャツにネクタイを締めており、その上からサマーセーターを着ている。
下半身はホットパンツ、足元はブーツで固める元気娘スタイルだった。
一方男は真夏だというのに上下真っ黒のスーツを着ていた。汗ひとつかいていない。
「こんな良い天気には殺人事件でも起きないかしらね!」
「縁起でもないこと言いなさんな」
男はたしなめると同時に女の脳天に手刀を落とした。
「ぐっ……何すんのよ!雇い主に向かって!」
「雇い主はあなたの親父さんです……おや、向こうの方が騒がしいですね。何かあったんでしょうか」
ねぇ御嬢さん、と男がさっきまで女がいた空間に顔を向けると既にそこに女の姿はなかった。
「ふむふむ、なるほどね!」
男が騒ぎがあったと思われるログハウスに着く。
そこでは女が既に聞き込みを始めていた。
いつの間にか肩に掛けていた鞄からわざわざ探偵グッズまで取り出したようだ。
茶色っぽい帽子にポンチョにパイプにと、ホームズ気取りである。
「またそんな恰好から入って」
「いいの!それより姉さん、事件です!」
「すいません、この子ちょっとおかしいんです」
「え、えぇ、見ればわかります。っていうかあなたたちは?」
対応をしてくれていた黒髪の地味な男が尋ねると女は目を輝かせて答えた。
「女子高生探偵と言えばこのわたし!佐藤 聡子よ」
「私は助手兼執事の斉藤でございます」
「び、微妙に名前かぶってて覚えにくっ」
黒髪の男は二人の自己紹介に冷静にツッコミを入れる。
「ちなみにこの男が付き合ってる彼女は加藤よ!」
佐藤が斉藤を指し示し、プライベートまで紹介した。
「それよりも何かあったんですか?騒がしかったようですが」
斉藤が事情を尋ねると黒髪の男が語り出す。
「あ、あぁ。僕は伊藤といいますが」
「あんたも名前かぶってるじゃん!」
「御嬢さん、ちょっと黙っててください」
続けて、と斉藤が促すと伊藤が話を再開する。
「大学のサークル活動でここに泊まりにきたのですが今朝方、そのサークルの一人が亡くなってるのが見つかりまして」
「なるほど。警察は?」
「まだ呼んでいない、というか呼べないのです。ほら、ここ圏外でしょう?」
伊藤は自分のスマートフォンを佐藤と斉藤に見えるように向けた。
「電話線も切られてるのか公衆電話も通じませんし……今サークルメンバーの一人である間藤が車で下山して直接呼びに行ってくれたのですが」
「は!?なんで!?」
佐藤は詰問した。
もしもこの件が殺人で間藤が犯人であった場合、まんまと犯人を逃がしたことになる。
斉藤は佐藤のことを普段はアホな小娘としか思っていないが、このように事件に真摯な態度を示す所は認めていた。
「なんでまた名前かぶってるの!?」
この時に斉藤の佐藤に対する評価は常時アホの小娘に更新された。
「御嬢さん。御嬢さんはもしかしてアホでございますか?」
「何ですって!?斉藤!あんたなんてクビよ!クビクビクビクビ、クビーッ!」
「まぁいいです。とりあえず話が進まないんで間藤さん以外の関係者の方達を集めてくださいますか?」
斉藤は雇い主(の娘)を無視して話をすすめることにした。
「え?あ、そうか、あなた達、探偵でしたっけ。解決してくださるんですか?」
「探偵はわたし!こいつは助手!」
「はい。御嬢さんにかかれば一発で解決でございます」
斉藤がにっこりと微笑んで答えた。
サークルのメンバーは今、全員中にいるので入ってきて下さいと伊藤は佐藤と斉藤を招き入れた。
中には素肌にオーバーオールを着た中肉中背の茶髪の男、長い黒髪を一房の三つ編みにまとめた森ガール風の服装をした女が椅子に座っていた。
端の方には毛布でぐるぐる巻きにされた大人一人サイズの簀巻きがあった。
「え、何あれ……」
「あれが殺されたサークルのメンバーです」
「何であんなにスマキになってんのよ」
「結構ショッキングな殺され方でしたからね……ちょっと見てるのが辛いから見えない様にしてるんです」
「伊藤君、誰?その人たち」
森ガール風の女が椅子から立ち上がってこちらの方に近づきながら尋ねた。
茶髪のオーバーオール男もそのあとについてこちらに来た。
「みねぇ顔だな。お前さんたち、ここは初めてかい?」
「えっと……?はい、初めてです」
「そうかい。良いところだろう、ここは?自然にあふれていて、小鳥たちがさえずる……な?」
「は、はい。良いところですね」
佐藤は伊藤に耳打ちした。
「ちょっと。なにあの人?ここの管理者?」
「いえ、うちのサークルの阿藤君です」
「サークルの人なの!?なんであんなに『長年ここに住んでます』口調なの!?ていうかまた名前!」
「あぁ、しかも彼1回生だからここに来るのも初めてですね」
わけわかんないぃ、と佐藤が苦悩する。
そんな佐藤を放っておいて斉藤が説明する。
「私は斉藤です。こちらの御嬢さんは佐藤です。一応探偵なので何か力になれないかと思いやってきました」
「そうだったの。私は江藤です。よろしくねお嬢さん」
森ガールの江藤がまだ苦悩していた佐藤に握手を求めた。
「また名前ェ……佐藤です、よろしく」
しつこくも名前にツッコミを入れつつ、佐藤は江藤と握手を交わす。
そしてようやく状況把握が始められる。
「……そう、殺されたのはパトリシアさんというのね」
「えぇ、敬意を込めてみんなPAT様と呼んでるわ。その頼りがいから二回生にして部長、おまけに美人でナイスバディなので男どもはすっかり骨抜きです」
