第十一章 歪み
第十一章 歪み
「と、いうわけで明日にでも皆で行こうではないか。いかがかな?」
僕たちは今、ユナとシェリルが働いているカフェに来ている。僕たちというのは、僕と木村と亜美だ。それに加え、休憩時間をもらった2人も同席し、5人で木村の提案を聞いているのだった。
「まあ、確かに一度行ってみるのもいいかもね。ユナはシェリルたちの落ちてきた場所って覚えてる?お兄ちゃんはあてにならないからさ。」
「シェリルよ、私の記憶力を甘く見るなよ?私は一度見たものは決して忘れない能力の持ち主だ。」
「はいはい、そんな冗談はどうでもいいから。それで、ユナはどぉ?」
「ひどいっ!もっと僕ちゃんを頼ってよ!」
「だいたいの場所はわかると思う。けっこう大きな空き地だったよね?」
「この辺にそんな空き地あったっけ?もしかしてそれって秋人のうちの方にあるグラウンドじゃない?」
「そんなとこあったっけ?なんでそんなものを亜美が知ってんの?」
「あたしの職業をなんだと思ってんの?色々と地理を知らないといけないこともあるんですーっ。」
そう言って頬を膨らます亜美。看護師さんは大変なんですね。
その隣で木村はまだ拗ねているようだったが、突然仕切りだした。
「では決まりだな。しかし秋人と亜美の休みが会う日で、かつユナとシェリルが休める日を探すのは難しいな。」
あの、僕や亜美は行く必要がないのでは、と言いかけたが、それより先に亜美が余計なことを口走っていた。
「あたし今週末休みだよっ!午前中だったらユナさんもシェリルちゃんも行けるんじゃない?」
あぁ、なんてこった。これで僕が行くことも決定じゃないか。
木村が満足そうな笑みを浮かべながらミルクを一口飲んだ。
もちろん僕が奢ることになるのだろう。
結局集合場所は僕のうちになり、5人全員で向かうことになった。
土曜日の朝。僕たちは予定どおり例のグラウンドに向かった。
ユナと木村は相変わらず黒いスーツ姿だったが、シェリルは亜美に借りた服を着ている。こうしてみるとホントに普通の女の子と変わらない。亜美の服が大きすぎて長めのシャツがまるでワンピースみたいだけど、それはそれで可愛かった。
到着した目的地は意外と近くにあり、それは寂れてあまり利用されていない場所だった。
「ここから来たのか?落ちてきたってシェリルちゃん言ってたよな?ってことはこの空から?」
「そうだね、ちょうどあの辺、真ん中くらいの空中に出たかな?そうそう、その時に油断してたユナは着地に失敗して、ふにゃっ!って叫んでたよ、あははははっ!」
「こっ、こらシェリル!そんなこと関係ないでしょ!」
き、聞いてみたかった、ってそんな場合じゃない。
周囲を見渡してみるが、これといって特に変わったことはなさそうだ。どうやら今回も外れのようだ。
「ハルトさんもここから来たの?」
「うむ。私の華麗な着地を見せてやりたかったな。」
うん、きっと派手に転んだのだろう。分かりやすいヤツめ。
「ところでハルトさんが元の世界に帰ったらさ、あたしはどうなっちゃうの?今はハルトさんがいるから生きてるんだよね?時空とか異世界とかよくわかんないけど、それでも大丈夫なの?」
「ふむ、正直なところわからないな。亜美は今でも私のおかげで生命力を保っている。その流れが断裂すれば当然ながら動けなくなる。おそらく異なる世界に別々に残った場合、魔力の通り道である歪みが閉じれば、当然ながらその流れが断裂、ということになるのだろうな。」
「そっかぁ、あたし死んじゃうんだ。」
「心配するな亜美よ。私がこちら世界に残れば問題ない。」
「ホント!?あたしのために?」
「ラインハルト様、それは本気で言っているのですか?」
「そうだよお兄ちゃん、そんなことしたらどうなるかわかってんの?」
「キンバリウム家を継ぐ者が変わるだけだ。愚弟に継がすことはないだろう。」
「じゃあお姉ちゃんかシェリルになっちゃうじゃん。」
「別にいいではないか?まあシェリルになることはないだろう。向こうの世界で呑気に過ごしているもう一人の妹君がなんとかしてくれるだろう。」
そう言えば木村には弟が一人と、妹が二人いると言っていたな。
