第十五章 時間の流れ
第十五章 時間の流れ
悪魔とのおかしな生活にピリオドを打ち、僕は静かな毎日を過ごしていた。。
賑やかだった3人に加え、亜美までもがいない。僕は本当に一人ぼっちになってしまったみたいだ。
ここ最近の出来事がまるで夢だったかのように感じる。
慌しく過ぎた時間の流れがゆっくりとした元の流れに戻っていく。
仕事の帰り、家の近所の青い屋根の上では猫が喧嘩していた。
あの黒い猫、木村に似てるな、なんて思いながら見ていると、負けたらしい黒猫はドジなのか屋根から落ちそうになりぶら下がっている。
ますます木村みたいだ。
「おーい、木村ー?」
僕は叫ぶが、当然返事はない。木村は少し前に向こうの世界へ帰ったばかりなんだから。
普通こういう場面ではあの猫が木村で、なんでいるんだよっ!的な展開になるはずなんだけどな。
僕は家に帰り扉を開けた。
「やあおかえり秋人。随分と遅かったじゃないか。」
なんだよ。結局こうなるんじゃないか。
「ただいま木村。さて、説明してもらおうか。どうしてここにいる?」
「我輩は木村などという神々しい名前ではない。クロちゃんである。おっと、こっちの世界では猫は言葉を解さないのであったな。失敗失敗。」
「デジャブ?ねえ、これってデジャブ?」
「まあ聞け秋人。頭の悪い貴様でも分かるように説明してやろう。」
「やっぱ完全にお前は木村だ。」
「実はあっちの世界での時間軸と随分ズレがあるようでな。我輩たちが戻ってからあちらの世界では既に二ヶ月ほど経過している。」
「に、二ヶ月もか?こっちではまだ二週間程度しか経っていないのに。」
木村、いや、クロちゃんはテーブルにぴょんと飛び乗った。
「それにしても秋人は冷徹人間だな。いや、むしろ悪魔だ。どうして屋根から落ちそうになっているか弱い猫を助けないのだ?」
「あれ、お前だったの?なんで呼んでも返事しないんだよ。」
「貴様見ていたのだろう?我輩、爪でギリギリだったんだよ?紙一重で落ちるかどうかって時にさ、おう秋人、ただいまぁ、なんて言える?ねえ言えるの?言えるわけないじゃんかバーカ。」
「相変わらず五月蝿い悪魔だ。そして二ヶ月経ってもどうやらその性格に変化は見られないな。ある意味安心したよ、バカな悪魔で。」
「貴様この高貴なるヴァンパイア様をバカと言ったな?」
「黙れクロちゃん。それで?なんでここにいるんだ?」
「結局さ、あの歪みは消せなかったんだよね。だから今のところこっちの世界とあっちの世界は行き来が自由なのさ。大変だろ?下手したら人間を喰らう恐ろしい悪魔さんがやってくるかもよ?」
「お、おい、冗談だよな?そんな悠長なこと言ってる場合じゃないっしょ?」
「なぜだ!?おかげで我輩はこうして再び秋人に会いに来ることができたのだぞ?もっと感動しろ感動を!泣いて我輩を抱き締めろ!」
「気持ち悪っ!」
「はうっ!僕ちゃん傷ついたよ?心に大きな傷を負ったよ?これって裁判起こしたら慰謝料取れるんじゃない?」
「悪魔に人権などない。ってそんなことはどうでもいい!歪みだよ!今も開いてるって大問題だろ!」
「おいおい秋人、よく考えてみろ。こっちの世界で二週間程度があっちで二ヶ月。ということは前回我輩が来た時からどのくらいの年月できっちゃんが来たと思う?そんなポンポンと悪魔が来たりしないのだよ。とは言え、我輩だって恐ろしい悪魔様が来ちゃったら困るのよ。そこで、ユナに感謝しろよ?歪みが生じている場所にドラゴン族が巣を作ったのだ。もちろんユナが動かしたんだがな。おかげでこっちに悪魔が来ることはないと言ってもいいだろう。」
そうか、元々悪魔が近づかない場所だったうえ、強力なドラゴンが何匹もいるんじゃ誰だって近づかないか。
「そう言えばどうしてユナの一族、エギライズ家だっけ?その一族はドラゴンと仲良しなんだ?それとお前はどうやってこっちに来た?ユナが許すわけないよな?」
