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第八章 歪みの噂(前編)

第八章 歪みの噂(前編)


「おい秋人、これを見ろ。」

いきなり僕の職場に現れた木村は、唐突に旅行会社のパンフレットを渡してきた。

「ちょっと困ります。今は勤務時間中ですので、お帰りいただけますか?」

「なんだいなんだい、ケチケチしやがって。終業時間まで柱の影からずっと覗いて見ててやるからな。」

なんて恐ろしい光景だろうか。

木村は本当に僕が帰るその時間までずっと僕を監視していた。途中で上司が警察を呼ぼうかと言ってきたくらいだ。

もちろんトラブルを避けるため断ったのだが。


「それで、なんだよコレは。温泉旅館のチラシじゃないか。」

「貴様はバカか?私がただの温泉旅館のチラシを届けにわざわざ来ると思ったか?貴様が暇そうに時間をただただ潰している中、私は必死に情報を集め、そして歪みに関する有益な情報を入手したのだよ。」

僕はこれでもけっこう忙しく働いているのですが。

木村の方こそいつもフラフラと暇そうにしているようにしか見えないのにこの偉そうな態度、非常にムカツク。

「それで、この温泉宿の近くに歪みがありそうなわけ?」

「うむ。その近くの神社で神隠しの噂がある。なんでもこの世とあの世を繋ぐ空間が現れ、そこに吸い寄せられた人は二度と戻らないそうだ。」

「ふーん。神隠しね。まあ確かにそんな話は昔から存在してるな。でも最近の話じゃないだろ?」

「安心しろ、既に宿に予約の電話を入れておいた。」

「待て待て待て、会話のキャッチボールが出来てませんけど?」

「大丈夫だ。女性と男性の部屋は分けてある。私にもその辺りの良識はあるぞ?」

「だーかーらー、会話が成り立ってませんよ木村くん。って何名で予約したんだ?どちらにしてもキャンセルしてください。」

「ばっ!貴様、料金は既に支払っているのだぞ?キャンセル料発生しちゃうよ?」

「勝手に支払ったお前が悪い。だいたいキャンセル料なんて直前にならないとかからないし、どうやってその宿代を用意したんだよ。まあどうでもいいけど。」

「だって今週末だもん。もう直前じゃーん。キャンセル料は2日前から発生しちゃうって言われちゃったよん。おっと既に手遅れじゃん!」

「それはお気の毒様。いきなり今週末に行けるわけないだろ。それと誰を誘ったんだ?」

「じゃあ秋人だけキャンセルするわよ?まったく。亜美とシェリルは参加の返事をもらっているし、ユナと一緒は不本意だが、誘わないわけにはいかないからな。シェリルから話は通してある。ちょうど亜美が今週末休みだったのでな。シェリルとユナは所詮バイトだ、シフトの調整なんてなんとでもなる。」

「働いてもいないお前が偉そうに言うんじゃない。それと亜美はともかく、ユナとシェリルちゃんはまだバイト代も出てないだろ?旅費は亜美に出させたのか?」

「その点も抜かりなしだ。この世界には魔法のカードというものが存在していてな。クレジットカードでネット決済すればなんと素敵、支払いが完了しちゃったのだよ。」

「お前がクレジットカードなんて作れるはずないだろ。それは亜美のを勝手に使ったんだな?今すぐにキャンセルしろ!そして全員に謝ってこい!」

「その必要はない。クレジットカードの名義はクサノアキヒトさんっていう親切なジェントルマンなのだ。」

「はっはっはっ、騙されないぞ。僕のカードを勝手に使えるわけがない。だいたいお前がインターネットなんて使えるのか?」

「もうこの件はいいではないか。さっさと本題に入ろう。行くのか?行かないのか?料金を払ってもらったから一応誘ってやってるんだが、まあ秋人は別に来なくても問題ないからな。」

「おい、本当に僕のカードを使ったのか?どうやって?」

「貴様が使うところを見ていてな、その番号と、裏面記載のなんとかコードを偶然にも覚えていたのだ。それをネットで打ち込んでしまったら、あら不思議。」

「あら不思議、じゃねぇよっ!それってホントに僕の支払いじゃん!」

「だからそう言っているだろう?貴様はやはり頭が悪いな。」

「お前、一度殺してみてもいいかな?」

「ふははははっ!私を殺したら亜美も死ぬがいいのかにゃあ?」

うがああああ!なんてムカツク野郎なんだっ!