シェリルのお姉さんにあたる人物、いやヴァンパイアか。ちょっと興味があるな。などと考えていると、真剣な表情でユナが木村と亜美に近づいた。
「亜美、正直に言うと私は亜美のことが嫌いだ。亜美は好きだけど、でも嫌いだ。どうしてラインハルト様を離してくれない?亜美には秋人だっているのに。」
「あたしだってわかんないよ。ハルトさんに出会ってから、ハルトさんが頭から離れないの。秋人のことはもちろん好きだけど、でもハルトさんにもいてほしいの。」
「それは亜美がラインハルト様と血の契約を交わしているからよ。血の契約は互いの精神を強く結ぶもの。ラインハルト様の思念が亜美に流れ込んでいるからそんな風に錯覚するのよ。」
「おいおい、私はモテモテじゃないか。いやぁ、困るな、秋人よ。」
「お前さ、今の状況分かって言ってんのか?」
「うむ。修羅場というやつだ。私はどうすればよいと思う?」
ユナと結婚するために元の世界に帰れば亜美は死ぬ。かといってあっちの世界に亜美を連れて行くなんてことは考えられない。
そしてこっちの世界に残るとなれば、ユナもシェリルも黙っていないし、僕にとっては恋人をヴァンパイアに取られてしまうことを意味している。が、亜美が生きることイコール血の契約によって木村の虜であるということ。
もう僕には木村から亜美を取り戻す手段は残されていなかった。
「秋人もなんとか言ったらどうなの?亜美の恋人なんでしょ?」
「亜美が生きてるのは木村がいるからだ。それは間違いない。そしてそれは僕が頼んだこと。責任は僕にある。」
「亜美、お願い。はっきりさせてほしいの。ラインハルト様を取るのか、秋人を取るのか。2人ともなんてズルいよ。私だって・・・」
「はいはいはーい!シェリルも秋くんほしいでーっす!参戦しまぁっす!」
突然シェリルがぴょんぴょん飛び跳ねながら2人の会話に割り込んできた。
「ちょ、ちょっとシェリル、何言って・・・」
「シェリルも色々考えたんだけど、亜美ちゃんがよければさ、亜美ちゃんも秋人もシェリルたちと一緒に行こうよ。これでお兄ちゃんが残る理由もなくなるし、そしたらみんなずっと一緒だよ?」
あの、僕の意思は尊重されないんでしょうか。それに僕だけ一応人間なんですが。
「お、おい貴様、私のモテモテを奪っていくとはどういうことだ?私の立場はどうなるのだ!?」
「知るかよ。僕だって突然魔界への片道切符を用意されたんだぞ?」
「はっ!貧弱な貴様など我々の世界へ来たら即日で悪魔の餌食となるわっ!」
「僕はお前よりは生き残る自信があるぞ。」
その時だった。晴れていた空が急に暗くなり、風が出てきた。
気のせいか、気温も下がったように感じる。重苦しく、気味の悪い空気が流れる。
「これは・・・もしかしてあちらから歪みを通ろうとしている者がいるんじゃ・・・」
「うん、シェリルたちが来た時もこんな空だった。でも歪みはドゥルックちゃんが守っているはずじゃ・・・」
「みんな、逃げる用意してて。ドゥルックは私が生きている限り大丈夫だから考えられるのは二つ。一つはエギライズ家の者が手引きした同胞が私たちを探しに来た場合。もう一つは、あまり考えたくないけど、ドゥルックの守りを突破できるだけの悪魔が歪みに飛び込んだ場合。」
「ちょっと待って、あっちから来る時に歪みが開くなら、その時にこっちから飛び込めば帰れるんじゃないの?」
「亜美よ、どうやって空まで行くのだ?」
「木村よ、お前ヴァンパイアだろ?空とか飛べないのか。」
「貴様は私の背中に翼が見えるのか?それとも何か?靴底にブースターでも付いていて飛び上がれると?悪魔だからってだけで空が飛べると思うなよ、バーカバーカ!」
「カラスとかに化けろよ。そしたら飛べるだろ?どうだバーカバーカ!」
「あ・・・」
アホ面して立ち尽くした木村だったが、見かねたユナが助け舟を出した。
「いくら翼の生えた生き物に身体を変化させても、その構造を熟知して飛ぶ訓練をしていないと飛ぶことは出来ないの。秋人に急に尻尾が生えても、どこの筋肉で動かせばいいかわからないでしょ?そんなことより、来るよ。」
