電気すとーぶと、こたつ。
うちには電気すとーぶが住んでいる。
最新のヒト型家電だ。俺がこたつに入ると、勝手に電気を消してくる。
「なにをするんだ」
「こたつは、私にとって、しゅくめいのライバルなのです」
「俺には関係ないだろう。寒いから電気を付けてくれ」
「わたくしは、最新型です。このような、旧式の暖房器具には、負けません」
「人の話を聞いてくれ」
「電気すとーぶこそが、国内シェア、ナンバーワンであることを証明します。ご主人さま、こたつなんかをお使いにならず、どうか私であったまってください」
「……おまえ、本当に人の話を聞かんやつだなぁ……」
確かに、こたつとすとーぶは、宿命のライバルなのかもしれない。
しかし俺にはなんの関係もない話だった。ともかく今夜は、冷える。
「いいから。電気つけなおすぞ」
そこでもう一度、こたつの電気を入れようとした。ぴしっと叩かれた。
「ご主人さま、わたくしというものがありながらっ!」
「あのな……いや、もういい。わかった。あったかくしてくれ」
「最初からそう言えばいいのですよ」
電気すとーぶは、得意気な顔になった。
スカートの後ろから伸びているコンセントを差し込んで、こっちに両手を向けてくる。
「じじじじじ。じりじりじり」
熱の音を口にすると、確かに、あたたかくなってくる。が、
「じじじじじ。じりじりじり~」
「おい、すとーぶ、おい」
「じじじじじじじじじじじじ」
俺は、読んでいた本を、黙って閉じた。今日はもう寝よう。
「いいか、すとーぶ。おまえはもう少し、相手のことを知る必要がある」
「ご主人さまのことでしたら、存じています。大学生にして、一人ぐらし。先日、電気屋のポイントをためたクジで、一等賞こと、このわたくし、最新型のすとーぶを手にいれました。まったくもって、幸運でしたね」
「……自分で言うか。だいたい俺は、そもそも、こたつを買いに行ったんだ。って、俺のことじゃないんだよ」
「では、どなたの事ですか」
「こたつの事だ」
「敵です」
電気すとーぶの目が細くなった。そして、こたつ机の上を、ぺしぺし叩いた。
「このような、旧式の物は、いっこくも早く、押入れにしまうべきです」
言い切ったな。おい。
「わかった。話を戻そう。すとーぶ、おまえ、こたつの事を敵だと言うが、実際に足を入れて、あったまってみたらどうだ」
「そのような事、できません」
「まぁ、一度こたつを味わってみろ。ストーブが、国内ナンバーワンシェアになる為には、まずは相手の事をよく知らないといけないぞ」
「高度な誘導じんもんだと判断します。このわたくしを〝日本人ならこたつだろ教〟に入れようというのですね」
「いやべつに、そんなつもりは……」
「むだです。私には、電気すとーぶの誇りがあります。今もこの胸の内であかあかと『最強』モードで燃えあがっているのです。省エネモードが、追いつかないほどに」
いかん、このままでは、また電気代が上がってしまう。
俺は頭をさげた。
「たのむ、すとーぶ。こたつも悪いやつじゃないんだ。一度だけ、試してみてくれ。そして出来れば、俺にこたつの電源のある生活を返してやってくれ」
自分でも、何を言っているのか、よく分からなかったが。
とにかく今年の冬は冷えるのだ。こたつが無くては、やっていけない。
「仕方ありません。ご主人さまがそこまでおっしゃるのでしたら、旧世紀の家電が、どれほどわたくしにおとるのか、調査してさしあげましょう」
「ありがたい。なら、さっそく入ってみてくれ」
「うむ」
電気すとーぶは腕を組んで、そっと、こたつの中に足を入れた。
「……分析中です……」
そしてしばらく目を閉じて、一人でぶつぶつ言っていた。俺もとりあえず、こたつの中に足を突っ込んだ。やっと、こたつのある生活が帰ってきた。満足して、さっそく一冊の本を広げた時だ。
「わかりました。ご主人さま、こたつの弱点が判明しました」
「んー、そうかそうか、よかったなー」
