従者内における派閥と関係
※今回登場する面々を名簿に追加しました。
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我らが主はすぐにやることがなくなって暇になるだろう、と言っていたが、それは予想より早く訪れた。
周囲の地形を把握し終えた我が主は、地図を作り、最低限の防備を整えると、現状での任務はこの砦に詰めるだけになる。
戦える連中は取りあえず連日体が鈍らないように最低限の訓練を行い、もしかしたらありえるかもしれない有事に備える。
私たち内勤は、マイザーのような経理を任されているような連中を除けば、砦の清潔さを保たせることばかりに終始している。
私たちも一日中そればかりしているわけではないから、当然休みの時間もある。
だがそうなるとやることがなくなる。
暇だった。
圧倒的なまでにヒマだった。
毎日が同じことの繰り返しなのだ。
自分はまだまだ忍耐強い方だが、暇に飽かして騒ぎを起こす奴らもいる。
ここにいる奴らは全員一応は主の従者となった奴ばかりなのだが、それにしたって協調性の無い奴が多いこと。
どいつもこいつも我が強く、そして個性的だった。
そんな連中が暇になり、次第に顔を合わせるようになると問題が発生すると私は想定していた。
「もう我慢ならねぇ、なんで俺たちが教会の連中と飯を食わなきゃならないんだ!!」
つまりは、そういうことである。
騒ぎはダイニングの一角、十名近い男女が神に日々の糧に感謝する文言と祈りを唱えた時に起こった。
一人の男が突然席を立ち上がり、殺気立って彼らに詰め寄った。
彼には覚えがあった。
それも当然で、彼はこの我々の中で唯一の人類以外の存在。
魔族。ウェアウルフと呼ばれる、人狼だったからだ。そんな彼を見忘れるはずがない。
名は確か、アーユー。
彼が憤慨を露わにしたのは、従者内に存在する十名近い教会関係者に対してだった。
正確に言えば元教会関係者なのだが、彼らのほとんどは悪魔に仕えてなお己の信仰を捨てていない者が殆どであった。
神に祈りを捧げる風習は一般家庭に普及しているから、教会の庇護下にある街で生まれた者を含めればこの数は倍以上になるだろう。
そして、我ら従者たちは我が主の性格からして、ほぼ全員が教会の連中に酷い目に遭わされた経験があるに違いない(断言)。
特に連中に対して恨みがある者も少なくないはずだ。
とは言えこの場で突っかかるのはかなりのお門違いと言えるだろうが。
ちなみに、この場で最大の突っ込みどころは、教会関係者に交じって祈りの文言を唱えていたチェリーの姿であった。それでいいのかヴァンパイア。
「我が盟友は相当の物好きと見える。
両足で立つオオカミをどこぞの見世物小屋から連れてきたようだ。」
「リブラ様!?」
立ち上がってそんな嫌味を彼にぶつけたのは、元教会関係者の中から尊敬を集めるリブラという壮年の男であった。
華美にならない程度に着飾られた純白の祭服は、彼が教会でも高い地位を得ていたことを示している。
私と番号も近く、かつては枢機卿という地位であったと事から印象深かった人だ。
「なんだとッ!!」
「獣風情が、人語を介した程度で何を偉そうに我らの食事の邪魔をする。
貴様に恵んでやる施しは無いぞ、獣の臭さが移るのでさっさと向こうへ行って我が盟友に躾けてもらってくることだな。」
流れてで来るような罵声だった。
当然、アーユーは激怒した。
「貴様、この俺を馬鹿にしたな!!」
それに対するリブラの態度は冷笑だった。
「おい、いい加減にしろ。ここをどこだと思ってんだよ。」
私はたまらなくなって声を上げた。
こんなところで騒ぎを起こされるのがたまらないのではない、おいどうにかしてくれよ、という周囲の視線に耐えかねたからだ。
生前は他人に気を使うことなく生きてきたが、死後にどうして胃が痛くなることばかり起こるのか。
「あんたは許せんのかよ!! これ見よがしに教会の服をひけらかせやがって!!」
しかし向こうは私の制止程度など聞き入れない位には頭に血が上っていた。
「ここに居んのは教会って組織じゃない、ただ神様を信じる個人だろ。」
実をいうと、私は彼の言いたいことは十二分に理解できる。