「それで、いくらなんだ?」

「秋人ったら話が分かるぅ!えーっとだな、2名1室でお一人様が23円と、3名1室でお一人様が20円だから、確か98円?ゴールデンウイーク前だったからさ、なんて格安ぅ!」

「待て待て待て待て、そんなわけがない。しかも算数間違ってるし。23円ってまさか、23の後ろに0が並んでいなかったか?」

「あったが何か?ニ、サン、点、ゼロゼロゼロ円でありますっ!」

「たっ!たかっ!それは木村くん、23円じゃなくて2万3千円って読みます。って、おいおい、マジっすか・・・10万オーバーかよ。どんな高級旅館だよ・・・」

「へぇ。勉強になりました。あの表記って詐欺だよね?消費生活センターに相談しないといけないぞ、秋人。」

「こいつめぇ!!」

「くっ、苦しいぃぃぃ!ちっ、窒息するぅぅぅ!げふっ、はぁ、はぁ、まったく野蛮な生き物だな貴様は。とりあえず今月のお寿司の代わりってことで許してやろう。」

まったく高い寿司代になってしまったもんだ。

聞けばネット予約の際に色々とチェックボックスの”はい”という欄にチェックをして、料理から部屋までランクアップさせているようだ。

亜美やシェリルも楽しみにしていて、さらに亜美が交通費を出してくれることになっているらしい。

これじゃ僕は引くに引けなくなってしまっていた。


「ただいまぁ。」

「あ。おかえり秋人。遅かったね。」

玄関で白猫ことユナが出迎えてくれた。

「ユナは今週末の旅行の話って聞いてた?」

「今日のバイト中にシェリルから聞いたよ。温泉っていう大きなお風呂があって、疲れが吹き飛ぶんだって。なんだか楽しみぃ。」

あの、本来の目的を忘れていませんか?ま、とりあえずは前向きに考えよう。もう行くことは決定しているんだ。


そして迎えた週末。

元の姿に戻ったユナと一緒に駅まで歩き、集合場所である新幹線が止まる駅まで行った。当然と言えば当然なのだが、ユナの荷物は非常に少なく、その辺のコンビニへ行くような手軽さだった。

下着とかってどうしてるんだろ?そんなことを気にしながら歩いていると、見慣れた青年が恥ずかしげもなく大きく手を振っていた。

ああ、こっちが恥ずかしいです。

「おーい秋人ぉ!こっちだ、早く来るがいい!」

「そんな大きな声を出すな。周りに迷惑だ。」

「貴様、私の美声を聞けるだけでありがたいと思え。それはそうとこれで全員揃ったな。では出発だ。亜美よ、皆に切符を配るのだ。」

「はいはい、分かりましたよご主人さまぁ。」

そう言いながら亜美は全員に切符を手渡してくれた。荷物の量からして亜美も相当楽しみにしているようだ。

「ねぇねぇ秋くん秋くん、どうして最近お店来てくれないの?シェリルは研修期間を終えて正アルバイト店員に昇格したんだよぉ?自給も880円だって、すごいでしょー?」

なんだかホステスに誘いを受けているような気がしてきた僕です。

そして自給880円か、シェリルの働きぶりからするともう少し上げてもいいんじゃないの、店長さん?

そして嬉しそうなシェリルを拗ねたように見るユナ。

きっとユナはまだ研修を卒業できないんだろうな。

偉いぞと頭を撫でてやると、シェリルは無邪気な笑顔で喜んでいる。悪魔って平和だなぁ。

そして僕たちは新幹線に乗り、目的地を目指したのだった。


「秋人ぉ!なんて早いんだ新幹線!素晴らしいぞ!ぜひ私も一台ほしいものだ。どうすれば手に入る?」

「頼む木村、とっても恥ずかしいから大きな声を出さないでください。」

黒いスーツでビシッと決めた金髪の美青年。

黙っていれば芸能人も顔負けなのに、こいつは羞恥心を持ち合わせていないただの子供である。

自分はお金を持ってないくせに車内販売の売り子さんに色々と注文して亜美に払わせているし、ホント小学生のお守りだな。

とりあえずなんとか無事に目的の地まで到着したのだった。


「うわー、すっごい旅館だね!こんなところ泊まったことないよぉ!」

亜美が興奮している。そりゃ僕だってないよ、こんな老舗の高級旅館。宿泊費の安い時期じゃなかったらと思うとゾッとする。あれ?ヴァンパイアの方々はあまり感動がないようですが?