読んでいた本のページをめくると、その両手を、べしっ、べしっと叩かれた。
「な、なにをするんだ」
「……じじじじじ」
「あつっ! あつっ! うわっちっ!」
私の話を聞け。ということらしい。仕方なく、読んでいた本に栞をはさんだ。
「わかったのですよ」
「何が分かったのでしょうか」
「こたつには〝距離力〟が不足しています」
「きょりりょく……? 距離感のことか?」
「距離力です。意味合い的には、女子力と似ています」
ますます分からない。
女子の言う事は、昔から、意味がわからない事が多い。
「いいですか、ご主人さま」
「あぁ」
そういう時は、とりあえず、まず頷いておく。これが定石だ。
「私たちには、距離というものがあります」
電気すとーぶは言って、こちら側にやってきた。
「このように。人とこたつの距離は、たいへん近いものです」
「あぁ、そうだな、近いといえば、近いよな」
表現に疑問を感じても、深くツッコミを入れてはいけない。
だいたいのニュアンスで、わかった風を装っておく。
「しかしですね、この距離を、旧式のこたつは、自ずから変えられないのです」
「ふむふむ。で?」
「距離が変えられないということは、つまり、温度調整だけでは、微妙な温かさを調整できないということです」
「そうだなぁ。こたつに入って寝ると、うっかり風邪をひいたりするもんなぁ」
「そうです、そのとおりです」
電気すとーぶは、満足そうに言った。
「ひきかえ、最新型のわたくしは、そこのところが、本当によく出来てますからね。火力も、距離も、付かず離れずのところをいじできます」
「さすがだな。すごいぞ」
「むふん。わたくしは、ご主人さまを、風邪のひかない温度で保つことができるのです」
自分で言うか。
「やはり、確かめてみるものですね。自分がどれだけ優れているか、改めて再確認いたしました」
「そうか良かったな」
「はい。ですので、ご主人さま。今からこたつの電気を切り、わたくしで暖を取ってくださいませ」
「べつに、そこまでしなくてもいいだろう」
ここまで来て、こたつの電気を消すわけにはいかない。
「なぜですか、これでもまた、私がこたつに劣るというおつもりですか」
「劣るとか、そういうんじゃない。そもそも、うちにある机が、これしかないんだよ」
「六畳一間ですからね。見ればわかります」
「そうだ。だからもうしばらく、こたつに入っていたいんだ。おまえもあたためくれるなら、後ろからじりじり言ってて構わないから」
「むむ……」
俺は本のページをもう一枚、めくる。最近は、多少「じりじり」言われても、視界の中に入っていなければ、そこまで気も散らなくなった。慣れた。
「仕方ありませんね。こたつのさらなる情報を集めるべく、もうしばし、調査を続けることにします」
「そうしてくれ」
適当に返事をして、ようやく読書を再開する。
すぐとなり、肩が触れ合うところに、電気すとーぶも座っている。
「……」
「……」
「あのな」
「なんですか」
「せめて、向こう側に座っててくれないか」
「どうしてですか」
「さすがにそこに居座られると、集中できん。あと、さすがにせまいぞ」
「現在も対象を分析中です。この場所が最適だと判断したのです」
「さっきは距離力がどうのこうのと、」
「じじじじじじじ……」
「わかった。ここが良いんだな。わかったからやめてくれ熱いっ!」
「そうです。ここが、最適な距離なのです」
わからん。
女子は、まったくもって、わからん。
「おい、すとーぶ、おぉい」
「……? ご主人さま?」
「おはよう。もう夕方だから起きろよ」
「夕方? わたしは、なにを?」
「俺が学校行く前から、ずっと寝てたんだろ。あーあ、こたつも点けっぱなしで」
「こたつ? 寝ていた? さ、再起動します……。情報を整理します……」
「情報もなにも、寝てたんだよ」
「はい? 寝てた? 誰がですか?」
「おまえがだよ。さっきまで、こたつの中で寝てたぞ」