だって似たようなことを我が主に言ったからだ。
私としても我が主があれほどの仕打ちを受けた教会の関係者を従者にしたということに驚いたのである。
彼ほど露骨で歯に衣着せぬ物言いで本人たちに直接的に言ったわけではないが、なんで教会の連中を仲間にしたんだ、というようなことを問うたのだ。
そしたら彼はこう言った。
「僕は主義思想に囚われることをやめにしたんだ。
僕は僕に従う者の主義主張を否定しないことにしたのさ。」
と、誰に影響されたのか、その方がスマートで格好いいとでも思っているのだろう。
基本こいつは小難しい言葉を並べて悦に浸り、それっぽいことを言って見栄を張ったり知識をひけらかすのが好きなのだ。
それが後々どういう影響を及ぼすのか、考えてはいないのだ。
とは言え、それが人望に繋がるまでになるのだから、素直に感心すべきところなのだろうが。
「分かるかケダモノ。これが理性ある人間と獣の違いだ。
赤錆殿は殴る蹴ることぐらいしか能が無いだろう貴様よりずっと理知的だということだ。」
「くッ、この・・」
「次に食って掛かる時は、芸の一つでも覚えてから出直してくるのだな。」
彼を心底見下しているリブラの言葉に、周囲から幾つかの笑い声が出る始末。
結局アーユーは、毛だらけの顔でもわかるくらい顔を真っ赤にして自分が座っていた席に戻った。
「リブラ様、相手は魔族です。危ない真似はやめてください。」
「魔族だと? 貴殿はあれが魔族と申すか?
ではあのケダモノはなぜ今さらになって我らに不満を口にしたと思う?
我々がこうして一同を介して食事を取り始めてから不満の一つをいう機会など、幾らでもあろうというのに。
しかし、今日において一つだけいつもと違うことがある。・・・そう、我が盟友の不在だ。」
リブラは嘲りの笑みを浮かべて言った。
そう、今日は我らが主は街へ行ってくるとか言って、事前に通達がなされていた。
明日はここに顔を出さないから、各自継続して業務に当たれ、と。
「あれは恐るべき人類の敵である魔族ではなく、牙を抜かれた獣に過ぎん。
それの一体どこを恐れよというのだ。吠えるのなら鞭の一つでもくれてやるべき畜生に過ぎん。」
リブラの巧みな弁舌は、ダイニングで食事をする全員に聞こえ渡ったことだろう。
多くの人前で話すことに慣れているしゃべり口だった。
くすくす、とダイニング全体から忍び笑いが聞こえ始める。
「・・・牙が抜かれているかどうか、試してみるか。」
当然、ここまで馬鹿にされて激怒しないはずがなかった。
アーユーは唸り声のような声色で、そう言い放ったのだ。
これはマズイ、と思って私は席を立って両者の間に割って入ろうとした。
その瞬間だった。黒い影が私の目の前を覆ったのだ。
それはリブラに向けて飛びかかろうとしたアーユーだった。
人間の範疇を超えた身体能力によって繰り出された跳躍は、もはや黒い影にしか見えなかったのだ。
「危ない!」
咄嗟に私の前に飛び出て庇いたてた男がいた。
私はその男に関して印象深く残っている。
なんといってもあの堅物の見本みたいな騎士殿と意気投合し、熱く語り合っていたのだから。
男の名は、セーフティ。
騎士殿みたいな似非騎士ではなく、本物の騎士さまらしい。
あ、でも騎士の認定は国がするものだから、立場は似たようなものかもしれない。
セーフティが剣を水平に構えて、アーユーを迎撃しようとしたその時。
ドゴン、と光の壁が現れて、私たちとアーユーの間を遮ったのだ。
「これは神聖魔術!?」
誰かの驚いたような声が聞こえた。
「こ、の、邪魔立てするな!!」
「いい加減にしないか!!」
光の壁に弾き飛ばされたアーユーに、セーフティは詰め寄って怒声を放つ。
「失礼、赤錆殿。あのケダモノがここまで考えなしだとは思わず―――」
「あのさぁ。」
リブラがこちらに歩み寄ってきて謝り始めたので、私は思い切って言いたいことをいうことにした。
一応神聖魔術で彼が助けてくれたことは分かっていたが、そもそも彼が蒔いた種である。
「私はここをどこだと思ってんだよって言ったよな。
こんな大勢がいるところでバカにされたら怒るのも当然だろうが。
あんたは確かにあたしらの殆どより頭もよくて偉くもなっただろうさ。