「うむ、パンフレットよりボロいではないか。大きさもイマイチだな。」

「ボロいんじゃないぞ木村よ。代々受け継がれた由緒ある旅館なんだ。風情と言うんだ、こういうのを。それとお前があっちの世界でどんな貴族だったから知らんが、貴族の家と大きさを比べるんじゃない。」

「まあよかろう。とりあえず私は露天風呂に入りたいのだ。秋人、さっさとチェックインを済ませてくるがよい。」

「君はなんでも知ってるんだね。」

「ふっ、毎日の修行の成果だ。」


チェックインを済ませ部屋に入るとかなり大きく、畳のいい香りがした。

窓からは壮大な山々が見える。

木村は何やら押し入れに興味を示し、開けたり閉めたりして遊んでいた。

「それで、神隠しのあったという神社に行くのか?早くしないと暗くなってしまうぞ?」

時計の針は午後2時を指している。

神社までどれくらいかかるか分からないが、午後6時には日が暮れてしまう。

「貴様はバカか?今から行ったところで捜索する時間も知れている。明日の朝から行くべきということくらい考えれば分かるだろう?今日は疲れを癒すために風呂だ。行くぞ秋人。お供せぃ!」

木村が扉を開けようとした時、シェリルたちが僕たちの部屋に入ってきた。

「おー、こっちの部屋も中々風情とやらがあるねぇ!お茶菓子食べたぁ?とってもおいしかったよぉ?」

「はしたないぞシェリル。あまりはしゃぐんじゃない。これから露天風呂へ行こうと思うのだが、夕食前に女性陣もさっぱりしてはいかがかな?ちなみに夕食は5時から準備するよう申し付けてある。」

「いいねぇ!ユナさんもシェリルちゃんも行こうよ!向こうの世界にもあるのかもしれないけど、日本の露天風呂もいいよぉ?」

というわけで夕食前に一同で風呂に入ることになった。


さすが高級旅館だけあって、その名物である露天風呂は圧巻だ。

天然の石で造られたその造形技術は日本ならではと言ったところか。

感心しながら僕は身体を洗い、温泉に入った。

そういえば木村はどこだ?いた、初めて見る木村の裸体は人間と同じ創りではあるが、それはまるで人形のようだ。余分な肉や毛はなく、男の僕から見ても美しいと言わざるを得ない。

ん?何してんだ?

「おい木村、お前そんなところで何をしている?」

「秋人よ、温泉、露天風呂、そうなれば答えはなんだ?」

「は?」

「ロマンだろう?貴様はそれでも日本人か!?私はマナーを守らないヤツは嫌いだ。」

「お前さぁ、ロマンとかマナーとか言ってるけど、それって女湯を覗こうとしてるよね?」

「ばっ!バカ者!聞こえたらどうするのだ!こんな細い竹で出来た薄い塀だぞ?ちょっとは考えろ!」

「お前が考え直せ!何がロマンだ、何がマナーだ、この変態ヴァンパイアが!」

「秋人さぁ、この塀の向こうはなんだ?女湯?違う、違うぞ秋人。これこそが人が越えるべき壁なのだ。人はくじけた時、そのぶつかった壁を乗り越えられるかどうかでその後の人生が変わるのだ。分かるか秋人?お父さんはそれをお前に伝えたかったんだ。」

「誰がお父さんだ。どこでそんな間違った知識を吸収してくるんだよ。」

「私は毎日ビックカメラの5台以上のテレビの前で3時間の修行を日課にしている。それぞれ違った番組が流す情報を聖徳太子の如くすべて受け入れるのだ。そしてその膨大な知識が今の私を大きく成長させた。なんなら昨日見た特別ドラマの再放送、”身代金”のワンシーンをこの名俳優が演じてやろうか?」

「いえ、けっこうです。」

断ったのにコイツ、何か渋い表情を作り出した。

勝手に始める気のようです。

「おいっ!息子をどこに隠したっ!金は持ってきた。だから、だから早く息子を返してくれっ!・・・ふっふっふっ、貴様の息子は危険な場所に隠してきた。さあ早くその金をこっちへ渡すんだ。」

