第十六章 旅
第十六章 旅
木村が再び現れてから一週間が経過した。
あちらの世界での時間とのズレがはっきりしないので、時間的に余裕を見ておく必要があった。
木村の説得にはかなり苦労したが、どうにか出発を一週間延期し、金曜日の夜からとしたのだ。
正直に言うと、どこかぽっかり空いてしまった僕の気持ちを満足させるには十分な提案であることは疑いようがない。
しかし、あれだけのお別れをしておいて、こんなにも早く再会するとなると、あの3人に対して僕はどんな顔で会えばいいのだろうか。ちょっと恥ずかしい気もするな。
それと木村が言っていた3大魔女の頂上決戦がどうなったのかが不安でたまらない。
きっと僕が関係しているんだろう。
「おい秋人、聞いているのか?貴様、我輩の言葉をスルーして考え事とは偉くなったものだな。我輩はシースルーは好きだがスルーされるのは嫌いだ。」
「ん?悪い悪い、ちょっとね、色々と思い出していて。」
「・・・えっちぃ。」
「お前の頭の中をスプーンで掘り返して食べてやろうか?」
「きゃー!悪魔よっ!ここに悪魔がいるわっ!おまわりさーん!この変態を逮捕してぇ!」
「悪魔はお前だろ。それにおまわりさんは悪魔を捕まえるために働いているのではない。そして変態は僕ではなくお前だ。そう言えば木村は警察にひどい目に遭わされたって言ってなかったか?」
「ぐおっ!思い出したくもない過去の傷をえぐるとは貴様は鬼畜か?職質だよ職質。知ってるか?こっちに来て間もない頃に2人の警官が純情な我輩を弄んだのだよ。」
「弄んだって、いかにも怪しい風貌の木村に目をつけたんだろ?いやぁ、日本の警察も頑張ってるねぇ。」
僕の歩く道路に沿って建てられているブロック塀の上をトテトテと歩いていた黒猫が立ち止まって身震いした。
「こんな好青年のどこが怪しい?身なりだってちゃんとしていたのに。ん?あの時はそう言えばマントをしていたかもしれんな。今思うと確かに怪しいか。」
そりゃ怪しいでしょうよ。金髪の青年がマントを着てフラフラ歩いていたら誰だって不審に思うわな。
そうやってくだらない会話をしているうちに僕たちは歪みの場所までたどり着いた。
辺りが暗くなっているのであまりはっきりとは見えないが、前回見た時と同じように不思議な紫の空間が渦巻いているようで、今にも吸い込まれそうだ。
「そういやさ、こんなところに丸出しだったら他の人が入っちゃったりしないか?」
「その時は龍の巣にご来店で、運が悪かったねってことじゃない?」
「お前ホント適当で無責任でバカだよな。」
「あなた今バカって言った?ねえ言ったよね?動物虐待だわっ!動物虐待ホットラインに電話しなきゃ!」
「はいはい、さっさと行きましょうか。ちょっとビビるけど、向こうで空中に出たりしないよな?僕は普通の人間だから高いところから落ちたらマジで死ぬよ?」
「それは入ってからの、お・た・の・し・みゅええええ!ぐるじいぃぃぃ!ごめんなざあい!ぐほっ、げほっげほっ、はぁ、はぁ、まったく乱暴なんだから。そんな君の下半身はある意味では乱棒?って言葉だけでは理解できないよねぇ、あっはっはっはっ!愉快じゃ愉快!」
なんとなく理解できますけど、ここは無視しておきましょう。
木村は自分で言って自分で大ウケしている。
僕は本当にコイツとの会話をもっとしたいなんて考えたのだろうか?