大気が重くなり、数十メートル上空で一瞬だけ光った。
すると空はさっきまでの暗さが嘘のように晴れ渡り、すべてが元に戻った。
ただ一つ、僕たちの前に大きな騎士が降って来たことを除いてだが。
ズン、と鈍い音を立てて着地したその騎士はゆっくりと立ち上がった。
「ふう、やはり歪みはエリルソフィアへと続いていたのか。」
「あなたはどなたですか?どうして歪みを通って来られたのです?」
ユナはその騎士に近づき、堂々と向き合っている。
「ふん。下等なヴァンパイアに名乗る名などないわ。」
どうやらあまり友好的な悪魔ではないようだ。僕たちを無視して辺りを見回している。
「歪みの近くは私の使い魔であるドラゴンがいたはず。あそこを突破できるような悪魔であれば私が知らないとは思えませんが。」
「ああ、いたよ、凶悪な雷龍がな。あれがいるから我が主がエリルソフィアの存在に気付いたのだ。有名なエギライズ家の使い魔が生きているということは、歪みに入ったというその飼い主が歪みの向こうでも生きているということだからな。だからこの俺が我が主の命を受け、こちらの世界の偵察に来たというわけだ。」
「なるほど、動機はわかりました。しかし私の使い魔がそう簡単に通すとは思えません。それにここはエリルソフィアなどという楽園ではありません。」
「貴様の一族の使い魔は代々雷龍ということは有名な話だ。それは我が主、フュルフュール様にとっては好都合だったのだ。俺はフュルフュール様に雷のご加護をいただき、貴様の使い魔が放つ電撃に耐えうることができたのだ。そしてここがエリルソフィアかどうかは我が主が決めること。貴様の意見など聞いておらんわ。」
「フュルフュールって?上級悪魔なのか?」
僕はこそっとシェリルに聞いた。するとシェリルも小声で教えてくれた。
「フュルフュールっていうのは確か雷と炎を操る上級悪魔だよ。しかも上級の中でも上位の魔王直属クラス。分かりやすく言うと、あっちの世界で知らないものはいないレベルってこと。多分ドゥルックちゃんなら負けないと思うけど、でも勝つのは無理だと思う。」
異様な姿の騎士は身体が大きく、そして態度も大きい。
雰囲気的にマズイような気がするが、どうしてユナは逃げないのだろうか。
僕がそう考えていると、まるで心を読んだように木村が答えた。
「おそらくフュルフュールはこっちの世界を自分の支配化におこうとしているのだ。広大な土地があり、そして多くの悪魔にとって人間は食料としか思われていないからな。今のヤツにとっては未開拓の楽園を見つけたも同然なのだ。」
「さあ、教えてもらおうか。貴様たちはエリルソフィアの何を知っている?俺が来た歪みが消えたようだが、帰り道はどこにある?大人しく従えば我が主に上申してやろうではないか。少しは恩恵が得られるぞ?」
そう言って騎士は不気味な笑みを浮かべた。
遠く離れているけど、その雰囲気だけで僕の全身は汗まみれになっていた。
「悪いが知っていてもあなたに教えるつもりはない。こちらの世界に私たちの世界を持ち込むべきではないからな。」
「ほほう、まあよい。出口は我が主から受けた雷のご加護が導いてくれるはずだ。貴様たちを始末してからゆっくりと探すとしよう。」
「あなたも私と同じ中級に属しているのであれば戦うことは禁じられているはずです。」
「ふははははっ!中級?笑わせるな!貴様たち下等な一族が中級でいられるのはあの雷龍がいるからだろう?一緒にするな、虫唾が走るわっ!」
そう言い終わるより先に騎士からユナに向かって電撃が放たれた。
それに対しユナも電撃で相殺しようとしたが、相手の方が威力が強かったらしい。ユナの雷撃を蹴散らした残りの雷撃が直撃したようだ。
「ユナっ!大丈夫かっ!?」
「うん、今のところは、ね。秋人、亜美、ここから逃げて。」
「どこにいたって一緒だろ?アイツを倒さないとどこに逃げても変わんないよ。」
ユナは先ほどの一撃を食らってかなり体力を消耗しているように見える。
ヴァンパイアの一族で最強のエギライズ家、そのユナでもまったく歯が立たないってことは、この世界は滅亡を迎えるのか?