「木村くん、君も自分の息子をちゃんと隠してください。そんな素っ裸じゃ犯人もただの変態にしか見えませんよ。」

「ぬぅ、せっかくの見せ場を。ここから徳田英二郎デカが登場するシーンなのに。」

ブツブツ文句を言いながら温泉に入る超変わり者のヴァンパイアだった。

「おーい、さっきからお兄ちゃんの変な台詞ばっかり聞こえてくるけど秋くん大丈夫ぅ?こっちは貸切状態だよぉ!」

塀の向こうからシェリルが呼びかけてきた。確かに木村が言うようにこの薄い塀の向こうってだけでちょっと緊張する。って木村が再びロマンを求めて動き出した。

「おいっ!木村っ!シェリルはお前の妹だろう?それにユナからは逃げてるくせに何してんだよ!目的は亜美か?そうなんだな?」

僕は小声で木村を止めに入った。

木村は塀の上から覗くため、景観のためにおかれている素敵な岩場を足場にしようと試みている。

「亜美の裸などすでに見ているぞ?よく一緒に風呂に入るからな。中々いいボディラインをしておる。やはり貴様には勿体ないな。」

「なっ!おっ、お前はクロちゃんを利用してそんなことまで・・・」

「秋人よ、違うのだ。亜美だとかユナだとか、まして妹だとかそういう問題ではないのだよ。そこがわからんかね。私は男としてやらねばならないのだ。とうっ!」

そういうと木村は少し高い岩場に飛び移った。僕は思わず木村の足を掴んでしまった。

「あぁ!なんてお約束なパターン!」

木村が倒れながら掴んだ塀の一部が折れた。うん、壊れた。僕は岩場から落ちたが、運よくケガはなかった。しかし実は運はよくなかったようだ。

「秋人、何してるのかな?」

「い、いや、木村が覗こうとしたのを止めようと、あ、あの亜美さん?せめてタオルで隠した方が・・・」

「あたしだけならともかく、ユナさんやシェリルちゃんまでいるんだよ?秋人にそんな趣味があったなんて・・・」

「そういうわけじゃなくて、あ、怒ってらっしゃいます?あぁ、その、亜美さんの身体、久しぶりに見るけどやっぱり綺麗ですね。あ、ダメ?」

どうやら亜美に僕の声はもう届かないようだ。

腰に手を当てて仁王立ちの姿で僕を見下ろしている亜美さん。

ああ、天国と地獄という言葉がぴったりだ。

「眷属魔になってからの初仕事がまさか自分の彼氏を抹殺することになろうとはね。魔力によってパワーアップした実力を試す時が来たわ。」

「いや、木村の眷属魔なので強さ変わってないはずですけど。あ、ごめんなさい、どうでもいいですよね今はそんなこと。」

「もー、秋くんったらこんなことして。見たいんだったらそう言ってくれればいいのにぃ。シェリル、秋くんにだったら見せてあげるよ?」

近づいてきたシェリルは巻いていたタオルを外そうとしているが、あと少しのところで亜美が立ちはだかる。

タオルを巻いているとはいえ、見えるその肩や鎖骨の肌は透き通るような白さに、温泉で温まったのか少し赤みが乗っている。

「ちょ、ちょっとシェリルちゃんやめなさい!もー、秋人も見てないでさっさとどっか行きなさい!あとでしっかり説明してもらうからねっ!」

ああ、僕は温泉から上がれば今度は地獄の釜に入ることになるのだ。

それにしても木村の野郎、騒ぎが起こった途端に消えやがって、こんな時に便利だな、悪魔の力は。ん?だったら最初から何かに変化して覗けばこんなことにならなかったんじゃ?

「それではロマンを感じられないだろう?」

「うわっ!い、いつの間に?しかもなんで僕の考えていることが分かるんだよ。」

「貴様の考えていることくらい想像がつく。まったく、シェリルに興奮しやがって、このロリコンめ。」

「お前のせいだろうが!」

「ほほぅ?興奮したことは認めるんだな?この変態め。ムシケラめ。」

「さて、悪魔って溺死するのかな?」

「ぶぼぼぼぼ!!ぶぶ!ぶぼぼ!ばぼぼぼ!ぶはっ!ゆ、ゆるしぶぶ!ぶぼ!たっ、助けて!」

なんと情けない悪魔だ。

木村相手ならなんと僕でもヴァンパイアハンターになれてしまいそうだ。

「おい木村、これに懲りたなら風呂上がってみんなの前でちゃんと説明しろよ?僕が悪くないってことと、お前が覗こうとしてたってこと。わかったな?」

その後、反省したのか、そしてどこで覚えたのか、綺麗な姿勢で土下座をした木村が頭を深々と地面に擦り付けた。

「ひらにぃ、ひらにお詫びいたす。すべて私の責任である。かくなる上は腹を切って私の覚悟をお見せいたそう!・・・どぉ?どぉ?一度やってみたかったのだ、この土下座とやら。これをすればすべてが許されるのだろう?なんて便利なんだ。」