だけどな、よく知りもしない相手を、しかもこれから行動を共にする仲間に対してだ!! いくら言い掛かりを付けられたからって一方的にそいつの誇りを踏みにじっていいわけないだろうが!!」
私は言いながら熱くなって、ついついいつも教会に対して不満に思っていたことまで口にしていた。
彼だって教会で偉い地位に居たからって、教会そのものではないだろうに。
後になって冷静になると自己嫌悪すること間違いなしだった。
とは言え、教会の連中というのは、少しばかり頭がいいからって自分のような浮浪者を蔑んだ視線で見ていたのは事実だった。
司祭たちはまだましだが、そいつらに付き従う教会付きの騎士どもはクズだった。
連中は金の無い人間を人間とすら思っていないクソ共だった。
権力を笠に着てやりたい放題は当たり前だ。教会をよく思わない連中は多くの場合こいつらを指して嫌悪している。
そいつらを野放しにして何もしない教会の偉い連中も嫌いなことには違いないが。
「それに、たまたま偶然我らの主が居なかっただけかもしれないだろ。
あいつにこんなくだらない口喧嘩の仲裁されるのも馬鹿馬鹿しいしな。」
「そ、そうだ、俺は!!」
「アンタも!!」
声を上げてリブラに先ほどの反論しようとしたアーユーに詰め寄って、私は更に声を発した。
「先に手を出そうとした、その時点でお前が悪いんだ。謝れ。」
「だ、だが、奴は俺だけでなく魔族の誇りまで踏みにじったのだ!!」
「だが? だがってなんだ!! 誇りがないと黙って飯も食えないってか!!
だったらお前、今日から屋根裏の掃除をあたしの代わりにやれよ、好きなだけ埃まみれになれるからな!!」
私は怒りに任せてそう怒鳴り散らした。
私も浮浪者生活が長かったせいか、裏路地では身寄りのないガキどもの喧嘩の仲裁には慣れていた。
私が年長者だったからだ。私より年上の物乞いは幾らでもいたが、一度ガキどもの揉め事に首を突っ込んでしまったのが運の尽き。
いつの間にか私は連中に頼られるようになり、ガキ共の顔役みたいになっていた。・・・父上は泣くだろうな。
そんなガキ共の喧嘩を、こんな大の大人たちが繰り広げているというのだから、本当に馬鹿馬鹿しくて、心底ムカついた。
「魔族の誇りとやらが上っ面だけの虚栄心だけのものじゃないなら、まずお前が謝れよ。あたしが何か間違っているか? どうなんだ、教えてくれよ!! なぁ、おい!!」
「それぐらいにしないか、赤錆。」
そう言って私の肩を叩いたのは、教授だった。
この年老いた黒ローブの魔術師は、騎士殿と同じく私が生前の従者だった頃に面識がある存在だ。
私の知識の多くは彼からであり、陰険で傲慢な魔術師らしくない知的で落ち着いた老紳士である。
生前、彼に投げかけた多くの質問を、彼は一つも嫌な顔をせずに答えてくれたのだ。
「仲裁に入ったお前が怒り狂っては意味が無かろう。
皆も覚えておけ、私が知る限り我らが主がどうしても避けていたものが三つある。
教会の手勢と、セロリと、これを怒らせることだ。」
教授はそう言いながら、指を一つずつ立てていった。
何気に不名誉な情報も暴露されていたが、皆の反応を見るにそこそこ知っている者は多いらしかった。
「一度これと主が大喧嘩して以来、三日に及ぶこれの追及のあまりにも面倒臭さ故に主も他人に気を使うことを覚えたくらいだ。
各々それだけは承知するように。私からは以上だ。」
「教授、それってあたしが面倒臭い女だってことですか? 」
「いいか赤錆よ、男児というのは女児に言い募られるとどうしていいか分からなくなる生き物なのだ。
確かに仲裁は大事だが、女児が間に入っては言いづらいことばもあるものなのだよ。」
「・・・・。」
はぐらかされたが、教授の言いたいことがわからないわけではない。
男児とか女児とか子供扱いされているのは気に食わないが、実際私たちが客観的に見ればガキも同然なので口を噤んだ。
そして結局、先に折れたのはリブラだった。
「・・・ふぅ、彼女にここまで言わせた以上、これ以上お互いに恥を掻くわけにもいくまい。
すまなかった。昔から角の立つ言い方しかできない性分なのだ。」
そう言って、リブラが頭を下げたのだ。
その時、私はようやく我に返った。