「おい貴様、その辺にしておけ。」
木村がゆっくりと騎士に向かって歩き出した。
「ラインハルト様、ダメっ!冗談の通じる相手じゃないの!」
「おいユナ、少し黙って見ておれ。さて、名もなき中級の騎士よ。まずは我を誰と心得る?」
「何言ってやがる、この下等生物が。貴様も吹き飛ぶがいい。」
「この姿を見てもそう言ってられるかな?」
そう言いながら木村の姿はどんどんと大きく、そして黒くなり、声は低くしゃがれた音に変化していった。
そしてそこには巨大な三つ首の黒い山羊の悪魔が存在していた。
「サ、サタナキア様・・・いや、そんなはずは・・・」
「下賎な中級悪魔ごときが我を名で呼ぶとはいい度胸だ。フュルフュールごときがいい気になって我の地を汚そうなどとはな。」
こ、これが木村の本当の姿なのか?これは僕でも分かる。サバトの悪魔、バフォメットだ。
そうだ、今のうちにユナを。
僕は雷撃で弱っているユナを抱えあげた。
「大丈夫か?ここは木村に任せて離れよう。」
「ダ、ダメだよ。ラインハルト様が危ないよ。」
「え?だって・・・」
「あれはお兄ちゃんの嘘だよ。時間稼ぎでもするつもりなのか、ハッタリで戦わずに撤退させようとしてるのか、どっちにしても一撃でやられちゃうでしょうね。」
「でしょうねって、シェリルちゃん、お兄さんでしょ?」
シェリルを見ると、心配そうに木村を見つめていた。やっぱり心配なんだろう。
「いや、やはり貴様はサタナキア様ではない。もしあのお方だとすれば、俺のような小者だったらホコリを払うように瞬時に首が胴から離れているはず。卑怯で薄汚いヴァンパイアめ、正直に認めたらどうだ?そうすれば苦しめずに楽にしてやろう。」
「はっはっはっ、第一問正解だ。では第二問。貴様もよく知っているだろうが、我らヴァンパイアは血をいただくことで、その相手と同等の力を得ることができる。そしてさらに血を吸った相手の姿に身体を変化させることも可能になる。さて、どういうことかわかるか?」
「はっ、馬鹿馬鹿しい。サタナキア様がヴァンパイアごときに血を吸われるはずがない。ありえるはずがないのだ。」
「それも正解だ。最後の問題だ。では、なぜ私はこの姿になれる?なぜヴァンパイアという下等種族が中級という位を付与されている?なぜ相手の血を吸うことで力を得るという危険な能力を持つ一族が滅びずに残されている?頭の悪い貴様でも答えはわかるな?そうだ、サタナキアこそが私の眷属魔であり、私はその血を吸うことで力を得ているのだ。」
「気でも狂ったのか?サタナキア様が貴様ごときの眷属魔?ありえない。ありえるはずがないのだ!」
「では貴様は我らが中級というクラスを与え続けられているという大きな謎を説明できるか?雷龍を一匹従えているだけでか?それこそ馬鹿馬鹿しいというものだ。誰もその訳を知らんであろう?この事実を知るのは六大魔王レベルだけなのだ。」
騎士は木村の化けたバフォメットの威嚇にも似た怒声に少し気圧されている。嘘だと信じているものの、木村による誘導で心が少しずつ揺れてしまったようだ。
木村はいつの間にか騎士の正面まで歩み寄り、距離が近づくごとに増す威圧感によって騎士は身動きとれなくなっていた。
しかし、騎士は間近まで迫った巨大な黒山羊に気圧されながらも反撃に出た。
「うるさいうるさいうるさい!そんなことがあってたまるか!これでも喰らえ!」
ユナを襲った電撃より遥かに大きな雷撃が、激しい轟音と眩しい閃光を放ちながら黒山羊となっていた木村を直撃した。
「は、ははははは、はっはっはっはっはっ!やはり嘘ではないか!俺の攻撃で跡形もなく消し飛ぶ程度で力を得たとはよく言えたものだ!」
そこには木村の姿はなく、黒コゲになったグラウンドの土だけが残っていた。
「き、木村が、消滅しちゃったのか?木村ー!」
「低俗なヴァンパイア風情がよくも大それた嘘を、しかもサタナキア様の姿にまで化けて言えたものだ。眷属魔?世界を揺るがすほどの大嘘ではないかっ!」
「ま。そりゃそうだろ。」
いつの間にかいつもの姿の木村が騎士の真後ろに立っていた。
そして、カプッと騎士の首筋に噛み付いたのだ。
「なっ!いっ、いつの間に!?貴様、離れろ!」
騎士は木村を振りほどこうと必死で暴れまわっている。
ああ、木村がまるで強風に煽られた鯉のぼりのように勢いよく揺れている。
あんな態勢で血が吸えるものなのだろうか?