「お前のその間違った知識は訂正してやる必要があるな。そんなもんで許されるわけないだろう。女性陣が納得するまでお前が話をするんだ。わかったな?」

木村は土下座を続けたまま答えた。

「御意!ニヤリ。」

「ニヤリは余計だ!なんか企んでるのがバレバレだ!」

「し、しまった!つ、つい・・・まったく僕ちゃんのおっちょこちょい、てへっ。」

はぁ、もう疲れた。いっそ僕が女性陣に撲殺された方が楽になれそうだ。


憂鬱な気分で部屋に戻るとそこには悪魔が3人待っていた。ユナは特に気にしていないのかのんびり座っているだけだ。

シェリルはいつもどおりニコニコしていて安心した。問題は亜美である。

本物の悪魔よりも悪魔らしいそのお姿。

「あの、亜美さん?あれは木村がですね、覗こうとしていたのを止めようとして。」

「もー。終わったことはいいよ。せっかくの旅行なんだし、みんなでおいしくゴハン食べようよ。ハルトさんから聞いたよ、豪華な料理が出てくるんだって。すっごく楽しみじゃない?ほら、ハルトさんもそんなところで土下座なんてしてないで、こっちおいでよ。」

またあのバカは何やってんだか。

その後、僕たちは木村が無駄に予約しておいてくれた豪華な料理に舌鼓を打ったのだった。

ちなみに木村は自分だけ赤ワインを注文し、まるで血のようだとかいいながら一瓶飲み干し、青白い顔で酔い潰れてしまった。

おかげで僕は普段見慣れない浴衣姿の女性3人と楽しい時間を過ごした。

金髪に浴衣っていうのもいいものだ。

ぜひ外国にもこの文化を広めなくては。

シェリルにはちょっと大きすぎてブカブカだったようだが、それはまたそれで高得点だった。

あなたも好きでしょ?そういうギャップというか、うん、そういうやつ。


食事後、男女別々の部屋に戻り、僕は広い部屋で静かになっている木村から離れた場所で就寝した。

外は都会と違ってネオンがなく、真っ暗な闇となっている。夜中にトイレに行けるよう玄関灯だけ点けておいた。

「ふわぁぁ、おやすみぃ。一応木村のおかげで楽しい旅行になったよ。ありがと。」

僕がそう言うと、聞こえているのか偶然か、遠くの方からうなり声のようなものが聞こえてきた。


「秋くん、起きてる?」

ん?この声はシェリルか?なんだか重いような・・・

「ちょっ、シェリんぐぐっ!」

「シィー、お兄ちゃんが起きちゃうでしょ?」

暗がりの中、もぞもぞと僕の上で動く影があった。当然シェリルだ。このシチュエーションはまさか・・・

「シェリルちゃん?ここは僕と木村の部屋だよね?何してんのかな?」

「へへへぇ、もー分かってるくせにぃ。今日さ、お風呂で秋くんが覗きに来てくれたでしょ?その時に見えちゃった秋くんの綺麗な身体、シェリルの脳裏に焼き付いちゃって眠れないの。」

「シェリルちゃん、ちょっと落ち着こうよ。ほら、あっちでは木村も寝てるし、って何やってんの!?」

シェリルは僕の上にまたがり、大きめの浴衣が少しはだけ、左肩が見える。玄関灯をバックにしてるのではっきりは見えないが、うっすらと見えるその肩や腕のラインはとても細く綺麗だ。

前のめりになったシェリルの胸が僕の目の前で揺れた。

「お風呂では亜美ちゃんに止められちゃったけど、シェリルだけ見るのは不公平かなって思って。どぉ?ちょっと恥ずかしいけど、秋くんだったら見てもいいよ。」

そう言ったシェリルの目が暗がりでも分かるくらい赤く輝き、淡くぼやけた光を放っている。またあの拒絶ができない絶対的な時間がやってくる、僕がそう思った時には既に遅かった。

「ね、秋くん。またちょっとだけ、いーい?シェリル、我慢できないの。」

僕は抵抗できないままうなずき、欲望のままにシェリルを力いっぱい抱きしめた。シェリルの肌はとてもやわらかくて、そして少し冷たかった。

「ぁん、秋くんったらちょっと痛いよ。それじゃ、いただきます。」

「シェ、リル・・・」

きっとヴァンパイアは血を吸うために相手を魅了するホルモンか何かを分泌するのだろう。女性の、しかも可愛いヴァンパイアに襲われた男はその欲望を最後まで満たせないままに血液だけを奪われるのだ。なんて反則的なんだろう。

シェリルを抱きしめたまま僕の意識は徐々に薄れ、やがて記憶が途切れた。


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