かつてとは言え、教会で相当な地位に居た人物に頭を下げさせたという事実に、だ。
「い、いや、俺の方こそ悪かった。俺は昔教会の偉い奴に騙されてよ・・。
あんたの所為じゃないってのはわかってるんだが、俺ぁ昔から堪え性が無くてよ・・。」
アーユーも気まずそうに頭を下げた。
どうやら勝手に私がヒートアップしている間に、当人たちの頭も冷えたようだった。
とりあえず一つの解決を経て、教授もやれやれと自分の席へと戻っていった。
ずっと私を庇う位置取りに居てくれたセーフティも、私に軽く一礼して席へと戻る。
そうしているうちに、両者の間には新たなる局面が訪れていた。
「騙された・・・つかぬ事を訊くが、お前は何番目に従者になっただ?」
「確か・・・37番目だと聞いた。」
「そうか、私は七番目だ。しかし、私とお前との間には、一人十年だと考えて三百年分の時代の開きがあるというわけか。」
リブラは顔をしかめながらそう言った。
「一つ聞かせてくれ、あんたらは魔族相手ならば幾らでも騙していいと思っているのか?」
「馬鹿なことを言うな。神の教えは飽くまでも己を律する物だ。
確かに同じ教徒同士にのみ適用される物もあるが、そればかりでは立ち行かないのだ。
神を崇拝する者が、神を崇拝しない者は例外だと暴虐を働いてる者になぜ神は微笑もうか。」
リブラは腕を組んでアーユーにそう断言した。
「嘘を吐くな!!」
その怒声は別のところから上がった。
「ゲミニ、やめなよ。」
「いいや、あいつはああ断言したんだ。俺からも一言言わないと気が済まない。」
そう言ったのはエルフの、いや正確にはハーフエルフの男女二人組だった。
その容姿からうちの連中の中でも比較的目を引く二人だ。
青年の方がゲミニで、少女の方がサジタリウス。
見た目こそサジタリウスの方が若く見えるが、彼女はゲミニの倍近く生きているそうな。
恐らく彼女は我ら従者一同で最年長と目されている。
「あんたらはいつだって口ばっかりじゃないか。
亜人は見たそばから殺せ、殺せ、殺せ、そればっかりだ。
この体にはあんたたちと同じ血が半分流れているというのに、あんたたちはそれを穢れているという。
それじゃああんた達一体どうなんだ!!」
「残念ながら、私は君が納得できるだろう答えを持ち合わせていない。」
それは即答だった。
まるでゲミニの怒りを受け流すかのような事務的な答えである。
「な、んだと!!」
「しかし、君の怒りは筋違いだと言わせて貰うか。」
その上で、リブラはまるで相手を逆撫でするかのような言葉を発する。
怒り心頭に発したゲミニは、テーブルに両手を叩きつけて立ち上がった。
「そもそも、我々の聖典には遺失が多いが、そのどれに至っても亜人や魔族に関する記述が見当たらないのだ。
まるで聖典の主が存在していただろう太古の時代には亜人も魔族も存在していなかったのだろう。
初代魔王の魔族を創造したという伝承からも、それは窺える。
それ故に、私個人から君の怒りに対する明確な答えを出すことはできないのだ。」
リブラは理路整然と言葉を並べる。
「敢えて言わせて貰うのならば、君らの迫害は当時の世論や法律、政治的思惑に教会が箔を付けた為に起こったものだろう。
故に教会の思想に亜人の迫害を後押しするような記述や人間至上主義を謳ったものなど存在しないことだけは言わせてもらおうか。」
「結局お前たちが原因の一つには違いないじゃないか。
お前たちはいつだって弱者を助けるとか言っておきながら自分たちの気に入らないモノを疎んじる!!」
「君の言い分は理解できるが、それは少しばかり浅学が過ぎるのではないかね?」
リブラは鼻で笑い、嘲るようにそう言った。
「皆に聞いた限りでしかないが、私とて晩年の教会の過ぎた行動には胸が痛む思いだ。
私も在任中ですら、総本山の眼の届かぬところで司祭どもは好き勝手しているという話もよく聞いた。
教会は組織としての本分を全うせず、身内がそれを外れることを諌めもしない。
だからと言って位階が高い者同士が雁首突き合わせて会議を行っても不毛で無駄な時間の浪費ばかり。
教会組織が朽ちた大木であるのは誰の眼でも明らかであった。
私が生きていた時ですらそうであったのだ。」