それにしても・・・
「お兄ちゃん、かっこ悪い。シェリルはとっても恥ずかしいです。」
「うん。そうだね。僕はだんだんあの騎士が正義の味方に見えてきた。」
「ラ、ラインハルト様は私たちを守るために必死に頑張っているんだよ?そんな言い方しちゃダメだよ。確かにちょっと卑怯だったけど。ほら、私たち、悪魔だし。」
なんだその言い訳は。すべて悪魔って言葉で片付ければいいってもんじゃないんですよ、君たち。
「あ・・・」
そしてついに木村はバットで打たれたボールのように空高く舞い上がった。
空中でくるりと器用に回転し、なぜか両手と両足を広げ落ちながら木村が叫んだ。
「ふははははっ!貴様の血、確かにいただいぶわぁはぁっ!」
見事に着地に失敗した。血を吸って強くなっても運動神経は変わらないんだね。勉強になったよ。
「うぐぐ、調子に乗りすぎた。それにしても、貴様の血はマズイな。しかしこれで貴様に勝ち目はなくなった。さっきも言ったように今の私は貴様と同等の力を得ている。」
「それも嘘であろう?そんな簡単に強くなるのであれば、貴様たちヴァンパイアの一族はもっともっと強いはずだっ!」
そう言った騎士は今度はためらいなく電撃を放った。
しかしその刹那、木村も騎士と同じような雷撃を放っていた。
ドンっという爆発が起こり、双方の攻撃は見事に相殺されたのだった。僕は眩しくて目を閉じてしまったのだが、再び目を開けた時、騎士が怒りに震えていた。
「ぐううぅ!き、貴様、俺と同じ雷撃を・・・?」
「言っただろう?私は貴様と同じ力を得ている。そして私には雷撃に対する耐性がある。貴様のように加護とやらで身を守っているような貧弱者ではないのでな。」
「あははっ!お兄ちゃん、ドゥルックちゃんに散々攻撃されたもんね。」
「こらこらシェリル、今お兄ちゃんせっかくかっこいい場面なんだよ?そんなこと言わなくてもいいじゃない?」
「おい木村、戦いの最中に余所見すんな、このバカ。」
「バカって言うやつがバカなんだよーっだ!」
その時、騎士が再び攻撃を仕掛けてきた。
今度はその大きな身体を使い、肉弾戦に持ち込む気だ。
しかし、木村はその突進に対し、同じように突っ込んだ。
両者のぶつかる衝撃で大気が揺れる。
やはり力は互角のようだ。
さらにぶつかった瞬間、木村は電撃による攻撃を騎士の足元に加えたようだ。
騎士の体制が僅かに崩れ、木村の方が優位に見える。
そう、力が互角なら戦い方で勝敗が決まる。
って木村は戦いに慣れていないはずでは?現状が理解できない騎士は少しパニックになっているようなので、今がチャンスだ。
「ば、バカな、この俺が、ヴァンパイアごときに押されているだと?」
騎士が怒りを解き放ち、木村を吹き飛ばした。
木村は両足でふんばり、4、5メートルほど後ろに滑っていった。
「私の力はまだまだこんなものではないぞ?なんせ今までに得た力を貴様の力と加えることで、そうだな、例えばウコバクの炎と貴様の雷を混ぜ合わせ、雷炎を・・・」
木村はそう言いながらバチバチと身体の周囲に赤い雷を発生させた。