「一度にいくつも質問するんじゃない。我輩の耳は2つしかないのだぞ?」
「お前5台か6台のテレビを同時に視聴してたって言ってなかったか?」
「おお!よく覚えているではないか!さすが心の友!」
「ふざけてないで質問に答えろ。」
「いやん秋人、こわーっい!ああ!止めて!毛を引っ張らないでください!わかった、わかったから。ふー、まったく君は本当に手が早いな、暴力も、お・ん・な・の・こ・に・もー。」
「うっ、な、なんの話でしょうか?」
「またまたぁ、秋人くんったらとぼけちゃってぇ!君のせいであっちに帰ってから3大魔女の頂上決戦が行われる寸前だったんだよ?ん?もちろんユナとシェリルと亜美だよ?もう我輩ちゃん止めるに必死で必死で、あまりに必死で二度ほどシェリルに殺されるところだったよ。あー、ホント怖かった。」
どんなことになっていたのか、僕はあまり想像したくないです。
「おっ?無視?無視します?ちゃんと聞いてよぉ秋人ぉ。面白かったんだからさぁ、その3人の喧嘩。いやぁ、醜いねぇ女の執着心って。歪みが閉じないことがわかった途端に」
「わかった、もうわかったから止めてください木村様クロちゃん様。僕が悪うございました。心の奥底より深く、ふかーく反省しております。」
「よかろう。その見事な土下座に免じて許してやろう。しかし我輩の完成された土下座にはまだまだ及ばぬがな。」
いや、土下座を完成させてどうするんだ。こっちの世界で、しかも日本くらいしか通じないと思うんですけど。
「それで、どうして我輩がここにいるか、であったな。もちろん歪みを通って来たからだぞ?今度は空中に出ることは分かっていたのでな、華麗に着地をキメてやったぜ!」
「キメてやったぜ、じゃねーよ。歪みはドラゴンが管理してるんだよな?だったら木村が通れないだろって言ってんの。一つの質問に答えるのにどれだけのシャクを使うんだよ。頼むから簡潔に答えてくれ。そして僕が納得したらここから出て行ってくれ。」
「はっ!笑止千万、千客万来、千差万別、えっと、あとなんだっけ?」
「知るかっ!共通点が千とか万の字ってこと以外に理解できんわっ!意味も知らないくせに適当な言葉使うんじゃない!このエセ公が!」
「はっ!それこそ笑止千万、この天才的な頭脳を持つ我輩様が意味を知らずに使っていると?えっとね、千客万来はお客様がたくさんってことで、千差万別は人は皆それそれの人生を壁にぶつかりながら歩んで行くんだよってことで、笑止千万は秋人の人格を表す言葉ってことだよ。」
「ぶっ殺すぞ。もうお願いです。これ以上話を脱線させないで。読者が飽き飽きしてるんですよ!」
「読者はきっと我輩のありがたい言葉を・・・そんな顔をするな秋人。はいはい分かりましたよ。どうやって来たかでしたよね?そうなんです。実はそれを伝えるために来たのですよ秋人くん。」
「だからなんでしょう木村春人くん。」
「結局歪みが閉じないんだからさ、か弱いヴァンパイアの一族、と言っても歪みの事実を知っているのはエギライズ家と我輩とシェリルくらいだが、利用しようじゃないかってことになったのだよ。もちろんこちらの世界に影響が出るようなことはしないつもりだ。」
「おいおい、きっちゃんはどうした?フィーレだっけ?ボス悪魔に伝えたらマズイんじゃないのか?」
「フュルフュールだ。なんだフィーレって、肉のことか!それとも魚のことか!」
「君ってホント博識だね。普通の人でも魚のフィーレって知らないよ?」
「ふっふっふっ、我輩は毎日勉強していたのでな、この世界の料理だって作れるぞ?多分だけど。お昼の1時から平日は神原千恵子のクッキングナウを欠かさず見ていたからな。どうだ?我輩が貴様の偏った栄養バランスを見直してやろうか?」
「いえ、けっこうです。話を先に進めてください。」