それはかつての身内の批判のようで、どこか愚痴っぽかった。
「だから、私は捨てたのだ。腐り果てた地位も名誉も、財産も。
私は一人真実の信仰を求める旅にでた。・・・我が盟友と出会ったものもそんな時だ。」
リブラは腕を組み直し、ゲミニを目を細め見据える。
「では問う、君は教会に対して何をした? 君に教会の何がわかると言うのかね?」
「当然、受けた報いを返してやったさ。」
「笑止。」
ゲミニの明朗な返事に、リブラは高く笑った。
「それで君はどうなったかね? 教会付きの騎士どもに追い回されたのではないのかね?」
「・・・・・・。」
ゲミニは答えなかったが、その苦渋に満ちた表情何よりの答えだった。
「だから亜人は、と馬鹿にされるのだよ。やられたらやり返す、そんな野蛮なやり方しか知らない。
報復は無意味とは言わんよ、しかしながら私も一裁判官として報復を認めるほど無責任ではないのだ。
私は亜人の信者に対して人間と同じように敬意を払って接してきたつもりだ。
亜人と人間の違いなど神ならぬ私にはわからないが、一つだけ言えることがあるとするならば・・・君と彼らは違うと言うことだよ。」
「ならば俺が貴様らに救いを求めたとして、それを受け入れたとでもいうのか!?」
「少なくとも、私ならばそうしただろう。」
その言葉に、ゲミニは鼻白んだ。
リブラの言葉は深い信仰に裏打ちされた確固たる信念があったからだろうと、私は思った。
彼は“本物”だ。
アイアンハートと同じく、鉄の信仰を胸に秘めている。
彼を言い負かすにしろ納得させるにしろ、それには彼以上の知識と教養そして信仰心が必要だろう。
「とは言え、流石に私と言えども君に手を差し伸べることができたであろうか。
亜人への迫害は根強いが、近親種故の混血の場合はその度合いが段違いだ。
君の境遇は容易に想像できるよ。だから私は君の怒りと憎しみをひとつひとつ受け止めていくことしかできないのだ。
私で良ければ、いつでも相手になろう。」
リブラは皮肉屋で毒舌家ではあるが、その本質は間違いなく聖職者であった。
彼が慕われているのも分かるというものだ。
「彼の方が数段大人だったわね、ゲミニ。」
「・・・・・くッ」
サジタリウスに笑われて、流石のゲミニも悔しそうに歯噛みして椅子に腰を下ろした。
「諸君らも、私に質問や言いたいことがあるのならば遠慮することは無い。
これから長い付き合いになるであろうから、相互理解も必要だろう。」
そしてリブラはみんなに向かってそう言った。
そうして手が挙げられたのは、意外なところだった。
「リブラさん、ご主人って私が死んだ後でもまだセロリ食べられなかったんですか?」
厨房から、コック帽を被った少女が憮然とした表情で言った。
彼女はグルマン。番号は五番目という若さで、私や教授、リブラと同様にかなり最初期の従者の一人だ。
彼女は料理人であり、美食家でもある。
未知の食材をを求めて単身世界中を旅し、最後は毒キノコに中って死んだというぶっ飛んだ経歴を持っている。
私たち五十数人の朝昼晩の食事を一人で切り盛りしている。
彼女はリブラと番号が近い為か面識があるようで、かなり気安く彼に問うた。
「グルマン・・・残念ながら・・。」
リブラは力なく首を左右に振った。
そしてグルマンの視線は、食事を取っている面々に向けられた。
「そういえば、ご主人は絶対にブロッコリーだけは食べなかったよな。」
「僕は、セロリは人間が食べ物じゃないから食べなくていいって言ってくれたよ?」
「今思えばいつもピーマンの多く入った皿を押し付けられていたような・・・。」
皆口々にそんなことを言いだした。
私の見る限り、皆の番号からして最後まで主の野菜嫌いは直らなかったようである。
「・・・・明日の食事は気合入れますね。
魔界の新鮮な食材で腕によりを掛けますから・・・皆さん、絶対にご主人を逃がさないでくださいね。」
グルマンはそう言って、厨房の奥に引っ込んで行った。
翌日の朝食が阿鼻叫喚になったのは、主に誰かさんの所為である。
こんにちは、ベイカーベイカーです。
実は去年のうちに九割方書き終えていたのを忘れていたのですが、それを加筆修正してお届けいたします。
こんな感じでかなり不定期な更新なので、ご了承ください。