それを見た騎士は危険を感じたのか後ろに飛んで間合いをとった。
「こいつの威力を見せてやろうか?そうだな。」
木村が右手をふっと軽く振ると、小さな赤い雷が遠くの土手にあたった。そして・・・
ドーンという爆音とともに大きな火柱が上がった。
「そ、そんな、バカな・・・あんな小さな雷撃でこの威力、我が主に匹敵する力を持っているというのか?」
「さて、どうする?まだ私と戦うか?」
「い、いや、止めておこう。ここは一旦引かせてもらう。さらばだ。」
「待て待て、貴様、先ほどあちらへ帰る歪みの場所を探せるとか言っていたな?案内してもらおうか。それに攻撃を仕掛けておいてただで許すと思っているのか?」
「う、どうすればいいというのだ?」
「シェリル、やれ。」
シェリルはちょこちょこと騎士の前に行き、騎士をひざまずかせ、そして首筋に噛み付いた。
「さて、これで貴様が勝つことは絶望的になったな。それでは、ユナ、こやつに歪みまで案内してもらうがいい。」
「ラインハルト様は?」
「後で場所を聞こう。私は他にやることがあるのでな。」
結局、騎士に案内され、ユナが歪みの場所を確認することになった。
「おい木村、お前すごいじゃないか!ホントはとっても強かった・・・ん?」
「おうぇー。おぶっ、おぶぁ!うげぇ・・・」
「あれ?木村くん?それってさっき吸った貴重な血だよね?なんで吐いてるのかな?」
「はぁ。お兄ちゃんはね、ヴァンパイアの中でも特質なの。希少種っていうか、突然変異っていうか、稀にだけど生まれながらに色々な能力が付与されている場合があるの。お兄ちゃんの場合は血を吸った相手の能力などを完全に自分のものにできる、ある意味では最強の能力。相手がいくら強くても血を吸うことが出来れば勝利フラグなの。相手が弱かったら弱いままだけどね。」
「それって、サタンにも勝てるんじゃないのか?」
「上級悪魔がそんな簡単に血を吸わせてくれるはずないよ。さっきの中級悪魔だってギリギリだよ?お兄ちゃんは美人のサキュバスの血ばっかり吸ってたから、さっきみたいな幻覚や幻術の類が得意になっちゃって、それで騙し騙しでやっとって感じでしか勝てないんだから。幻術だって、相手に不安や疑心暗鬼がないと引っかからないの。だからさっきみたいに大きな嘘と小さな嘘を混ぜて少しずつ不安にさせ、疑わせ、惑わせ、今回はなんとか勝てたってことなの。」
「でもそのせっかくの血を吐いてらっしゃいますが?」
「はぁ。お兄ちゃんってさ、なんか美人の血しか吸わないとか言って、ソレばっかりに固執してたら男の血を身体が受け付けなくなっちゃって。それで吸ってもすぐに吐いちゃうの。胃が荒れちゃうんだって。バカでしょ?まあどっちにしてもお兄ちゃんの能力には副作用というか制限があって、相手の能力を完全に引き出せるのは吸った血が消化されるまでの数時間だけなの。」
色々とあるんですね、悪魔にも。そして悪魔も胃があるんですか。ポリープとか出来るんでしょうか?胃薬は必要ですか?