「なんですってっ!?」
「うわ!」
電気すとーぶが、くわっと目を開いた。跳ねるようにして身体を起こすと、出かける前に掛けておいた毛布が落ちた。
「こら、いきなり大きな声だすなよ。驚くだろ」
「ありえませんっ!」
「なにが」
「私は、最新型の、電気すとーぶですっ! 旧式の電化製品に、おくれをとるなど!」
「ぐっすり寝てたぞ」
「ち、違うんです! これは違うんですったら!」
「違わない。おまえは昼ごはん食べてから、こたつでぐっすり、熟睡していた」
「ちょ、調査です! これは、敵の実力を調査していたのですっ!」
「そうか。で、結果は?」
「け、結果は……」
くっ、と悔しそうな顔をした。
「あなどれません。さすがは、この国家のシェアを二分する、わたくしの宿敵といったところでしょう。しかし、まぁ、総合的に見ても、こたつが、電気すとーぶを上回っている点はありません。断じて」
「そうか。じゃあ、夕飯の支度をするか」
「わたくしの話を聞いているのですか!?」
「聞いてるよ。それより、夕飯食べたいなら、すとーぶも手伝ってくれ」
「かしこまりました。ふふ、さすが、わたくしです。暖房のみならず、オールマイティに、ご主人さまのお手伝いができるのは、最新型であるゆえんです」
「……オールマイティに、家電一体ぶんの食費が消えていくんだよな……」
「最新型の維持費には、相応のコストが、かかるものです。それで、ごはんはなんですか」
「水炊き。鍋だ」
「なべ」
「そうだ。こたつに入って食べると、あったかくて、美味いぞ」
「……こたつ、こたつ、こたつ……っ!」
電気すとーぶが、じじじじじ、と熱を帯びはじめた。
「どこまでも、わたくしの邪魔をっ! 旧式のぶんざいで、なまいきな!」
それ、なんか、やられ役の敵ボスが吐くようなセリフだよな。と思った。
「この次こそは、わたくしが、国内シェアを独占してやりますよ! 覚えてなさい!」
それもまた、やられ役のセリフだった。
電気すとーぶの、国内シェア独占の道のりは、中々に険しそうだ。
「だいぶ、あったかくなってきたな。そろそろ、こたつ布団を干して、しまうか」
「ふふふふふ。完全勝利です!」
電気すとーぶが、はしゃいでいた。
「やはり、電気すとーぶには、さすがのこたつも敵わなかったのです!」
「そうだな。なぁ、すとーぶ」
「はい! なんでしょう、ご主人さま!」
「おまえも、ついでに押入れにしまっといて、いいか?」
「ぷしゅー!」
「あ、ちょ、こら、やめろ!」
ぺしっ、どすっ、げしっ、叩かれたり殴られたり蹴られたりした。
「じじじじじ……。ご主人さま、なにを言っているんですか。わたくしを、閉まうですって?」
「いや、おまえも暖房器具だろう」
「最新型です!」
「いや、関係ないだろ」
「ありです。梱包して、押入れなんかに閉まってごらんなさい」
どうなるというのか。
「次の日から毎日、押入れの向こうからじりじり言って、ご主人様を呪ってやります」
「やめてくれ。面倒くさい」
「でしたら、二度と、そのような事を言わないでください」
俺はもう色々とあきらめた。女子はわからん。
ベランダに干した、こたつ布団を見ながら、電気すとーぶは言った。
「敵ながら、あっぱれな最期でした」
屍をさらしているようにでも見えるのか。
「これからは、ご主人さまの暖房器具として、わたくしがシェアを独占します。貴方は、そこで安らかに干されていてください」
「午後になったら取り込むけどな。あと、対象がいつのまにか俺になってるぞ」
「いいのです。わたくしには、貴方がいれば、良いのだと思います」
なんだかのんびりと、電気すとーぶは笑った。俺もそんな様子を見て、言葉を返した。
「そうだな。また来年、こたつには、世話になるけどな」
「えぇ。来年は、わたくしの忠実な部下として、よく働くことでしょう」
最新のヒト型家電は、こうして、うちに住み着いたわけだった。