別れというイベントは人の思考を狂わせるようです。
「それじゃ、行くとしようか。秋人よ、準備はいいか?」
「ん?準備って、おい、押すなよっ、あっ!うわあああああぁぁぁ・・・」
歪みの中はとても不思議だった。
身体が真っ直ぐなのか曲がっているのか理解できない。
手足がいつもの場所に存在していない感覚になり、手を動かすつもりが足が動いたりしている。上下も無茶苦茶だった。
そう考えていると、ふいに身体に重力を感じた。
「あああああ!いてっ!」
ボスンという音がして僕は柔らかいクッションの中に落ちてきた。
推定5メートルはありそうな高さから降ってきたようだ。
木村のヤツめ、ホントのことを黙ってやがった。
隣を見ると、元の姿に戻って降ってきたらしい木村が、見事に頭からクッションに刺さっていた。
「ぶはっ!かっこ悪っ!木村刺さってる!華麗に刺さってるぞ!」
んぐんぐーっと木村がもがいている。
両手をクッションについて抜け出そうとしているが、柔らかいクッションのせいで無駄のようだ。
木村の間抜けな姿を観察している時だった。
「小僧、さっさとそのバカを連れてここから去れ。」
腹の底が震えるような低い大きな声、というより音が頭の上で響いた。
見上げるとそこには・・・
「あ・・・ド、ドラゴン・・・さんですよね?」
話には聞いていたが、当然ながら実物を見るのは初めてだ。
僕たちの世界で描かれているドラゴンとは見た目が少々異なり、爬虫類というよりは鳥類に近いように見える。
「何をボケッとしている?聞こえないのか?」
「あっ!はっ、はいっ!すぐに行きますっ!」
僕は慌てて木村をクッションから引っ張り出した。
「おい木村、早く行くぞ!ドラゴンさんがなんか怒ってらっしゃるぞ!」
「貴様がさっさと私を助けないからだ。それでは行こうじゃないか。さらばだ。」
そう言うと木村は足早に歩き出した。
敵意剥き出しのあのドラゴンは、きっとユナの眷属魔のドゥルックちゃんに違いない。
そう言えば考えてなかったけど、空気もあるし酸素も大丈夫だ。
僕としたことが何も考えていなかった。
人工的に造られた大きな空洞を横切り、ドラゴン用ではないであろう小さな通用口から出ると廊下に繋がっていた。
石で造られた窓のない暗い廊下の先にはまた扉があり、そこを開けると広い部屋があった。
「あー!秋くんだー!」
そう言いながら僕の胸に飛び込んできたのはもちろんシェリルだ。
「おっと、久しぶり、シェリル。」
「あ、やっと名前にちゃんが付かなくなった。へへへー。」
そう言って満面の笑みを浮かべるシェリルは本当に嬉しそうだった。
はっ!殺気を感じる・・・
これはおそらく、そう、2人の魔女に違いない。
僕は恐る恐る顔を上げると、そこには魔王に匹敵しそうなほどの殺気を放つ魔女がいらっしゃいました。
「や、やあ。久しぶりだね、ユナ、亜美。」
「そうだね。」
ああ、亜美さん、なんて冷たいお返事でしょうか。
「おいおい、私を無視して盛り上がるんじゃないよ。それとユナ、あのおっかないドラゴンをなんとかしてくれ。帰ってくるたびに寿命が縮むような気がするのだ。」
「ダメです。ちゃんと見張ってもらっているのですから。それにラインハルト様はそんなに何度もあちらの世界に行くことはありませんのでご安心ください。」
「しょ、しょんなぁ・・・私は度々あちらへ行って秋人を困らせたいのに。それに寿司の約束だってあるし、その約束があるからちゃんと行かなきゃいけないし、そうだろ秋人ぉ?」
「僕はユナに賛成だ。やっぱり変な影響を及ぼすかもしれないんだったら控えるべきだよ、そうだろ?頭のいい木村なら分かるよな?」
「ヤだいヤだいっ!こんな時だけ頭いいとかって騙されないぞっ!そうやって僕ちゃんを都合のいい男に仕立て上げるつもりだろー!?」
そういってバタバタ暴れる木村。
まったく五月蝿いヴァンパイアだ。
「秋くんは何日くらいこっちにいられるのー?」
木村を無視してシェリルが尋ねてきた。
「シェリル、ちょっと近いよ。そうだなぁ、だいたい1日過ごしてもあっちで6時間くらいになるのかな?だとしたら4日ほどかな。」
「ぶーぶー。近くてもいいじゃんかぁ。たった4日なんて短いよー。」
ホッペを膨らまして無茶を言うシェリルだったが、ユナがそれを止めた。
「ダメだよシェリル。ちゃんと秋人と話をするために来てもらったんだから、まずはそれからだよ。」
「分かってるよぉ。」
「あの、話をするためって?」
「あれ?お兄ちゃんから聞いてないの?お兄ちゃん、ユナが何度も言ったよね、ちゃんと秋くんに伝えるようにって。」
全員の視線が木村に集まる。
なぜかポーズをとる木村くん。
「おいっ!答えろ木村。僕に何か言うことがあったんじゃないのか?」