僕は情けない四つんばいの木村を眺めていた。
「おい、亜美、亜美はいるか?喜べ、眷属魔としての初仕事をやろう。私の背中を優しくさするのだ。」
「絶対に嫌よ。それに初仕事はさっき手伝ったでしょ?」
「ふははははっ!うええええぇ・・・眷属魔となったら私の命令には逆らえんのだよ、さあ早く私のお背中をさするがいい。」
「か、身体が、ぜ、絶対に、い、嫌よっ!」
「亜美ちゃんすごい・・・眷属魔として命令されたら拒否できないはずなのに、なんて精神力の持ち主。それほどお兄ちゃんの背中をさするのが嫌なんだね。」
「そういや亜美、さっき初仕事を手伝ったって、なんかしたのか?」
「そうなの。ユナさんが吹き飛ばされた後、ハルトさんがあたしにLPガスのボンベを持ってくるようにって、直接脳に声が聞こえたの。」
「ふむ。私の作戦に必要だったのでな。よくやったぞ亜美。おかげで助かった。」
「どこにも登場しませんでしたが、何に使ったんだ?それにあんな重いものどうやって?」
「そう。あたしもあんなもの運べるはずないって言おうと思ったんだけど、ハルトさんはあの悪魔さんのところへ向かってっちゃうし、身体は勝手に動くし、大変だったんだよ?」
「それにしてもどこからどこまで運んだんだ?亜美じゃ持てないだろ?」
「それがさ、あたし急に強くなっちゃって、田辺さんの家のボンベを軽く運べちゃった。だからハルトさん、あとで田辺さんに謝っておいてね。」
「はぁ?なぜ私が?持ってきたのは亜美であろう?」
「ちょっ、ちょっと命令したのはハルトさんだよね!?ちゃんと責任とりなさいよっ!」
「それで、そのボンベはどこに?」
「貴様は頭が悪いにもほどがあるぞ?使ったに決まっておろう?貴様も見たであろう、私の雷撃による大爆発を。土手にボンベを置いて、栓を弛めさせたのだ。それに引火してドーン、なのだよ。わかるか?あの威力はフェイクである。私の能力について聞いたであろう?消化したらお終いなのだよ。それに雄の血は受け付けぬ!よってあんな雷炎などという学芸会で披露するような技などただの嘘だ。引っかかった?ねえ引っかかったでしょ?私の得意とする幻術で雷の周りを赤い光で包んだだけのこと。めっちゃつえぇ!って思った?バーカバーカ!そんなことできるなら私はとっくの昔に六大魔王すら凌駕して世界征服をして美女以外抹殺しておるわい!」
「っつーかさ、幻術使えるならガスボンベいらなくね?土手で大爆発が起こったような幻術を見せたら手間かからなかったのに。」
「あ。」
「何が、あ、だよ。バカはお前だろ、バカ悪魔バカ悪魔!」
「あたしの苦労は一体なんだったのよぉ・・・」
へなへなとその場に座り込む亜美。
そしてアホ面して固まっている木村。
あきれた顔で木村を見て、そして苦笑いで僕に微笑むシェリル。
とりあえずは一安心だ。
「ところで確認だけどさ、シェリルちゃんにあの騎士の血を吸わせたのはシェリルちゃんも同じ能力があるってこと?」
「ううん。シェリルにはお兄ちゃんみたいな特質はないよ。あの悪魔さんにそう思わせておいただけ。どのヴァンパイアがどんな能力を持っているかは生き抜くために隠す必要があるから、一族の中でも近親者しか知らないくらいなんだよ?多分だけど、ユナもお兄ちゃんの能力は初めて聞いたんじゃないかな?」
そうなのか。まあ確かに制限が大きくて使いにくい能力だし、しかもすぐ吐くというのは恥ずかしいな。そりゃ言いづらいか。
「おい貴様、私の能力について誤解していないか?その顔は私を哀れんでいるな?違う。違うぞ秋人。私の能力はあまりに強すぎるのだ。考えてもみろ。相手の能力を完全に引き出すのだぞ?このことが知れたらどうなる?他にそんな能力を持ったヴァンパイアがたくさんいるのでは、そういう疑惑を持った上級悪魔がヴァンパイアを滅ぼす。そうなりかねんのだよ。事実、万が一ではあるが、私が六大魔王の一人の力を得たとする。その場に他の魔王がいてみろ?その力を持って血を吸うことくらいは出来る。そうなれば魔王二人分の力だ。消化する前に魔界を駆逐することだって可能になる。危険すぎるのだよ、私の能力は。」
「ま、お兄ちゃんの場合、本体が弱すぎて血を吸う相手が騙されてくれなきゃ即死だよ。よく今まで生き残ってるなって思うくらいだよ。」
「おいおい妹よ、お兄ちゃん一生懸命生きてるんだよ?もう少し心配してくれたらどうですかね?」