江藤が説明してくれた。
「なるほど、わかったわ!」
キラッと虫眼鏡を反射させ、佐藤は空いている方の手で横ピースを決めた。
「なにがわかったんです、御嬢さん」
「犯人がよ!江藤、阿藤、伊藤、間藤の誰かが犯人よ!」
「つまりまだ何もわかっていないということですね」
「いいえ、犯人はあなたよ、江藤!」
「私ですか?」
「そう、先程の発言からあなたはPAT様に良い印象を持ってないと見受けられるわ!」
「まさかとは思いますがそれだけですか御嬢さん」
「うん」
「なるほど。御嬢さん、あなたはアホですね」
「ついに言い切られた!何でよ!」
「言いがかりにも程がありますよ御嬢さん。せめて証拠でも出してください」
「ぐぬぬ……じゃあ犯人は阿藤よ!」
「何でですか?」
「異様な風貌だから!」
「ちょっともう黙っててもらえますか。確かに風貌は異様ですが」
「あの、彼は違います」
江藤が阿藤犯人説を否定するために割り込んだ。
「彼は私の恋人なので」
「あれと付き合ってるの!?凄いわねあなた……」
「恋人なので、何でしょう?何かやってない証拠があるんですか?」
「これです」
江藤が取り出したのはハンディタイプのビデオカメラだった。
「これは愛の形を収めたものです。PAT様の死亡推定時刻、私はずっとそこの茂みで彼と」
「はい結構でーす。御嬢さん、どうやら江藤と阿藤はシロです。ヤッてる証拠ですがやってない証拠です」
「そうね。阿藤のみならず、江藤のイカれ具合が露呈してしまったけど、残るは間藤と伊藤ね。犯人はこの場から真っ先に逃げた間藤よ!」
「間藤は違います」
それまで黙っていた伊藤がはっきりと否定した。
「理由はなんでしょう?」
「江藤さんと阿藤君のビデオを撮っていたのは間藤です」
「なんなのあんた達!?このサークルもしかしてそういうサークルなの!?じゃあ伊藤、あなたが犯人ね!」
「彼はビデオを撮り、僕はメガホンを取って……僕ですか?僕にはPAT様を殺す動機なんてありませんよ」
「いいえ、昨日私はしっかりと見たわよ!あなたがPAT様にひどく叱られているのを!だから腹いせに毒殺したんだわ!死姦までして!最低だわ、女性の敵よ!」
「御嬢さん」
ヒートアップしている佐藤の肩を斉藤がちょいちょいと指でつつく。
「ん、なに?その仕草かわいいわね」
「死姦ってなんです?」
「あんたそんなことも知らないの?死姦っていうのは殺してから性的暴行を……」
「いや、そうじゃなくて。なんで死姦があったと推理したんです?」
「だって彼女、何も衣服を身に着けてなかったじゃない。毒殺をカムフラージュするために体にあんなに生傷までつけられて、かわいそうに。何か液体までぶっかけられていたわね」
「御嬢さん、何で彼女が裸だってこと、毒殺をカムフラージュするために生傷がつけられてること、そして何かぶっかけられてることまで知ってるんです?」
「さ、さっき見たのよ」
「そうですか。流石ですお嬢さん。ここにきて無駄口しか叩いてない風に見えたのに。ところで御嬢さんは医師免許でもお持ちですか?」
「あるわけないでしょ。あったら探偵なんかしてないわ」
「あとで全国の探偵に謝りましょうね。で、なんで医師免許もないのに毒殺なんてわかるんです?まだ監察も検死もしてませんよ」
「そ、それは……」
阿藤がびしっと探偵女を指さして言った。
「あきらめなさい。あなたが犯人だ」
伊藤がふぁさっと前髪をかき上げて付け加える。
「あなたは無名に等しい自分の探偵としての名を上げたかった。だから今回の殺人をおかしたんでしょう」
江藤が両腕で自慢の豊満な胸をはさんで強調し、臀部を突き出す良いポーズをとりながら追い打ちをかける。
「横柄な態度をとっているのに嫌われることなく男から慕われる美人、さぞかしその薄い胸に暗い嫉妬の炎をたぎらせたことでしょう」
佐藤はその場に膝から崩れ落ちた。
「残念です。あなたは立派な方だと思っていたのだが……」
こつこつと斉藤が地面に崩れ落ちた佐藤まで歩み寄り、冷たい視線で見下す。
「あなたは探偵失格だ」
地面に伏せながらうっうっ、と佐藤が泣きじゃくる。
「そうよ、なんであんな女が慕われるの?自分のリュックなのにどこに何が入ってるかなんて把握すらしてなかった……!他人にこれを探せ、こっちのポケットに入っている、違う?じゃあそっちのポケットだ、って消去法でしか探り当てられない記憶力の持ち主なのに……!挙句の果てに入っていたのは他人のリュックよ!?自分が悪いのに!激しく叱責しても!皆に慕われて!羨ましかった!」
佐藤が濁流のような告白が終えたのち、再び場は静まる。
誰も一言も発しないその場に佐藤の泣きじゃくる音だけが響く。
しばらく経った後、斉藤が優しく、甘い声で佐藤の肩をぽん、と叩く。
「御嬢さん、失望はしましたが私はあなたを慕っておりました」
「じゃあ見逃してくれる!?」
「だめ」
「ですよねー」
『女子高生探偵、呆れた自作自演!?』
その日の夕刊にはそのような見出しの一面記事が載せられ、この事件には幕が下りた。
物語の主人公が逮捕(この場合は補導、もしくは送致)されたのでこの話はここで終わった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
没にした理由:タイトルでネタバレしてるから。書いてるうちに自分でも名前がややこしくなったから。