「ちっ、つまらん男だ。それで、なんの話だっけ?」
「お前の頭はチキンですか?知識だけ無駄に詰め込みやがって。フュルフュールが歪みを通ってこっちに来る心配はないのかって聞いてんの。」
「ああ、だってフュルちゃんは歪みの存在知らないもん。なぜならきっちゃんはシェリルの下僕と化したからな。無償の愛だとか、騎士道精神だとか、きっとあの人は精神の精の字を性と勘違いしてるよ?」
「君、今度こそホントにぶっ殺されるよ?」
「だってあのドM、血を吸われて喜んでるんだよ?思い出すだけで鳥肌が立つわっ!」
「頭がチキンなら肌も鳥ですか。そもそもヴァンパイアって鳥肌ってなんのか?肌に毛穴ないように見えますけど?」
「そんなのどうでもいいじゃん!問題はあの変態が我輩の城に住み着いたってことだよ!なんだかあの変態、気のせいか我輩に対しては殺気を感じるのだよ。」
うん、それは気のせいじゃないのだろうけど、そこは触れないようにしておこう。
「とにかくフュルフュールが攻めてこないのはわかった。それで、本題はどうした?」
「話題を逸らしたのは貴様ではないか。まったく詫びの一つも出来んのか?これだから貴様たちはゆとり世代だと言われるのだ。」
この猫、首をつまんで窓から捨ててやろうかとも考えたが、僕の殺気を感じたのかついにクロちゃんは木村の姿を表した。
実に二週間ぶりに見る懐かしい姿だ。
僕は不覚にもワクワクしている自分に気が付いてしまった。
「ま、要約すれば秋人、貴様を迎えに来たのだ。ちょっと私たちの世界へ遊びに来い。」
「は?」
「は?じゃねーよ。なんだその間抜けな面は。貴様は日本語が分からんのか?最近の日本人は正しい日本語が使えないと聞くが、貴様はその代表だな。ザ・ゆとり世代。ザ・なんちゃって日本人。」
「お前こそ変な日本語ばかりじゃないか。たまに時代劇だし、たまに一昔前の女子高生だし、ってお前のことはどうでもいい。あっちの世界に僕が行って安全なのか?それにさっき時間軸がズレてるって言ったよな?」
「細かいことは気にするな。プチうらしま太郎体験が出来るだけだ。」
「君はホントになんでも知ってるね。」
「なんでもじゃないよ。知ってることだけ。」
「お前、どこまでやるつもりだ?」
「ふっ、分かる人にしか分からないのさ。」
ちょっとマニアックなネタになってしまった。
やはり木村と話しているとまったく話が先に進まない。
「どうでもいいけどさ、猫からその姿に戻ったならテーブルから降りてくれませんか?ずっと仁王立ちして疲れない?僕も見上げる首が痛くなってきました。」
「そうだな、ちょっとお行儀が悪かったな。よいしょ。では、粗茶でも出してくれ。コーヒーならミルクを9割ね。」
「ほぼミルクじゃん。ったく図々しいのも相変わらずだな。」
僕は冷蔵庫からミルクを取り出しグラスに注いだ。よくよく考えてみれば不思議なものだ。こうやって普通に会話しているのは紛れもなく悪魔なのだ。この異常が日常になってしまった僕は、きっとあっちの世界へ遊びに行っちゃうんだろうな。
「それで、出発はいつにする?今日か?明日か?」
「拒否権はないんだろうな。一応確認だけど、時間軸はこっちの二週間があっちの二ヶ月で間違いないんだな?」
「たーぶーんーねー。」
「おーまーえーっ!ちゃんと答えろー!」
「そんな細かいこと僕ちゃんに分かるわけないじゃんこのドS!もっと優しく接してくださいよぉ。」
はあ、疲れた。
こっちでの14日間が向こうでの約60日間とするなら、時間的に4倍少々か。数日過ごしてもこっちでは1日か2日ってとこか。
「行くのぉ?行かないのぉ?ねえどっちなのぉ?」
「はいはい、ちょっとだけみんなに会いに行くよ。どうせ断っても何度も来るんだろ?」
「よくわかってるじゃないか。貴様にしては上出来だ。ところで秋人。」
「ん?なんだ?」
「ミルクはまだか?」