そんな兄妹のコントを見てるうちにあの騎士とユナが戻ってきた。
ユナの顔があまり嬉しそうじゃないところを見ると歪みが見つからなかったのだろうか。
「おかえりユナ。どうだった?歪みはあった?」
「うん。あったよ。これで帰ることが出来るね。」
笑顔でそう言ったユナは、どこか無理をしているみたいだった。
「ところでユナ。どうしてその悪魔さんまで連れて帰ってきたのだ?」
「だってラインハルト様、この方があっちに戻ってフュルフュールさんに伝えちゃったらどうするんですか。どんどん来ちゃいますよ?だからこの方は私たちが帰る時に一緒に歪みに入ってもらいます。おそらくですけど、あちら側から再びドゥルックの雷撃を歪みに浴びせることで、周りの磁場が不安定になり、歪みはその形を保てなくなるでしょう。」
そうか、これでこの3人ともお別れか。長いような短いようなハプニングだったな。
「あたし、どうすればいーかな。正直全然整理付かないよ。ハルトさんと違う世界にはいられないんだよね?でもあたしのためにハルトさんが残るのも嫌。」
「別に亜美のために残るのではない。私はこちらの世界が気に入ったのだ。だってあっちの世界って怖いんだもん。めっちゃ怖い悪魔がウロウロしてんだよ?もう寿命がいくらあっても足りないわぁ。」
「ダメだよお兄ちゃん。違う世界へ何かしらの影響が出るかもしれないでしょ?亜美ちゃんは人じゃなくなった。これは事実。亜美ちゃんの子が悪魔だったり、普通の人間だったとしても子孫が隔世遺伝で悪魔になったらどうするの?お兄ちゃんが責任とれる?」
「わ、私は、しかし・・・」
「だからお兄ちゃんはこっちへ残っちゃいけないの。そして亜美ちゃんも。」
そんな、亜美がいなくなる?
考えてもいなかった急な展開に僕はついていけていなかった。
亜美があっちの世界に行くことになって、僕はどうする?まさか行くなんてことは考えられない。
でも亜美は行かないと生きていけない。
どうすればいい・・・
「ごめんね亜美。ラインハルト様か秋人、どっちかにしろなんて言っちゃって。感情が先走って、亜美の立場を考えてなかった。ホントごめん。」
「ううん。全然気にしてないから大丈夫。でもシェリルちゃんがちゃんと説明してくれたから、あたし決めたよ。どっちにしても方法は一つしかないんだもん。あたし、ハルトさんについてそっちの世界に行ってみるよ。それですべて解決でしょ?」
「あ、亜美、そ、その・・・」
僕はなんて言っていいのか、まったく言葉が出てこなかった。
亜美の目は涙で少し潤んでいるようだった。
「あたし、一度死んでるんだよね。それをハルトさんが一生に一度しかできないっていう契約を使ってまで助けてくれたんだもん。戦うことはできないけど、身の回りのお世話とか、できることをして恩返ししていくよ。秋人はこっちでいい人見つけてね。こっちに残ったとしてもあたしとはもう付き合えないんだからさ。」
僕には何も言えなかった。
言う資格もない。
僕のせいで亜美は。
あの時、木村に頼まない方がよかったのだろうか?
人として命をまっとうした方がよかったのだろうか?
亜美は本当は何を考えているのだろうか?
気付くと僕は泣いていた。
声を殺して、ただ涙を流した。
「それで、いつ出発する?こっちでケジメつけとかないといけないこともあるでしょ?あたしは最後に家族に会わせてほしいな。あと神社のインプさんたちも一緒に連れて行こうよ。」
「そうだね、あのインプたちはシェリルが呼びにいくよ。あとはバイトのシフト、今月いっぱいは終わらせてからがいいな。」
「あのぉ、俺、いや、私はその日までどうすればよろしいでしょうか?」
ああ、騎士さんいたんですね。
それにしても随分と情けない感じになっちゃいましたね。
実はあなたが今、ここで大暴れすれば多分勝てるんですけど、思い込みっていうか、騙されるって怖いですね。
「貴様はこっちにいる間は私の下僕として働いてもらおうか。うーん、名前を決めねばならんな。」
「下僕!?俺はフュルフュール様という主がいるのだ、それに名前だってちゃ」
「そうだ、騎士だから、きっちゃんでいいな?」
おーい木村くーん!ちょっと攻めすぎじゃないのかーいっ!
「あはははっ!かわいー、よろしくね、きっちゃん。」
シェリルにそう言われたきっちゃんは、どこか恥ずかしそうにうなずいたのだった。
悪魔ってなんなんだよっ!