「あれ?秋人くんさぁ、もう忘れたの?ちゃんと伝えたはずだよ?まったく困ったダメ男だなぁ君は。」
「こらこら木村。まったく聞いてないぞ。こいつは無視して、さて、ユナ、教えてもらおうか。」
なんだかあまり聞きたくないですけど、と言いたかったが、ユナさんの表情が怖いので冗談は控えておこう。
「それでは私が貴様に話してやろう。この頭脳明晰な私の推測によれば歴史をくつがえすような事実がわかったのだ。貴様の世界とこの世界、元は一つの世界だったのだ。遥か数万年前のことだ。」
「おいおい木村くん?一体何の話をしているのかな?」
僕の声が聞こえない木村はそのまま話を続けている。
「善の者と悪の者の均衡を守るため奉ってあった神槍グングニル。それをある悪魔が闇に染め、その槍は魔槍と化した。その事を発端として永きに渡る戦いが再び始まったのだ。嘆いた時の神ゼストは悪魔から魔槍を奪い返し、世界から争いという概念だけを切り落とした。残った世界には争いの火種はなく、今の貴様の世界の始まりとなり、切り落とされた概念は形を変えこの世界となり、時の神の悲しみにより時空の流れが終焉に向かって急速に進みだした。これが時間のズレだ。話が少し変わるが、2つの世界は偶然にも歪みによって行き来が出来るようになってしまった。その際には時間のズレをはっきりと認識できる状態だ。世界の再スタートは同じ地点だが、こちらの世界は貴様の世界より実に4倍の年月が経過していることになる。これが前提だ。」
「木村くん?さっぱり理解できませんが、まだ続くの?」
「我らの一族、キンバリウム家の始祖の名はキンバリウム・フィラウト・アーキテクト。その者はヴァンパイアとして異能の力を持ち、数々の魔族や邪龍を倒し、一代にして第二貴族を与えられた。しかしその者は突然この世界に現れたという記録が残っている。その記録によるとフィラウトは元々はヴァンパイアではなく、他の種族であったが魔槍に裂かれたことにより悪のみがこの世界に堕ちたということだ。キンバリウムという言葉はこちらの世界では、幻の大地、という意味。幻の大地とは緑の地ということ。つまり草原、草や野のことだ。そしてフィラウトとは涼しい時期のこと、つまり貴様の世界でいう秋だ。アーキテクトとは言わば人。草野秋人、これは偶然か?私の推測ではこうだ。魔槍でその肉体から精神の一部を堕とされた場合、その精神は形を成してこちらの世界へ堕ちてくる。ただしその着地点は平行世界としての時間軸ではなく、貴様の世界と同じ時間を経過している時間軸へと堕ちる。ということは今から数万年前に出現した始祖は、貴様の世界でいう十数年後に堕とされた精神なのだ。わかるか?歪みを通った場合とは違いこちらの世界で経過した時間を着地点とするのだ。だからこの先、数十年後、いや、もしかしたら数年後、貴様が時の神ゼストの怒りを買い、裁きの魔槍で裂かれた精神が我が一族の始祖となるの運命なのだ。」
「は?」
「お父さん・・・」
「誰がお父さんだ。長々と意味のわからんことを語りやがって。言いたいことはそれだけか?」
「お兄ちゃん、その話は誇大妄想だよ。そんなわけないじゃん。本題に入ってよ。」
なんだよ、やっぱり本題じゃなかったのかよ・・・真剣に聞いて損した。
「じゃあ木村、そろそろ本題には」
「さてさて、私がお答えしよう。裁判の始まりです。はいはいはーい、開廷!静粛に静粛に!では、被告の草野秋人くんはこちらへ立ってください。」
「は?裁判?なんでそんなことを?しかもなぜに僕が被告だ。」
「はいはい、では原告の3人さんはこちらへお座りください。」
そう言って木村が3人の女性たちを赤いクッションのゴージャスな椅子へ案内している。
「おーい、木村くーん。僕を無視しないで説明してくんないかなー?」
「黙れ犯罪者。被告は裁判長であるこのキンバリウム家が長男、ラインハルト様がいいと言うまで息さえも止めておけ。」
「さすがにそれは無理ー。ねえ頼むよユナ、なんとか言ってくれないか?」
「さあ、それは裁判長様に聞いてみないと私ではどうしようもないのです。」
あー、なんかとっても冷たいです。
「シェリル、この状況を僕がわかるように説明してくれ。」
「あははー、ごめんね秋くん。でもこうするしかないの。シェリル、頑張るから!」
何をですかー・・・
「亜美、お前なら分かるよな?この状況を把握させてくれ。」
「あー、あたし一番最後なんだー。へー、そうなんだー。」
これは無理。うん。これは無理だわ。
「静粛に!では、準備も整ったところで改めて罪状を述べてしんぜよう。被告人、草野秋人、起立しなさい。」
「あの、ずっと立たされてるんですけど。」
「いちいち口ごたえするな!」
逆切れっすか。
どうやら本当に裁判が始まったようです。
ついさっきまで始祖扱いだった僕の運命はいったいどうなるのでしょうか・・・




